■ 偏屈な言葉

LastUpdate:2009/03/06 初出:YURI-sis

 愛している人にさえ、愛されることを望む言葉を上手く口にできない不器用な私には、
 例えば――強引にでなければ、素直な気持ちの儘に愛されることさえ叶わなかった。

 

 

 

 両腕に籠めた力一杯の抵抗は、けれど勇儀の片手の戒めにさえ簡単に封じられてしまう。パルスィがどれほど力を籠めて振り解こうとしても所詮はただの妖怪の力にしかならなくて、その程度の力が鬼である勇儀に通用するはずもない。顔色一つ変えず容易く両腕を掴み抑えてくる勇儀の拘束から、パルスィは逃れるだけの力も術も持ち合わせてはいなかった。
 部屋の隅で、両腕を頭の上で押さえつけられている。勇儀の力によって壁に押し当てられている両腕は、加減はされているのだろうけれど相当に痛い。だから振り払ってやろうと思うのだけれど、力が及ばない以上はそれもできることではない。寧ろ抗えば抗おうとするほど感じられるのは圧倒的な力の差ばかりで、あまりの無力さにパルスィは打ち拉がれるばかりだ。
 そんな風に心が弱っている最中。不意にパルスィの両脚の間、股座へと割り込むように押し入れられてくる勇儀の片膝があった。せめてもの抵抗に頑張って脚を閉じようとするのだけれど、その程度のことでさえパルスィの力は勇儀に及ぶこともできなくて。じりじりと両脚を割る勇儀の膝が、いつしかパルスィの股座にまで押し入ってしまっていた。
 服を身につけているとはいえ、自分の秘所のすぐそばに温かな勇儀の膝の感触を押し当てられてしまえば、それだけでパルスィは女である自身の躰を強く意識させられてしまう。ぐぐっと勇儀の膝がパルスィの両脚の間に食い込んでくるほど、服越しに与えられる感触に少しずつ躰が熱くなっていく。
(また、犯されて、しまうんだ――)
 抵抗は無力。力ずく蹂躙される自身を想像させるのにそれは十分すぎるほどで。パルスィは心の中で、犯されてしまう自分の姿を意識せずにはいられなくなる。
 少しだけ乱暴で、有無を言わせないやり方。決して勇儀がそうした行為を好んでいるわけではなく……素直に抱かれることをどうしても許すことができないパルスィの為に。勇儀はいつも、こうして少しだけ乱暴なやり方でパルスィの躰を抱いてくれるのだ。
 ――勇儀のことが、好き。けれどその想いに対して素直になることは本当に儘ならないことで、こうして無理強いするようなやり方で勇儀が自分の躰を求めてくれること、それがパルスィには酷く有難かった。心や躰を相手に委ねるような意識を自分の中に呼び起こさなくても、自分のように非力な妖怪は力で叶わないのだと屈服させられれば相手に躰を委ねるしか無くなってしまうのだから。そうして躰を譲り渡すことは、本当に楽なことだった。
 勇儀も、そうしたパルスィの心を見透かせばこそ、不慣れな癖に悪役を演じてくれる。それほどに自分などを愛してくれて、真っ直ぐに自分を求めてきてくれる勇儀の存在が……どれほどにも嬉しくて、そして少しだけ妬ましかった。
 もちろん、こんな関係のままではいけないと思う心はパルスィの中にもある。あるけれど、それを改めるにはまだまだ時間が必要に思えて。今はまだ、こうした関係に甘えさせて貰っていた。

 

「ふぁ、はっ……!」

 

 ぐりぐりと押しつけてくる膝の動きに、抑えていた声が漏れてしまう。
 膝で秘所に押し当ててくる刺激で呼び起こされるものなんて、本当に些細な性感でしかない筈なのに。それも勇儀が与えてくれる刺激だと思えば、これからどうされてしまうのか……そのことを強く意識させられてしまうようで。無意識のうちに、その期待から、躰が熱くなってしまうのだ。

 

「好きだよ、パルスィ」
「あぅ……」

 

 僅かな言葉の切れ端。ただそれだけにさえ、ますますパルスィの躰は熱を生み出してしまう。偏屈さ故になかなか気持ちを吐露できないパルスィに対して、ふとした拍子に眩しい程の真っ直ぐさでぶつけられてくる勇儀の言葉が、パルスィの心へと深く響かない筈がない。まして――それが最愛の人からの、それも最も望むべく言葉であるとなればなおさら、どうして心乱さずになどいられるだろうか。
 同時に、そうした愛の囁きはパルスィから抵抗の意志を奪うのにも十分な効果を持ち合わせていた。元々まるで叶わないというのに、力任せだけではなく、囁きひとつでパルスィの躰から僅かな力さえも奪い取ってしまう。
 勇儀が囁いてくれる『好き』の言葉。甘い言葉は、それひとつだけで身も心もふにゃふにゃに蕩けさせてしまうかのようで。いまも勇儀の腕に拘束されているというのに、戒めの中で無駄な抵抗を行うささやかな力さえ、直ちに枯渇していくかのようで。囁きの齎す甘い弛緩が心にさえ及べば、もう(抵抗しなければいけない)という意志までもがパルスィの中から奪い取られてしまうかのようだった。

 

「ん、ぁ……ぅ……」

 

