■ 聖夜のあと

LastUpdate:2009/01/01 初出:東方夜伽話

 朝から静かに降っていた雪は時間が経つに連れて強まるばかりで、やがて陽も落ちる頃には相当な降り様になっているみたいだった。幸い風は強くないから吹雪いているということはないみたいだけれど、窓から覗く外の空模様は月光に煌く銀に埋め尽くされてしまっている。
(この分だと、きっと明日は積もるのでしょうね)
 窓硝子に触れさせた指先に伝わる冷たさだけを感じながら、そんなことをアリスは思う。幻想郷の冬は一度雪を見るほど寒くなってしまうと、後は寒さも厳しくなっていく一方で、次に融雪を望めるのは大分のこと先になってしまいがちだから。積雪の始まりを意識してしまったが最後、当分の間はどうしても雪下ろしとの戦いを覚悟しなければならなくなってしまう。
 そうした憂鬱を思うと、自然と深い溜息が零れ出てしまう。もちろん屋根の雪なんて人形を操るなり魔法で除くなりすればいいだけなのだけれど、それでも毎朝起きてまず除雪作業に有無を言わさず時間を取られてしまうことは苦痛でしかない。
(……今年のうちに、もう一度でも会うことができるかしら)
 溜息で白く霞んだ窓の先を冷えた指先でそっと拭いながら、アリスは同時にそんなことも思う。
 想いを馳せるのは――もちろん、愛する霊夢のことだ。叶うなら今年のうちにもう一度だけでも会うことができたら、とも思っていたのだけれど、この雪模様を見る限りそれは難しいことのように思えた。……ただ降り落ちゆくだけの静かな雪であっても、その中を翔ぶともなれば体感的には吹雪の最中を翔ぶのと同じことように辛い。
「暫く、会うことは叶わないわね……」
 誰にともなく、ひとりアリスはごちる。改めて『会えない』という事実を言葉にしてしまうと尚更、霊夢に会いたいという気持ちばかりが心の裡に溢れてくるかのようだった。雪の降る中とはいえ、無茶をすれば翔ぶことはできなくはないけれど……アリスがそんな無理をして会いに行ったとしても、霊夢は怒りこそすれ喜んではくれないだろう。勿論、アリスだって霊夢がそんな無理をすることなんて望みはしないのだから。
(つまらない、意地なんて張るからだ)
 後悔の気持ちと共に、アリスは自分の愚かさを呪わずにはいられない。何しろ、昨日まではこんな雪なんて降ってはいなかったのだから。会いたいと願うのなら一昨日だって昨日だって、望むまま会いに行くことぐらいできたはずなのに。それなのに……アリスがつまらない意地を張ったせいで、その機会を無にしてしまっていた。
 一昨日はクリスマスイブで、昨日はクリスマス。特別な日であるということが、却ってアリスに変な意識を抱かせてしまったのだ。特別な日だからこそ霊夢と一緒に居たいという正直な気持ちと、特別な日に会いに行ってしまうことで、自分の心の有り様を知られたくないという卑小なプライド。その二つが鬩ぎ合って、結局私は霊夢の元を訪ねることができなかった。
 霊夢のことが、誰よりも好き。その気持ちを幾度となく言葉にして霊夢に伝えたことだってある筈なのに。……だというのに、こんなにも霊夢に対して夢中過ぎる自分の心を知られてしまうことには、不思議な空恐ろしさのようなものをアリスは感じてしまうのだ。
〈こんなにも、霊夢のことが好き〉
 痛切に意識されてしまう、自身の心の儘の貌。溺れるような深すぎる感情は知られてしまったが最後、アリスには……まるで本来の自分が保てなくなるのではないか、という強い畏怖さえ覚えずには居られなかった。心のそのままを相手に伝えてしまうということは、そのまま相手が居なければ最早維持することができない自身の有り体を曝け出すこととと同じ事のように思えて。例え霊夢に対してであっても、自分の弱みそのままを知られてしまうことには、あらゆる感情よりもどうしても『畏怖』の気持ちが優先されてしまうのだった。

