■ 3.「始まりの日」

LastUpdate:05/04/17

 二人きりの時には、手を繋ぐのが約束だった。
 それは、乃梨子がそう求めたわけでも、ましてや瞳子がそれを声に出して望んだわけでもない。理由は幾つかあった気がするけれど、きっとどれもはっきりした答えじゃないんだ。ただ、たくさんの瞳子に寄せる想いから乃梨子が内々に瞳子に求めていたことと、瞳子の心がわかるわけじゃないけれど、きっと瞳子もそれを嫌だとは思っていないということ。それだけがわかれば十分で、あとは乃梨子のほうから隣を歩く瞳子の手を握り締めればよかった。そうすれば瞳子は「仕方ありませんわね……」と悪態を付きながらも、絶対にそれを振り払おうとはしないし、ちゃんと向こうからも握り締めてきてくれるのだ。
 終末には瞳子がよく泊まりに来ていた。いつからか、週末にはいつも菫子さんは帰りが深夜にまで遅くなったり、あるいは帰ってこないことさえ頻繁にあった。きっとそこには大人の恋愛の事情があるのだろう……そういう事情で、乃梨子はだいたい一人で夕食を準備して、一人で就寝するのが日常になっていた。
 それを他愛もない雑談で瞳子に話したことがある。乃梨子は笑いながらそれを話したのだけれど、瞳子は決して笑わなかった。笑顔を浮かべる代わりに、真摯な表情のままでひとつの提案をしてきたのだ。


  「それでは乃梨子さん、いつも週末は淋しいのではないですか?」
  「うーん……まあ、確かに話し相手がいないのは淋しいよね」
  「まあ、でしたらですね、瞳子が週末には乃梨子さんの家に――」


