■ 酒宵一刻

LastUpdate:2009/--/-- 初出:YURI-sis

「まだ起きてたんだ? 珍しいね」

 

 縁側に座ってぼんやりと月を眺めていたら、掛けられてくる声があって少なからず霊夢は驚かされる。声ですぐに誰なのかは判ったし、振り向いてみれば案の定そこには見慣れた背丈の小柄な鬼の姿があった。
 同じ家の中に住んでいるとはいえ、萃香が居間にいない限りは殆ど顔を合わせる機会もないものだから、こうした意外な場所で顔をあわせるのは初めてのことだ。

 

「萃香こそ珍しいんじゃない? 普段は早く寝てるんだと思ったけど」
「割と、そうでもないかな。結構ひとりで長い寝酒をしてる時もあるし」
「あんたの寝酒なら、そりゃ長いでしょうね……」

 

 酒豪の萃香のことだ、寝酒と称してどれぐらい呑んでいるか判ったものではない。半ば呆れ顔で霊夢が溜息を吐くと、萃香は可笑しそうにカラカラと笑ってみせて。その笑い様があまりに心地よいものだから、深夜だというのにも関わらず霊夢もつられて笑ってしまう。
 霊夢の横に腰掛けて、萃香もまた夜空を見上げてみせる。生憎と薄く広い雲が掛かっているせいで、どこか霞掛かってしか月を見確かめることはできなかったけれど。それでも満月に近いせいだろうか、雲を通していても月から溢れる光は霊夢達の元にまで十分に届いているみたいだった。

 

「眠れないのかい?」
「……ま、そんなトコね。たまにはそういう日もあるわよ」
「そうだねえ。……たまには私に付き合ってくれる日が、あってもいいだろうさ」
「ふふっ、それもいいかしら」

 

 差し出された小杯を受け取り、萃香の手酌でお酒を頂く。季節柄か、縁側というこの場所は少し肌寒くもあったのだけれど、それもお酒を頂けばすぐに気にならなくなった。
 萃香は何も言わず、自分の方でもちびちびとやっているみたいだった。霊夢の小杯が空けばやがて注いできてくれるけれど、それだけで何も語ろうとはしない。霊夢のほうからもまた何も言わず、ただ二人で静かに月と夜天だけを眺めていた。

 

「魔理沙なんかが企画して、みんなで馬鹿みたいに呑むのもいいけれど。……たまにはこうやって、しんみり呑むのもいいものね」
「……そうだねえ」

 

 萃香は、それだけしか答えない。やりとりする言葉は続かない。
 なのに霊夢は、不思議と二人きりのこの時間に、居心地の良さのようなものを感じていた。こうして寝酒をしているのは本当にただ眠れなかったという理由だけで、別に萃香に隠すことなんて何もないのだけれど。
 言い訳をしなくても、眠れない夜にぐらいは何も言わずに付き合ってくれる。そんな萃香なりの優しさが、心に温かく届くせいなのかもしれなかった。

 

「萃香って、いつもはその瓢箪に直接口を付けているわよね」

 

 ふと萃香が自分で注ぎ足している瓢箪に気づいて、そんなことを聞いてみる。

 

「……う、ゴメン。そういうの嫌だったかな?」
「いいえ。……訊いてみただけよ、嫌なんかでは決して無いわ」

 

 そう言ってから、霊夢は証明するかのように空になった小杯を萃香のほうに差し出す。
 萃香の手酌で頂く何杯目かのお酒は、不思議と少しだけ萃香の味がするような気がした。

 


-

 


「……まさか、また来ると思わなかった」
「私も、そのつもりは無かったんだけどね」

 

 正直に萃香がそう漏らすと、霊夢は少しばつが悪そうに苦笑しながらそう答えてみせる。
 昨晩とは変わって、分厚い雲に閉ざされて月も見えない夜。それに本来は曇りのほうが夜は温かいものなのかもしれないけれど、夕暮れから宵の頃まで冷たい雨が降り続いていたせいか今日は一層肌寒く、そのうえ湿っぽいものだから決して酒を興じるのに相応しい環境ではない。萃香にとっては長く続けている日課だから、悪天候も季節変化の一日と捕える興もあるけれど、何も霊夢がこんな日に付き合う道理もないだろうにと思う。

 

「居たら、邪魔?」
「……そんなことは、ないさ」

 

 ただ、霊夢を楽しませるものを何も提供できないものだから、萃香の方が申し訳なく思うだけのことだ。
 せめてもと思って萃香が杯を差し出すと、霊夢も喜んで受け取ってくれる。昨日は一人で楽しむためだけの小さな杯しか持ち合わせてはいなかったけれど、今日はそれより一回り大きい杯をちゃんと二人分持ってきてある。
 ――結局の所は、萃香もこうして霊夢が来てくれるのを、心のどこかで期待してもいたのだ。
 どうせ酒は無限に溢れるのだから、少量ずつやる道理もない。なみなみとはいかないまでも、それなりに一杯の酒を霊夢の杯に萃香は注いでみせる。けれど霊夢は、昨日と同じようにちびちびとしか杯に口を付けようとはしなかった。

 

「………………」

 

 霊夢は今日もただ何も言わずに、空ばかりを見上げていた。
 萃香も見上げてみるけれど、映るのは曇天の暗闇ばかり。月も星も彩らない帳を眺望して何が楽しいのだろうかとも思うけれど。……霊夢はそこに何かを垣間見ているのだろうか、不意に僅かな淋しさを表情に伺わせてみせたり、小さな溜息を吐いてみせたりした。
 酒を楽しむには二種類がある。ひとつは酒自体を興じるもの、もうひとつは酒以外の何かを興じるための添物とするものだ。こんな淋しい夜だから、萃香は前者のつもりで霊夢に一杯の酒を振る舞ったものだけれど、霊夢は後者の気分で酒を楽しんでいるみたいだった。

 

「……何か、聞けることがあるなら、聞くけど?」

 