「……うん?」

 そんな物思いにアリスが耽っている最中のこと。僅かに家の外、玄関の向こうのほうで物音がした気がした。
 間もなく日付も変わろうかという深夜、こんな時間に家を訪ねてくる人など居るはずもない。勝手気ままな魔理沙だって、こんな時間にアリスの家を訪ねてくることなんてありはしないし。……何の物音だろう、とアリスは純粋な疑問として思う。風のない夜だから何かが飛んできた物音だとは思えないし、結界は機能している限り動物の類が近寄ってくることも無いはずだけれど。
 単純に幻聴かなあ、とアリスが思った瞬間。コンコン、と今度は確かな音で玄関のドアがノックされた。


-
 彼女は、魔理沙と違って常識のある人で。だから、こんな時間に来るはずはないのに。
 なのに――不思議と、アリスにはドアを開ける前から、来てくれていることが理解できてしまった。
 慌てて錠を外して、唐突な客人をアリスは迎え入れる。開いた玄関の戸から外の空気が流れ込んできて瞬く間に部屋の温度が下がった気がしたけれど。……それ以上に、こんな夜更けに、それもこんな雪の中を会いに来てくれた彼女の姿を実際に見確かめてしまうと、温かなものが心の深い場所から溢れてくるようで、寒さなんてちっとも苦痛にはならなかった。

-

「……風邪、引くわよ」

 静かにアリスがそう問うと。寒さのせいか少しだけ顰めっ面の彼女――霊夢は、やや引きつりながらも笑顔を見せてくれて。

「その時はアリスに看病して貰うわよ」

 さも当然のことであるかのように、そんな風に言ってみせるのだった。


     *


 雪の中を翔んできた霊夢とは違いずっと部屋の居たアリスだけれど、思いの外に身体は冷えていたらしくて。魔法で急速に沸かしたお風呂のお湯を身体に掛けると、お湯は灼けそうな感覚を一瞬だけ背中に残して消えていくみたいだった。さっき霊夢の迎え入れた時に外の空気に触れすぎたのか、それとも服に纏わっていた雪が溶けてずぶ濡れになった霊夢の着替えを手伝っている内に、アリスの身体も冷えてしまったのだろうか。
 とはいえ、もちろん霊夢の身体はアリスと較べるまでもなく、酷い程に冷え切っているはずだった。やがてゆっくりと湯船の中に身体を沈めたアリスとは対照的に、霊夢はまだ掛け湯をすることにさえ躊躇っているように見えた。
「熱い?」
 アリスがそう問い掛けると、霊夢は頷いて答えてみせる。霊夢の肯定を受けてアリスはお風呂の温度を少しだけ魔法で調整していく。一度以上の熱を急に失ったお風呂は、熱気が身体中に浸透したアリスには少しだけ物足りなくもなってしまったけれど。その甲斐あってか霊夢もようやく、湯船から掬い直したお湯を身体に掛けてアリスの隣に入ってきてくれた。
 浴槽にはアリスと霊夢の二人が同時に身体を沈めても十分なだけの広さがあった。これは家を建てた時にアリスが、多くの魔法で溶媒に用いる水を一定量貯めておける場所が欲しかったから偶々そう作っただけなのだけれど……今はそのことが、堪らなく嬉しかった。そうでなければ「一緒にお風呂」なんて考えられなかったことだ。

  『アリスも、一緒に入りましょう?』

 霊夢がそう言ってきた時、アリスにはその言葉の意味が一瞬理解できなかった。
 何度も泊めたことがあるから、アリスの家のお風呂に二人が一緒に浸かれる余裕があることは霊夢も知っていたのだろうけれど。だけど……だからといって、一緒にお風呂、だなんて……。
 何度も霊夢に『好き』と告げたことがある。それは、霊夢からそれ以上に何度も『好き』と言われたことがあるからだ。付き合い始めの頃、最初に『好き』を告げてきたのも霊夢のほうからだったし、私達が一緒にいられる時に『好き』という言葉を先に発してくれるのも、いつも霊夢のほうからだった。

