■ 10.「罪と罰」

LastUpdate:05/01/11

 由乃は咄嗟に両手で顔を庇う。けれど相手はそんなことはお構い無しに、その上から張り手で由乃の体を力任せに押し倒した。
「――痛あっ!」
 両手が使えないから受身を取ることも儘ならない。板張りの床の上に不安定な体勢のまま倒されたために腰を強打してしまい、痛みを声に上げてしまう。しかし由乃が上げたその抗議の声に、名も知らぬ女性達は不敵に笑って見せるのだった。
 おそらく由乃よりも全員が上級生で四人。彼女達が剣道部の部員であることだけはわかっていた。由乃のそれとは違い、お嬢様学校らしい女性らしさを持ちながらも、運動系らしい体躯も持ち合わせている。その内のひとり、明らかに委員長とかが似合いそうでリーダーシップを持ち合わせていそうな一番背の高い女性が由乃を押し倒したのだ。
「な、何するのよっ!」
 ムキになって由乃は再度抗議の声を上げる。けれど、やっぱり彼女達四人はそんな由乃の反応にもカラカラと高い声で笑ってみせるだけだった。
 先頭になっている彼女以外の三人は、防具こそ身につけてはいないものの全員竹刀を携えていた。あまりにも準備周到なその様子を確認して、ようやく由乃は現在の自分の置かれている状況を把握する。
「それはこちらの台詞ではなくて? あなたこそ何をしているのかしら」
 高慢な態度がよく似合う。そういう女性もリリアンらしいといえばらしいけれど。
 ああ、思い出した。確か先頭の彼女は高橋さまといった筈。それ以外の三人の名前は依然思い出せなかったけれど、彼女だけなら覚えていた。令ちゃんが大将を務めた剣道の試合で、彼女は副将だったから。
「全く、何を思って入部なんてされたのかしら」
「私たちが由乃さんに優しくなどすると思って?」
「ええ、まったくチョロチョロと目障りな」
 後ろの名も知らぬ彼女達も、次々と由乃への不満を口にする。
 なるほど、彼女たちがこういう行動に及んだ動機も由乃はすぐに理解する。
(……令ちゃんの信奉者か)
 令ちゃんの女生徒への人気は極めて高い。特に女生徒からラブレターを貰った数なら山百合会いち……ううん、おそらく学校一なのはきっと間違いない。それぐらいに令ちゃんはモテる。
 特に剣道部員内にはファンが極めて多い。お嬢様学校という華奢な女性が多いこの学校の中にありながら、剣道部と言うバリバリ体育会系のこの部の部員が他の運動系よりダントツに多いのは、ひとえに令ちゃんのそういうところが理由にあった。
「ぐうっ!」
 高橋さまの素足が、由乃の体を強く蹴る。考え事をしていたから由乃は反応することも出来ずに、倒れた体勢のままそれを脇腹に受けてしまう。
 じんじんと重い痛みがある。彼女は手加減していなかった。
「目障りなのよ、あなた」
 吐き捨てるように高橋さまが言う。
「黄薔薇さまを玩ぶあなたを見ると――まったく、苛々する!」
 脇腹を押さえて蹲る由乃の上から、高橋さまが馬乗りになるかのように上から由乃の体に襲い掛かる。由乃が着ている紺色のジャージの生地を無理やり引っ張り上げて脱がそうとしてくる。
「な、何するの!? やめて!」
「五月蝿い、黙れ!」
 びくっと、高橋さまが上げた声の怒気に由乃はびくっとしてしまう。
「あなたは黄薔薇さまを玩んだのよ。それは、許されざる罪」
 高橋さまの後ろから二人が加勢してきて、由乃の体をさらに押さえ込む。
 元々体力的に劣っている由乃には、高橋さんひとりでさえ全力で抵抗してもあっさり抑え込まれてしまう。それが剣道部員三人がかりになると、もはや由乃の抵抗は何ひとつとして意味を成さない。
 出来うる限りの力を持って身を捩らせる。けれどそれでもあっさり由乃の自由は押さえ込まれて。
 両手や頭を押さえ込まれる。それでも精一杯首を振ったりジャージが袖を通されるのを、腕を曲げて邪魔したりして、由乃はなんとか脱がされるのに抵抗する。下の体操服が乱されてお臍が出てしまい、強く掴んでくる彼女達の手が由乃の胸元を強打したりして、痛みが由乃を苦しめる。
