■ 由乃の純情

LastUpdate:2004/08/02 初出:web

「……うん、わかった。それじゃ明日また電話するね」
『ええ、楽しみにしてるわ。私のことは気にせずに、楽しんでちょうだい』
「ごめんね。うん、それじゃ」
 祐巳はツーツーという電話の通話が切れた音を確認してから、人差し指で「切」と書かれた子機のボタンを押した。
 ピンポーン。
 ちょうどその時、福沢家のチャイムが来訪者を告げた。

 

      *

 

「こんばんわー」
「いらっしゃい、由乃さん。時間通りだね」
「あら、本当だ。ちょうどよかったわ」
 ……本当は、近所の公園で二十分近く潰したのだけれど。
 はやる気持ちを抑えきれずに、家を出たのはもう二時間も前のこと。
 さすがにそれでは早く着く過ぎるどころか、祐巳さんが果たして在宅しているのかすらわかったものではないから、本屋で立ち読みしたり、喫茶店で時間を潰したり。それでもまだまだ早く福沢家に着いてしまったから、仕方なく公園で時間調整をしてから来たのだ。
 時間ちょうどか、それを過ぎるまでは絶対に福沢家の門を叩くことは拒まれた。
 志摩子さんのことだから、時間は絶対に守らないはずがない。
 だから、約束の時間以降に来れば、もう福沢家には志摩子さんが来ているはず。
 ……だって、そうじゃないと、我慢できる自信がないじゃない。
 祐巳さんのお父様は設計事務所の社長をしておられるらしいのだけれど、今日は仕事の都合で北海道に出張なさっているらしくて。それで、祐巳さんのお母様も一緒に出かけられて、観光旅行されて帰ってくるらしいのだ。
 そして、それには祐麒さんも付いて行ってらっしゃるのだ。もっとも、祐麒さんは学校の都合で明日の夜には、両親よりも先にご帰宅なさるらしいのだけれど。
 それが意味するところ。
 つまり、いま家にいらっしゃるのは、祐巳さんひとり。
 しかも、明日の夜までは、どなたも帰ってはいらっしゃらない。
 それは由乃にとって、とても魅力的で、かつ恐ろしいことであった。
 そんな状況の中にあって、自制できるだけの自信なんて無かったから。
 祐巳さんから、両親がいないから泊まりに来ない、と誘われたとき、由乃は歓喜と同時に恐怖した。
 だからそれを快諾した後に、志摩子さんを率先して誘って、なんとか無事に過ごせるように仕組んだのだ。
「あ、志摩子さん来ないって」
「………………………………ぇ、ぇえ!?」
 そして、その計画はあっさり崩れ落ちる。
 ど、どど、どうしよう。
 由乃は混乱の中で自分の計画の甘さを呪った。志摩子さんだけを誘ってすっかり安心しきっていた由乃は、こんな不慮の事態にまで想像が及ばなかったのだ。
 蔦子さんや、真美さんを誘えばよかったかもしれない。桂さんでもいいし、令ちゃんを無理やり引っ張ってきても良かった。祥子さまだって、祐巳さんの家にお泊りとあれば、どんな用事だって蹴飛ばしてくるに違いないのに。
 祐巳さんに家の中に上がるように促されても、靴を脱ぐことはできなかった。
 一歩足を踏み入れてしまえば、由乃の中で押さえつけている衝動が簡単に決壊してしまいそうな恐怖。
 ……だめだ、絶対にお邪魔するわけにはいかない。
 由乃はそう決意した。
「ご、ごめん、祐巳さん、具合が悪くなってきたから、帰る」
「えっ! だ、大丈夫?」
「う、うん、平気。ちょっと風邪気味なだけ。ひとりで帰れるから、心配しないで」
「でも、雨降ってきてるよ?」
「えっ」