 閉じることさえ叶わない両脚の間。股の付け根辺りに、今までのように膝を押しつけるような無骨なものとは異なった、繊細な感触があった。左手一本で容易くパルスィを戒めてしまう勇儀には、未だ右手一本分の自由が残されているらしくて。勇儀の指先がまさぐるようにパルスィの下腹部を撫ぜてくる。
 身動きを封じられて、抵抗の意志さえ剥ぎ取られて、その上脚を閉じることさえ叶わない。あまりにも無力なパルスィの躰の上を、勇儀の右手が好き勝手に動き回っていた。こんな乱暴な愛され方なのに、指先が投与する刺激はどんなにも繊細で。静かに、けれど確実にパルスィの性感を昂ぶらせていく。

 

「……はぁ、っ……」

 

 一際熱い声が漏れててしまうのさえ無意識のことで、気付いた時にはもう発せられてしまっていた。
 初めは優しく触れるような愛撫。ショーツ越しに降り積む優しい刺激のせいで、少しずつ自分の躰の温度が高められてしまっていく実感さえ、パルスィには感じられていた。
 秘裂をなぞるように、あるいはその上に膨らむ、敏感な突起の近くを少しだけ刺激するかのように。今もパルスィの両手を拘束し続けている以上、相当に不自由な体勢である筈なのに。それを感じさせないほどに精巧かつ緻密に這いずる愛撫の指先は、忽ちパルスィの心の総てを捉えて離さなくなった。

 

「ゅ、ゆう、ぎ……」
「うん?」
「お、お願い……焦らさない、でぇ……」

 

 殆ど哀願するかのような語調で吐き出されてしまったその言葉さえ、パルスィにとって無意識のうちに漏れ出てしまった本音なのかもしれなかった。勇儀の力に、魅力に、そして愛撫に。総てに完膚無きほど打ちのめされて初めて、ようやくパルスィが吐き出すことができたおねだりの言葉。勇儀は少しだけ驚くような顔をしてみせて、けれど一瞬後には優しく微笑みながら頷いてくれた。
 乱暴なのも全部、勇儀にとって演技でしかないのだろう。私が心を裸にして、素直な気持ちのままの言葉を勇儀に訴えることができるようにするための儀式のようなものなのだと――そう、パルスィには確かなものとして思うことができた。パルスィがもしも勇儀のことを本気で拒めば、きっと彼女はそれをすぐに察知して離れてくれるのだろうし。パルスィが……本気で勇儀のことを拒めないうちは、その裏に隠れた恋慕の情も簡単に読み取られてしまっているのだろう。

 

「脚、閉じちゃわないでね」

 

 パルスィのスカートの中で、勇儀の指先は少しずつショーツをずり下ろしていく。幾度なくこうして抱かれてきて、それでもまだ慣れることのできない曖昧な擽ったさに耐えながらも、パルスィは何とか頷いて勇儀の言葉に応えた。パルスィの股間に差し入れられ、押さえつけられていた勇儀の膝がようやく両脚の間から抜き取られて。……ようやく両脚が自由になったかと思うと、その一瞬あとには身に着けていたショーツが手早くずり下ろされてしまう。
 熱い蜜に塗れた坩堝が、ひんやりと冷たい新鮮な空気へと直に触れる感覚がある。パルスィの躰中の神経という神経に、張り詰めるかのような緊張感が齎されて――それでもパルスィは、恥ずかしさと緊張のあまりに脚を閉じてしまうようなことだけは、なんとか我慢して押し留める。勇儀に言われるまでもなく……直接触って欲しいと願ったのは、パルスィの側なのだから。その意思を、言葉に上手く表せないというのなら、せめて態度で示したかったから。

 

「んぁ……!」

 

 元々薄布一枚しか隔てていなかった愛撫。けれどその僅かな布地の隔たりを失っただけで、勇儀の指先は鮮烈なほどに響く快感をパルスィの躰へと直に与えてくるかのようだった。勇儀の指先が軽く撫でるだけでも、触れられた箇所はじんじんと疼くような熱を帯び、確実にパルスィの躰を追い詰めていく。
 きっと勇儀がその気になれば、パルスィの躰を果てさせるなんて本当に容易いことで。それなのに、勇儀は少しずつ少しずつパルスィを苛むだけで、果てに及ぶだけのきっかけを与えないように静かな愛撫だけを繰り返していく。
(お願い、勇儀ぃ……)
 それは声に出したつもりの言葉だったのに、けれど喘ぎ乱された呼吸の中に入り混じって実際には声にならなかった。心を裸にされてしまったパルスィは、もうここにいるのに。それでも与えられるのは、パルスィの身体を燻らせるばかりの淡い刺激ばかり。
(……どうして?)
 少しだけ不思議に思い、すぐに気付いてはっとする。そうした行為の真意は、今までのように演技からではなく――きっと勇儀が、本心からパルスィのことを辱めたいと思ってくれているのだと思えたから。
 僅かに生み出されかけていた抵抗の意思を、自分からパルスィは封じ込めた。

 

「気持ちいい?」
「……は、ぅん……っ! き、気持ち、いい……です、っ……」

 

 挑発するような勇儀の言葉にも、パルスィは素直に頷くしかできない。
 ここでパルスィが頷かなければ、勇儀はその指先の愛撫を止めてしまうだろう。今もなおパルスィの躰を責め立てるのは、気が狂いそうなほどの微弱な快楽ばかりだけれど。この指先を今止められてしまえば、私はそれ以上に気が狂ってしまうだろうから。
 それに……演技としてではなく、本心から私を苛めたいと勇儀が願ってくれるというのであれば。……パルスィにはそれを拒むことなんて、できない。拒もうという意志を、きっと抱くことさえできはしないだろう。
 何故なら、もしも勇儀が望んでくれるのであれば、進んで――ただ彼女の玩具にされてしまいたいと希うような想いを。パルスィのほうもまた、きっと勇儀に負けないほど強く抱いているのだから。