■ 02−魔女のお茶会

LastUpdate:2007/10/18 初出:web(mixi)

「ねえ、アリス」
「うん?」


 ふと名前を呼ばれて。アリスは振り返りもせずに、すぐ傍に座っているであろう彼女の呼びかけに答えた。
 いまさら振り返らなくっても、彼女……パチュリーは、アリスが手を伸ばせば届く程度の距離にいると判っている。だからアリスは読みかけの本に目を落としたまま、先を促す。
「えっと……何か、一緒に飲んだりしない?」
「んー、そうねえ」
 夏が終わりを迎えてから少し経った頃。外に出ればまだ残暑を僅かに感じさせるぐらいの熱気もあるけれど、紅魔館自体に掛けられている温度調節の結界の為なのか、それともここが地下にあるせいなのか、図書館の中はどこかひんやりと静まっていて涼しい。
 本を読むのにはこの上ない快適な環境。こんな涼しさの中では熱い紅茶を楽しむのもいいかな、ともアリスは思う。紅茶は冷やしたのも美味しいけれど、やっぱり淹れたての熱い香気を強く纏う美味しさには叶わないと思えるからだ。夏の間はすっかり遠ざかっていたものだから、想像しただけで舌が紅茶の味を求めて少し唾液を纏わせてくるぐらいに。
「……飲みたいけれど、今は止めておくわ」
 けれど、アリスはそうパチュリーに答えた。
「もう少しで、読み終わりそうなの。今ちょうどいい所でね」
 アリスが読んでいるのは、外の世界の本。外では『文庫本』と呼ぶらしい。片手にぴったり収まりそうな程の小さな本なのに、けれどその外観とは裏腹にぎっしりと厚い分量を秘められている。冒険小説なんて趣味じゃなかったけれど、外の世界の自然を髣髴とさせる丁寧な描写は、読んでいてアリスもすっかり引き込まれてしまった。
「そう……じゃあ、仕方ないわね」
「ごめんなさいね。あと十分ぐらいで読み終わると思うから」
 残念そうに、少し気落ちしたパチュリーの声が気になったが、それでもアリスは彼女のほうを振り返らなかった。
 こうしてパチュリーの図書館に遊びに来ては、日がな本を読み耽ること。それが、今ではアリスの生活の一部にさえなっていた。研究に没頭する日もあれば人里の町に足を伸ばすこともあるからいつもというわけではないのだけれど。それでも予定が無い日には、雨の日にも雪の日にもアリスはここを訪ねるようになっていた。
 その理由は……私が好きな人が。そして私を好きだなんて言ってくれる物好きが、いつもここでアリスのことを迎えてくれるからだ。。
 ちらっと、アリスが傍に座るパチュリーのほうを振り返る。するとパチュリーは、じーっと何もせずに、ただアリスのほうを見つめてきていた。
「なあに、退屈なの?」
 アリスが訊くと、少し不機嫌そうな表情でパチュリーは首を左右に振る。
「……そういうわけじゃないわ」
「そう? それならいいのだけれど」
 アリスは再度本のほうへ目を落とし、静かに物語の中へ心を沈ませようとする。
 けれど、今度は上手くいなかかった。一度気づいてしまうと、傍で寄せられてくるパチュリーの視線が、どうにも気になって仕方ないからだ。
「……パチュリー。何か、私に用事があるんじゃないの?」
 アリスが訪ねても、パチュリーは黙して何も答えない。
 けれど、そんなパチュリーにはアリスは慣れっこだった。パチュリーは少し不機嫌になると、大体いつもこんな風に、黙りこくってしまうのだから。
「パチュリー、あなたもしかして。……したいの?」
「……」
 その質問にもパチュリーは何も答えずに、ただぷいっと顔を逸らしてしまう。
 無愛想な仕草、いかにも彼女らしい無表情。けれどそんな彼女の表情からも、いつしかアリスはパチュリーの心を少しだけ読み取れるようになっていた。
 テーブルの上から栞を取って、読みかけのページに挟みこむ。

 ソファーから立ち上がって、アリスはパチュリーの傍にまで、ゆっくり歩み寄った。
「アリス……?」
 訝しそうな声をパチュリーが上げる。
 アリスは構わずにパチュリーのすぐ傍にまで近づくと、そっとパチュリーの顎に手を当てて。
「あ……」
 切なそうな声が、彼女の喉を少し震わせる。やがて静かに瞼が下りきったのを確認してから。
 そっとパチュリーの唇に、アリスは自信の唇を重ね当てた。
 キスをすることは、私たちの間で神聖な儀式のようになっていた。アリスのほうから口吻けるキスには、アリスの愛したいという気持ちと、パチュリーにもっと素直になって欲しいという気持ちが籠められていて。パチュリーのほうからしてくれる口吻けには、パチュリーが愛されたいという気持ちと、アリスに虐めて欲しいという気持ちが籠められている。
 触れるだけのキスでも、最愛の人と交わす口吻けはやっぱり特別に感じられる。柔らかな感触、僅かに行き交いする温かな熱と呼気。唇を重ねてそれを直接に感じるだけで、何か甘い痺れのようなものがアリスの躰中に伝わってくるのがわかる。
「はあっ……」
 数十秒の間だけお互いを確かめ合うように重ねられて、やがて離れた唇。ようやく十数センチの距離が離れてパチュリーの顔を見確かめると、もうそこに不機嫌な彼女の表情は見られなかった。
「パチュリー、もう一度訊くけれど。……ホントは、したいんじゃないの?」
「……」
 相変わらず黙って何も答えないのは一緒だけれど。