 萃香がそう口にしたのは、殆ど無意識のうちだったような気がする。淋しそうな霊夢の表情を見ていると(自分に何かしてあげられることはないだろうか)という気持ちになって。その心が言葉となって飛び出してしまっていたのかもしれなかった。
 萃香の言葉は唐突だったから、霊夢は少しだけ驚いたような顔をしてみせて。けれどその一瞬後には、またすぐに淋しそうな表情に戻ってしまう。見上げてみても萃香には暗闇しか見えない空に、霊夢は何を重ね馳せているのだろうか。

 

「萃香は、さ」
「うん?」
「気づいたらうちに住むようになっているわよね」
「あー……。もしかして、迷惑だったかい?」

 

 もし霊夢の悩みが自分の存在だったらと思うと、萃香は複雑な気持ちだった。
 けれど霊夢がそう思うのも無理はないことかもしれない。萃香がこうして棲みつくようになるまで、ずっと霊夢はこの広い家で一人を謳歌できていた筈だった。それなりに霊夢に負担を掛けないようには心がけているつもりだったけれど、それでも同じ家に他人が居ることに良い思いがしないのも無理ないことだろう。

 

「違うわ、そうじゃなくて。……その逆、かな」
「逆、って?」
「だから、その。……あなたは、いつまでうちに居てくれるのかな、って」

 

 霊夢の言葉に、今度は萃香が驚かされる番だった。その訊き方だと迷惑どころかまるで……霊夢が、萃香がこのままうちに居続けてくれることを望んでいるかのような、そんな風に取れてしまいそうな言葉だったから。
 振り返れば、彼女の淋しそうな瞳は今は夜空にではなく、萃香の方に向けられていた。殆ど無表情な霊夢の瞳の奥に、けれど確かな寂しさが映っている。その寂しさが――偽りではなく、萃香がここに居続けるのを望んでいてくれるのだと、伝えてくれているような気さえした。

 

「霊夢が追い出すまでは、ここに居るよ」
「本当に? ずっと居てくれるの?」
「ああ、本当に。鬼は嘘を吐かない、知ってるだろう?」

 

 ついさっきまでは、霊夢のことをただ『強い人間』だと思っていた。
 けれどいま萃香の前で見せてくれる霊夢の総ては、どんなにも脆弱だ。心の弱さはそのまま存在の弱さで、いまの彼女に萃香は鬼として興味を抱くことができないように思えた。――鬼が求めるのは、いつだって人間の強さに魅せられることなのだから。
 なのに、どうしてだろう。この瞬間、萃香はどんなにも霊夢に魅せられていた。こんなにも心の弱さを露呈している霊夢に、けれど普段以上に強固な魅力を感じずにはいられなかった。
(……もしかして私、霊夢のことが好きなのかな?)
 理由はわからないけれど、ふと萃香はそんなことを思う。そう思うだけで、自分の総ての疑問が繋がるような気がするからだ。霊夢が見せてくれる弱さも、自分だけの見せてくれる弱さだと思えば、そこに特別な嬉しさのようなものを感じずにはいられない。――そう思えるほどの理由を、他に萃香は知らないから。
 自分の心を深く暴けば、その気持ちの正体も知ることができるのかもしれない。だけど萃香は、そんな乱暴なやり方でせっかく自分の心に生まれた淡い感情を、明らかにはしたくなかった。
 霊夢の方を見ると、また曇天ばかりを見上げて何か物思いに耽っている。萃香も真似るように見上げてみるけれど、きっとそこには曇天の闇以外を見つけることはできないのだろう。
(――ああ)
 違う、どんなに雲ばかりであっても、見えるものもあるのだ。
 例えば、曇天の向こうから僅かにだけ漏れ出ている月の光。黒闇に濁る雲の向こうから、僅かに滲むような燐光だけを伺わせる遠い遠い月光は、まるでいま萃香が抱えている感情のように淡く、けれど深い熱を持っているように感じられた。

 


-

 


 朝方から降り始めた雪は陽が高く上る頃の時間になっても降り止むことはなく、日中のピークを過ぎれば夕暮れに掛けてその勢いを強めていくばかりだった。朝のうちには霙交じりだった雪も、すっかり夜の帳が下りてしまった今では薄くない積雪さえ生むようになってしまっている。最近とみに寒くなってきたことを感じるようにはなっていたけれど、まだ暦の上では十一月に過ぎない今日に、まさか雪まで降り出すだなんて思ってもいなかったから。月の光を淡く映して輝く、一面の雪は何だか幻想的でさえあった。
 寒いのは嫌いではないし、暑いことに比べれば好きと言ってもいいぐらいなのだけれど、さすがにこんな雪の夜を縁側で過ごすのは寒すぎて辛い。それでも霊夢には、いまこの場所を離れたいとは思えなかった。

 

「……頑張るねえ。今日でもう、一ヶ月ぐらいにはなるんじゃない?」

 

 そんな霊夢に、いつの間に傍にまで来ていたのか萃香がくすくすと小さく笑みながら声を掛けてくる。萃香が笑うのも無理ないことだし、実際霊夢自身でもこんなに頑張る自分がちょっと可笑しかったから、彼女につられるように霊夢もくすくすと笑ってしまう。

 

「さすがに、寒すぎるわ」
「そうだね」
「だから……萃香も早くこっちに来なさいよ」
「ん」

 

 霊夢が促すと、嬉しそうに霊夢の膝の上にちょこんと萃香は腰掛ける。
 萃香の身体は軽く、そして小さくて霊夢の膝の上にもすっぽりと収まってしまう。そのくせ体温だけは高くて、こうして萃香と直に触れているだけで、彼女の温かさのおかげで霊夢は寒さを忘れることができてしまう。
 いつからか、こんな二人の関係が習慣化していた。日中には訪問客が多い博麗神社でも深夜だけはいつも萃香と二人きりになることができるから、眠る前の長くない時間をいつも萃香と一緒にお酒を飲んで過ごすようになっていた。お酒は幾らでも萃香が準備できるし、雨避けのできる縁側だから空模様が悪くても関係ない。縁側という場所柄寒すぎて辛いことさえ、萃香と寄り添うための口実になるのだと思えば何でもなかった。
(確かに、もう一月ぐらいにはなるのかもしれないわね……)
 実際初めの頃には二人で並んで飲み合っていたはずが、いつからか肩が触れ合うほどの距離にまで寄り添うようになり、今では霊夢の上に萃香がちょこんと座るのが当たり前のようになっている。霊夢とは比べものにならない程の力を持っているはずの萃香なのに、膝の上に乗せてしまえば軽くて小さくて可愛らしくて、こんな小柄な身体のどこに鬼の力を秘めているのだろうといつも不思議に思う。

