■ 01−魔女のお茶会

LastUpdate:2007/10/18 初出:東方夜伽話

 窓の外に浮かぶ月も、部屋の中までを上手く照らし出すことはできないらしい。灯りを彼女が落としてしまうと、急な暗闇に順応できずパチュリーの目にはすぐに何も見えなくなってしまった。感じられるのはさやさやと窓の向こうに梢が鳴らす遠い音と、室内で彼女とパチュリーとが静かに漏らす息遣いの音。それと胸の裡で確かな音を秘める、痛い程に熱を持った心ぐらいだろうか。
 多少なら暗くても平気と言っていたのは嘘ではないらしく、初めて招待した紅魔館の私室なのに闇の中を灯りのあった場所からパチュリーが座るベッドの上まで、難なく彼女は歩み寄ってくる。違いもなくパチュリーの顎へと彼女の指先があてがわれてきて、その意味がパチュリーにも判ったから彼女に促されるまま素直に瞼を閉じた。
 暗い中だからだろうか、見えていないのに却ってつぶさに意識させられる柔らかな感触。柔らかだけれど確かな弾力を伴った唇を押し当てられて、続いて感じられてくるのは浸透してくる彼女の体温。溶け合うような唇同士が交わる幻想の中で、僅かな隙間から行き交いするお互いの呼吸と、唇に凝縮されたかのように火照る熱とだけが不思議なぐらいにリアルだった。
「……アリス」
 長いキスがようやく離れてから、彼女の――パチュリーにとっては間違いなく最愛のものである彼女の名前を口にする。
 すると、徐々に暗闇にも順応してきたパチュリーの視界の中でアリスは。少しだけ、優しく微笑んでくれたように見えた。
「大丈夫……?」
 アリスにそう訊かれて、パチュリーは少し躊躇いつつも頷く。何が大丈夫と訊きたいのか彼女の言葉の真意も判りはしないのだけれど。それでも、ここまできて止めて欲しくなんて、ないから。
 パチュリーが頷いたのを見確かめてから、アリスはゆっくりと襟元のあたりにまで手を伸ばしてくる。まだ半分不慣れな視界でも、そっと寄せてくる彼女の手は敏感に捉えられて、思わずパチュリーは目を逸らした。
 いかにもアリスらしい器用な手つきで、パチュリーの襟回りは簡単に緩められてしまう。元々体を締め付けない緩やかな装いしか好まないものだから、それだけですぐにパチュリーの体から薄い上衣がパサリを立てて落ちた。
 まだドレスを纏っているから、少しも恥ずかしいということはない。けれどひとつ衣服を脱がされてしまうだけでも、十分すぎるぐらいの不安が心を蝕んでいくみたいで、ぶるっと躰が無意識に震えた。
 こんなことで怯えていてはいけないのだと、心の中では判っている。判ってはいるのに、けれど簡単には抗うほどもできなくて。
「やっぱり、怖い?」
 アリスが囁くように訊ねる言葉に、素直に頷くしかない。
 今まで、どんなにも周到に生きてきた自分を知っている。知っているだけに、こんな形で自分のことを誰かに許してしまうことにパチュリーはどうしても慣れていなかった。
 相手の心や躰を求める傍らでは、自分の心や躰を許さなければいけない。それが恋愛の理なのだと、きちんと理解している。でも……頭で理解していることなんて、結局は恐怖や不安を取り除くことには何の役にも立たないのだ。
 ――魔法使いとは。結局の所、狡猾に生きることを選んだ人種なのだと思う。生まれてからつい最近まで、決して必要以上には誰に心を許すこともなく。友人であるレミィにさえ、自分の持つ心の総てを打ち明けることなんてできなかった。
 長年染み付いた生き方のせいなのか。それともただ臆病な心の在り様なのか。愛している気持ちを疑いなく認めることができたいまでも、誰かに心を許してしまうことは、まだ――怖い。
「怖いなら……やめてもいいのよ」
「それは、ダメ」
 アリスの提案を、パチュリーはすぐにかぶりを振って拒む。
 いま彼女に対して自分のことを許せなければ、きっとこの先ではもっと自分を許すことができなくなる。そんな怖い予感がしたから、どうしてもいま彼女に、自分のことを抱いて欲しかった。