 まだ締め切っていない玄関の外で、確かにぽつぽつと雨が降り始めている。ああ、道理で夏のくせに冷えると思ったんだ。そういえばちょっと前にも寒いなぁと思って薄着で来てしまったことを公園で後悔したんだった。
 空を見上げれば、どんよりした雲がこれでもかというぐらいひしめいている。雨足は速そうだ。この分だと、本降りになるのにもそう時間は掛からないだろう。
「あ、じゃあ、傘だけ貸してもらっていいかな」
「そんな、風邪気味なひとを雨の中なんて帰らせられないよ」
「うぅ……」
 それは確かに正論だった。
 由乃だって、逆の立場だったらそうするだろう。
「夏なのに寒いねぇ。すぐに暖かい飲み物を入れるから、とりあえず上がってよ」
「うぅ、そ、それは……」
「……? どうしたの?」
 祐巳さんが怪訝そうな顔で由乃を見つめ返してくるから、由乃は気まずくてなんとなく眼を逸らしてしまう。
 ダメだ、わたしやっぱり、祐巳さんのことが、どうしようもなく好きだ。
 たったそれだけで、どぎまぎしてしまう。
 体が熱く火照ってくる。
 祐巳さんがそう言うのだから、お邪魔してしまえばいい、と囁く本心がある。
 それだけは絶対にダメだ、と諌める理性がある。
 上がってしまえばいい。何も無いかもしれない、何かあってもそれは……それで。
 だっ、ダメ。絶対ダメ。そんなことしたら、祐巳さんに嫌われてしまう。
 けれど、伝える勇気が無いのなら、そのまま正直に求めてしまうことでしか伝えられないのではないか。
 ああもう、私はどうしたらいいんだ――。
「ちょ、ちょっと由乃さん、ホント大丈夫?」
「……祐巳さん!」
「ひゃ、ひゃい!?」
 急に上げた甲高い声に、祐巳さんが仰け反る。
「こんな形で言うことになるのは、すごく不本意なんだけど。
 ――わたし、祐巳さんのことが、好きっ」
「えっ……」
 祐巳さんが驚いた表情をしてみせた。無理もない。
(言った、とうとう言っちゃった……!)
 そんな達成感とも、後悔ともわからない感情が、胸の裡でひしめいている。
「私も、由乃さんのこと、好きだけど?」
 がくっ、とした。
 祐巳さんの言葉のイントネーションで、いま聞こえたそれが由乃の発した「好き」とは、まるで違う「好き」だということは明らかだった。
「えーと……」
 どう伝えたものだろうか。
「友達としてじゃなくてね……祐巳さんのことが好きなの。祐巳さんと、キスだってしたいの。祐巳さんと、恋人の関係になりたいの」
「え、……ええええっ!?」
 さすがに今度はちゃんと解ってもらえたみたいだ。
 ようやく由乃は安堵のため息を漏らす。
「だから、私帰るね」
「……なんで?」
「なっ、なんでって、襲っちゃうかもしれないでしょ!?」
「襲うって?」
「祐巳さんをよ! ゆ・み・さ・ん!」
 本当に解ってんのかこの人は。
 さすがに、ここまで鈍感だとは思ってなかった。
「……別にいいけど?」
「ひゃい!?」
「だから、別に、由乃さんだったら、いいけど?」
「……祐巳さん意味解ってて言ってる?」
「実はよくわかってないかもしんない」
 あはは、なんて祐巳さんは笑いながら言った。
 由乃はそんな祐巳さんを見て(タスケテ)と思った。
 こんなの生殺しだよぉ……。
「……ただ、ね、わたし」祐巳さんは頬をわずかに赤らめながら「由乃さんとだったら、キス……だって嫌じゃないし、それ以外の私の知らないことでも、きっと嫌じゃないと思う、んだ」
(………………………………っ!!)
 その祐巳さんの甘い囁きに、由乃の頭の中はまっしろになった。
 だから、家の中に引っ張りあげようと掴んできた祐巳さんの腕に、由乃は抵抗することができなかった。

 

      *

 