 

「れ、霊夢……?」

 

 気づけば、萃香の身体を霊夢は抱き締めてしまっていた。
 無意識にしてしまった行動であるせいか、抱き締める力はそれほど強いものではないけれど。それでもぎゅっと圧迫する分だけ、確実に萃香をより身近に霊夢は感じることができる。伝わってくる感触、鼓動、息遣い、そして体温。そのどれもが確かなリアルさを伴って伝わってくることで、霊夢はより嬉しい気持ちで萃香の存在を愛おしく実感することができた。

 

「こうしたほうが温かいのよ。……駄目?」
「だ、駄目じゃないけど……」

 

 駄目じゃない、という言葉の真意が肯定であることぐらいは霊夢にも判る。
 だから霊夢も萃香の身体をぎゅっと抱き竦める力をより強くして、萃香の言葉に応えた。力強く抱き締めるほど、霊夢の躰はより深い密度で萃香と繋がることができるような気がして。
 身体と身体が繋がり合うことで、心に溢れんばかりのこの想いさえも、萃香にまで届いて繋がることができたら素敵なのにと。そっと萃香の髪の毛に口吻けをしながら、霊夢はそんなことさえ想うのだった。

 


-

 


 昨日あんなことがあったせいだろうか。きっと霊夢はいつも通り縁側で待ってくれている筈なのに、萃香はまだ勝手に自室にしてしまった空き部屋でまごまごしていて、霊夢の元を訪ねることができずにいた。
 初めは淡くしか意識できなかった霊夢に対する特別な想いは、いつからか当然のように萃香の心の大部分を支配するようにもなってしまっていて。ただ『特別』とだけしか意識されていなかったこの気持ちそのものさえ、今は確かな意志で『恋心』なのだと見定めることさえできてしまうようになっている。霊夢と二人きりの特別な時間――それがこれ程にも早く、淡かった気持ちを成熟させてしまうものだとは思わなかったのに。
 昨夜は……霊夢にぎゅっと強く抱き締められて、気がどうにかなりそうだった。強く抱き締められると、霊夢の早い鼓動と熱い体温までもがすごく身近な距離から伝わってくるみたいで。萃香は、本当に霊夢のことが好きだから……あんな風にされてしまったら、もう何も考えられなくなってしまう。
 萃香が霊夢に対して特別な想いを抱くように、霊夢もまた萃香のことを特別に想っていてくれるのだと。昨夜の確かな実感があるから、萃香もまたそのことを自惚れではなく正しく自覚することができる。けれど萃香には、その霊夢の気持ちの正体を確かめることがどうしても怖くてならないのだ。
 私は霊夢のことを恋愛対象として好きだけれど……霊夢が、萃香と同じ意味で想いを寄せてくれているのかは、判らないから。
 だから、足が重い。きっともう一度会ってしまえば、萃香は自分の気持ちを霊夢に伝えないではいられなくなってしまう。そして同時に、霊夢が自分に対して寄せてくれる気持ちをも、確かめずにはいられなくなるから。――怖いのだ。

 

「本当に、萃香は判りやすいわねえ」

 

 耳元でくすくすと囁く声があって、萃香は初めて気づかされる。どうして全く気づけなかったのだろう、戸を開ける音や空気の入れ替わる感覚だけでも察知できそうなものなのに。いつの間に部屋の内に入ってきていたのか、萃香のすぐ傍に、他ならぬ霊夢の姿があった。

 

「れ、霊夢」
「顔に出てるわよ? 気持ちを確かめるのが怖い、って」
「……う」

 

 違う、と否定の言葉が喉まで出かかったけれど、言えなかった。だって……口にしてしまえば、それは『嘘』になってしまう。まさしく萃香は、霊夢の気持ちを確かめてしまうことが怖くて、会いに行くことができずにいたのだから。
 霊夢の真っ直ぐな瞳に見つめられて、萃香は何となく気まずくて視線を逸らしてしまう。
 霊夢の気持ちが判らないと、そんな言葉で覆い隠してしまっていたけれど。もしかしたら……本当は違うのかもしれなかった。萃香はただ、霊夢が寄せてくれる想いの総てを正しく理解していて。なのに、求めたいと想うそれと正直に向き合ってしまうことが怖くて、こうして認めてしまうことから逃げてしまっているだけなのかもしれない。
 だって、霊夢と両思いであることを確認してしまえば、きっと私は霊夢に溺れないではいられなくなってしまう。常に霊夢のことを最優先に考えて、霊夢の為だけに尽くすようになってしまうだろう。私は、それぐらいに霊夢のことが好きで、大切で……愛しいのだから。
 自分の衝動に正直になっては、いけない気がする。けれど自分の心に嘘を吐くことも、決してやってはいけない事のような気がしてならなかった。理性と誠実、正直と良心。霊夢にどう打ち明ければいいのか――どの心に従うかで、その答えは如何様にも変わってくる気がして、がんじがらめの思索と心に捕らわれて萃香は身動きをすることができなくなってしまう。

 

「……こんな時どうすれば、いいんだろ」
「それは私にも判らないわ。でもね、萃香」
「うん」
「どうすれば正しいのかが判らない時ぐらいは、自分の気持ちに正直になってもいいのではないかしら。……私は萃香のことが好きだし、萃香に甘えたいって思うから。今は自分の正直な気持ちに抗いたいとは思わないわ」

 

 俯いていた萃香の身体を、まるで昨日の再現のように霊夢の両腕がぎゅっと抱いてくる。
 温かくて、それ以上に熱い。愛しい人間の力に掻き抱かれることが、こんなにも幸せなことだなんて、つい先日までは知らなかったことなのに。
 今はもう、手放せなくなっている。萃香はもう霊夢の傍という居場所を、絶対に失えない。

 

「そうだね。……うん、私も正直になることにするよ」
「それがいいわ。私も、萃香に正直で居たいから」
「でも、いいのかな? 正直に言っちゃうけど……私は、結構霊夢とえっちなこともしたいと思ってるから」
「……そ、そう、なんだ……?」