 恋愛には駆け引きがあるという。大図書館に収めてある、外の世界で記述された恋愛話を纏めた幾つかの書籍には、そんな風に記してある。でもそれは……たぶん正しくない。だって、恋愛なんてものは結局……。
(……好きになってしまった時点で、負けなんだ)
 そう、思うのだ。
 瞳を静かに閉じて、深い呼吸で心を落ち着ける。再度見開いた瞳には、もう暗い中でもアリスの表情がきちんと確かめられるほどに、しっかりと視界が開けていた。
「お願いアリス、続けて」
「でも」
「……お願い」
 殆ど強請るみたいにパチュリーが求めると、まだどこか納得できないといった表情を残しつつもアリスはコクンと頷いてくれた。
 アリスの両手が再度パチュリーのほうへと伸ばされてくる。帽子を簡単に取り払ってしまうと、すぐにドレスのほうにも彼女の指先が届いてきて。
「バンザイして」
「ん……」
 言われるままに両手を上げる。するすると抜き取られるように、簡単にドレスが肌を擦って脱がされていく感覚に耐えきれなくて、パチュリーはきゅっと硬く瞳をつぶった。
 目を閉じれば、より明瞭に自分の躰の震えが意識させられてしまう。今までどれほどの恐怖と向き合ったときにも、これほどまでに躰が震えてしまったことなんて、きっと無かったのに。
 ドレスが脱がされてしまうと、今まではまるで感じられなかった冬ならではの肌寒さが、急に強い刺激となって躰中に感じられた。ドレスを脱がされてしまえば、その中で身に付けているものはドロワーズひとつだけ。アリスの視界の先で露わになっているパチュリーのお腹や胸のあたりにも部屋の空気の冷たさが痛いほど際だって意識させられしまう。
(……幻滅された、だろうか)
 脱がされることの不安とはまた別の、強固な不安が心に浮かぶ。
 恋愛感情抜きにしても、同性でありながら憧れてやまないスタイルの良さを持っているアリスとは違って、パチュリーはまるで自分の躰に自身が持てなかった。同じぐらい痩せているとはいえ、アリスが魅せるのが可憐な華奢さであるのに対し、パチュリーはただ病的な痩身でしかなかった。肌も同じぐらい白いのに、アリスが思わず感嘆させられる程の美しい雪膚であるのに比べるなら、パチュリーの肌はただ死体を彷彿させるように不吉に白い。
 女性的な魅力をこれでもかというぐらいに内包した彼女と較べて、自分に愛されるに足るほどの魅力があるだなんて到底思えはしないのだった。ましてこれほど魅力的な彼女が私に想いを寄せてくれているなどと、どうして素直に信じることなどできるだろう。
「やっぱり……綺麗ね。夢の中で想った、パチュリーとおんなじ」
 けれどパチュリーの畏怖とは裏腹に。感嘆の言葉を、アリスは紡ぐ。
「……嘘」
「嘘じゃないわよ。夢の中で……何度こんなあなたの躰に、想いを馳せてきたのか判らないもの」
 アリスは真剣にそう言ってくれる。その言葉がただ嬉しく、信じたくて仕方がないのに。
 パチュリーには彼女の言葉をそのまま受け入れることなんてできない。私なんかに、彼女に愛されるだけの資格があるようにはどうしても思えなかったのだ。
 パチュリーがその気持ちを正直に吐露すると。アリスは少しだけ宥めるような表情をしながら、「馬鹿ね」と優しく口にした。
「あなたを愛する資格が無いと言うのなら、私に誰が愛せるというの?」
 アリスの言葉の意味がすぐには判らなくて、一瞬唖然とさせられてしまう。
 やがて、ようやく言葉の真意を理解したときには。殆どしがみつくみたいに強く、パチュリーはアリスの胸元に取り縋ってしまっていた。
「……泣かないでよ」
「だっ、てぇ……」
 困ったように口にするアリス。でももう、パチュリーの意志を飛び越えて涙が溢れてきてしまうものだから。いちど溢れてきたそれを押しとどめてしまうことは、どうしてもできなくて。
 嗚咽が喉を鳴らすたびに、やっと心で凍てついていたものが、少しずつ融け出していくみたいに感じられた。
「お願い、泣き止んで。泣いているパチュリーを抱けるほど、私鬼畜じゃないのよ……」
「……ごめんなさい」