 そんなこんなで予想外なほどとんとん拍子に決まって、もう三ヶ月。
 菫子さんの熱愛は今でも順調に続いているらしく、最近では週末はほぼ帰っては来なくなってしまっていた。深夜遅くなっても菫子さんが帰ってくる時には、瞳子もタクシーなり自宅の車になり迎えに来てもらって帰っていたのだけれど、最近では瞳子がそのまま泊まっていくのが普通になっていた。
 乃梨子の家で過ごす二人きりの時間は、大抵一緒にご飯を作って、食べて。そうしたあとに一緒に映画を見て過ごすことになっていた。あまり持ち合わせる趣味がお互いに合わない私たちだけれど、映画だけは乃梨子も瞳子も好きだったからだ。
 それに、映画を見ている間は限りなく瞳子の傍にいることができるから。長時間映画を見るのに適したソファーも椅子無いから、布団をしいて座り込んだり、転がったりしながら見る。二人並んで座って、肩をぴったりくっつけ合わせたり、肩から足の先まで限りなくゼロニ近い距離で寝転がったり。そうした上で、瞳子の手を握り締めながら映画を見ることができるのだから。
 瞳子と二人きりの時間を過ごすようになって、幾つかわかったことがある。
 まずひとつは、瞳子が極度の恥ずかしがりやであるということ。二人きりの時には瞳子の手を握ることも、指を絡ませることもできるけれど、学校で同じ事をやったなら瞳子は顔を真っ赤にして逃げ出すに違いない。
 もうひとつは……自惚れなのかもしれないけれど、瞳子が想いの他乃梨子のことを好きでいてくれている、ということだろうか。
 瞳子は、拒まない。恥ずかしがりやだから瞳子の側からは滅多に求めてきてはくれないけれど、乃梨子の側から望んだなら、大抵は瞳子は拒むことをしない。
 手を繋ぐこと、肩を寄せ合うことはもちろん。お泊りの時にひとつのベッドで一緒に眠ることも、この間なんて乃梨子が「瞳子のこと、抱きしめてみたい」と求めた時でさえ、瞳子は拒まなかったのだ。
 だから……だから、乃梨子が瞳子に対して想いを寄せているように。あるいは瞳子も乃梨子のことを好きでいてくれているのかもしれないと、自惚れかもしれないと自戒しつつも錯覚してしまうのは、仕方ないことだと思うのだ。
 乃梨子が少しだけ瞳子の手を握る力を強くしてみる。そうすると瞳子はこちらに振り返りこそしないけれど、ちゃんと乃梨子の手をぎゅっと握り返してきてくれた。
 映画の終了を告げるスタッフロールがゆっくりと流れていく。耳を澄ませば瞳子の息遣いも聞こえる密接した距離で、ふたり手を握りあったまま過ごす二時間。それを乃梨子が幸せを感じないはずがない――これで映画が面白ければ完璧だったのに。
「聞かないほうがいいのかもしれないけれど……どうだった?」
「……聞かないでくださいませ」
 やっぱりその感想は瞳子も同じだったのが、苦笑気味にそう答えてきた。
「ま、まあ……毎週映画を見ていれば、こんなこともあるでしょう」
 スタッフロールの途中で停止したビデオをリモコンで巻き戻し操作しながら瞳子がそう言う。それは、確かにそうかもしれなかった。
「ごめんね、つまんない映画選んじゃって」
「え? い、いえ、それは」
 レンタルビデオの店でこの映画を選んだのは乃梨子だった。選んだ理由は単純で、ただなんとなくタイトルに惹かれたから。だけど、やっぱりちゃんと雑誌で評価されている映画を選んで借りたほうがいいのかもしれない、と乃梨子は少しだけいまさらになって後悔していた。せっかく二人で一緒に見るのだから、一緒の時間を無下にしてしまうような選択は今後はしないようにしないと。
「あ、あのっ。映画は確かにちょっと退屈でしたけれど――だからといって、乃梨子さんと一緒だったし、別に瞳子は幸せだったというか、ちっとも退屈じゃなかったというか。ってああ、何言ってるんだろ、私……」
 そう乃梨子が心に決めている傍で、瞳子がしどろもどろに慌てふためきながらそう弁解する。
 ……そんな瞳子の可愛い一面を見られるのなら、つまらない映画を見たことにも意味があるのかもしれなかった。
「瞳子、もう一本見る気力ある?」
「もう一本って……これ一本しか映画は借りてきていないのでは?」
「そうだけど、菫子さんの部屋に幾つか映画のテープあったような気がするから」
 瞳子にそう言いながら普段はあまり入ることがない菫子さんの部屋に入る。電気を付けて、壁端にある本棚の一区画にはたしてそれはあった。本数にして二十本程度。これだけあれば、何か見たいタイトルもあるかもしれない。
「やっぱり、メジャーなタイトルが多いですわね」
 瞳子が脇からひょこっと顔を出してそう言った。
「うーん、そうだね。結構見ちゃったタイトルが多いかも」
「ラベルが貼ってないテープも少ないけれど何本かありますわね……試しに、これを見てみます?」
 そう言いながら瞳子が取り出したテープには確かにラベルが貼ってなくて。こういうずぼらな所は、なるほど菫子さんらしかった。
「うん、いいね。ひょっとしたらハズレかもしれないけれど、そうしよっか」
「はは……どれだけハズレでも、さっきの映画よりはマシかもしれません」
 瞳子にそう苦笑されると、乃梨子も苦笑し返すしか無かった。


      *


 映画にはタイトルが無かった。
 舞台はどこかの女子高。画面に見えるのはいかにも安物っぽそうな教室の風景で、乃梨子が見てもわかるぐらい役者のレベルも低い様子だった。それでも乃梨子は我慢して見続けていたけれど、やっぱり瞳子にはその技術の拙さが気に入らないらしく、その都度独り言で役者のなってなさを指摘していた。

 ――話の大まかな流れはこう。


 カナは長身の活発な少女。リエはやや背が低めの華奢な少女。二人は同じクラスメイトでとても仲が良かった。
 カナは最近一学年上の男子とつきあい始めていた。けれど長くは続かなくて、まだ一週間ちょっとしか経ってないのにすぐに別れてしまった。
 リエはカナが男子と付き合い始めたときに、気が気じゃなかった。
 だけど、カナから「別れた」という事実を聞かされて、ホッとする。
 その時リエは、どうしてそんなカナの交際に、こんなにも心を揺らされている自分が居るのに気づいてしまう。
 その心の答えを探して、そして見つけてしまう。
 カナのことが好き。
 だから、ある日の放課後、リエはその気持ちをカナに告げることにしたのだ。