 

 かぁっと、今まで冷静を装っていた筈の霊夢の頬に、一瞬のうちに深い紅が差す。
 冷静を装うといっても、抱き締められることで伝わってくる早すぎる鼓動のせいで、霊夢もどきどきしてくれていることは簡単に判っていたのだけれど。それでもこうして実際に顔を赤らめてくれたことで、私の為に頑張っていたのだというのがよく判るみたいで、萃香には嬉しくて仕方がなかった。

 

「し、正直になれって言ったのは私だもんね。……ええ、責任は取るわ」
「そんなこと言って、鬼の力で無理矢理犯されたって知らないんだから」
「ふふっ、乱暴なのも結構嫌いじゃないわよ? それにね、萃香」
「うん?」
「あなたが、そんなことしないって知ってるわ。私は自分を大事にすることができないのに、萃香はいつも私のことを大事にしてくれている。あなたが私の家に住んでいる理由……私が本当に知らないとでも思っているの?」

 

 そんな風に言われたら、萃香だってその言葉を違える事なんてできなくなってしまう。
 霊夢の信頼へ誓うかのように。抱き締めてくれる霊夢の両腕に、萃香もまたそっと自分の手のひらを重ねて応える。

 

「私は……霊夢の傍に居たいから、ここにいるんだよ」

 

 確かに霊夢の言う通り、他に理由がないと言ったら嘘になるけれど。
 その理由もまた真実だから。特に霊夢への気持ちを理解していくに従って、その比重は大きなものへと膨らんでしまっているから。だから萃香はちゃんと、嘘にならず口に出してそれを伝えることができた。


-


 萃香のことはよく知っているし、長い間生きていることも、相応の知識を備えていることも知っている。それに一度は弾りあった経験もあるせいか、彼女の強さを霊夢は身に染みて学んでいるから。だから一緒に住んでいて萃香のことを子供だなんて思ったことはなかった。
 けれどいざこうして愛するために布団の上で萃香の躰を組み敷けば、その躰は小柄を通り越して稚い少女のように小さく、なんだか霊夢は得も言われぬ罪悪感のようなものさえ感じずにはいられなかった。無論、萃香は相応の年齢を重ねているのだし、小柄とは言ってもその気になればすぐにでも霊夢の躰を押し飛ばす程度の力は軽く有しているのだから、そんなことを意識してしあう霊夢の方が間違っているのだとは判っている。
 判っているけれど……萃香の躰は本当に稚く、なのにこれから激しくその肢体を求めなければならないことを思うと、どうしてもそう思ってしまう気持ちは振り払えなかった。

 

「本当にいいのね?」
「くどいよ、霊夢。嫌だったら、素直に押し倒されたりなんてしないもん」
「そうね。……そうよね」

 

 萃香が、私と愛し合うことを受け入れてくれている。求めてくれている。
 実感させてくれる彼女の言葉が、霊夢の心を大分軽くしてくれた気がして。静かに霊夢は、萃香の身につけている衣服に指先を掛けていく。上着のボタンに手を掛けてひとつひとつを解いていくと、開けられていく襟元に従って鎖骨から順々に萃香の白い肌が露わになっていく。
 そう、萃香の肌はその健康的な無邪気さとは裏腹に、透き通るような白さを湛えているかのようだった。前々から下着を身につけていないことには薄々気づいていたけれど、案の定上着のボタンを全部取り払ってしまうと簡単に萃香の胸元はその全部が霊夢の視線の先に晒されてしまう。

 

「……胸を見られることが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった」
「見る方も案外恥ずかしいから……お相子かもしれないわ」

 

 萃香が顔を真っ赤にしていることはすぐに見て取れるけれど、自分では見えないはずの霊夢自身の顔も酷く熱を持っていて、きっと真っ赤になってしまっていることが簡単に判ってしまう。萃香も、霊夢も、どちらも相手の表情を見つめることができない。――恥ずかしすぎるのだ。
 およそ隆起らしいものが見あたらない萃香の乳房にも、けれど霊夢は深い魅力のようなものを感じずにはいられなかった。そっと手のひらを宛がうと、ぴくっと僅かに震えながら、けれど萃香の乳房はしっとりと湿った質感で霊夢の手のひらに吸い付いてくる。それがなんだか嬉しくって、霊夢は静かに撫ぜるように萃香の乳房を優しく求めていく。

 

「……ん、はっ」

 

 静かな喘ぎにも似た声が、萃香の口元から漏れ出てくる。純粋に擽ったかっただけかもしれないし、あるいは他の何かを霊夢の愛撫から感じ取ってくれた証拠なのかもしれない。何にしても霊夢の求める手のひらに呼応して萃香が呼吸を乱してくれているのかと思うと、そんなことさえも静かな喜びとなって霊夢の心には届いていく。
 辿々しくも萃香の乳房やお腹を確かめるように触れ求めていくと、霊夢のそうした行為のひとつひとつに萃香は反応し、応えてくれるかのようだった。時に小さな喘ぎを漏らし、時に細かく躰を震わせ、霊夢の愛撫のそれぞれに何かしらを感じ取ってくれているみたいにも見える。
 躰を誰かに委ねるって、多分とても居心地の悪いことなのだと思う。こんなの、ずっと自分ではない指先に擽られているようなものだから、萃香だってそう思わない筈がないのに。それなのに萃香が決して止めようとは言わず、触れられることでも何かを必死に与えようとしてくれているように霊夢には思えてならなかった。
 初めての経験で、どうしていいか判らずにただ欲情のまま萃香の肌に手のひらを重ねている霊夢よりも余程強固で明瞭なものを、萃香は愛される体で伝えようとしてきてくれている――それが、霊夢にも深く伝わってくる。

 

「……ごめんね、不慣れで」

 

 そうした萃香の想いは勿論嬉しい以外の何物でもないのだけれど。……ただ、萃香が必死に頑張ってくれているにもかかわらず、上手くできないで居る自分が霊夢は酷く申し訳なかった。

 

