■ 互譲の精神

LastUpdate:2009/03/30 初出:YURI-sis

 魔理沙に告白されたのは、まだ幻想郷に秋の香りが満ち始めた頃だったように覚えている。鬱蒼とした魔法の森にも幾許かの約束された実りが輝き、暑さが引いて穏やかさが満ちてくる季節。例年より少しだけ気温が低かった今年には、秋深くなる頃には森の中は少なからず寒さの始まりを感じるようにもなっていたのだけれど、とはいえその頃はまだまだ過ごしやすい季節だったのをアリスは覚えている。
 魔理沙は唐突に家を訪ねてきて、アリスが訪問の理由を訊ねる間もなく、告白してきた。いかにも魔理沙らしい、直球の告白だったのをアリスは今でも克明に思い出すことができる。恥ずかしそうに顔を赤らめながら、けれど好きになった経緯やその有り様を真っ向から伝えてきてくれる魔理沙の言葉に。聞かされるアリスのほうが、それ以上に赤面させられたのも……今にして思えば、倖せな思い出のように振り替えることができた。
 アリスは……その頃にはまだ、魔理沙のことをそれほど意識できていなかった。魔理沙が伝えてきてくれる気持ちを(嬉しい)と感じたのは素直な気持ちに他ならないのだけれど、アリスが魔理沙が伝えてくれる気持ちと同じだけの心で彼女に接しているかというと、そうではなくて。だから私は、直球の言葉で『恋人になりたい』と訴えかける魔理沙の言葉に、明確な返事を返すことができなかった。

 

  ――本当に私が好きなら、毎日会いに来て。

 

 今にして思えば、それは何て図々しい台詞だったのだろう。魔理沙の気持ちに何一つ応えることもできないくせに……彼女の告白に、思いのほか動揺してしまっていたのだろうか。気づけばアリスは、そんなことを魔理沙に口にしてしまっていた。率直な魔理沙の言葉とは対照的に、まるで彼女の意志を試すかのような身勝手な言葉。――言ってしまった後から、幾度と無く後悔を繰り返した言葉でもある。
 もちろん、そんな言葉なんて守る必要はないのだ。さすがに後から深く反省したアリスは、幾度となく魔理沙にそう伝えてきたのだけれど。不意をに出た言葉ほど真実味があるんだぜ、と。そう言って、魔理沙は耳を貸してくれはしない。
 魔法使いというのは、自分の持っている時間を擦り減らして誰にも理解されないような馬鹿な研究に没頭する、いかにも酔狂な職業だと思う。なればこそアリスはより長い時間を得る為に妖怪になることを選んだのだし、それを選んだことを今でも後悔してはいない。
 毎日会いに来て、という無茶な約束。言い換えてしまえばそれは、研究の為に割り当てられることができる時間を二人で互いにすり減らし合うという極めて不毛な約束だった。妖怪になったことで膨大な寿命を得ることになったアリスにとってはさしたる時間の浪費ではないのかもしれないけれど。酷く狭い、限られた時間しか生きられない魔理沙にとって相当な負担であるのは間違いないことのようにも思うのに。
 それなのに――魔理沙は今でもその約束を、馬鹿みたいに守り続けてくれている。

 


-

 


 家の周囲に巡らせた結界に反応があったのを察知して、アリスはすっくと椅子から立ち上がった。ちょうどそろそろ来るのではないかと思っていたところだったから、冷静な気持ちのままアリスはすぐに対応することができる。アリスが無茶な約束をさせてしまうよりも前の頃には、いつも魔理沙が訪ねてきてくれるのは突然のことで、だからその度に心は慌ただしい気持ちにさせられたものだけれど。今はそうした過去さえ、懐かしいことのように思えてしまうから不思議だった。

 

「いらっしゃい、魔理沙」
「邪魔するぜ。……今日も寒いなあ」
「暖かくしてあるわ。入って」

 

 今日みたいな寒い日には。……そうでなくとも、例えば風が強い日や激しい雨が降る日には、いつもそうしてまで訪ねてきてくれなくていいと――心配に似た気持ちでアリスは思う。魔理沙が約束を守って、こうして毎日のように訪ねてきてくれるのはとても嬉しいことではあるけれど。私の為に余計な苦労を背負い込んで、もし風邪でも引いたらと思うと、アリスは心穏やかではいられない。
 けれど逆に……私の為に、そうした苦労を魔理沙が買って出てくれることを、嬉しいと思う気持ちもまた無いといったら嘘になる。『毎日でも会いに来る』なんて、口にするのは簡単でも実行するのがどれほど大変であるかは明らかなことなのに。毎日私の為に時間を割いて、雨が降っていようと毎日飛んで会いに来てくれる。彼女の身体を心配する感情とは裏腹に、魔理沙がそうした苦労を私の為にしてくれることが、どうして嬉しいと感じられてしまうのか。その理由は、アリス自身にさえ判らないことだった。
 魔理沙から冷たい外套を受け取って、クロゼットに掛ける。寒い中を飛んできた疲労からか、ソファーに深く身を沈める魔理沙の為に、予め温めておいたティーポットに新鮮なお湯を注いでいく。紅茶特有の甘い香気が、瞬く間に部屋中に拡がっていくのがすぐに判った。