 役者も、舞台も、ストーリーも。全部が全部、演劇の素人の乃梨子から見ても「酷い出来」と簡単に解ってしまうレベルだった。だから、瞳子にとっては本当にそれは見るに堪えないものだったんじゃないかと思う。
 それでも、乃梨子からも、瞳子のほうからも見るのを止めようと言い出さなかったのは……結局、こんなにも陳腐なストーリーであるというのに、二人の関係の進展が気になったからだった。
 ドラマ性をまるで演出する気が無いかのように、ストーリーは淡々と凄いスピードで展開していく。ビデオを見始めてから僅かに二十分ぐらいで、リエの告白にまでシーンは進展していた。


「嬉しい……私も、ホントはリエのことが好きだった」
 カナはリエの告白を受け入れる。二人の体が寄り添う。
 夕暮れの教室でのキス。
 いちど唇が離れて、そうしてから二度目のキス。
 二度目のそれは、二人の舌が絡み合う濃厚なキスで。
 たっぷり数分間は舌を交し合ったあと、カナはリエの服を脱がそうとする。
 リエもそれに抵抗しない。制服を脱がすと、夕焼け色に染まったリエの下着姿が露になる。
 カナがリエの下着に手を掛けながら、「いい?」と訊く。
 リエが頷く。それを確認してから、カナはリエのブラを外し、ショーツも脱がしてしまう。
「綺麗……とカナが漏らす。リエはただ、赤面して照れる。
 裸のリエとカナとの三度目のキス。
 教卓の上に寝かされたリエの躰を、カナが愛撫する。
 喘ぐリエ。カナが、あんまり身を捩ると落ちるよ、と注意する。
 胸を重点的にした愛撫はやがて下腹部のほうへ。リエの喘ぎはより激しいものに。
 そんなにリエのことはお構い無しに、ただひたすらに責めるカナ。
 指先の激しい抽送に、やがてリエは耐えられなくなって、ついに――。

 ピピピピピ……! ピピピピピ……!
「わあっ!?」
「ひゃっ!?」
 いきなり現実に戻されて、乃梨子も瞳子もびくっと驚かされてしまう。
 二人を現実に引き戻した電子音。それが自宅の電話のコール音だとようやく乃梨子は認識して、慌てて駆け寄って受話器を取る。電話先の相手は、菫子さんだった。
「……うん、うん。わかった。それじゃ、おやすみなさい」
 菫子さんが伝えてきた用件は、今日家に帰れないということ。
 菫子さんは帰れないときにはちゃんと電話で知らせてくる。乃梨子も、瞳子が泊まりにきてるから心配ないと答え返す。最近はいつも帰ってこないから、毎週こんな簡単なやり取りを交わしていた。
 受話器を置いてからテレビのほうを見ると、やっぱり裸の女性が二人絡み合っていた。瞳子と微妙に向かい合ってしまう視線が、なんだか気恥ずかしい。
「……ごめん、まさかこんなテープだなんて」
 菫子さんの部屋にあるビデオが、まさかアダルトビデオだなんて……さすがにそんな自体は、乃梨子も全く想像してはいなかった。
「……いえ、瞳子が見ようって言いだしたことですから」
 しかも、女性同士の……。菫子さんは三ヶ月経っても交際相手を家に招くことをしないけれど、まさかそれは同性の恋人を乃梨子に見せられないからなのだろうか。
 瞳子がビデオを止めて、律儀に巻き戻していた。布団をしいてビデオを見ていたわけだけれど……電話が終わってもなんとなく瞳子がいる布団のそこに戻りづらくて、乃梨子は少し躊躇ってしまう。
 だけど、あんまり躊躇うのもそれはそれで不自然だから。少し恥ずかしいけれど、瞳子の傍に乃梨子も座る。
 瞳子の顔が、すぐそこにある。
 瞳子の唇を見ていると、ついさっきビデオで見た光景が頭を過ぎる。
「瞳子はさ……」
 そう漏らしかけて、ハッとして慌てて乃梨子は口を塞ぐ。
 けれど、もう漏らしてしまった言葉は取り戻せない。怪訝そうに、けれど恥ずかしそうに。瞳子がこちらを見つめてくるから、乃梨子も続きを口にするしかなかった。
「瞳子はさ……キスって、したことある?」
 その質問に、瞳子の少し赤らんだ顔が、さらに赤みを増した。
「あ、ありませんけれど……」
「そうなんだ? 祐巳さまとしてるのかと思ってたんだけれど」
「お姉さまは、お姉さまは……祥子お姉さまと」
「……そっか」
 瞳子が辛そうに吐き出したその言葉が乃梨子の胸に痛くて、訊くべきではなかったと乃梨子は後悔する。
 今でこそ、乃梨子は瞳子の心が自分の許にも寄せられているのではないかと自惚れているけれど。かつての瞳子の心は、確かに祐巳さまに寄せられていた。けれど一時期を境に、それは急速に失われていったようだった。その理由のきっかけには……祐巳さまと祥子さまとの、その辺の関係を瞳子が知ってしまったことが起因するのかもしれない。