「霊夢が慣れていたら、そっちのほうが私は嫌だよ」
「萃香……」
「うん、だから謝ったりしないで、霊夢に触って貰えるのは私にとって凄く幸せなことなんだから。……勿論少しは擽ったいと思わないでもないけれど、それだって私ができるせめてもの努力だと思えば辛くなんてないんだ。私は……霊夢に頑張って貰うばっかりで何も返せないから、せめてこんな形でも応えられることが嬉しいんだよ」

 

 萃香の言葉に、霊夢は心の中で首を傾げる。――それは違う。萃香のほうが私なんかよりも余程沢山頑張ってくれていて、私はそれに甘えているだけで。だから私の方が、よっぽど萃香に返さなければいけないものを沢山抱えているというのに。

 

「……そんなことないわ。萃香のほうが、ずっと私に色んなことをしてくれているわよ」

 

 鬱憤にも似たその感情が、霊夢に言葉を吐き出させた。
 あれだけ沢山のことをしてくれていて、私なんかに与えてくれていて。それなのに『何もしてない』だなんて嘘を吐く、萃香のことが許せなかったのだ。

 

「そ、そんなことないよ! 霊夢の方こそ、私を住まわせてくれたりご飯を作ってくれたり、本当にいつも色んなことをしてくれてるじゃないか!」
「ええ、そして私は馬鹿だから気づいてもいなかった。……傍に居てくれることで、あなたがずっと私を外敵から護ってくれていることになんか」
「そんなの私が好きだから霊夢の傍に居たかっただけだ! 護りたいのだって、好きだったら当たり前じゃないか! もし霊夢が傷ついたら……私の方が悲しいんだ!」

 

 殆ど叫ぶように吐き出された萃香の言葉は、強い力で霊夢の心を打ち付ける。
 鬼は嘘を吐けないという。それが概ね真実であることも知っている。
 けれど――萃香が訴えてくれた言葉には、正直な言葉だけが持つ疑いようのない力強さのようなものが内包されていて。そうした事実とは全く別の次元で、霊夢は簡単に萃香の言葉を信じることができてしまう。こんなにも心に直接的に訴えかけてくる言葉の重みが真実でないとして、果たして何が真実で有り得るというのだろう。これほど心を震わせる言葉なんて、生まれて此の方初めてぶつけられたというのに。
(――嗚呼、そうか)
 好きな人の為に何かをするのはあまりにも当然のことで。ましてそれらの行為の数々は決して相手の為だけでなく、相手の笑顔を見たいと思う自分自身の喜びのために行われるものであるのだから。だから……私たちがどちらも等しく、相手ばかりに沢山を与えて貰っているかのような申し訳ない不公平感抱くのは、当然のことなのかもしれなかった。
 萃香を住まわせるのは、ただ萃香にいつでも霊夢が会いたいからであって。萃香に毎日食事を作ることも、霊夢にとっては美味しそうに食べてくれる萃香の笑顔を見たいだけでしかない。一緒に住んでまでいつも傍に居てくれて、一緒にご飯に付き合ってくれて……そうしたことを萃香に感謝こそすれ、霊夢はただ一度も萃香に『してあげている』だなんて思ったことはないのだから。――これでは常日頃の萃香に対する思いが一方的な感謝になってしまうのも、無理からぬことなのだろう。

 

「……ふふっ」
「ぷっ、はははっ……!」

 

 そのことに気づいて、半ば無意識に霊夢が少し笑いを吹き出してしまうと。萃香の方も同じ事に気づいたのか、殆ど同時に笑い声を零してみせて。
 そんな互いの様子があまりに面白いものだから、私たちの笑い声はより大きなものになってしまって。性愛の最中だと言うことさえ忘れて、すっかり霊夢も萃香も馬鹿みたいな大声で笑い合ってしまう。
 もちろん、馬鹿笑いとは不釣り合いな程に。胸の裡に今まで以上に深く強固な相手への慕情を抱きながら。

 


-

 


 そんな二人で笑い合う時間も長くは続かない。――続けていられない。
 何しろ、萃香は霊夢の目の前で裸の上半身を晒してしまっているのだから。笑い合ったことで一度は薄れていた性愛の空気が、徐々に密度を戻してくるに従って私たちの笑い声も少しずつ掻き消されてしまう。ついには二人して何も言えずに、ただじっと見つめ合う程にまで。

 

「んっ」

 

 萃香の乳房に、少し冷たくなった霊夢の指先が触れてくる。
 乳房を伝い、お腹を撫でるように過ぎて行って、そして。
 萃香のスカートのほうにまで霊夢の指先が触れてくると。霊夢が求めたがっていることは萃香にも簡単に判るだけに、萃香はさらに襲い来るであろう恥ずかしさにぎゅっと強く目を閉じて耐えようとする。

 

「下も、いい?」

 

 駄目だなんて言う筈がないのに。決意さえ決めていた萃香に、スカートの端を軽くつまみながら霊夢がいちいちそう訪ねてくるのは、細かい優しさなのか、それともやっぱりちょっとした意地悪なのだろうか。
 脱がされて、胸以上に恥ずかしい部分を徐々に霊夢の目の前に晒け出す恥ずかしさを思うと、少しだけ怖いことではあったけれど。それでも覚悟まで決めていた萃香は、躊躇うことなくコクンと頷いて霊夢の問いに答える。

 

「でも……ちょっと狡いよ、霊夢……」
「う、やっぱり狡いかしら?」
「うん。だって私も、霊夢の裸が見たいもん。……それなのに、私ばっかり脱がされてさ」
「……ごめんね、今はちょっとだけ好きにさせて。ちゃんと後で、私のことも萃香の好きにしていいから」

 

 ――萃香の好きにしていいから。
 霊夢の蕩けるような甘い言葉が、萃香の心を溶かすような感覚。
 その約束さえあれば、どんなに恥ずかしいことでも我慢できるような気がした。

 

「じゃあ、脱がすわね……」

 

 霊夢の言葉に、萃香はコクンと頷いて応える。
 座り込んでいる萃香の腰や肩に霊夢の両手がそれぞれ触れてきて、軽い力を込められると萃香の躰はお布団の上に押し倒されてしまう。力こそ強大ではあっても、抗うようなことをしなければ所詮体躯に見合う体重しかない萃香の躰は、霊夢の力でも扱いに困るものではない。
 お布団の上に横にされると、スカートの留め具が外されて急に躰が緩められた感覚があった。ずりずりとお布団の下側から萃香のスカートが引っ張られ、やがて抜き取られてしまうと、もう萃香が身につけていられるものはドロワーズひとつだけになってしまう。