「――! や、やめてっ!」
 それでもなんとか抵抗し続ける由乃。ジャージの上着を脱がせるのはさすがに彼女達も難しいと悟ったのか、今度はズボンのほうを脱がしに掛かってきた。
 馬なりに由乃の上に跨る高橋さんに上体の殆どをおさえこまれてしまうと、両足をいかにじたばたさせたところで二人掛かりの腕力には叶わない。彼女達はそれぞれ由乃の両足をがっちりと固定して、ズボンをあっさりと脱がせてしまう。そしてその内側にあるショーツをも、あっさりと剥がし取った。
「――っ!」
 由乃は恥ずかしさで死んでしまいそうだった。高橋さまに組み伏せられているから顕にされた由乃の下腹部に彼女達がどんな反応を示しているのかはわからなかった。
 カシャッ、カシャッと。断続的に何かの音がする。
「やっ、やめてえっ!!」
 由乃は泣き叫ぶ。由乃の体を組み伏せるのに力を貸さなかったひとりが、由乃の顕になった陰部をカメラに収めていた。
 よくよく見れば、彼女は華奢すぎて運動系らしい体には思えなかった。使い捨てカメラなんかではなく、どっしりと一眼レフを構える彼女は明らかに写真部の女性だろう。
「ううーっ! ううーっ!」
 必死に身を捩る由乃。しかし下半身も女性二人に抑えられては何もできない。
 下半身を押さえていた女性たちが、由乃の両脚を左右に無理やりに広げてくる。
「や、やめてえ……!」
 抵抗しきれない。大きく無理に開脚させられた由乃の下腹部を、フィルム一本が終わるまで写真部らしい彼女が写真に収めた。
 ようやく拘束から開放される由乃。
「どうしてこんなことをするの……」
「あら、だって――罪には罰が相応しいではありませんか」
 由乃のジャージやショーツは女生徒のひとりに没収されて、下半身裸のまま半分泣きながら由乃は抗議する。しかし高橋さまはそれがさも当然であるかのように言う。
「さあて、良い写真が撮れてしまいましたわね。由乃さまの、とおっても恥ずかしい写真が」
「ううっ……」
「さてこの写真をどうしようかしら……焼き増しして校内にバラまこうかしら?」
 由乃は屈辱に顔を歪ませる。
「そ、そんなの怖くないんだからっ! 警察に訴えてやるんだから!」
 正直かなり怖かった。由乃のその写真が学校にバラまかれること。
 けれど、法律的な利はこちらにある。脅してでもやめさせれば儲けもの。それが叶わないなら――せめて共倒れ覚悟!
「へえ……じゃあ例えば、祐巳さんにこれを見せてもいいのかしら?」
「ゆ、祐巳さんは関係ないでしょ!」
 祐巳さん、の名前を聞いて由乃の強気は途端に萎縮する。
「彼女の体、綺麗ですわよねえ。祐巳さんの裸も撮らせて頂こうかしら?」
「なっ……!」
「楽しみですわよね……。
 『由乃さんの写真をバラまかれたくなかったら、言うことを聞きなさい』
 そう言ったなら、果たして祐巳さんはどう反応をするかしら?」
「そ、そんな……!」
 由乃のせいで、祐巳さんに彼女達の手が及ぶ。それだけは、許せなかった。
 けれど、由乃のそんな写真をたてにされたら……きっと優しすぎる祐巳さんには、抵抗できない。
 祐巳さんだけではない。志摩子さんも、祥子さまも――そして、令ちゃん本人も。
「ご自分の立場がご理解頂けたのかしら?」
 くつくつと、高橋さまが卑屈に笑う。
「そう、もはやあなただけの話では完結しないのよ? 実行犯は私たち四人だけでも私たちには多くの同志がいるの。そして、私たちに何かがあった場合には、祐巳さんや志摩子さんも無事では済まない」
「ひ、卑怯者ッ!」
「ええ、なんとでも仰いなさいな。――さあ、ショータイムの始まりですわ」
 さも愉快そうに、そして妖艶に由乃を見下しながら嘲笑う彼女。
(令ちゃん、ごめん――!)
 由乃にはもはや逃げ道は残されていない。由乃の体は由乃のものでありながら、もはや自由ではなかった。
 せめてこれから汚れた身にされる前に、大好きなその人を心に思い浮かべて。そして懺悔すること。由乃にはもう、それしかできなかった。