■ 彼女は灼然過ぎる故、私を深く焦がす

LastUpdate:2004/09/11 初出:web

 ――この悲しい程に愛しすぎる気持ちの答えを、
   私は自分の理性に解らせてあげることができない。


 諦めたタイミングがあるとすればまさにそれだ。私は私の中から溢れてくる気持ちの性質や程度を、心ではこんなにも汲んであげることができるのに、それを理性には解らせてあげることが出来ないのだ。
 理性にとって、異常であることは道徳に背くこと。
 背徳であることは、すなわち認められないということだ。
 だから、私の裡総てに溢れかえるほどに生まれたこの感情は、私――二条乃梨子の胸の裡の中だけで粛々と抑圧され、きっと一生ずっと漏らされることは無いのだ。
 ――その筈だった。
 だから、これは事故。本意では無かったと思う。心から生まれてきた衝動は頭脳によって明確な意思に形成され、最後に理性の篩に掛けられて初めて「意思」と成り得るのだ。だから、あれは本意ではない。事故。
 だいたい、どんな言葉でそれを彼女――福沢祐巳さまに伝えたのかも、胡乱にしか乃梨子は覚えていないのだ。
 言葉の節々をどんな単語で飾ったのかは覚えている。「好き」「愛してる」なんて基本中の基本。「キスしたい」とも言ったような気がする。他は完全にうろ覚え。
 「好き」という言葉だけなら誤魔化せた。きっと好意的に解釈してくれて、あははと微笑んでくれれば、乃梨子もまたあははと笑って誤魔化せたのだ。だけど、それは手遅れ。祐巳さまの深刻な表情が疾うにそのタイミングを逸してしまっているのだという事実を物語っていたからだ。
 そもそも自分の理性にさえ解らせることができないというのに、どうして祐巳さまには正確に伝えることが出来るのだろう?
 逃げ出そう、と理性が警鐘を鳴らす。断られることは目に見えていた。祐巳さまに乃梨子の言葉は否定される。そうなれば、きっと乃梨子は自分自身が否定されたような痛みを受けることになる。――当然の報いだ。だから、逃げてしまえ。
 逃げる為には? 全力で走ればいい。踵を返して後ろに体を振り返らせる。その為にまず視線を――逸らせなかった。
 祐巳さまの目が乃梨子の目を見据えていた。視線ごと釘付けられて、囚われの体は自由を奪われ、動かせない。
 ああ、私はこのまま祐巳さまの言葉を待たねばならない。絞首台だか断頭台だか、まさにその中でじりじりと待たされている気分。待たされるのは辛いが、はっきりと宣告されるのはもっとキツい。祐巳さまの唇が開いた。乃梨子はきつく目を瞑った。やがて襲い来る痛み、処刑宣告に耐えるために。
 だけど、祐巳さまが出した答えは私を傷つけなかった。
「いいよ」
 小さい声ながらはっきりとそう言った。その時に乃梨子の中を駆け抜けたのは歓喜ではなく、戸惑いの気持ち。まず嘘だと思い、その後に信じてはいけないと考える。
 祐巳さまが笑っていたから、だから乃梨子からは疑う気持ちがやがて薄れていく。徐々にようやく喜びが体に浸透してきて、乃梨子はその幸せを噛み締める。全身が小さく震えているのが自分でもよくわかった。
 祐巳さまがそっと瞳を閉じた。その顔に思わずクラッとしてしまいそう。って、瞳を閉じた? それはつまりアレですか? なんて積極的なっ。
 って、よく考えたら「キスしたい」と言ったのは私だっけ? そうだよ、私だよ。う……っわ、どうしよう。恥ずかしい。恥ずかしいよ。
 据え膳食わぬは女の恥。これはキスを頂戴しても宜しいということですよね? 合意の上でキスできるということですよね?
 乃梨子はそっと祐巳さまの唇に自分のを近づける。息を止めて目を閉じて、指先一本の距離を簡単に無くしてしまえばほら。
 ふっくらとした祐巳さまの唇が乃梨子のそれに触れた。体中の体温を密集させたかのような暖かさが、唇を通して乃梨子の体に流れ込んでくる。ほんの唇の部分を触れさせただけなのに、顔の上気から始まって全身を火照りが支配してくる。熱中症の最中にあるように、ふと見失えば意識までが霞んでしまいそうだ。
「……!」
 驚きで声を漏らしてしまいそうになる。祐巳さまの舌が唇を押しのけて、乃梨子の中にまで捻じ込まれてきて。
 祐巳さまったら、なんて破廉恥な! ……でも嬉しいです!
 自分の舌が祐巳さまと絡み合う。唾液だけではない、たくさんのものが絡み合ってそのまま一緒に溶けていく感触。甘くはない、奇妙な味。だけど舌先の擽りは確実に性感帯を刺激するような快感を与え、唾液は麻薬のように乃梨子の理性を狂わせた。
 ああ、そうだ……「舌だって入れちゃうかも」なんて言ったのは私だよ。
 どこの世界に愛を告白するとき「キスしたい、舌だって入れちゃうかも」なんて、頭の悪い台詞を使う人間がいるんですか? いや、ここにいますが。
 ていうか、なんで自分の言った台詞を失念するかなあ?
「はあっ……!」
 示し合わせたかのように乃梨子と祐巳さまの唇が離れた。乃梨子が息を止めているように祐巳さまも息を止めていた。限界が二人を引き離すのも無理は無いことだ。
 ピタッと乃梨子に体を寄せてきてくれた祐巳さまを乃梨子は抱きしめる。祐巳さまが暴れても離すことがないぐらいに、強く抱き竦める。きっと私が「抱きしめたい」とも言ってしまっていたのだろう。ああ、そうだよ、思い出した。「抱きしめたい」って確かに言ったわ。