 

「こっちもいい?」
「くどいよ、霊夢……」
「……そうね、ごめんなさい」

 

 そんな風に『くどい』だなんて言ってしまうのは、ちょっと冷たい物言いかもしれないとは思ったのだけれど。でも、いいって言わなくても、萃香の心と躰には十分な決意ができているのだから。
 これから裸にされて……萃香の躰に霊夢が触れようとする時にも、いちいち霊夢が許可を求めたりせずに私の躰を好きにできるように。故意に萃香は、少しだけ冷たい言葉を選んで霊夢を突き放す。
 どんなに優しい指先と甘い恋情から愛されるのだとしても、きっと性愛の側面には暴力的な面も潜んでいるように思うから。霊夢が指先でもって、これから萃香の躰を高ぶらせて絶頂に追い込むのは、ともすれば相手を屈服させる行為にも似ているのかもしれないから。
 だったら――初めから霊夢が遠慮せずに、私の躰を蹂躙してくれるほうがいいと。萃香自身そう思うし、そうされたいと願う心もあるから。

 

「っ、ぁ……」

 

 我慢しようと思っていたのに、ちょっとだけ声が漏れてしまう。
 ドロワーズがずり下ろされて秘所が露わになったことで、萃香のそこに冷たい新鮮な空気が触れてきてしまって。いつしか少なからず潤いを帯びてしまっているそこに空気が触れると、ひんやりとした感触が萃香の躰に襲いかかって来るみたいで。
 痛みなら幾らでも我慢できる自信があるけれど、こうした感覚には抗いようがなかった。

 

「はぅ、っ……」

 

 やがて冷たい霊夢の指先が萃香のそこに触れてくると、それだけでじんと甘い痺れが萃香の脳を揺らしてくるみたいだった。軽く触られただけでもこんな風に感じられてしまうようでは、これから霊夢に愛されてしまう課程で私はどうなってしまうのだろう。――それを考えるのは少しだけ怖くて、けれどとても魅力的なことのように思えてならない。

 

「萃香のここ、熱い、ね……」
「……霊夢の指は、ちょっとだけ冷たいや」
「ふふ、少しだけ我慢してね。すぐに萃香の体温で、あったかくなるから」

 

 確かめるような愛撫から変わって、霊夢の指先が求めるかのような執拗さで萃香の秘所を弄り始めると、萃香はやがて息をすることさえ困難になっていく。下手に呼吸をしてしまえば、その隙に喘ぎ声が喉から漏れ出てしまいそうで。裸をこうして見られていながらも、快楽の儘に喘ぐ姿を霊夢に見られるのはまだ恥ずかしいように思えてならないのだ。

 

「声、我慢したりしないで。萃香の声を、聞かせて欲しいから」
「うう……」

 

 けれどそうした萃香の努力も、霊夢のたった一言が総てを打ち消してしまう。
(……霊夢って、やっぱり狡いや)
 萃香は心の中で、ちょっとだけ愛する人に悪態を吐いてみせる。だって、愛する霊夢からそう言われてしまったら、萃香は……どんなに恥ずかしいとしても、その望みを叶えないではいられないから。

 

「……ぁ、んぁ、っ」

 

 始めは静かな喘ぎから我慢できなくなってきて。

 

「ぁああ、っ! ふぁ……あ、ぁああ、く、あぁっ……!」

 

 やがては、霊夢の与えてくれる総ての刺激に、萃香は正直な喘ぎを上げずにはいられなくなる。
 死にたいぐらいに恥ずかしすぎて、もう霊夢の顔を直視することなんてできない。けれど揺れる躰の中、逸らした視線の中でも、ふとした瞬間に萃香は霊夢の表情を見つめてしまったりもする。
 瞬間に捉えられる霊夢の表情は、嬉しそうに緩められていて。
 霊夢が喜んでくれるなら、恥ずかしくってもいいか――なんて。
 そんな風にさえ思ってしまう私は、やっぱり病気なのかもしれなかった。

 


-

 


「あぅっ、ぁ、ぅ……! ふぁ、ぁ、ぁあっ……んぁああ!」

 

 霊夢にとってそれはまるで夢を見ているような感覚だった。何しろすぐ目の前で、愛する萃香が自分の指先に躰と喉とを震わせ、喘いでくれているのだから。夢と違うのは、萃香の切羽詰まった表情や声、それに艶といったものが徹底的なリアルさを伴っているところだろうか。
 普段は快活を通り越して、時に騒がしいぐらいの萃香なのに。性愛の最中で見せてくれる表情はどんなにも切なく、彼女が漏らす吐息や声はあたかも湿度を纏っているかのように静かで艶やかだった。こんな萃香の姿は、きっと幻想郷に住んでいる誰だって知っては居ないのだろう。知っているのは……きっと、いま将に萃香の躰を苛んでいる霊夢ひとりだけで。これほど魅力的に映る萃香の痴態が、私だけの前でだけ見せてくれるものであると言うこと。それを胸の裡で実感する都度、震えるほどの歓喜が霊夢の心を走るみたいだった。

 

「……萃香。あなたが、誰よりも好きよ」
「あぁ、あああっ……! わ、私も……霊夢っ、が、好きぃっ!」

 

 誰かを愛してしまうことを『心を奪われる』と言うけれど。その表現は、非常に的を射ているように霊夢には思えた。きっと霊夢は萃香に心を奪われてしまっていて、萃香は霊夢に心を奪われてしまっているのだろう。だから萃香は霊夢が望むことなら――それが、どれほどの恥ずかしさを伴うものであっても――決して拒んだりはしない。……拒むことさえ、できないのかもしれない。霊夢が『声を聞かせて』とお願いすれば、萃香には声を我慢することもできなくなる。指先を萃香の秘所に執拗に這わせる度に、萃香の躰が幾重にも震え、張り詰めすぎた嬌声が部屋の中に響いていく。
 もちろん霊夢もまた、萃香に『お願い』をされてしまえば。例えどれほど霊夢にとって恥ずかしかったり辛かったりするものであったとしても、それが萃香のお願いである以上は叶えずにいられないだろう。萃香に愛される時には、きっと私は萃香の求める総てに抗う意志さえ持てずに、彼女の望むままの姿で愛されるのだろう。
 ――それでも、今は霊夢が萃香を愛する番だから。
 霊夢はただ、精一杯の想いを込めた指先で、執拗に萃香の躰と心を追い詰めていく。