 

「はい」
「サンキュ」

 

 こうして魔理沙に紅茶を淹れてあげるのも、もう何日目のことだろうか。半ば無意識に飛び出してしまった言葉だったとはいえ、無茶な約束をさせてしまったのはちょうと冬の始まりのことだったから。どうせなら……もっと暖かい季節に約束をすることができたなら、魔理沙ももっと楽に私の家を訪ねることができただろうにと、今更しても仕方がない反省さえ心には覚えられてしまって。
 せめて寒い中を飛んで訪ねてきてくれた魔理沙の為に、こうしてすぐに温かな紅茶を振る舞うこと。それが二人の関係が始まってからずっと続いていて、いつしか当たり前の日常にさえなっているみたいだった。

 


-

 


 一緒にいるからといって、私達は特別な何かをするわけではない。紅茶を淹れる時には魔理沙の分も一緒に淹れるし、夕食も二人分纏めて作るけれど。魔理沙が一緒に居るからといって普段と変わるのはそれぐらいのもので。魔理沙は何一つアリスに特別な何かを望まなかったし、アリスもまた魔理沙に対して何かを望むようなことはしなかった。
 だから一緒に居るといっても、せいぜい二人がそれぞれ勝手気ままに本を読んだり、あるいは魔法の研究をする程度のもの。ふとした拍子に会話をする程度のことなら間々あるけれど、原則として魔理沙が傍にいることは何の負担にもならないし、いつか『恋人になりたい』と告げた言葉とは裏腹に、魔理沙は何も恋人らしいことをアリスに求めはしなかった。
 そんな関係だから、お互いが寄り添う時間を重ねれば重ねていくほど、そこに余計な気兼ねのようなものは自然に消えていった。まるで私達は昔からそうしていたかのように、ただ傍にいる。傍にいることで存在を感じて、時には言葉を交わし合って。不思議なことにアリス一人きりの部屋よりも、魔理沙と一緒に居ることができる世界は確実に暖かだった。
(初めの頃には、色々覚悟もしていたのだけれどね……)
 魔理沙が私に対して抱いてくれている気持ちが分かりきっている以上、彼女がその想いからアリスに求めてくるかもしれない行為には、それなりに想像が及ぶところもあったから。本で得た知識ばかりとはいえ、愛する者同士が睦び合う幾許かのことについてはアリスにも相応の知識があったし、男性には些かの興味も無いせいか女同士での性愛についてもそれなりに知り得てはいるのだけれど。
 そうした行為を、魔理沙はこの数ヶ月ただ一度さえ求めなかった。性愛と呼べそうなものから、そうではない恋人同士の求め合いの一端の行為――例えば唇を重ねたり、あるいは手を繋ぐことひとつさえ、アリスに求めるようなことはしなかった。
 こんな無茶な「約束」を提案してしまった以上、あれからすぐにでも魔理沙に押し倒されてしまうのではないかと――そんな想像した機会も無数にあった。こうして毎日来るという「約束」を交わした以上、魔理沙が恋人として望む何かしらを求めてきたとしても、アリスにはそれを咎めることなどできはしないのだ。
 まだ約束から間もない頃であるなら、「魔理沙が本当に約束を果たせるかわからないから」と、十分でない履行を盾に拒むこともできたかもしれないけれど。
(……けれど、もしもいま求められたなら)
 魔理沙はもう、十二分に約束を守ってくれている。こうして毎日、自宅とアリスの家とを往復することが、どれだけ本来魔理沙が為し得る研究の妨げになっているのかもわからないぐらいで。これだけの労力を自分の為に払ってくれている以上……もしも魔理沙に求められたなら、アリスには拒むことができるだろうか。
 きっと……拒めない。彼女は一般的に恋人として満たさなければならない条件、果たさなければならない十分な対価に遍く応えてくれている。即ち、私に対して想いを打ち明け、私に対して惜しみないものを提供してくれるのだから。アリスに、彼女の真摯すぎる想いを拒む事なんて……たぶん、もうできはしない。
 それにアリスのほうだって……きっともう、魔理沙のことを好きになってしまっている。例え初めは何も彼女に対して特別な感情を抱いていなかったのだとしても。あれほど真っ直ぐに想いをぶつけてくれて、こんなにも傍にいてくれる彼女に……どうして絆されずになどいられるだろうか。
 気付けば毎日、魔理沙が訪ねてきてくれるのを心待ちにしている自分の姿があった。魔理沙がそろそろ来るかな、という時間になると心がどうにもそわそわして落ち着かなくなって。そうでなくても、まだ魔理沙が来るには随分と早い時間帯から、魔理沙に少しでも綺麗に見られたくて……何時間も鏡台の前に座って、身嗜みを整えている私が居るのだから。
 これが魔理沙に対する恋愛感情でなくて、何だというのだろう。
(魔理沙のことが、好き)
 胸に手をあてると、その意識がじんわりと拡がって。
 不思議と、その気持ちは何度でも心の中で反芻したくなる。
(私、魔理沙のことが、好きなんだ……)
 小さな痛みを伴う疼きに呻いていた筈のアリスの心は、そう認めてしまうだけで随分と楽になるみたいだった。