(うーわー、どうしよう……)
 何がどうしようって。
 何をトチくるったのか、祐巳さんは今お風呂に入ってたりするのだ。
 まだ夕方だよ? 早すぎない?
 しかも祐巳さんに案内されたのが、二階の私室じゃなくて、なぜか一階のリビングだったりするものだから。
 聞こえてくるのだ……お風呂場から、その、シャワーの音が。
 しかも、祐巳さんの鼻歌まで聞こえてきたりして。
 そのうえ、お風呂に入るときには、衣擦れの音までばっちり聞こえましたよ?
(……ホント、生殺しだ)
 いやもう、助けてください、マジで。
 理性というものは、ほとんど飛びかかってるわけでして。
 マリア様、私は、どうしたらいいのですか?
「……とりあえずお風呂に入ったら?」
「ひゃい!?」
 祐巳さんのお風呂上りの温かい手が、由乃のノースリーブで露出した肩に触れた。
(なっ、なんでバスタオル姿で上がってきたりしやがりますかこの人はあああ!)
 ピンク色のバスタオル一枚の姿。しかもその長さがまた絶妙というか、こだわりの綿100%というか、ふっくらとしたそれにひとたび包まれたなら、湯上りのあたたかい気持ちよさはお布団に入るそのときまで、ずっと長持ち間違いなし。『いつもの暮らしに、ちょっとした贅沢を……』本日のお勧め商品は高級ホテルと同じ素材で作られましたコチラ……って、そうじゃない! ないっ! 断じてないっ!
 湯浴み直後のうなじも、肩も、腋も見えてるわけですし、下の方だってふとももまで見えちゃってるわけですよ。こんな姿を見せ付けられておきながら、どうして襲わずにいられようか(反語)
「ゆっ、祐巳さんっ……!」
 由乃の体がガバッと祐巳さんの体を押し倒す。祐巳さんの体はほとんど抵抗らしい抵抗もせずに、いとも簡単に由乃の軽い力で押し倒された。
 押し倒された衝撃で、綿100%高級ホテル風バスタオルは簡単に剥がれてしまう。
 薄皮の剥けたような、祐巳さんの白くて滑らかな全身の肌が露になる。白桃色の乳頭から、僅かに茂った恥毛までぜんぶ。おへそも、鎖骨も、全部がまぶしく由乃には映って見えた。
 そこで、最後の由乃の理性が頑なに自分を戒めようとした。
 こんなの、許されることではない、と。
 理性が、由乃の罪を咎めてくる声。それに由乃が屈しそうになったそのとき、
「いい、よ……」
 未だにその全身をまったく隠さずにいた祐巳さんが、そう由乃に言ったのだ。
 しかも恥ずかしそうに顔を俯かせながら、上目使いに。
 由乃の理性が一瞬で塵と化したのは言うまでもない。

 

      *

 