 「好き」
 「愛してる」
 「キスしたい」
 「舌だって入れちゃうかも」
 「抱きしめたい」

 要約するとこんな告白? ……どこの世界の痴呆だよ私。
 だけど、いま祐巳さまを抱きとめている感覚は確かに偽りのものではなくて。制服越しの温かさだってそう。
 嬉しいという気持ちと、どうしようという気持ち。これからどうすればいいのだろう。これから祐巳さまとどう接していけばいいのだろう。一緒に手を繋いで下校しようか。日曜日にはデートすればいいのだろうか。そして、その先は?
 いやらしい考えが急速に乃梨子の思考に浮かんできて、あわててそれを打ち消す。乃梨子自身さえ戸惑っているというのに、そんなことを祐巳さまに求めることなんてできる筈が無い。
 その筈なのに。
「うち……今日は両親遅いし、弟も遅いと思う……」
 祐巳さまから求めてきた?
 脳がぶくぶくと煮沸しすぎてうまく返事できない。言葉が浮かばない。だけど祐巳さまが乃梨子の手を握ってきたから、乃梨子はただそれを握り返すだけでよかった。
 二人で手を繋いで、学校を後にする。
 だけど、どうして祐巳さまは求めてきてくれたのだろう。
 あるいは……乃梨子が告白の際にそんなことまで言ってしまっていたのだろうか。
 そんな筈は。
 ――ああ、言ったわ。