  『私から好きになったのよ』

 霊夢は、魔理沙や萃香に私達の関係について訊ねられるたび、あたかも誇らしいことを口にするかのようにそんなふうにいつも答えてみせた。実際に霊夢の言うことは正しく、アリスは初めから『私のことを好きと言ってくれる霊夢』に対して気がつけば恋に落ちていた――という状態だった。
 意識すれば意識するほど霊夢に対する『好き』という気持ちが、これほど大きく胸の裡で犇めいていることをアリスは思い知らされていく。これほど霊夢に対して日ごと深く傾倒していきながらも、アリスは自分からは霊夢に対して『好き』という言葉を先行して告げる必要が無いのだった。いつだってアリスが口にしようか悩むよりも前に、霊夢のほうから『好き』という言葉を投げかけてきてくれたからだ。
 自分から率先して想いを吐露する必要がない恋愛は、アリスにとってとても気楽なものだった。
 本当の恋愛は……たぶん、もっと怖いものなのだと思う。自分がこれほど『好き』であるという想いを告げるらび、相手にそれを受け入れて貰えなかったら、という恐怖が付き纏う筈だからだ。けれどアリスは霊夢とこれほど『好き』の気持ちを育みあいながらも、その恐怖に脅かされる必要が無くて――甘えすぎた結果からか、いつしか自分からは霊夢に対して、どうしても想いを伝えることができなくなってしまっていた。

「アリス」
「……うん?」
「アリスはどうして……私に『好き』と言ってはくれないの?」

 一緒にお風呂に入って。一緒に湯船に浸かって。
 熱いお湯に絆されて、少しだけ緩やかになった心で。霊夢が、そうアリスに訊ねてくるのは……もしかしたら、とても当たり前のことだったのかもしれなかった。
 霊夢と付き合い始めてどれぐらいになるだろう。一年までは行かないかもしれないけれど、きっと半年では全然足りない。それほどの間、私達は『好き』の言葉を交わし合ってきたし、言葉ではなく実際の唇の触れあいで伝え合うことを選ぶ機会だって多かった。――だというのに、一度たりともアリスのほうから『好き』という言葉も、キスや抱擁といった行動も起こしていないということ。それが、通常の恋愛から考えて異常でない筈がなかった。
 だから、訊いてくる霊夢の言葉はとても当たり前の、必然のようなものだった。きっと面と向かっては訊きにくいことで、けれど傍で直接質問をぶつけてどうしても知りたかった筈の言葉。それが、お互いに肌と肌とを触れあわせるほどの無防備、けれどお互いの視線を絡めない――お風呂の中で吐き出されるのは、必然以外の何物でもないのだろう。

「……ごめんね、怖かったの」

 これだけ傍に居て、けれど視線が交錯しない。こんな状況だから、アリスも自分の心の深い場所にあるはずの畏怖めいたそれを、正直に霊夢に対して口にすることができた。
 きっとこんな状況でなければ言えなかった。つまらないプライドを熱いお湯が溶かしてくれる、温かなものに包まれていられるこんな状況でなければ、言えなかった言葉だ。
 アリスが延々と吐露し続ける情けない言葉を、霊夢は笑いもせず、怒りもせずにずっと真面目に聞いていてくれた。視線が合ってしまうことが怖くて彼女の顔を見確かめることができないから、アリスがだらだらと言葉を並べている横でもしかしたら眠っていないだろうかと思ったりもしたものだけれど。時折混ぜてくれる相槌と、裸同士だから直接交わし合う体温が。――不思議とお湯の中でさえ、それより温かに感じられる体温が、霊夢が真摯に耳を傾けてくれていることを伝えてきてくれていた。

「ごめんね……」

 全部の気持ちを吐露し終わってから。語り始めた時と同じように謝罪の言葉でアリスが締めくくると、霊夢は「ううん」と首を左右に振ってくれた。

「アリスが、それだけ真面目に私との関係を考えてくれていたってことでしょう?」
「……物は言いよう、ね」
「それに……アリスが私のことを本当に愛してくれていた気持ちも、こうして確かめることができたのだから。アリスが謝るようなことなんて何もないし、私はいま……どんなにも倖せだわ」