 

  


「……そ、そういう乃梨子さんは、したことあるんですの?」
「へっ!? なにが?」」
「なっ、何がって……! キ、キスに決まってるじゃないですか! したこと、あるんですか!?」
 半ば激昂気味に怒り散らしながら、瞳子がそう訊いた。
「いや、私もないんだよねー、これが」
「そ、そうなんですか……」
「じゃあ、二人ともこれが、初めてなんだね……」
「そ、そういうことになりますわね……」
 こんな会話のやり取り、要求から許可の探りあいの応酬に他ならないのに。瞳子はやはりというべきか、そんな乃梨子の欲求にさえ、抗うことをしなかった。
 二人ともが未体験。そして、これが「初めて」だと。
 乃梨子はそう訊いて、瞳子はそれを認めたのだから。――こんなの、お互いの合意がなければ、成り立つわけがない。
 二人の顔が近づくと、瞳子の瞳が先に閉じられた。乃梨子も続いてそれに倣う。
 見えない閉じられた瞼の中でも、きちんと唇同士が重なり合った柔らかな感触が、確かに乃梨子には感じられてきた。


      *


 ひとたびキスを交わしてしまえば、後のことにはひとつひとつ合意を求めるようなステップは必要ではないようだった。
 泊まるための瞳子の寝間着を、乃梨子は手早く脱がせる。さっきのビデオでは硬い制服を脱がせるのに手間取ってもいたようだけれど、ゆとりのある寝間ぎではそれはいとも簡単なことだった。
 寝巻きを脱がせると、あとはキャミソールとショーツだけ。さっきの陳腐なビデオの儘に瞳子と愛し合うのはなんとなく嫌な気がしたから、乃梨子は敢えて下着を脱がすにあたっても瞳子に許可を求めることはしなかった。嫌だったら嫌だってきっと拒絶してくる筈だし……それに、なんとなく瞳子ならきっと抗わないでいてくれるような、そんな確信めいた予感があったからだ。
 実際キャミソールとショーツを脱がせる間も、瞳子は一切抗わなかった。それどころか、肩ひもを外すときにはバンザイしてくれたり、ショーツを脱がせるときには腰を浮かせたり足を伸ばしたりしてくれた。だから乃梨子もそんな瞳子の仕草を見て、いまから乃梨子が求めるであろう行為を瞳子が拒否しないでいてくれること、それを確かな形で信じることができたのだ。
「は、恥ずかしいので、電気を消してくれませんか」
 瞳子が両手であまりにも恥ずかしそうに顔を隠す。その仕草がとても可愛くて、そのまま虐めたいという衝動にも駆られたけれど。初めての今日から瞳子の意志を否定するのもどうかと思ったので、乃梨子はテレビを付けてから部屋の灯かりを消した。
 リモコンのスイッチでチャンネル設定を済ませていない放送、つまりホワイトノイズが延々と流れる画面にする。ザーッというノイズ音も、リモコンの消音ボタンで消してしまえば気にならない。
 薄暗いけれど、瞳子の肢体がはっきりと見てとれた。触れてみると瞳子の肌はとてもすべすべしていて、指先で撫でるだけでも不思議と心地良い。
「んっ……」
 擽ったそうに瞳子がすこしだけ身を捩る。その仕草が、やっぱりどうしようもなく可愛くて。つつつ、と指先で腹部から胸のほうにまで撫でていくと、その指先の動きに合わせて瞳子も小さく声を漏らした。
「はあっ、んはっ……!」
 胸の辺りを愛撫すると、その嬌声はより大きく、そして瞳子らしい色を持った声へと変色していく。
 我慢できなくなって乃梨子は瞳子の乳房の先端を、口の中に含む。汗ばんだせいか少しだけ塩味、そして……瞳子の味。それが、麻薬のように乃梨子を酔わせてくる。
「や、やめてっ、そんなぁっ……!」