 


-

 


 パタン、と。本をいつもより少しだけ音を立てて閉じるのが、魔理沙なりの合図。
 だからアリスも、その音を聞くだけでいつしか淋しい気持ちを抱くようになった。

 

「……帰る、のね?」
「もう遅いしな、この本の続きはまた明日読むぜ。……ああ、今日も夕食、美味かったわ」
「ありがと。明日もちゃんと二人分、準備するから」
「おう、期待してる」

 

 魔理沙を見送る為に、アリスも読みかけの本に栞を挟んで、閉じる。
 約束の通り、魔理沙は毎日アリスの許へ会いに来てくれる。けれどそれは同時に、毎日魔理沙と別れなければならない、ということも意味していた。
 本音を言えば、別れたくない。魔理沙に、泊まっていってと口に出来る勇気があればと……いつもアリスは、弱気な自分にがっかりしながら思わずにはいられなかった。今の関係があるのは全部魔理沙の告白のおかげで。告白なんて、相手に拒まれたらとてもリスクが高い気持ちの直截なぶつけ方であるのに、それを勇気を持って行使できた魔理沙は凄いなって……いつも、アリスは羨ましく思う。
 とてもじゃないけれど、私にはそれだけの勇気を持つことができなかった。
(泊まって、だなんて……)
 魔理沙の気持ちを知っている以上、そんなことを口にするのは誘い文句でしかない。泊まっていくよう魔理沙に促すことは、即ち(抱いて欲しい)という意志を伝えることと何も違わないのだ。
 ……抱かれることが嫌な訳じゃない。寧ろ、そうされたいと願う心もまた、アリスの深い場所には確かに存在するのだけれど。それでも……アリスには、そんな強請るような台詞を言えるだけの、勇気がなかった。
(いっそ魔理沙が、望んでくれたなら)
 そう思う心もある。もしも魔理沙から泊まりたいということを申し出てくれるなら、アリスは多分それを快諾することだろうし。もしも魔理沙が私の躰をベッドに押し倒すのなら……私は、抵抗さえせずに彼女の指先を受け入れることを選べるのだろうに。
 それでも、魔理沙がそうしたことを望まないであろうことは、アリスにも容易に想像がついた。今の状態は魔理沙にとって、約束を果たす――その一心だけで成っているものだろうから。十分に約束を果たしているのだとアリスのほうから認めてあげない限り、魔理沙が実力行使に及ぶことはないのだろう。……魔理沙は、そういった誠実さを併せ持つ人だから。
(……今日、言えたら、いいのに)
 帰ろうとする魔理沙の背中に「泊まっていけば?」と言葉を投げられたらいい。それだけで私達の関係は、きっと随分と加速するはずなのに。その一言さえ言えない自分が……堪らなく、もどかしい。
(いっそ、外に嵐でも吹き荒れていればいいのに)
 そうしたなら、きっとアリスにも宿泊を促す言葉が言えるのに。
 天候にさえ縋るような、他力本願な自分が……酷く、情けなかった。

 

「――うおっ!?」
「魔理沙?」

 

 帰ろうと玄関の戸を魔理沙が開けると、凄い勢いで内に入り込んでくる雨足があった。
 開かれたドアの向こうから、ばさばさと森の木々が荒れざわめく音が聞こえてくる。打楽器のように強く地面を叩きつけるかのような、酷い雨の音も続いて聞こえてきて。実際、玄関から外の光景を覗き込んでみれば、騒音に負けないぐらいに外の天気は酷い荒れ模様になっているらしくて。……寧ろ、今の今まで二人して気付いていなかったことが驚きだった。
 あまりの驚きに魔理沙が手を瞬間。バタン! と強い風の音と共に玄関のドアが叩きつけられるように閉まる。ドアが閉じられたことで室内が閉鎖された世界に戻ると、実際それだけで雨と風の騒音はたちまち耳に届かなくなるから不思議だった。

 

「ど、どうしたものかな……」

 

 戸惑う魔理沙。彼女は純粋に困惑の表情を浮かべて、そんなふうに漏らす。
 これは――きっと神様が与えてくれたチャンスなのだと思えた。普段は全く勇気が持てない私にも、なけなしの勇気を抱くことができるような。
 背中からアリスはそっと腕を伸ばして、魔理沙の身体を軽く抱き締めるようにする。僅かに濡れた彼女の髪に自分の顔が近づくと、なんだかとてもいい匂いがして、それだけで胸の鼓動が早くなっていく。

 

「あ、アリス……?」
「……今日はここに、泊まっていって?」

 

 精一杯の勇気の言葉。
 停滞していた筈の二人の関係が、静かに歩み始める足音がした。

 


-

 


「……いい、のか?」

 