 もっと怒ったり、詰ったりしてくれてもいいぐらいなのに。霊夢が――あんまり優しい言葉を掛けてくれるものだから、無意識のうちにほろほろと自身の頬を何かが伝っていく感覚があった。
 きっと霊夢が口にしてくれる以上に、アリスのほうこそが『倖せ』の実感を噛み締めていた。これほど不甲斐なく、そして臆病なアリスなのに。私の不誠実ささえ、霊夢は優しく包み込むかのように受け入れてくれていた。彼女は誰よりも常識を持ち合わせた公平な人で、だから他人に自分が許せないところがあるなら面と向かって非難することを躊躇わない人なのに。アリスのことを『好き』という限りない非公平さで、全部許して、そして受け入れてくれていた。

「……霊夢、お願いがあるの。聞いてくれる?」
「ええ、アリスの望むことなら、何だって聞くわ。……なあに?」
「私……霊夢と、もっと深い場所で求め合いたい。あなたと……えっちなことが、したい」

 ただの『好き』という言葉さえ。キスさえ、自分からはできないでいた臆病な私が。
 それは、きっと初めて。霊夢に対して〈自分の意志で〉告げることができた言葉なのかもしれなかった。


     *


「ねえ、アリス。初めては『する』のと『される』の、どっちがいい?」

 霊夢にそう訊かれた時、アリスが躊躇なく『される』ほうを選ぶと。霊夢は少しだけ苦笑気味に「わかったわ」と答えてみせた。

「違うわよ? 私はこれまでみたいに、霊夢から何もかも与えられたいわけじゃないわ」
「そうなの?」
「ええ。私はただ、あなたの恋人でありたい、と心から願うから。だから――抱かれることであなただけのものにされてしまいたいの。あなたに対して受け身で在りたいのではなく、自分の意志で『抱かれる』ことを選ぶのよ」
「……ええ、わかったわ。私もアリスの意志を尊重して、あなたを自分だけのものにするから」

 アリスの両肩に霊夢の両手が添えられて。トン、と軽く押されるままアリスの身体はベッドの上に押し倒されてしまう。仰向けのアリスの上から組み敷くように霊夢が覆い被さってくると、いよいよこれから抱かれるのだ――そうした意識が急速に高まってきて、心臓が早鐘を打ち始めてくる。
 きっと窓の外ではまだ雪も降っているのに、アリスはその寒さを僅かにさえ意識することができなかった。それが湯上がりの躰の温かさのせいなのか、それともこれほど昂ぶらされた性への期待からなのか、それは解らないけれど。きっとアリスと同じように、霊夢も寒さなんて感じてはいなくて。重なり合う湯上がりの湿っぽい二人分の躰と唇から、体温と吐息だけが部屋の中に僅かに白く霞んでは溶けていくみたいだった。

「……あなたのことが『好き』よ、誰よりも」
「ええ、私も……アリスのことが、この世界で誰よりも『好き』だわ」

 きっとこれが初めて、自分の意志で霊夢に告げる『好き』の言葉。
 そして、

「あなたのことが好きだから。だから……私の躰を、あなただけの好きにして欲しい。私の躰に、たくさん霊夢に愛して貰った痕を残して、霊夢のものになれた私を自覚させて欲しいわ」