「あ……」
 由乃が這わせた指の感触に、祐巳さんが切なそうな声を上げた。お風呂上りの体には、由乃の指先が少し冷たく感じられたのかもしれない。
「心臓、ドキドキいってるよ……」
 祐巳さんの胸元に片耳をあてがってみると、その鼓動がはっきりと聞こえてきた。自分の心臓のドキドキも重なって聞こえてきて、複雑に鳴り響くそのリズムに僅かな酩酊すら感じられてくる。
 そのまま、祐巳さんの胸の先を口に含んでみたり、舌先で弄んでみたり、吸い付いてみたりする。
「はあああっ……」
 嬌声ともため息ともわからない声を祐巳さんが上げる。それでもお構い無しに、まるで口唇期の幼児のように由乃は祐巳さんの乳首を弄ぶ。あるいはその胸の丘を、かじるようにやや強めに歯形を付けてみたりする。そのひとつひとつの動きのそれぞれに、祐巳さんの体が打ち震えた。
 片方の胸を口元で弄びながら、もう片方を手で揉みしだいてみる。祐巳さんの胸は由乃のそれよりも、ずいぶんと柔らかかった。粘土のように軽く形を変えて遊んでみたり、指先で突起を転がしたり抓ったりする。
 由乃の手が腹部をなぞり下腹部に到達すると、さすがの祐巳さんも体を強張らせたのがわかった。
(……いい?)
 と祐巳さんの耳元に囁いてみる。祐巳さんはただ頷いてそれに応えた。
「きゃうっ!」
 由乃の指先が祐巳さんの下腹部を這い、やがて敏感な芽を探し当てると、祐巳さんが急に高い声を出して体を震えさせた。
「あっ……ぁっ……」
 もちろん、だからといってやめたりはしない。むしろ祐巳さんが反応する嬌羞が可愛くて、ついつい悪戯してしまう。由乃の爪はあまり細かく切っているわけではないので、やや長い。その爪の先で陰核を刺激してみたり、陰裂に隠された陰唇の襞を、その尖った爪で引っかいてみたりする。
「ひああっ……! あっ……!」
 祐巳さんはもう、言葉らしい言葉を発していない。
「祐巳さん、気持ちいいの?」
「やあっ……」
「答えて、気持ちいいの?」
「そんなの、言えないよおっ……」
「訊きたいの。教えて」
「ああ、あああああっ……」
「……それじゃ、わからないよ」
「ひうっ……!」
 最も敏感なそれを、やや強めに抓りあげてみる。祐巳さんの体が弓なりに反った。瞳から涙を流して、軽く嗚咽の声すら漏らしだした。
 けれどそれさえ今の由乃にはより興奮を高めることにしかならない。理性はもうだいぶ前に崩れている。ただ衝動の侭に、祐巳さんに打ち付けるだけだ。
「はあっ、あああっ……!」
「祐巳さぁん……」
 利き腕で祐巳さんの陰核を絶えず刺激し続けながら、もう片方の手で自分のそれを強く刺激してみる。
 結局は自分で自分を慰めていることに過ぎないはずなのに、ひとりで自分にそういうことをする時とは全く異なる感覚で、それは由乃の裡に広がっていき、刺激から溢れた快感は由乃の中に響いていく。
(これが、好きなひととエッチするってことなんだ……)
 とろけそうな感覚の中で、由乃はそう思った。甘美な快感が由乃の体中で行き場を彷徨って走り回っている。
 自分の体の一番深いところから、とても大きな衝動が押し寄せてくるのがわかる。だから、その衝動をより確かに感じるために、由乃の両の指先の動きはさらに勢いを加速させていく。
「由乃さあぁん……!」
 祐巳さんが高い声を発して達する。そのすこしだけあとに、由乃もまた祐巳さんの後を追うようにして、達した。
 祐巳さんの体の上に由乃の体が崩れ落ちる。祐巳さんの肌は、まだ湯浴み直後のそれと同じように、暖かかった。

 

      *

 