 そう問い掛ける魔理沙の言葉は、アリスの言葉と同様に少しだけ震えているようにも聞こえる。アリスはただ、魔理沙の背中で体温を感じながら。小さく「うん」と彼女の耳元に囁いて答えるだけでよかった。
 恥ずかしさで顔が熱くなっていて、きっと真っ赤になってしまっている。魔理沙の身体に回した腕が、彼女の体温も私と同じぐらいに熱くなってきていることを感じ取ってくれて。実際、背中から見ることができる魔理沙は耳元まで赤くなっていて、そのことがアリスには堪らなく嬉しかった。
 それと同様に、とくんとくん、と早鐘を打つかのように加速していく心臓の音。それはアリス自身の鼓動なのか、それとも背中越しに伝わる魔理沙の鼓動なのか。あるいは、きっと……その両方が入り交じっているのだろう。耳を澄ませば、二人分の心臓の音が解け合うように入り交じっていた。

 

「きっと私、我慢できない、ぜ……?」
「うん」

 

 以前ならきっと、臆病に震えてしまった言葉。
 その言葉にも、確たる決意を持った今だから。アリスはすぐに答えることができた。

 

「抱いて……欲しいよ、魔理沙に」

 

 甘えるような、強請るような言葉。
 きっとこんな弱い自分、他の誰にも見せることなんてできない。それでも、魔理沙にだけは。……魔理沙にだから、こんなにも弱い自分を見せることができるし、これ以上は彼女の前で意地を張りたくなんてなかった。
 愛する気持ちを素直な儘に吐き出してしまえば、それだけで身も心も軽くなれた気がした。同時に、ただこの一言さえ伝えることができずにいた、もどかしかった日々は何だったのだろうと……今更ながら、半ば悔いるように思う。

 

「あ、アリスっ」
「……う、うん。なに、魔理沙」

 

 急に振り返られて、真っ直ぐな瞳で見つめられて、どきりとする。
 まるで射竦められて、息もできなくなってしまうみたいだった。

 

「す、好きだっ。アリスのこと……誰よりも、好きだから」
「……うん、知ってる。ありがとう、魔理沙」
「だ、だから、その。……アリスの気持ちも、聞かせて欲しいんだが……」

 

 言葉にしなきゃ、伝わらない思いがある。だから魔理沙は何度でも言葉にして、アリスに大事な想いを伝えてきてくれる。
 その想いに私も応えたい。伝えたい、この想いを。

 

「私もね……魔理沙のことが、好き。この世界で、きっと誰よりも」
「……本当に、か?」
「うん、本当に。魔理沙になら抱かれたいって思うし、魔理沙以外は絶対に嫌だよ……」

 

 言い終わるか言い終わらないかのうちに、ぎゅっと魔理沙から強く抱き締められる。
 あまりに力強い不器用な抱擁は少しだけ痛くて、そのことを「痛いよ」と魔理沙に伝えようかとも思ったけれど。……ぎゅっと強く拉がれる抱擁も、これはこれでとても心地良い気持ちになれるものだから。アリスは何も言わずに、魔理沙の腕の中で痛みと安心感の入り交じった感覚に身を委ねてしまう。
(私、こんなにも魔理沙のことが好きなんだ……)
 抱き締められるだけで、ざわめく歓喜の想いが心の中にたくさん溢れてくる。愛している人に愛されるという嬉しさは途方もなくて。改めてアリスは、いつしか魔理沙を好きすぎるようになっていた自分自身の心を思い知らされる気がした。

 


-

 


 ベッドに押し倒されるのなんて、当たり前だけれど初めての経験で。いつも夜を過ごしている自分のベッドの筈なのに、いざ押し倒されてしまうとなんだか慣れない感覚に身体が包まれていくみたいだった。押し倒されたアリスの身体の上に、組み伏せるように乗りかかってくる魔理沙の身体。アリスの真上から魔理沙に覗き込まれてしまうと、(抱かれるのだ)という意識が強まってきて、より一層身体が熱くなってくる感覚がある。
 恥ずかしすぎるのに、アリスにできる抵抗といったらせいぜい俯くことぐらいで。アリスの顔も身体も、全部魔理沙の手の内にあるのだから、それ以上には隠しようもない。緩やかにアリスの身体へ魔理沙の体重がのし掛かってくると、いよいよ密着してしまう身体と身体との感覚が否応なしに伝わってきて。私の躰に触れてくる総ての感覚が、魔理沙の身体のものであるのかと思うと――それだけで、今にもどうかなってしまいそうなほど、頭が真っ白になってしまう。

 

「脱がなくて、いいのか? 皺になるぜ」
「いいの。……恥ずかしすぎるんだから、これぐらい許して頂戴」

 

 性愛の知識はそれなりに本から得ているから。愛し合う行為が衣服総てを脱がなくてもできるということぐらいは、アリスにも判る。
 それでも、アリスのその言葉を魔理沙は首を左右に振って拒んでみせた。

 

「私は、アリスの全部が見たい。それじゃ……駄目か?」
「………………駄目、じゃない、けど。でも」
「でも?」
「う、うぅ……。好きに、すればいいじゃないの……」
「わかった、そうする」