 そんな風にも、アリスは霊夢に対して言葉にして望む。
 霊夢の意志に先導されて抱かれるのではなく、あくまで自分の意志で霊夢に抱かれることを望むのだ。性的な知識はそれほど私の中にないけれど……それでも、どんな行為がこれから待っているのかぐらいわかるから。きっと目の前の愛する人としかこの先の未来も交わすことがない性的な刻み付けを、初めてだからこそ鮮明に残して欲しいと思った。
 アリスの言葉に、霊夢は静かに頷いてくれる。アリスはもう、何かに怯えたりすることなく正面から霊夢と視線を交わし合うことができた。
 四つん這いだった霊夢の躰がアリスの躰に直接触れてきて、彼女の体重が少しずつアリスに圧し掛かってくる。アリスよりも僅かに小柄な霊夢の体重が、なんだか心地良い重さのようにアリスには感じられた。
 触れあう面積が多くなるほど、霊夢の体温が密にアリスに伝わってきて、その意識がより霊夢を求めて止まない衝動をアリスの心の中で強めていくみたいだった。四本の脚が互いの脚の間に入れ交うように混じり合って、胸と胸、お腹とお腹が擦れ合うように触れる。僅かな膨らみさえもない未成熟な互いの乳房は何の障害にもならなかったけれど、胸の先端が幾重にも擦れてしまうと僅かな痛みとともに何だか不思議な感覚も少しだけアリスには感じられていた。
 ごく近い距離で、アリスと霊夢の顔が向かい合う。アリスが求めるように霊夢の唇の先端に自分のそれを触れさせようとすると、霊夢もそのことが解ったのかアリスの唇を求めてきてくれた。
 自然に瞼が閉じ合って、今までのどの時よりも少しだけ長めのキス。ようやく唇同士が離れると、二人の唇と唇の間にキラリと光る銀糸が繋がっていて、やがてアリスの唇に落ちて口の中に収まってしまう。糸を引いて落ちた唾液と、それと長すぎるキスのせいで二人が共有するちょっとした息苦しさ。その二つの感覚がなんだか不思議と可笑しくって、自然とアリスも霊夢もごく近い距離で笑い合ってしまう。
 けれど笑いあうことも長くは続かない。裸でこれほど触れあう性の雰囲気が、やがて二人から強気な笑顔を奪い取ってしまう。まさぐるように、アリスの肌の感触を撫でていく霊夢の手のひらの感触が、とても擽ったくて何度もアリスは身じろぎをしてしまう。
 このままでは、無意識に霊夢の手のひらを払いのけてしまいそうで。アリスは両手を自分の背中のほうへと回して、自分から両手の動きを戒めてしまう。いくら擽ったいからといって、せっかく霊夢が与えてくれる愛撫の優しい手のひらや指先を、台無しにしてしまいたくはなかったから。
 自分の意志でとはいえ、両手を後ろ手に拘束してしまうと尚更霊夢の与えてくれる愛撫の苛みは、より深くアリスの身体の裡にまで浸透して響いていくかのようだった。擽ったいのに、けれど背中でぎゅっと強く絡ませた両手の拘束は解けることがなくて。まるでアリスは、自分の躰が霊夢の意のままにされているかのような感覚で――それは即ち、限りなく自分の理想としている感覚で――霊夢の愛撫を受け入れることができていた。
 肩を撫でる指先、お腹を撫でる手のひら。何気ない箇所を愛おしげに幾度も撫でた手のひらや指先は、少しずつアリスの身体の隠匿すべき場所にまで宛がわれてくる。肩を撫でた指先は鎖骨を撫でるようにしながらアリスの胸元に流れていって、ついばむようにアリスの乳首や胸元を擽ってくる。そしてお腹を撫でた手のひらのほうは、敏感な太股を何度も撫でたあとにお尻のほうにまで触れてきて。やがて一頻りアリスのお尻の感覚を確かめたあとは、お尻の割れ目の間から指先を差し込んできたり、下腹部を撫でるように確かめてからそのままアリスの躰で一番恥ずかしい箇所にまで触れてきたりした。

「は、あああっ……」

 明らかに擽ったさからではない声が無意識に喉をついて出てしまったのは、この頃からだった。アリスの股の付け根にあるスリット、あるいはそれと下腹部との間にある陰核を指先が擦ってくる度に、えも言われない感覚を霊夢は確実にアリスの裡へと植え付けていくかのようだった。敏感な箇所だから、擦れる度にそれなりの痛みがあった筈なのに……幾度も幾度も触れられ、擦れる刺激が躰の裡に響いていくたびごとに、少しずつ痛みの感覚はアリスの中で朧気なものになっていくみたいで。痛みという感覚そのものが辿れないほど虚ろなものになってしまうと、痛みではない何か――痛みのように鮮烈ではないのに、けれど圧倒的な存在感を持つ何かが、アリスの中に擦れる度ごとに塗り込まれて、膨らんでいくみたいだった。