 

「はあうっ……! んぁ、あっ! はぅう、んぁ、ああああっ……!」

 

 萃香の小さな躰が精一杯の強さで撓る。
 愛し合う行為を始めた時にはもう、霊夢の指先に吸い付くかのような感触を帯びる程度に、しっとりと湿っていた萃香の肌だけれど。激しい行為が齎す発汗のせいだろうか、今はそれ以上の粘度で霊夢の指先に纏わりついてくるかのようだ。
 普段は弾幕ごっこの直後にさえ、さほど呼吸を乱すことさえない萃香なのに。性愛の中では彼女の強靱さもすっかり鳴りを潜めて、ただのか弱い少女であるかのようにびっしりと肌という肌に汗を纏わせている様子は、なんだか新鮮で……そして嬉しかった。愛する人の指先に愛されれば、少女はきっと誰もがか弱くなるのだろう。愛されることを許すと言うことは、そのままどんなにも弱い自分の姿を相手に見られても構わないという、強い意志の形でさえあるのかもしれないのだから。

 

「あぁああああぅ……! も、もうダメぇ、霊夢ぅっ……!」
「ええ、我慢しないで。萃香がいくところを、私に見せてね」
「れ、れいむっ! れいむぅ、っ……!」

 

 萃香の躰がこれまで以上に、弓なりに一際大きく反りながら震える。萃香の躰の中に呑み込まれている霊夢の指先にも、与えられすぎた快感に萃香の躰が屈する際の、夥しい震えが直接伝わってくるみたいだった。
 それまでの快楽に喘ぐ時に発していた大きな声とは打って変わって、萃香は声を詰まらせながら静かに絶頂を迎えたみたいで。それは決して声を我慢したわけではなく、単純に呼吸が上手くいかない様子で。息を詰まらせてしまうのと一緒に、声ごと喉に詰まらせながら静かに達したように霊夢には見えた。
 静かに達したとはいえ、そこにどれほど大きな絶頂があったかは察するに難しくない。例えば達する間際の、そして達した直後の切羽詰まった萃香の表情一つだけでも、その衝動の大きさは十二分に霊夢にも理解できる気がした。

 


-

 


 酷い疲労感が躰中を支配しきっているみたいだった。コトが終わったのだから服ぐらいは着た方がいいと思うのに、それをすることさえ今は苦痛に感じられて。結局は裸同然の格好の儘で、霊夢の隣に蹲っていることを選んでしまう。
 こんなに疲労を感じたのなんて本当にどれくらいぶりだろう。……もしかしたら初めてでさえあるのかもしれなかった。かつて誰と戦った時にも、あるいは誰と弾り合った時にも。これほどに疲れを感じたことなんて、きっと無かったように思うのだ。
 疲労に躰が弛緩するばかりで、何も言うことを聞いてくれない。躰の自由がまるで効かないのに、けれど不思議とこの気怠さが心地よくさえ萃香には感じられていた。愛し合う行為は全霊のものだから、疲労を感じるのは当たり前のことで。こんなにも絶対的に疲労を感じるぐらいに愛されることができたのは、それだけ萃香が全霊で霊夢に愛された証に違いないのだから。
 愛されるために費やした萃香の全霊と、愛するために費やしてくれた霊夢の全霊、その二つの結晶である疲労感が不快でなんてある筈が無かった。

 

「眠かったら、そのまま寝ちゃってもいいのよ? 膝ぐらいなら貸してあげるわ」
「私も霊夢を愛したいから眠ったりしないもん。……でも、膝は貸して欲しいかも」
「はい、どうぞ」

 

 萃香のほうに膝を向けて正座しながら、ぽんぽんと自分の膝を叩いてみせる霊夢。萃香は殆ど最後の力を振り絞るような気持ちで、差し出してくれた膝に自分の頭を乗せてみる。

 

「あー、霊夢の匂いがする」
「私には萃香の汗の匂いしかしないわ」
「……いっぱい汗かいちゃったからねえ」
「私は好きよ、萃香のこの匂い」
「私だって好きだよ、霊夢のこの匂いは」

 

 膝に頭を埋めながら、萃香もそう答え返す。
 実際、霊夢の匂いが萃香はとても好きだった。霊夢の傍に居られる時にはいつも、お香のような霊夢の匂いを萃香は鋭敏に感じ取ることができた。清浄でいて、けれど優しく包み込んでくれるような――霊夢の匂いに包まれていると、萃香はそれだけで決して小さくない幸せを感じることができる。

 

「……もう暫く、こうしてていい?」
「ええ、構わないわ。……萃香は精一杯私に応えてくれたのだから。膝を貸すぐらい何でもないわ」

 

 そう言いながら、霊夢は上半身を屈めて萃香の額にキスを落としてくれる。
 霊夢の唇の感触が残る萃香の額に、一際熱い何かが灯るみたいだった。

 


-

 


 緩やかに流れていく時間。こんな風に何もせず、時間を無為に過ごすことが霊夢は嫌いではなかった。萃香がぐったりとしながらも傍に居てくれるおかげで、尚更こんな何でもない時間に霊夢は少なくない幸せのようなものを感じてしまう。
 膝の上に支え感じる、萃香の頭の心地よい重み。膝枕が気持ちの良いものかどうかなんて知らないけれど、少なくとも膝を提供する側にとってはそれなりに心地良いものであるらしかった。勿論、正座に慣れていることは絶対の前提条件になってしまうだろうけれど。

 

「霊夢」
「うん?」
「……好きだよ」

 

 不意に、そんなことを言われて心がときめき立つ。

 

「……ええ、知ってるわよ」
「だよねえ」
「言って貰える分には、何度でも嬉しいけれどね」

 