 それでも、やがてパチュリーはコクンと頷いて、アリスの疑問が正しいことを示してくれた。
「もう、それならそうと言ってくれればいいのに」
「だって……アリス、読むのに忙しそうだったし」
「確かに面白い本だったけれどね。……でも、本を読むなんて、いつでもできるんだから」
 そう、本を読むのなんていつでもできることだ。
 今度はパチュリーの頬にそっと手を撫ぜて。目を閉じたパチュリーに、もう一度アリスはそっと口吻けた。
 さっきのは『素直になって欲しい』キス。
 今度のは、これからパチュリーのことを『愛します』というキスだ。


   *


「さっきの本、明日返すから貸してね。続きが気になるし」
「ええ、どうぞ」
 場所を移して図書館の奥にある寝室。パチュリーもリトルも紅魔館に私室があるせいか殆どこの寝室は利用しないらしくて、地下にあることも相まって、なんだかいつ来ても少し埃っぽいような気がする。
 けれどそんなことも、眠るのではなく「愛し合う」ことに際しては殆ど気になるわけでもない。ベッドの上にちょこんと座るパチュリーが少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめている様子を見て、アリスもすぐにそんなことは気にもならなくなった。
「脱がすわよ?」
「……ええ」
 今まで幾度、パチュリーと愛し合ってきたか判らない。それだけの行為を重ねてきてなお、相手の服を脱がせるときと、相手に服を脱がされるときの緊張だけは未だに無くなることがない。
 少しだけ震えるアリスの指先。そして、少しだけ震えているパチュリーの躰。
 同じ感覚を共有しているのだと判っているから、震えている彼女を確かめても、アリスは指先を止めない。
「綺麗よ――パチュリー」
「……ありがと」
 上着も下着も、着ているものを全て脱がしてしまって。そして、相手の裸を見た瞬間の感動も。何度としてパチュリーの姿を瞳の奥に捕らえてきたはずなのに、未だ褪せる感覚さえない。
 灯りも点けていない、暗い部屋の中。何かを探り求めるかのように、アリスの手のひらはパチュリーの肌の上を撫でつける。少し不健康で色白な肌を思わせるぐらいにとても冷たい躰の場所と、迸るような熱さを確かめさせられるような肌の部位とか彼女の躰に同居していることが、少しだけ不思議で面白かった。
「ふぁ」
 パチュリーの肌の中でも特に冷えた、胸の双球をアリスの両手が求めると、熱い吐息が彼女の唇から漏れる。柔らかいのに、心地よい弾力。冷たいのに不思議な体温を感じさせる乳房の魔性に、少しだけアリスは心を奪われそうになる。
「ふぁうん……」
 僅かな時間その余韻を楽しみながら彼女の胸元に触れ続けた後、アリスの指先はさっきとは逆に熱くそぼつパチュリーの最も淫らな部位に伸ばされる。触れるだけで指先に少しだけ纏わる液体もまた、彼女の体温を思わせるぐらいに熱い。
 すぐ近くにその愛液を滲ませる原因の箇所があると知りながら、アリスの指先はその周囲だけを狙ったように這う。太股との境を指先で軽くだけ擽ってみたり、うっすらと生い茂る恥毛の感触を楽しんでみたり。
「――ふあ!」
 愛撫の最中に、指先がほんの少しだけパチュリーの敏感な芽に掠ってしまうと、それだけで一際高い声が上がって、びくんと彼女の躰が震えた。
「じ、焦らさない、でよ」
 半分涙声になりながら、パチュリーがせがむ。
「我慢できない?」
「……馬鹿っ」
 その声が聞きたくて、焦らしていた指先をアリスは止める。探るように彼女の躰を求め、指先がパチュリーの躰の入り口にまで辿り着くと、アリスは目でパチュリーを一瞥する。
 コクンと頷いたパチュリーに応えるように、ゆっくりと指先をパチュリーの中へと挿し入れた。
「ふぁ、ぁ、ぁ……」
 アリスの指の侵入に遭わせて、切ない吐息がパチュリーの喉から零れ出す。
 十分に入ったら、今度はゆっくりとパチュリーの中から指先を抜き出す。彼女の求める刺激の量を探るように少しずつ加速させながら、指先は抽送を繰り返す。愛することは複雑そうに見えて、結構単純な行為だったりする。
「んあぅ! あっ、ぁ……ひぁ!」
 けれど愛する単純な行為でも、されている側が簡単に求めてくる愛撫を受け流せる筈もなくて。アリスの愛撫の指先ひとつひとつに激しく乱されるパチュリーの表情を見ていれば、どうして飽きることなどできるだろうか。
 苦悶の表情。快楽が躰を突き抜ける表情。そして快楽に流されてしまわないようにと、必死に耐えようとする理性的な表情。
「んはあぁあっ!!」
 我慢しようとするパチュリーの表情が見えたから、アリスは抽送する指先はそのままに、親指でくりくりと包皮に包まれているパチュリーの最大限敏感な箇所を虐めてみる。
「ふぁ、ぁ、ぁ、ひあぁあああっ……!!」
 パチュリーの躰が反り返って、頭が仰け反る。
 耐えようとしても、結局は気持ちごと快楽に追い詰められてしまう。
 そこに見える、パチュリーの――恍惚の表情。
 この稚く淫らな表情を見つめる度に。

 アリスは溜らなくパチュリーのことを(愛おしい)と思うのだった。

 

   *

 

「さっきの本だけれど、やっぱり貸さないことにするわ」

「そう」

 それは予測済みの答えだったので、アリスは別段驚きもしなかった。

「また明日も読みに来なさい、ってことね?」

「……」

「答えないと、またキスするわよ?」

「うぅ……」