      *


 あるいは乃梨子が逆に家に招待する形ならこの緊張感も少しは和らいだのかもしれない。乃梨子の手はガチガチに固まった上に小刻みに震え、まさに脱いでしまおうと制服に掛ける手も上手く操れなかった。
 そんな乃梨子を置いて祐巳さまはどんどん着ている物を脱ぎ落としていく。ワンピースの制服が脱がれるだけでも、それを目の当たりにした乃梨子の心臓は早鐘を打つようになお加速するというのに、下着や靴下を脱いでしまった祐巳さまの裸の肢体は一瞬で乃梨子の心を奪い取ってしまう。目が離せない。
「……私一人にだけ、こんな格好させないでよ」
 祐巳さまがそう抗議する。乃梨子は慌てて服を脱ごうとするものの、手が震えすぎて上手く脱ぐことができない。
 そんな乃梨子に祐巳さまの手が触れてきた。乃梨子の両手を抑止すると、そのまま制服を静かに乃梨子から脱がせる。下着だけの姿になった乃梨子を祐巳さまがじぃーっと見つめてくるから、乃梨子はどうにかなってしまいそうだ。
 制服を脱がされてもまだなんとなく動けずにいる乃梨子に祐巳さまは小さく笑ってみせると、乃梨子に片足ずつ上げさせて靴下を脱がせ、さらにブラも外してしまう。脱がされている、という羞恥が乃梨子を心中から侵していく。
「……幻滅しました?」
 あまりに自信が無い乃梨子の胸が露になったから。
「私、人のこと言える立場じゃないよ」
 そう言って祐巳さまは笑って見せた。……確かに。
 祐巳さまの両手が乃梨子のショーツをずり下ろす。立っている乃梨子の前で屈んでいる祐巳さま。残り一枚の布地に包まれた秘所と同じ高さに祐巳さまの目線がある。膝までそれをずり下ろされて下腹部が露になったことを認識すると、乃梨子の羞恥の感情はその瞬間で極限に達して、その感覚だけで達してしまいそうになる。
「きれい……」
「……あっ」
 祐巳さまの指先が乃梨子のそこに軽く触れた。一度離れて、こんどは摺り寄せるように撫で回してくる。
 切ない愛撫に僅かに漏らした声を、乃梨子は必死に押し留める。今日学校で抱いた祐巳さまの体はあんなにも温かかったのに、いま乃梨子に触れてくる指先はとても冷たくて。ひんやりとした指先の刺激が、敏感に乃梨子の中に響いた。
「んっ……!」
 撫でるように皮膚の延長を沿っていた指先が、乃梨子の秘部の裂け目の中に差し入れられた。
 陰唇の襞を侵入してきた指先が擦る。祐巳さまの爪の硬さや、柔らかい指の皮膚との擦れ合い。
「んはあっ……!」
 それらの刺激が交じり合って、悲鳴のように乃梨子に嬌声を上げさせる。
「感じてくれてるんだ……嬉しい、もっと感じて」
 そう言うと祐巳さまはそれらを動かす速度を少しずつ早くしていく。
 未知の感覚に乃梨子は戸惑いを隠せない。自分で自分を慰めたことが無いわけではない。だから、オルガニズムを迎えた経験だってもちろんある。だというのに、いま乃梨子が感じている感覚は全くの別物。切なさと、快感と、不安と、そんなたくさんの感情が混ざり合った、とても不思議な感覚。
「はあぁっ……んぅっ!」
 電気のような刺激に飛び跳ねそうに乃梨子の体が揺れた。空いている指先で乃梨子の一番敏感な突起を祐巳さまが弄んでいた。包皮に包まれた上からでも捏ねるように弄られたなら、耐え切れない強烈な刺激が乃梨子を襲う。
 膝がガクガクと震えてもう立っていられない。祐巳さまの愛撫も半端に、乃梨子はペタンとその場で座り込んでしまう。そんな乃梨子を見て祐巳さまが小さく笑った。
「おいで」
 祐巳さまの手によってベッドの上に引っ張り上げられる。転がるように乗り上げた仰向けの乃梨子に、乃梨子の腰より下側の辺りで祐巳さまが膝立ちに位置取った。
 祐巳さまが両手で乃梨子の脚を開かせる。その脚の間に祐巳さまの片腕が、そして再び乃梨子の秘所に指先が差し入れられてくる。
「……んあああっ!」
 立っているときとは違って、体を横たえているいまの方が逃げられないという意識を愛撫の刺激をより強力に伝えてくる。乃梨子が快感に上体を捩じらせても、腰から下肢に掛けては祐巳さまに押さえつけられてしまい、その愛撫の手からは逃れることができない。
 狂わされるように弄ばれる意識だけが支配していく。
「くぅ……んっ!」
 さっき包皮上から指で揉まれて感じてしまっていたせいか、僅かに包皮から収まりきらずに外に出た突起に直に祐巳さまの指先が触れた。痛みと快感が混じった全身を痺れさせるような狂おしい感覚が乃梨子の裡側を駆け抜ける。それだけで意識を失いそうになるのを必死に絶える。
 切なくて、切なくて。胸がきゅぅっと締め付けられる痛みが、とても辛い。自分の裡にあるこのひどく切ない気持ちを祐巳さまに伝えなければいけないとも思ったが、乃梨子は声を上げることができなかった。
 自身の自由を奪われて征服されていく感触。心がどんどん不安に侵されていく。体を許してしまうことはこうにも不安に支配されるということなのか。
「乃梨子ちゃん……可愛い」
 何も抗わないから祐巳さまの責めはエスカレートするばかり。
 指先の蠢きはさらに加速を続けて。息をするのさえ乃梨子には苦しくなってくる。
 マラソンなんかとは全然違う、体中の臓器が収縮して手の甲や首筋や背骨なんかの神経がぴっと張り詰める感じ。
「はあっ、あっ……!」
 痛みを感じないわけではない。けれど必ず快感と同時に乃梨子に与えられるから、それは乃梨子を狂わせる甘美な刺激を増幅させるエッセンスにしかならない。
 特に乃梨子の性感を濃縮した突起に祐巳さまの指が触れるとき。形を変えるように捏ねたり、軽く硬い爪で引っ掻いたりするとき。そうした時には狂おしい痛みと快感とが、激しく乃梨子の中で鬩ぎ合うのだ。
「ふあっ……! ひゃ、はあっ……!」
 白く濁りフェードしていく意識の中、乃梨子は全身を大きく揺さぶる。極限にまで上り詰めさせられた体が一瞬のうちに果てて、急速に弛緩を求め始めていた。