 そうは言っても、すぐに心の揺れようが収まる筈もなくて。
 たっぷり数分間はアリスの胸元に額を預け続けてから。ようやくパチュリーは、すっくと体勢を立て直してアリスのほうへと向き直ることができた。
 アリスの顔が急に近づいてきて、慌ててパチュリーは瞼を閉じる。またキスされるのかなという期待は半分だけ裏切られて。柔らかな感触は唇へではなく閉じた瞼の向こうから感じられてきて、パチュリーは思わず戸惑ってしまう。まるで涙の痕を拭うみたいな優しい感触で、アリスの静かな口吻けが幾度も優しくパチュリーの目元へと触れ合わさった。
「……やっぱり、ちょっとしょっぱいわね」
 そんな風に囁きながら、アリスの唇は辿るようにパチュリーの色んな場所へ口吻けられていく。目元から涙を拭うように頬へ、鼻梁を撫でたあと、唇を躱して顎の辺りへ。
「……っ!」
 さらには鎖骨の辺りへとアリスの唇が辿り着いた時には、我慢できずに声が少しだけ漏れ出てしまった。なおもアリスの唇はパチュリーのラインを沿っていき、やがて胸元にまで辿り着いてしまうと。
「ふぁ……ぁ」
 乳房を擽る甘い感触に反応して声を上げてしまうのは、なんだかいけないことのように思えて。声にならない声だけが、パチュリーの喉から我慢できずに漏れ出てしまう。
「もしかして胸、感じやすい……とか?」
「そんな、筈は……」
 ――そんな筈はないのに。
 パチュリーだって、今まで自分でしたことがないわけじゃない。むしろ自分で自分の躰を慰める機会は、アリスを愛する気持ちを意識させられるほど、増えていく一方だった。だけど、そうした自慰行為の中で、乳房を慰撫することは僅かにさえ慰みの役には立たなかったことを覚えている。
 確かに触れば擽ったいし、多少なりには不思議な感覚がある。だけど直接性器に指先を這わせることに較べれば、なんの手助けにもならないほど曖昧な感覚しか響かなかった筈なのに。
「……っぁ……!」
 それが、どうだろう。いまアリスから這わされる乳房へと口吻ける愛撫は、こんなにも直接的な刺激となってパチュリーの躰の裡へと響いてきている。
「声、我慢しないで。……聞かせて」
「……ぁ、ふぁ、ぁ……!」
 言われて、思わず我慢したくなる心を少しだけ緩める。
 ただ乳房に口吻けられているだけ。それだけなのに。
「ふぁう!? す、吸わないでっ」
「……」
「っひあ!! 噛むのも、ダメぇ……!」
 はみはみと何度も甘噛みするかのように、アリスの歯列が優しくパチュリーの乳房やその先端にある突起を刺激する。その度にどうしようもないほど研ぎ澄まされた感覚が、パチュリーの躰中を貫き響いていくのがわかる。
 それから暫くの間、アリスに胸元を愛撫され続けては殆ど自分で性器を慰めているときと変わらないほどの嬌声をパチュリーは上げ続けさせられてしまう。やっとのことでアリスの唇が胸元から離れたときには、随分と息が荒くなってしまっていて。そのことが、より一層パチュリーに恥ずかしさを意識させた。
「パチュリー……」
 せがむような声で、アリスに名前を呼ばれて。
 観念するような気分で瞼を閉じてから、パチュリーはコクンと頷いて応えた。
「……アリスは脱がないの?」
「私のことはいいの」
 ベッドの上に座したままでは脱がせないから。パチュリーの乳房の間辺りにアリスの手のひらがあてがわれると、トン、と軽い力で押されて。
 パチュリーの上体は抵抗もせずに、彼女の望みのままゆっくりとベッドの上に押し倒された。
「脚、伸ばして」
「うん……」
 普段なかなか素直になれない私なのに。
 夜伽の魔力のせいなのか、今だけは素直に彼女の言葉に従うことができた。
「ふぁうっ!」
 ドロワーズを脱がせる前に、敏感な箇所をその上からつっと指先で撫でられる。
 それだけでも恐ろしいぐらいに鋭い刺激が躰を突き抜けてきて。たったひと撫ででも、十分過ぎるほどパチュリーに淫らな期待を抱かせた。