 

 初めは魔理沙から好きになってくれて始まった恋。それでも、今はアリスだって狂おしいぐらいに魔理沙のことが好きになってしまっているのだから。魔理沙に強請られてしまえば、アリスには断る術がない。
 魔理沙の腕に引き起こされて、一度ベッドから身を起こす。ドレスのボタンを解いていく魔理沙の指先が、少なからず震えてくれていることがアリスにとって唯一の救いだった。
(魔理沙も緊張してるんだ――)
 まるでアリスひとりだけが、彼女にどきどきさせられっぱなしのような気持ちでいたけれど。魔理沙もまた、私と同じぐらいに緊張しながらこの瞬間を迎えてくれているのだと思えば。それだけで、やっぱり嬉しく思えてしまう心もあるからだ。
 それでもワンピースのドレスを脱がされてしまうと、そうした些かの余裕もすぐに吹き飛ばされてしまう。ドレスひとつを失ってしまえば、そこにあるのは下着だけを身につけた自分の躰しかなくて。下着というものがどれほど頼りないかを、アリスは改めて実感させられてしまう。

 

「シャツも、脱がすぜ……」
「……うん」

 

 ばんざいするような格好をして、魔理沙の手によってシャツまでもが奪われてしまうと。部屋の冷たい空気がアリスの上体全部へと直接触れてくるものだから、気付けばそのあまりの寒さに身震いさえしてしまっていた。シャツの内には何も身に付けていないから、自身の乳房を総て魔理沙の視線の先に晒してしまっているのかと思うと、きゅうっと頭が締め付けられるような感覚と共に、無意識に呼吸までもが乱れてしまう。
 緊張が躰中を全部がちがちにしてしまっていて、息もできない。冷たい空気に触れすぎる肌は確実に寒さを覚えている筈なのに、胸を張り詰めさせる頼りないきれぎれの呼吸が、喉元と肺を不器用に温めていく。

 

「……小さくって、幻滅した?」

 

 緊張しすぎる自分の心を紛らわせる為に、半ば自嘲気味にアリスがそんなことを口にしてみせると。
 けれど魔理沙は真面目な顔をしながら「そんなことない」と、すぐに否定してくれた。

 


-

 


「アリスの胸、可愛くって……私は、好きだぜ」
「……本当に?」
「ああ。……それに胸の小ささじゃ、私も似たようなものだしな……」

 

 その魔理沙の台詞に、アリスはまじまじと魔理沙の胸元を見つめてみる。
 彼女の厚手のドレスに阻まれて、その大きさを服の上から想像することは難しいみたいだけれど。

 

「……もしかして、見たいのか?」
「う、うん」

 

 あんまり魔理沙の胸元ばかりを見つめすぎていたのだろうか。そう問い掛けてくる魔理沙の言葉に、アリスは素直な気持ちで頷いて答える。正直……とても、見たい。
 だって、魔理沙がアリスの躰に興味を持ってくれているように。アリスにも……もちろん、魔理沙の躰に興味があるのだから。まして気持ちを打ち明けることさえ躊躇っていた頃であればともかく、こうしてお互いの意志を伝え合ってしまった今では、お互いの躰を許し合う行為も決して遠いものではないのだ。

 

「アリスになら、い、いいぜ……?」
「ホントに?」
「あ、ああ。……私だけ脱ぎたくないだなんて、我儘なことは言わないさ」

 

 そう言って、ちょこんとベッドの上に座る魔理沙。さりげない態度とは裏腹に、声も躰も震えて、頬にも深い紅が差しているのに。それほど緊張しているにも関わらず、躰を許してくれることが怖いぐらいに嬉しかった。
 許されるまま魔理沙の衣服に、アリスはそっと指先を触れさせる。彼女の首筋に微かにアリスの指先が直接触れてしまうと、その僅かな刺激にさえ魔理沙の躰はぴくっと反応してみせて。そんな仕草ひとつさえ、堪らなく愛おしい。
 襟元だけを軽く緩めてから、一気に魔理沙のドレスを脱がしてしまう。アリスと同じでワンピースのドレスを脱がしてしまえば、それだけで魔理沙もまた下着だけの姿になってしまう。
 普段ゴテッとした厚手のドレスに隠されている分、下着だけになって初めて明らかになる余りにも華奢な魔理沙のシルエットに、瞬間アリスは心を奪われてしまう。色白でいて、壊れそうなほど細い腕や躰。食が細いアリスも相当に華奢な方ではあるのだけれど、魔理沙の体躯はアリスに負けない程に細く、繊細なように見えた。

 

「あ、あんまり、見ないでくれ……」
「……あ、ごめんなさい、見蕩れてしまって……。魔理沙、とっても綺麗よ……」
「ホントに、か……?」
「ええ。……だからもっと、あなたの綺麗な躰を確かめたくなるわ」

 