「……気持ちいい?」

 霊夢にそう訊かれて、アリスはハッとする。
(そっか。これが、気持ちいいってことなんだ……)
 言葉に表すことが難しい感覚のようにも思えていたのに、霊夢に『気持ちいい』のだと言い当てられてしまえば、なるほど言葉の通りの感覚であるかのようにアリスには理解できてしまった。きっと霊夢以外の誰にさえこの先も見せることがない隠匿すべき場所を、こんなにも激しく撫でられ、擦りつけられて。そうして与えられる刺激がアリスの躰で導く正体は、確かに『気持ちよさ』以外の何物でもなかった。
 気持ちよさと言っても、それは一般的な嬉しさ・心地良さの意味で表す『気持ちよさ』とはまるで一線を画すものだ。脳が蕩けてしまいそうなほどの甘い痺れが躰の中を満たしていって、『気持ちよさ』が躰の中を満たし尽くしてしまうと、そのまま心まで抗えなくなってしまいそうな。それは快と不快で言い表す気持ちよさというよりも、霊薬の精製などに用いる麻薬が与える依存性を含む快楽に似ているような。あまりの『気持ちよさ』に躰は満たされることを受け入れようとするのに、どこかで理性が警鐘を鳴らしてしまうような――そんな感覚に似ている気がした。

「……っ、っ! ふぁ、ぁ、ん、ぁ……ぁあん! はっ、ぁ、だ、めえっ……!!」」

 もう言葉が言葉にならない。自分の意志とはどこか遠いところで、霊夢の与える刺激のリズムに先導される儘に自分の喉から音が発されてしまうかのような感覚だった。――これが『喘ぐ』ということなのだろうか。
 実際、麻薬のように依存性がある快楽なのかもしれなかった。これだけ『気持ちいい』ことを一度知ってしまった以上……アリスにはもう、性的な快楽意外が与えてくれる『気持ちよさ』に満足できる自身が無くなってしまった気がした。霊夢にどう思われるか解らないけれど、きっと霊夢に今後会う度に……アリスはえっちなことを求めずにはいられなくなってしまうかもしれない程に。

「ふぁ、ぁ、はあっ……っ! ぅ、ぁ、ぁあああああああ……!!」

 何かの力で、急にアリスの躰は硬くなったかのように反り返ってしまう。頭の中が靄掛かったみたいに真っ白になって、もう何も考えられなくなってしまった瞬間、アリスの中に溜まりに溜まった夥しい何かが弾けるような快楽の奔流となってアリスの躰を幾重にも振り乱させてしまう。
 びくん、と幾度も躰が大きく揺れてから。やがてそれが徐々に小さな身じろぎになって収まると、尋常ではない程の疲労感がアリスの躰と心とを埋め尽くしてしまったみたいだった。
(……これが、いくってことなんだ……)
 何かの本で読んだ筈の知識。読んだ時には何一つ理解できなかった筈の描写や説明。例えば、躰も心も自由にならなくなった先――身も心も苛みの指先を与えてくれる相手に支配されることができた瞬間に感じられる、何にも表現しがたい気持ちよさが溢れた瞬間。それが絶頂なのだと書いていた本の知識が、今ならようやく理解できるような気がした。

「好き……霊夢、好き……」

 まるで息を吐き出すのと同じことのように。零れるように自然にアリスの口元から飛び出した言葉は、もちろん無意識のもの。
 けれど、どれほど〈自分の意志で〉口にした『好き』よりも、いま無意識に口にした『好き』の言葉のほうが、霊夢に伝えたい気持ちの全てを内包してくれている――不思議と、アリスにはそんな気がした。
 アリスが『好き』と告げた言葉に霊夢は何も答えなかった。ただ言葉よりも雄弁に答えてくれているかのように、静かにアリスの頭を撫でてくれる霊夢の優しい手のひらが、アリスにはどんなにも嬉しかった。
 躰にはまだ力が入らない。だけど、ようやく思考を取り戻し始めた頭で。

(倖せ、だなあ)

 そんな風に、アリスは心底から自分の果報を想わずにいられなかった。