 脚に沿ってドロワーズが引きずり下ろされていく。下着が肌を擦る感覚が膝の辺りにまで達してしまった頃には、自分の最も淫らな部分が彼女の視界の先に曝されているかと想うと、もう生きた心地さえしなかった。
 最後に靴下の上を擦って、ドロワーズが完全に下肢から脱ぎ離されてしまう。殆ど生まれたまま同然の姿にされては、恥ずかしさで息をすることさえ自由にはならない。靴下だけが唯一残されているけれど、そのことが何の慰めになるだろうか。
 自然と彼女の視線から下腹部を覆い隠そうと、パチュリーの手が伸びる。けれどアリスはそれを遮ると、
「見せて」
 とだけ簡潔に言い放って、せめてもの抵抗さえパチュリーに許しはしなかった。
 おそるおそる薄目を開けてアリスの表情を伺い見てみると。まじまじと、パチュリーの秘部へと視線を突き刺している姿を確かめてしまって。
(……死にたい)
 あまりの恥ずかしさで、そんな気持ちだけが痛烈に心に沸き起こる。
「愛してるわ、パチュリー」
「……そんな場所を見ながら、言わないで……」
 いっそ殺して、とさえ思えた。
「私もう……一度始めてしまったら、あなたを我慢できないかもしれない」
 アリスは真剣に、そんな風に言ってくるのだけれど。そんなこと、パチュリーには少しの躊躇いにもならない。
「我慢なんて必要ないわ。今さら、やめられるほうが困るわよ」
 私だってあなたに抱かれたいと。そう、思っているのだから。
 正直な気持ちを口にしただけなのに。パチュリーの言葉で、どうしてか逆にアリスは少し申し訳なさそうな表情になって。
「ごめんなさいね。私の我儘のせいで、無理にあなたを抱くみたいで」
「――違う」
 その言葉は、殆ど反射的に否定することができた。
「あなたではなく私のでしょう? 私の我儘で……あなたに、無理に抱いてもらうようなもので」
 どちらかといえば、私の方こそが申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
「……そう? 私はただ、自分の気持ちの通りにあなたを抱くつもりだけれど」
「私だって」
 私だって。本心から、あなたに抱かれたいと。
 今度は視線が交錯しても、パチュリーは瞳を逸らしたりはしない。アリスのことを好きな気持ちには、少しも偽りは混じっていないのだから。
「じゃあ、私たち二人の我儘、って所かしら」
「……そうね」
 二人の我儘。
 アリスが言ってくれたその単語は、とても嬉しい気持ちになってパチュリーの心に響く。
 押し倒されているパチュリーの上に、覆い被さるようにアリスの身体が乗せられてくる。
 もう一度、今度はどちらが促すともなく、自然に瞼が閉じ合って唇が交わり合う。
「んふぁ……」
 唇を触れあわすだけでなく、お互いの舌先が絡み合う濃厚なキス。行き交いする呼吸に合わせてアリスの唾液まで流れ込んでくるみたいで、コクッと喉を鳴らしてパチュリーはそれを飲み込む。
(……変な味)
 少なくとも、幾つかの恋愛小説で綴られるように「甘い」味ではないとパチュリーには思えた。どちらかといえば無機質でいて、お世辞にも美味しいとは言えない味。だけど、
(嫌な感じじゃ、ない)
 そんな風にも思えることが、とても不思議。
 幾度も交じり合って、確かめ合う舌先同士の交歓。無機質なアリスの唾液の味に慣れてくると、その中に混じって少しだけ密かに存在を伝えてくる渋み。
 なんだろう、と一瞬だけ不思議に思うけれど、パチュリーにはすぐにその答えが判った。ベッドインするよりも少し前、気持ちを落ち着けるために二人で飲みあった紅茶の渋みが、微かに存在を主張していた。
 唇はやがて離れて。約束のキスのあとには、もうひとつしか辿り着く場所はない。
「お願い、カーテンを閉めて」
「いいけど……?」
 初めは月明かりなんてまるで頼りなくて、何も見えなかっただけの暗い部屋だった。でも今は、そんな部屋の中でもアリスの表情一つまでちゃんと見渡せていて。
 ――今ではもう、月明かりさえ眩しすぎる。こんな眩い輝きが見ている中では、どうしても心が落ち着かなかった。
