■ 6.「素絹の裸婦(後)」

LastUpdate:2008/01/21 初出:web

「如月殿。もし違っていたら、怒ってくれて構わないのだが」
「え? あ、はい。何でしょう?」
「もしかして――したいのでは、ないだろうか?」
「……ぁ、それ、は……」

 

 

 ――言い当てられた。
 露骨にしているつもりはなかっただけに、雅さんから思いっきり言い当てられてしまうと、急に気恥ずかしさは強まって感じられてきてもしまう。
 いくら裸とはいえ、これはあくまで絵を描く為のものであって。だから裸の自分を見てくれる雅さんの視線に特別な意味なんて籠められていないのだと、判ってはいるのだけれど。
 ……それでも、他でもない雅さんに見られていると意識すればするほど、昂ぶる躰。熱くなってじんと躰の内側で何かが込み上げてくる感覚があって。そうした躰の変化の果てに導かれるものは結局、性への期待に他ならなかったのだ。

 

 

「……すみません、今はそういう時じゃないのに」
「何も恥じるようなことじゃない。私だって、如月殿の裸を前にして、同じことを思っていた」
「そう……なんですか?」

 

 

 雅さんの言葉は少し意外なもので、如月は思わず首を傾げてしまう。コクンと頷く表情からはそういう雰囲気を見つけることはできないけれど、雅さんは嘘を吐くことがないから。そう口にする以上、実際に感じて下さっているのだろうか。
 もしも、そうなら……。それは勿論、嬉しいこと。
 雅さんが、私の躰を見て、どきどきしてくれる。およそ女性的な魅力のようなものを持っている自信なんて持てないけれど……それでも私なんかの躰でも、少しでも雅さんの心を揺らすことができるのは、本当に身に余る嬉しさだった。

 

 

「そこで、如月殿にお願いがあるのだが。……もしかしたら如月殿を怒らせてしまうお願いかもしれないのだけれど、口にしてもいいだろうか」
「……あ、はい。それはもちろん」

 

 

 力強く頷いて、如月は答える。

 

 

「雅さんのお願いなら私、絶対に拒みませんから。だから、変に遠慮したりせずに、何でも言って下さるほうが嬉しいです」
「……すまない、ありがとう」

 

 

 それはきっと、嘘でも誇張でもない。本当に雅さんが望んで下さることになら何でも拒まないつもりだし、それは如月自身が拒む云々以前に、『応えたい』という気持ちを強く抱いていることの表われでもあった。
 愛する気持ちの側面として顕れる、ともすれば暴力的な一面。例えばその為に無理を求められたとしても、たぶん如月は喜んで応えるだろう。どんなに辛いことでも、それが雅さんの喜びに変わるなら、多分私は素直な気持ちのまま何でもしてあげたいと思えるから。

 

 

「じゃあ、良ければ……自分でしている如月殿の姿を、描きたいのだが」
「自分で……? って、ええっ……!?」

 

 

 何を、とまでは言われなくても、意味ぐらいは判ってしまう。

 

 

「そ、そんなの……描きたいんですか……?」
「描いてみたい」
「そ、そうですか。……わ、わかりました」

 

 

 雅さんの欲求は少しだけ想定外のものだったけれど。でも、雅さんが望んでくれる物総てに応えたいと思う如月の意志は、そんなことで折れるほど容易いものではないから。だから比較的すぐに如月はそれを頷いて受け入れる。
 新しいページを開いたクロッキー帳を準備して、雅さんが再度鉛筆を手に取る。
 私も静かに、秘所に指先を這わせ始めていく。

 

 

「はぅ……」

 

 

 自然に声が漏れ出てしまう。躰はもう随分と前から性的な衝動に駆り立てられていたものだから、指先は躊躇いもなくすぐに如月の躰の中へと侵入してしまう。
 ただ、見られていただけの筈なのに。快楽の指先を今の今まで僅かにさえ這わせていなかった筈のそこは、如月自身驚かずにはいられないほどの液体に溢れていた。秘壺に指先を這わせるほど、静寂に満ちた部屋の中に粘液が淫らな奏でる水音ばかりが響いて、どこか耳に響くその音の余韻が余計に如月の劣情を膨らませていく。

 

 

「もう少し足を開いて、よく見せて」
「そ、そんな、ぁ……っ!」

 

 

 言葉では躊躇いながらも、躰は自然と足を開く。這わせる指先は間違いなく如月自身のものなのだけれど、心の中では指先の感覚は雅さんのものに置き換えられて、ただ責められる自分の姿ばかりを思い描く。あまりの恥ずかしさから眼をつぶっていると、雅さんの言葉は不思議ととても近くに聞こえて。静かな言葉で囁くように望まれては如月には拒みようもなく、それどころか直ぐに応えずにはいられない、どこか従順めいた心さえあった。
 脚を開けば開くほど恥ずかしさは膨張していき、それに伴って指先が齎す快楽も甚大なものへと膨らみ上がっていくかのようだった。ひっそりと自室で自分の躰に指先を這わせるときとはまるで違う、リアルに雅さんに責められているかのような感覚。抗いがたく、どこまでも官能的な淫らさが、心を侵し尽くしていく。

 

 

「ふぁああ!! ぁ、ぅん、っ……!!」

 

 

 一際濃厚な蜜が指先に纏わりついて。思わず背が仰け反ってしまう。
 熱い熱い快楽の余波に身を委ねながら。愛しい人へ視線を向けると、とても優しい眼差しで雅さんもこちらを見つめ返してくれた。