 それは拒絶の意志を含むような声色。けれど、その声色の裏にある本能的な意識の感情を、乃梨子には感じることが出来たから。だから瞳子のその声を聞いても、それが瞳子が本当に「止めて欲しい」と思って上げている声でないということを、乃梨子は無条件に疑わないでいることができた。
 舌先で乳首の突起のしこりを舐めてみたり、前歯で軽く甘噛みしてみたり。乃梨子がひとつ責めるたび、瞳子はふたつもみっつもの感情を返してきてくれる。それが、どうしようもなく嬉しいのだ。
 胸へ這わせていた指先を徐々に腹部に、そして下腹部へと撫で這わせていく。瞳子の本質が眠るはずのそこに乃梨子の指先が近づいていくにつれて「あ、あ、あ……」と瞳子が恐怖を募らせるような、あるいは期待を募らせるような、そんなピンと何かが張り詰めていくような緊張した声を上げてみせた。
 辿り着いた瞳子のそこは、そこが瞳子の体温の中心であるかのように熱く、そして濡れそぼっていた。
 指先をほんのちょっとだけ、瞳子の中へと差し入れる。たった人差し指の第一関節が入るか入らないかの、そんな数センチの進入にさえ「ふああっ!」と今までに無い程の高い嬌声を上げて、大きく瞳子は躰を揺さぶってみせた。
 そこに、瞳子の中心があるのだということを改めて乃梨子は実感する。瞳子の中は熱くて、そして乃梨子の指先と瞳子の中とで繋がっている接点は、より熱を増して帯びていくようだ。
 瞳子が、期待を瞳に宿らせながら――けれど、同時に怯えていた。
 普段つっけんどんな瞳子のこんな姿を誰が知っているだろう。こんな、乃梨子のほんの僅かな指先の動きに、簡単に翻弄されてしまうような。やたらプライドが高いのに、こんなにあられもない痴態を惜しげもなく晒す瞳子を。
 知っているのは、乃梨子だけだ。瞳子をこんな風にできるのも、乃梨子だけ。
 それが、ただどんなにも嬉しかった。
「瞳子も、やっぱりここが敏感なのかな……?」
 乃梨子は、自分の躰で最も敏感な所。それと同じ瞳子の所に、ゆっくりと触れる。
「ふぁ、ふああああっ……!?」
 同じ女性同士だから。だから、薄暗い中でも正確に相手が期待している箇所に、同時に恐れている箇所に触れることができた。いきなり触れてきた乃梨子の指先に、瞳子が大きく全身を揺さぶる。
「脚を閉じないで」
 そのはずみで瞳子が脚を閉じようとするのを、乃梨子は静止する。乃梨子がそう求めれば、瞳子は抗わずに乃梨子の片手を受け入れるだけのスペースを両足の間に作ってくれた。
 だから乃梨子も遠慮なくさっきよりも深い位置にまで手を滑り込ませる。
「ひゃっ……!」
 瞳子が喘ぐから。可愛くて乃梨子も責めの手を止められない。
「ひゃう! んぁ、んくぅ……っ!」
 瞳子の虚ろな瞳に、ホワイトノイズが溺れていた。
 消音している筈のテレビのノイズに溶かさせていくような。
 不思議な酩酊感の中で、けれど確かな幸福感の中で。収縮して痙攣する瞳子の躰を確かめながら、僅かに滲んでいく景色の理由を嬉しさから来る涙のせいだとようやく乃梨子は知ることが出来たのだ。


      *


「瞳子」
「な、なんですの?」
「……好きだよ」
 お互いに疲れきった体を横たえながら、乃梨子はただ一言そう告げる。

 ただ、それだけで良かった。
 それだけで、きっと乃梨子が伝えたい気持ち全部、伝えられるから。
 疲労感と達成感。心地良いそれらが、眠りの世界へと乃梨子を誘う。

 眠りに落ちゆく虚ろな意識の中で、隣の乃梨子にさえ微かにしか聞こえないくらい小さな声で、瞳子がつぶやきを漏らした。
 その嬉しすぎる独り言に。今だけは疑わずに、ただ縋っていたいと思えた。