 カーテンが月明かりを遮っても、順応しきった視界が霞むことはない。ただアリスがカーテンを閉めてくれたことで、世界そのものが二人だけのものへと狭まったようには感じられた。ぎゅっと濃縮したみたいな、とても狭い狭い世界の中で。感じられるのは愛しい人の姿と、感触と、音と、体温……だけ。
 アリスはもう「いい?」とは訊かなかった。ただ視線で訊いてきて、パチュリーも目で応える。彼女の真っ直ぐな瞳からは明確な意志が読み取れて、パチュリーも改めて意志を心に定めることができた。
「……っは……」
 僅かな感触で、パチュリーの秘部を撫でる指先。最初は擽ったい感触だけ。
「はぁ、んっ……!」
 けれど指先が課してくる重さに強弱がつき始めて、撫でていく指先のスピードや動きにもアリスの指技が纏い始めると、すぐに擽ったさは確かな性感となってパチュリーの躰に響き渡っていく。
「ふぁ、ぁ、んぅ……っぁ……!」
 撫でられれば撫でられるほど、アリスの指先の冷たさとは逆に愛撫の痕には却って熱が帯びる。熱はじんわりと躰に溶けていくけれど、そこには自分で自分を慰めるときとは比べものにならないほどの快感が、確かな感覚となって躰に沁み入ってくるようだ。
「パチュリー、気持ちいいの?」
 純粋な疑問、といった素直な語調で訊かれることが余計に恥ずかしさを煽り立てる。
 弱い表情、弱い心、弱い躰。その総てを無条件に相手に許してしまえることが、愛する気持ちの到達点だとは判っているけれど。だからといって恥ずかしさが、辛くない筈がない。
 陰唇に沿って撫でられるだけの愛撫。けれど昂ぶらされるだけで、そんな愛撫ではパチュリーが求めるだけのものが得られようはずもない。殆ど野性的な本能から、心にはより一層強固な快感を希求してやまない心が芽生え始めてくる。
「……じ」
「じ?」
「焦らさない、でっ……!」
 まるで哀願するように。パチュリーがそう縋ると、アリスも得心したかのように頷いてくれた。
「力を抜いてね」
「で、できるかしら」
 ゆっくりと淫らな襞を分け入るように。アリスの指先が、自分の中へと侵入してくるのが判る。
「パチュリーの中、凄く濡れてる……」
「い、言わないで……っぁあ!!」
 ぐぐっと押し入るような感触は、パチュリーの深い部分から刺激を直に投与してくるかのような鋭さで。抉るように快感の波を強く躰の裡に響かせてくる。
 快楽は深く爪を立てるように中枢の裡からパチュリーを蝕む。いっそ快楽の儘に抗わず、総てを委ねてしまいたい……そんなふうにも想いながら、けれど辛うじて残った理性がそうすることへの恐怖に警鐘を鳴らす。
「ふぁ! ぁ、ふぁ、ひっ、ひあぁ……!」
 絶間なく投与される過剰な愛撫という報酬。躰の裡をびくびくと駆け抜ける、快楽という応酬。満たしていくように感じられながら、どこか同時にパチュリーの中から何かを根こそぎ奪い取り、喪失させていくような休まらない不安さえ与える。気持ちがいいのに、どこか淋しく沁みる寂寞と畏怖。よくわからない未知の陶酔だけが、心の中で何度も捉えられる。
「もっと、啼いて。声を聞かせて」
「……ぃ、ゃ……」
 ふるふると頭を左右に振ってパチュリーは拒む。けれど幾ら態度で拒んだからといって、結局はパチュリーがいかに狂わされてしまうかなんてアリスの指先ひとつでしかない。
「じゃあ私が、啼かせるお手伝いをしてあげる……」
「や、ぁっ……! ぁ! ふぅっ……!」
 声が、もう声にならない。アリスの指先は温情を忘れて激しさをより増していき、どんなに声を上げるのをパチュリーが我慢しようとしても無駄な抵抗にしかなりはしない。アリスが与えてくる刺激のまま声を上げさせられてしまうし、その度に視界や意識が少しずつ頼りないものへと霞んでいく。
「い、やぁっ!! は、ぁ、はああっ……!!」
 じりじりと、アリスの指先に追い詰められていく。追い詰められていけばいくほど怖いぐらいに膨らみ続けた何かが、パチュリーの裡で今にも爆発しそうに軋みの音を上げる。
「だ、めぇ……っ!! ふぁ、ぁ、ぁああああああああっ!!」
