■ 11.「あんなに一緒だったのに」
聖のことを思うと、指が走り出す。
窮屈な欲求は、胸のうちに留まりきることなんてできない。弾けるように体中に、それは震えや熱、あるいは疼きのような形となって蓉子を蝕んでくる。
「はあっ……!」
弱めにとはいえ、暖房を効かせた部屋でなお熱く漏れる吐息。
惨めに思う心がより一層蓉子の劣情を高める。どんなにも惨めで、惨めで。
「聖ぃっ……」
愛しい人の名前を呼ぶ。
他の誰にもまだ話してない、聖はそう話した。
そう前置きしてから聖は、蓉子に対して志摩子を抱いた、と告白したのだ。
栞さんに受けた傷を、聖は既に快癒させていた。
志摩子という、新しい恋人を手に入れることで。
「どうして……」
憤りの感情。それは醜いものかもしれないけれど。
「どうしてっ……!」
叩きつけるようにただひとり託つ。
聖と過ごしてきた時間は蓉子の方が遥かに長かったのに。
蓉子が一番、誰よりも聖の近くにいるのだと思っていたのに。
けれど、それは幻想で。
聖は蓉子を選ばなかった。
「聖ぃっ……!」
彼の愛しい人を思いながら、ただ自分の秘所に指を這わせる。
それがどんなに滑稽で、そしてやはり惨めなことか。
「はあっ……!」
漏れる吐息はどんどん部屋の寒さに対して白くなる。それは蓉子の体が熱を帯び、火照っていることの証拠。けれど体が幾ら温められても、心までは温まらない。指先を走らせれば走らせるほどに、心のほうはより一層深く悲しみを纏わせてくる。
――志摩子を抱いた、と。
聖はそう言った。
「はあんっ……!」
自分の中に差し入れた指先を、少しだけ乱暴に動かしてみる。蓉子の内側から指で擦るようにしたり、あるいは挿れている一本の指全体を波打たせてみたり。
「ふううっ……」
聖のことを思いながら自分の秘所に指先を立てれば、夥しい量の液と快感とが簡単に蓉子には齎されてくる。
けれどその快感も。聖に直接抱かれる喜びを知ることができた志摩子のそれに比べれば、きっと淋しいくらいに物悲しいレベルでの話なのだろう。
そう思うと、やっぱりこんなことをしている自分が悲しくて仕方がない。
仕方がないのに、こんな形で自分の体に対して与えたり、あるいは奪ったりすること以外に蓉子にできることが思いつかないのだからどうしようもない。
他に上手い気の紛らわせ方を知っていたら、教えて欲しい。
「ふああんっ……!」
指先を二本に増やしてみる。いきなり秘所から蓉子の中に及ぶ圧力がきついものになって、涙混じりに蓉子は喘ぐ。けれどきつく受け止める指先は、よりきつく蓉子の体を震えさせる。
それでもきっと、志摩子の得た悦びには到底及ぶことはない。
憤っても仕方のないことなのだけれど。けれど、どうしても。
羨ましかった。そして、許せなかった。
「くうんっ!」
許せない、という気持ちの丈を自分への性的な痛みで晴らそうとする。
蓉子がどんなにも欲しかったものを軽々と手に入れた志摩子が。
許せない。
「ううううっ!」
怒りにもにたその鬱憤を、ただ自身への性的な責めによって晴らす。
痛みに顔を歪ませながらも、それでも蓉子は自分の体を苛むのを止めない。
「あっ! はああんっ……!」
許容量を超えた痛みと快感とが同時に蓉子に襲い掛かって、そうして蓉子は呆気なく絶頂を迎える。
体が急速に弛緩していく。疲労が体中を蝕んでいって、蓉子もベッドの上にそのまま身を落とす。
何度、こんな悲しいことをすればいいのだろう。
泣きたくなるほどに。いや、実際に泣いてしまうほど悲しいことなのに。
それでもこんなにも悲しいことを、蓉子は毎夜ごとに自分の体に繰り返す。
したい、という欲求よりも、せずにはいられない、という気持ちが強い。
気持ちいいという気持ちが全くないわけではない。けれど、それ以上に辛いのに。
「どうして……」
疑問を紡いでも、返る答えなんて無くて。
疲労の儘に、そのまま目を閉じる。疲れすぎた体のまま眠りに落ちれば、あまり夢を見ずにいられることが唯一の幸いだろうか。
夢の中でまで、叶わない願いに囚われたくない。
体も心もずたずたになっているから、蓉子は簡単に眠りの世界に落ちていく。
――あんなに一緒だったのに。
せめてこの月明かりの下で、静かな眠りを。