 そう言って、アリスは魔理沙の着ているシャツの肩に掛かる部分に、そっと指先を宛がう。
 アリスは「脱がしてもいい?」とは訊ねなかった。魔理沙もまた何も言わずに脱がそうとしてくるアリスの指先に、僅かな抵抗さえしてみせなかった。私達はお互いがもう、お互いの裸を望んでいることは明らかで。その為になら、どちらも愛しい人の指先に脱がされてもいいという覚悟ぐらいは、ちゃんと心に抱いているのだ。

 


-

 


 脱がしたシャツが、パサリと音を立てて床に落ちる。殆ど脱ぎ散らすようにして二人分の衣服が床には散乱してしまっているけれど、そんなこと気にもならない。いまのアリスに見えているのは……ただ魔理沙の姿だけ。シャツを脱がしてドロワーズひとつしか身に付けていない彼女の肢体に、視線も思考も、何もかもが釘付けになってしまう。
 魔理沙の両手がアリスの肩に触れてくると、そのままゆっくりとベッドに押し倒されてしまう。背中側に当たる冷たいシーツの感覚と、お腹側に感じられる魔理沙の躰の温もり。下着と下着とが僅かな面積で触れあっている他には、微かに汗ばんだ二人の肌が直接に絡み合っている。
 最愛の人の躰へと密接に触れあえることが、これほどに際限のない幸福感を与えてくれるものだとは知らなかった。アリスはただ、貪るように魔理沙の躰を求め、自分自身の肢体へと絡ませていく。熱く火照る身体同士が幾重にも絡まって、お互いの存在をどんなにも確かめ合っていく感覚。けれど、そうした夢心地の求め合いの中で、どうしても最後に残された僅かな布地の存在が邪魔になって仕方がない。

 

「あ、アリス……」
「……うん」

 

 魔理沙もきっと同じように感じてくれているのだろう。訴えようとする言葉の続きを待たずに、アリスは躰同士の絡み合いの中で器用に魔理沙のドロワーズを脱がしていく。熱い汗と、愛する最中に滲みだした熱い蜜に蒸れたそこを部屋の空気に直接晒してしまうと、魔理沙の口から可愛らしい悲鳴のようなものが聞こえてきた。
 そうしているうちに、アリスの身に付けていたショーツもいつしか魔理沙の手によって脱がされてしまう。下着に覆われていた下腹部が晒されると、部屋の空気の冷たさが想像以上にひんやりと秘所に感じられてしまって。指先で触れて確かめるまでもなく、どうやら怖いぐらいにそこは濡れてしまっているらしかった。
 僅かな間しか求め合うことを止めてなどいなかったというのに。まるで飢えていたかのように私達は激しく、再度互いの躰を求め絡ませる。冷たいシーツの感覚なんて、すぐに気にならなくなって。肌に感じられるのは、どんなにも熱い魔理沙の躰の存在ひとつだけになっていく。

 

「魔理沙、ぁ……」
「ああ、わかってる」

 

 強請るような声が出てしまったのも、殆ど無意識のうちにだった。激しい絡み合いがやがて穏やかに静まると、求め合いの最中で乱れてしまった二人の吐息だけが部屋の中でリアルに響いていく。魔理沙の手のひらがそっと内股の辺りに触れてくると、彼女に促されるよりも早くアリスは両脚を少しだけ広げてその先を待った。

 

「んっ、ぅ……!」
「ご、ごめん、痛かったか?」
「ううん、ただちょっとびっくりしただけ。……気に、しないで?」

 

 魔理沙の指先が下腹部の上を撫でて、やがてそっと性器のほうにまで触れてくる。優しい指遣いはけれど少しだけもどかしく、一刻も早い激しい愛撫の訪れをアリスの躰は心待ちにしているというのに、けれど魔理沙の指先は軽い刺激だけしかアリスに与えてきてはくれない。

 

「は、ぁ、ぁ……!」

 

 それでも触れてくれているのが愛しい魔理沙の指先だと思えば、否応なしに幸福感は幾らでもアリスの心に降り積んでくる。じれったい快楽、もどかしい刺激。より深い指先の圧迫を求めて、アリスは腰を浮かせて魔理沙の指先へ自分の躰を押し当てる。――いつの間にか、気付けばアリスまるで自分自身の躰を擦りつけるようにしてまで、魔理沙の指先に快楽を求めるようになってしまっていた。

 


-

 


「……え、エッチだぜ、アリス」
「だっ、だってえ、魔理沙がぁ……っ!」

 

 ほとんど魔理沙のことを責めるような口調になりながら、半ば反射的にアリスは答えてしまうけれど。本当は……ちゃんと、判っているのだ。魔理沙は決してアリスを焦らそうとしているわけではなく、魔理沙なりの優しさと誠実さとを以て真摯にアリスのことを愛そうとしてくれただけであって。誠意ある彼女の愛撫に咎めるべき瑕疵などある筈もない。ただ、魔理沙の繊細な愛撫があまりに性的な快楽に飢えすぎたアリスの躰には物足りなくって、勝手にアリスのほうが満足できなくなっているだけでしかないのだ。
 だから魔理沙に対して口を尖らせてしまうのは、ただのアリスの筋違いな我儘でしかないわけだけれど。そんなアリスの身勝手さを、魔理沙はただ微笑んで許してくれる。そうした優しい笑顔の裡に見ることができるのは、違いなくアリスのことを想ってくれる真情ばかりであるから。こうして魔理沙のことを愛してしまっている自分が、どれほどに間違いない相手を。自分もまた愛さずにはいられなくなる正しい相手を選んだのかということを、改めてアリスは深々と心に思う。

