■ 第10章−「手紙」

LastUpdate:2004/06/18 初出:硝子の雪(同人誌)

 拝啓 藤堂志摩子様

秋も終わり冬の訪れを感じさせる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。お元気であれば良いのですが。
お姉さまに限らず、祐巳さま、由乃さま。祥子さま、令さま。皆様お元気でしょうか。私があんな形で転学してしまったので、山百合会の仕事の分配などで、ご迷惑をお掛けしてしまったのではないでしょうか。
本当はもっと早く手紙を出したかったのです。
正直に告白させていただくと、私は逃げる為にリリアンから別の学校へと転学しました。
お姉さまももうお気付きとは思います。お姉さまが私を愛していらっしゃったのは、一種の錯覚に過ぎません。私はその事実を初めてお姉さまに抱いて頂いた時に知ってしまっていました。それでも、お姉さまが私に対して錯覚でも抱いてくれる、愛情に溺れて居たかった。私は本気でお姉さまを好きだったから、だから諦めることができなかったのです。
お姉さまはいつか本当の恋人を見つけてしまわれる。そう確信していても私がお姉さまに求められるままに傍にありたいと思ったのは、単純に私の醜い独占欲が、暴走した結果です。お姉さまが誰を見つけるにしても、私はそれまでお姉さまの傍に居られる権利を決して破棄したくなかったし、お姉さまが恋人を見つけられるのを精一杯邪魔したいと思っていました。今にして思えば、私の自己中心的な考えが、結局お姉さまを傷つけてしまうことになってしまったこと。それについては、ただ申し訳無いと思うばかりです。
いえ、本当は気づいていたのだと思います。私がお姉さまの傍を離れずに固執しつづければ、いつかお姉さまを傷つけてしまうこと。でも、私はそれを知っていても、私自身の欲望に忠実に、お姉さまの傍を決して離れようとはしなかった。だから、お姉さまを傷つけてしまったのは、私のせいなのです。私が、刃物でお姉さまを傷つけてしまったのです。本当にごめんなさい。
懺悔ついでに。お姉さまに最後に会った日に、お姉さまを無理やりに押し倒したこと。これについても謝らなければなりません。お姉さまが誰かの恋人になる。その事実を知っていたし、頭の中ではちゃんと理解できていた筈なのですが、いざその時になると、私の頭の中は恐慌をきたして、ただお姉さまを離したくないという我侭を思うだけになってしまっていました。私が傍に居る限り、お姉さまは決して寂寥が責めてくるのからは逃れられないし、祐巳さまの傍にいなければ、決して倖せは得られない。それを理解していた筈なのに……。何もかも、理解していた筈なのに……。
私は、私自信の利己の為に、お姉さまを苦しめつづけていたのです。総てを知っていた上で、お姉さまの苦痛をお構いなしに、ただお姉さまを苦しめ続けたのです。
今では後悔しています。私が犯した罪のこと。総て。
でも、お姉さまと会えたこと。お姉さまの妹にして頂けたこと。お姉さまの傍にあれた日々。それらの総ては、何ひとつとして私は後悔していません。

あれからもう三ヶ月が経ちます。それでも私は毎日が、いまでもとても辛い日々です。お姉さまが傍にいないこと。そして、お姉さまに罪を犯したこと。
懺悔をいくらしても、足りないのです。
あれから教会に何度か通い、カトリックの教えを学び、今では週に五回は必ず教会に通うようにしています。
リリアンを離れてからキリスト教の教えに興味を持ったり、聖書朗読クラブの勧誘からあれだけ逃げ回っていたのに、今では聖書を毎日少しずつ就寝前に読むのが日課になっています。変な話ですよね。
お姉さまがシスターになりたいという夢を私に語って下さった時に私が「マリア様を信じているのですね」という、いかにも宗教の何も解っていない人間らしい質問をしたことがありましたよね。あの時お姉さまは、そっと小さく微笑まれるだけで、肯定しなかった。日々を祈りの中で暮らすようになって、ようやく私にもその答えが解ってきたような気がします。お姉さまは、神様を信じておられないのですね。
毎日祈るのは、お姉さまに犯した罪の懺悔のことばかりです。だからといって勘違いしないで下さい。これは、お姉さまの為に祈っているのではありません。自分の為に祈っているに過ぎないのです。
祈るという行為は、それだけで自分が、なんだか不思議な肯定感に包まれた気分になれるから。少しだけ、自分のことが赦された気分になれるのですね。自分の祈りで自分を満たすこと。それが、私にとってのカトリックに過ぎません。私も、神様を信じていないからです。
こっちに来て初めの一ヶ月間は殆ど泣いて過ごしていたような気がします。父親も母親も困らせるぐらいに、毎日のように部屋に引き篭もって。だけど、今では普通に日々を過ごせるようになってきました。心は今でも泣きたがっているけれど、それをなんとか表に出さないように堪えることができるようになってきました。毎日を祈りに費やすことで、少しだけ肩の荷が下りて、少しだけ軽くなれた気がするのです。

こんな私にですが、新しい友達もできました。おせっかい焼きで、私の意思なんて無関係に連れまわす。瞳子にちょっと似ているかもしれません。
好きな人もできました。今はまだ、私はお姉さまのことを本当に好きだったから、お姉さまへの愛を忘れることができないので告白する勇気が持てませんが、いつか、もう少しだけ、私が私を許せるようになれたなら。その時は、正直な思いを伝えてみようと思います。

良くも悪くも、お姉さまの傍にいる間に、私はたくさんのことを学べた気がします。知識じゃない、だけど、とても、大事なこと。だから、今度の私が思った「好き」は、きっと、間違いなんかじゃない、と信じられます。
私の好きになった人は、祐巳さんにちょっとだけ、似ているかもしれません。嘘をつけなくて、傍にいるだけで、少しだけ、心が、温かくなれるひと。
お姉さまがいつか、私に言った「私とお姉さまが、異常な程に似ている」ということ。今では、理解できるような気がします。
だからこそ言えるのですが、祐巳さまは、確実に、お姉さまが、本質で求めていたひとに、間違いありません。
お姉さまが、本当に求めているのは、祐巳さまです。
お姉さまの傍にあれて、そして、お姉さまを愛していた、私だから解ります。断言できます。
私では、お姉さまの、触れられなかった、深い世界にも、祐巳さまなら、触れることが、できる筈です。
祐巳さまと、お姉さまとなら、きっと、倖せになれます。
逆に言えば、祐巳さまを、決して手放してはいけません。
祐巳さまが怒ったなら、謝りましょう。祐巳さまが逃げたなら、捕まえてでも、連れ戻しましょう。お姉さまの倖せは、祐巳さまとで無ければ、存在しないのですから。

文章も長くなってきました。そろそろ、終わりにしようと思います。
最後に、どうか、私のことは、気にしないで下さい。
今でも、お姉さまを、愛しています。
暫くは、このままでいたい、と思います。だけど、時間が過ぎて、やがて、この気持ちも薄らいできた、その時には、私も、私の倖せを、探してみたいと思います。
お姉さまが羨む位、倖せになりたい、と思います。

乱文乱筆、ごめんなさい。
勢いのままに書いたので、文章が変かもしれません。
読み返すことができません。読み返せば、きっと棄てたくなってしまうから。

どうか、祐巳さまとお倖せに。
お二人の倖せを、私も、心から祈っています。

                  二条乃梨子