 瞼を閉じている内側で、なお視界が白く霞む。上体が大きくベッドの上で反り返って、今までと比べものにならないぐらい大きく、ぶるっと躰が震え渡った。
「……ぅ、ぁ……」
 アリスの愛撫が止んでも、なおも躰は小刻みに痙攣を続けていて。
(これが……いく、ってことなんだ……)
 こんなに強烈な衝撃、今まで味わったことなんて、ない。これが性的な快楽が導く結末なのだとしたら、今まで自分が課してきた慰みの指先は一体なんだったのだろう。自分で自分を導いて達させたときに得られる快楽とはまるで別の、夥しいほどの未知の快楽。その余韻を楽しむかのようにパチュリーは躰を甘美な弛緩心地のままに委ねる。
「気持ちよかった?」
「……」
 アリスの言葉にも、最早頷くしかない。これだけ派手に乱れさせられてしまえば、今さら誤魔化しても何にもならないだろうから
「ところで……私、パチュリーにひとつ、謝らないといけないわ」
「……え?」
 パチュリーが疑問の声を上げた刹那。
「ひっ!」
 快感と不快とが混じり合った刺激が躰を貫く感覚に、パチュリーは思わず悲鳴を上げてしまう。達したばかりの敏感になりすぎているその箇所に、アリスの指先が再度撫でつけられてきていた。
「な、な、なっ!?」
 慌ててパチュリーはアリスの手を払いのけようとする。するのだけれど……アリスのもう片方の手に阻まれて、逆にパチュリーの手のほうが払いのけられてしまう。
「パチュリー……お願い、抵抗しないで」
「そんなっ!?」
 いくらアリスのお願いでも、そんなこと聞けるはずない。
 ……聞けるはずがないのに。言葉ではっきりとアリスに抵抗を否定されてしまうと、それだけでパチュリーは強い抵抗をすることができなくなってしまう。
「うぁ……っ、ぁ……!!」
 秘部を撫でつける指先はすぐに勢いを増していき、愛撫の激しさはパチュリーを追い詰めたときと同じレベルにまで高められていく。
「んはぁっ!! はぁうううぅっ……!!」
 それは、もう優しい手ほどきなどでは無かった。一度追い詰めたことでポイントを知り尽くした無慈悲な愛撫は、ただ執拗にパチュリーの敏感な箇所を責め立ててきて。痛覚よりもずっと苦しい快感の痛みが、なぶるように幾重にもパチュリーのことをどんなにも苦しめて苛む。
「ゆ、許し、てっ……! お願い、だからっ……!!」
 目元に大粒の涙を浮かべながら。パチュリーがどんなに哀願しても、アリスの責めの手は僅かにさえ緩まず、休まらない。
 それどころか、泣き縋るパチュリーを見つめてくるアリスの表情を確かめて――。パチュリーは思わずぞっとするような戦慄を覚えた。
(笑って、いる……!?)
 そう、アリスの表情は紛れもなく妖艶に笑んでいた。
 幻想郷の他の誰さえ知らないアリスの一面が、いまパチュリーの前に顕れているみたいだった。あれほど普段は優しく知的なアリスが、性の中でだけ見せる嗜虐性。
 普段はまるで見られない彼女の姿を前にして(怖い)と思う。思うけれど、パチュリーはアリスが見せたそうした意外な一面を(嫌)とは思わなかった。
 予想外の一面だし、彼女の指先に喘がされているパチュリーにとっては尋常ではなく辛い行為。だけどそんな彼女の姿も、他ならぬ私にだけ見せてくれる姿であるならば。
(――受け止めたい)
 そう、パチュリーは思えたのだ。
「……く、ぁ……!!」
 本当は今すぐにでも逃げ出したい。それぐらいに、快楽の苛みは辛い。
 けれど、逃げない。それがアリスの望みであるなら、どんなに辛くても受け入れて応えることがきっと私にとっての望みでもあるのだから。
「むぁあああ……っ!! あ、りすっ……!!」
 声にならない声で、愛しい人の名前を呼ぶ。
 殆ど狂い始めているような意識の最中でも、愛する人の名前を呼ぶことだけは明確に幸せとして感じられて。
「アリスっ!! アリスぅ……っ!!」
 パチュリーは何度も、何度でも最愛の人の名前を口にし続ける。
 彼女の指先が私を蝕み続けて、満足するその瞬間まで。