 

「お、おねがぃ、魔理沙ぁ……。も、もっと乱暴に……してぇ」
「……乱暴にって、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫、だから……無茶苦茶に、してほしい、よ……」
「わ、わかった」

 

 アリスが望む通りに、魔理沙は少しずつアリスの秘所に課す苛みを激しいものにしてきてくれる。熱い蜜を滴らせる襞と襞との境を、魔理沙の手のひらが幾度となく押しつけるように撫でていく。さらに、より深い熱を湛えたその隙間の内側を少しずつ指先で抉っては、押し拡げるようにしながら何度となく出入りしていく。

 

「ふぁ、ぁ! ……ぁ、ぅ、はぁ、っ! んぅ、ぁ……!」

 

 魔理沙の手のひらが一度アリスの下腹部を這い、上下していく度に、アリスの喉からは絶え絶えに乱れた呼吸と嬌声とが否応なしに吐き出されていた。こんなに喘ぎ、快楽の儘に躰をも乱してしまっていて。その姿を魔理沙に見られてしまっていることを恥ずかしいとは想うのに、不思議と自制しようという意志さえ持つことができなくなってしまっている。
 躰の感覚がどんどん虚ろになっていき、頭が真っ白になって何も考えることさえできなくなっていくというのに。そうした惚けた躰と心の中で、けれど魔理沙が与えてくれる刺激だけがどんなにも鮮烈に感じられるのが不思議だった。

 

「んぁ、ぅ! ぁ、ふわあああっ……!! す、ごぃっ、すごいよぉ、っ……!!」

 

 これほどの快楽、今までに感じたことなんてない。魔理沙を想うあまりに、自分の指先を這わせて自身の躰を激しく慰めたことなんて、今まで何度だってあるのに。魔理沙が与えてくれる快楽はそのどれとも違って、夥しい程の快楽をアリスの神経に直接注ぎ込んでくるかのようでさえあった。

 


-

 


 それは決して魔理沙がこうした行為に慣れているからではない。激しい愛撫を繰り返す魔理沙の指先は、それを顕すかのようにどこか危なっかしくアリスの躰の脆弱な部位を走り回る。時には深く抉り込むようにアリスの膣の深い場所にまで指先が潜り込み、内側の襞を硬い爪の先で引っ掻き、狂った指先は希にアリスの陰核にさえ鋭い爪痕を残していく。

 

「――んぅううううううっ!!」」

 

 快楽を享受すべく神経が集中した陰核は、深い痛みと共に鮮やかな快楽をアリスの躰に響かせていく。自分の指先では絶対に与えることができないであろう、そうした過酷な愛撫さえ。魔理沙が与えてくれるものだと想えば嬉しさしか心には描き出すことができない。
 自慰の時に感じられるかのような明確な絶頂のタイミングは、とうに見定められなくなってしまっていた。何しろ研ぎ澄まされた神経に満ちる快楽の奔流は、荒れ狂うようにアリスの躰を幾度となく追い詰め責め立てていくのだから。絶頂というものを明確に区分することが不可能な程に、際限なくアリスの躰は達し続けているし、気をやっている最中にさえ、ひっきりなしに与えられる擦淫は鋭い快楽を伽藍の躰に響かせていく。
(も、もう、絶対に自慰なんて、できない……)
 抽送する指先のリズムに合わせて頭を何度も振り乱しながら、アリスはふとそんなことを想う。一度でもこのような深い悦びを知ってしまったからには、もう二度と自慰程度で得られるような、ちっぽけな快感では満足できなくなってしまうと。あまりにも明確に確信できてしまうから。
 愛する人はこんなにも特別で、故に愛する人が与えてくれる快楽もまた、これほどにも特別なものになる。存在するのは無機質な自慰行為では決して見出すことの出来ない、心と躰が共鳴する深い歓喜。愛されることの倖せを孕んだ快楽は、どんな麻薬よりもきっと深い酩酊と中毒性とを併せ持っているに違いないのだ。

 

「魔理沙ぁ……! 好き、ぃっ、魔理沙、ぁ……!」

 

 それに、やっぱり愛する人の名前を呼ぶときには。至近距離で視線の先に捉えて、相手の息遣いや肌の温もりを感じて居たいと思う。そのほうが絶対に、倖せを感じることもできるから。
 愛されることの倖せは、きっといつも深い酩酊の傍にあるのだろう。躰も心も、総てが魔理沙のことしか感知できなくなってしまって。魔理沙の指先に喘いで、魔理沙のことだけを考えて、魔理沙の総てに倖せを感じることができる――そうした、愛する人の為だけの存在になれることだけが。これほどに限りない幸福感を、きっとアリスの心の裡に呼び起こしてくれるのだと。そう、信じられた。