      *


「本当に、私からはしなくていいのですか?」
 再三確認する乃梨子に、祐巳さまはあっさり「うん」と頷いた。
「あと一時間ぐらいで弟が帰ってくると思うから」
「それだけあれば十分ではないですか?」
「そうなんだけどねえ……」
 祐巳さまは自嘲気味に渇いた笑いを零してみせる。
「さっきの乃梨子ちゃん、凄かったからね」
「うっ……」
 確かに信じられないぐらい声を上げてしまった自分がいる。心の中で乃梨子は凄くそれを反省さえしていた。
 だけど、もう一度同じ責めを課されたなら……きっともう一度同じように声を上げずにはいられない自分がいる。半狂乱に喘ぎ苦しむ自分の姿は今にして思えば滑稽ですらあったかもしれない。
「あ、誤解しないでね、乃梨子ちゃんにされるのが嫌なわけじゃなくて。ただ、私も乃梨子ちゃんみたいになるのかは解らないけど。……もしそうなったら、きっと時間なんて意識はふっとんじゃうと思う」
 そうかもしれない。刻々とした時間の概念はきっと性の衝動に浸る人間を束縛しない。ただ欲しいままに求めて、狂わされるだけ。
 現に乃梨子の体はより多くの祐巳さまの指先をきっと求めている。もし祐巳さまが第二ラウンドを宣言して乃梨子の自由を奪ったなら、きっと抗ったりしない。果てることなく欲求衝動は続くのだろう。
「じゃあ、キスだけしてもいいですか」
「もちろん、いいけれど……」
 そう言うや否や、今度は祐巳さまのほうから乃梨子に強く唇を押し当ててきた。
 目を閉じる暇さえない。祐巳さまだって目を閉じてはいなかった。乃梨子の視線と重なった祐巳さまの視線が乃梨子を縛り付ける。また学校の時の繰り返しみたいに、金縛りにあったかのように乃梨子の体は動かせなくなる。キスひとつだけで乃梨子の体が簡単に征服されていく。
 舌は入れなかった。触れるだけのキス。それで十分だった。
 キスが終わると、まるで祐巳さまに体中の生気を吸い取られたかのようにへたへたと座り込んでしまう。腰を抜かしたかのように、体に力が入らなかった。
「こっちのほうがいい」
 にんまりと祐巳さまは乃梨子に笑ってみせる。
 祐巳さまの視線は、いまも乃梨子を縛って離さない。
 操り人形のように。いいように玩ばれている感覚。
 ――そんなに嫌でも無いと思った。