 しばらくの間、そうしていただろうか。
 二人してぜえぜえ言いながら、疲れのままにぎゅっと相手を抱きしめるままに流れていく時間。それは、とても幸せなものだった。
「えっと……」
 こんな時に、まずどんな言葉を掛けていいのか、由乃には解らなかった。
 こんなこと初めてなのだから、それは、当たり前のことだけれど。
「……ごめん、ね」
「あやまらないでよぉ……」
「そうだね、ごめん……あっ」
「あはっ……」
 祐巳さんが小さく笑う。それにつかれて、由乃もまた小さく笑う。
 なんだか、そんなやりとりが、妙に嬉しく感じられた。
 ああ、私、祐巳さんとエッチできたんだなぁ、って……。
「あ、由乃さん……そこにある電話取って」
「電話?」
「うん、そこに子機があるから……」
 手の届く距離の、テーブルの上にあった黄色の子機を取って、祐巳さんに渡す。
「誰かに電話するの?」
「うん、志摩子さんに報告?」
 ……報告?
 祐巳さんが子機のボタンをいくつか押すと、ピポパポという連続した音がしたあとに、呼び出しの音が近くにいる由乃にもはっきりと聞こえた。どうやら短縮に入っているらしい。
『はい、藤堂です』
「あ、志摩子さん?」
 受話器の傍に由乃の耳も寄せてみる。確かに志摩子さんらしい声が聞こえた。
『あら、祐巳さん。報告は明日じゃなかったかしら?』
「そうだけれど。思ったよりも早くエッチできたから、まだ起きてるかなと思って」
『あら、そうなの。わあ、とうとう由乃さんとエッチできたのね』
「うん、嬉しいよー」
 本当に祐巳さんが嬉しそうに言った。
 由乃といえば、未だに意味が把握できていない。
『でも、まだ終わりじゃないのでしょう? 夜はまだまだ長いのだし、何回でもできるわよ。明日まとめて報告を聞かせて頂戴ね』
「了解っ。志摩子さんのところには乃梨子ちゃんが泊まってるんだっけ?」
『ええ、いまちょうど結び終わったところよ』
「む、結ぶって?」
『あ、縛る、と言った方がわかりやすいかしら?』
「うわー、大胆。いつもの目隠しだけじゃ満足できなくなった?」
『最近ちょっと乃梨子とエッチしすていた気がするから、そろそろ新しい趣向にも挑戦してみようと思って。それじゃ、祐巳さんも頑張ってね』
「うん、志摩子さんも。バイバイ」
 祐巳さんが、ピッと「切」と書かれた子機のボタンを押した。
「……祐巳さん」
「なぁに?」
「いくつか質問があるのだけど、よろしいかしら?」
 祐巳さんを睨みつけながら、そう言ってみる。
「よ、由乃さん怖いよ……なに?」
「志摩子さん、用事で来れないのではなかったの?」
「ううん、別に来ようと思えば来れたと思うよ。乃梨子ちゃん連れて」
「……祐巳さん、志摩子さん来れない、って言った」
「違うよ、来れない、んじゃなくて、来ない、って言ったんだよ」
 ……そうだったか?
 どちらにしても、あの状況で言えば、それは同じようにしか聞こえないと思う。
「……まあ、私が来ないでって言ったんだけどね」
「なんで!?」
「だって、志摩子さんがいたら、由乃さんとエッチしにくいじゃない」
「………………」
「だから、由乃さんが志摩子さんを誘った直後に、来ないようにお願いしたの」
 えーと、つまり。
「……私は、騙されたの?」
「騙されたなんて、人聞きの悪い」
 裏で志摩子さんと結託して仕組むのは悪くないんですか。
 そう、喉元まで出かけた。
「由乃さんが私のこと好きって思ってくれてるのは知ってたから、好き、って言って欲しかったんだよね」
「………………」
「あ、私も由乃さんのこともちろん好きだよ。やっぱり好きなひととじゃないと、エッチなことはできないしねー」
「………………」
「だけどさ、自分から告白するのって私のキャラじゃないじゃない。だからさ、、どうやったら由乃さんに言わせれるかなってずっと考えてたんだよー」
「………………」
「でさ、何かの参考になったりしないかなぁと思って図書室でインターネットの占いやってみたら、『福沢祐巳さんは 誘い受け です!』って出るじゃない。ああ、これはもう、ひとつ作戦を練るしか無いかなあと思って、志摩子さんと計画してたんだよね」
「ゆ……………」
「うん?」
「祐巳さん…………」
「なぁに?」
「……言いたいことは、それだけ?」
「う、な、なんか眼が怖いんですけど……」
「怖い? ええ、そりゃ怖くもなりますとも」
「た、たすけて……」
「助けを読んだって無駄ァッ! 明日の夜までの間は、祐巳さんに人権なんて無いと思われたほうが、よろしくてよ?」
「ひ、ひぃーっ! 後生っ! 後生だようっ!」
「お小水は済ませまして? マリア様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」
「あ、あわわわわ……」
「私の純情弄んだ恨みぃっ! 50回はイかせちゃるからねっ! 覚悟おしっ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 その夜、福沢家から灯りと嬌声が絶えることは、ついに無かった。