 

「わ、私も、アリスのことが好きだぜっ」
「はぅううんっ……! う、嬉しい、ようっ! 魔理沙、ぁ……!」

 

 普段はなかなか示すことができない愛しているという意思表示と、不思議なほどに信じることができてしまう愛されているという実感。どちらが先に相手を愛したかなんて関係ない。絆されたかどうかに関わらず、アリスはもう、心底から魔理沙を求めて止まないのだから。
 他の人には絶対に見せることができないほどの痴態を、愛する人の前でだけなら何一つ隠さずに見せることができる。愛されたいという欲求は、突き詰めれば包み隠さずに全部曝け出した有りの儘の自分を、愛する人に余すところ無く知って貰いたいという欲求なのかもしれなかった。そうして自身の弱みさえもを総て知って貰って――私の首に、心に。私という存在の総てに枷をつけて、あなただけのものにして欲しいという隷属欲求であるかのような――。

 

「ん、ぁ……! ぁ、あああああ、っ……!!」

 

 実際――魔理沙の所有物となれるなら、それはどれほど倖せなことだろうか。
 快楽の儘、虚ろに霞んでいく意識の中で。夢見るように、アリスはその想いを馳せた。

 


-

 


 不意に目覚めた瞬間には、躰中に堪え難い気怠さのようなものが満ちているみたいだった。性愛の中で酷使してしまったせいだろうか、肩や脾腹、それと内股の辺りが少しだけ痺れるように痛む。もちろん魔理沙が与えてくれる愛撫の刺激を、最も享受し続けた秘部にもそれは同じことが言えて。まだ……甘い痛みが、じんじんとそこからアリスの躰に何かを疼き訴えかけてくるような感覚がある。それに、まだ自分の躰の深い場所に何かが入っているかのような、妙な異物感があるのが不思議だった。
 痛みも、違和感も――これらの全部が魔理沙に愛して貰えたという確かな証だと思えば、アリスはちっとも嫌な気持ちなんてしないし、却って嬉しいぐらいだった。とりわけ自分の膣の内側に感じられる違和感は、あたかも未だ魔理沙の指先の温もりがそこに残されているかのようにさえ感じられてしまって。
 アリスは、自分の手のひらを下腹部の上そっと宛がってみる。魔理沙から愛される際に感じることができた、怖い程の悦びも幸せも。全部その違和感がアリスに思い出させ、望むだけ何度でも実感させてくれるかのような気がするのだった。
(あれから、何時間経っているのだろう……)
 ふと、そんなことをアリスは思う。求め合う最中にいつしか眠りに落ちてしまっていたらしく、時間の感覚がまるで判らない。普段は浅い睡眠しかなかなか取ることができないのに、疲れ切っていたせいだろうか、今日ばかりは酷く深い眠りの底に落ちていたような気がした。
(安心できる、せいなのかな)
 何一つ衣服を身につけない格好であっても、躰が寒さを感じることがなかったのは、きっとすぐ身近に魔理沙の体温をずっと感じていられたからなのだろう。素肌に感じる毛布やシーツの感覚は少しだけ冷たいのに、けれどそれ以上に同じベッドを共にしている魔理沙から伝わってくる温かな心地良さがあるから。
 こうしてすっかり目が覚めてしまった今でも、左半身には伝播してくる魔理沙の熱を感じることができる。愛しいその存在を確かめるかのように、アリスは魔理沙の肩に、腹部に。そして乳房や頬にも、自身の手のひらを触れさせてみる。魔理沙の肌はどこも穏やかに温かく、触れているだけでアリスの心までもが穏やかに鎮まっていく感覚があった。
 そのまま彼女の頬に手のひらを宛がいながら、彼女の寝顔を眺めてみる。アリスよりも一回り小柄な体躯に似合う、小さな顔。アリスの手のひらにも収まりそうなほど小さくても、その中には端正な顔立ちと、ぱっちりと大きい無垢でつぶらな瞳があって。暗い中でも、あたかも猫ように瞳に小さな輝きを湛えながら、じっとアリスのほうへ視線を投げ掛けてきてくれて……い、る……?

 

「………………なによ、起きてるんじゃないの」
「寝てるとは誰も言ってないぜ」
「起きてるなら、気付いた時点で声ぐらい掛けなさいよ……」

 

 少しだけ口を尖らせて、悪態めいた口調でそう言ってみせるけれど。
 こうして起きている魔理沙と、とても近い距離で向き合えること。それが、アリスにとって嬉しくない筈がなかった。寝顔が見れなかったのはちょっとだけ残念だけれど、きっとその機会はこれから幾らでもあるのだと。そう、思えたから。

 

「ね、魔理沙。明日は私に……させてね?」
「……お、お手柔らかに頼むぜ……?」

 

 そう、例えば明日にでも。
 魔理沙が私にそうしてくれたように。アリスもまた、同じぐらい愛してあげるのだから。
 寝顔を眺めることが出来る機会なんて、本当にすぐにでもやってくるに違いないのだ。