 実際こうして改めて言われても、愛を囁く言葉は確実に霊夢の心を温めてくれる。
 霊夢の膝の上で、萃香が嬉しそうにはにかむ。言われた方は確実に嬉しいけれど、言う方でも嬉しい気持ちを感じることができるのだろうか。

 

「萃香。……私も、好きよ」
「ホントだ、こういうのって嬉しいね……何度言われても」

 

 確かめるように告げた愛の言葉。相手が自分の告げた愛の言葉を受け止めてくれる――そのことが判っているせいだろうか、なるほど愛の言葉は発する側にとっても嬉しい気持ちを刺激されるものであるらしかった。
 膝の上で笑顔を絶やさない萃香に霊夢はもういちど唇の雫を落とす。今度は額にではなく、違わず萃香の唇に。顔が近づいてきた時点で萃香にも霊夢の意志が伝わったのだろうか。霊夢が瞼を閉じるよりも先に、萃香の方から瞼を閉じて待ち侘びてくれたから、霊夢はすんなり受け入れてくれる相手の唇に重ねるだけでよかった。

 

「……キスも同じだね。何度でも、幸せを感じるよ」
「ええ、本当に。幸せって、こんなに簡単に手に入るものだったのね」

 

 何度でも何度でも、霊夢や萃香が望むたびに幸せは求めることができる。
 けれどそれも、掛け替えのない愛する人が自分を受け入れてくれるという奇跡があればこそのものなのだと。霊夢も萃香も、確かな実感と共に意識していく。

 

「よっ」

 

 そのまま暫く二人で無為に時間を過ごしたあと、唐突に勢いよく上体を起こす萃香。貸していた霊夢の膝にはまだ萃香の温もりと重みが残っているような気がして、何だか少しだけ変な感じがする。

 

「休憩はもういいの?」
「うん。あんまり霊夢を待たせるのも申し訳ないしね」
「ふふっ、本当よ。おかげで随分と待たされてしまったわ」

 

 裸の萃香が、立ち上がって霊夢の傍にまで歩み寄ってくる。伸ばされてきた萃香の手のひらが霊夢の頬に触れると、それだけで手のひらの温もりに総てを委ねてしまいたい気持ちにさえなった。
 愛している萃香になら、何をされても霊夢には幸せばかりが感じられてしまう。こうして頬を撫でられるだけでも泣いてしまいそうな程の幸せを感じるというのに、霊夢がさっきしたみたいにこれから萃香に激しく求められ、愛されたりしたなら……私は一体どうなってしまうのだろう。

 

「脱がしちゃっていい?」
「……いまさらそれを聞くの?」

 

 萃香の掛けてきた言葉がちょっとだけ可笑しくって、くすりと霊夢は微笑む。

 

「あなたは私に総てを許して委ねてくれたのだから。……だったら萃香も、私に何かをするのに遠慮をしたりする必要なんて無い筈だわ。違う?」
「そっか。……うん、そうだね」

 

 霊夢の言葉に、萃香も強く頷いてくれる。
 萃香の指先は迷うことなく霊夢の衣服を捉え、遠慮せず的確にひとつずつ脱がしていく。上着が脱がされ、スカートのほうも脱がされてしまうと、あっという間に下着だけの姿にまでされてしまう。
 もう萃香は霊夢の意志を言葉で確かめるようなことはしなかった。急に薄着になってしまったせいか、内心でちょっとだけ気弱になってしまった霊夢の気持ちも知らず、萃香はさらに霊夢の頼りない布地までもを剥ぎ取っていく。
 霊夢の躰に腕を回して、胸に巻いた晒し木綿を一巻きずつ萃香は緩めていく。気を引き締める意味でも、少しだけキツめに詰めていた白木綿が僅かずつ緩んでいくと、心までもが緩められていくようで無意識のうちに霊夢の口元からは熱い溜息が漏れ出てしまう。

 


-

 


「こんなにキツく巻いちゃって……辛くないの?」
「慣れれば案外そうでもないものよ。却って巻いてないと落ち着かないぐらいね」
「ふうん、そういうものなんだ」

 

 確かに霊夢は辛そうな表情を少しも見せないけれど。けれど霊夢の肌に決して薄くない紅を残しさえする晒し木綿の痕跡は、見ている萃香の方が痛々しくて辛かった。
 一日巻いていれば、この程度の痕が付くのは仕方のないことなのだろうか。これぐらいキツく巻いておかなければ、生活でそれなりに身体を動かす程度でも途中で緩んでしまうものなのかもしれない。……そうは思うのだけれど、それでも晒しの痕はどうしても萃香には痛々しく映る。ましてその痕は、霊夢の大事な乳房に及んでいるのだから。

 

「本当に平気なのよ。……だから、そんな顔をしないで」
「……うん、ゴメン」

 

 泣きそうな顔でもしていたのだろうか。霊夢に宥められて、慌てて萃香は自分の目元を拭う。まだ涙こそ出てはいないみたいだったけれど、拭った目元はとても熱くなっていて。確かに今にも泣いてしまう直前であったのかもしれない。
 霊夢の躰が傷つくのは、とても痛々しい。もし自分の躰に同じ痕があったとしても、きっと萃香はそこに何の感慨も抱きはしないのだろうけれど。……愛する人の躰の痛みには、自分自身以上に敏感なものなのかもしれなかった。

 

「霊夢、晒し巻くのやめない……?」

 

 願望が、喉を突いて出てしまう。もしかしたら、それは晒しを巻くことで自分に何かを課そうとしている霊夢の意志を無視する言葉なのかもしれないと。そう萃香が気づいたのは、もう言葉を発してしまった後のことだった。
 萃香の言葉に霊夢は驚いたような表情を浮かべてみせる。けれどその表情は本当に一瞬の間にしか続かず、やがて霊夢はふっと小さく微笑んで、ぽんぽんと優しく萃香の頭を撫でてくる。

 

「やめないわ。……でも、ありがとう」

 

 続いたのは、まるで子供を言い諭すような言葉。それでも『ありがとう』と告げる霊夢の言葉には、とても正直な気持ちが込められているように感じられてしまって、萃香は二の句を継ぐことができなくなってしまう。
(……かなわない、なあ)
 改めて萃香は強くそんなことを思った。
 人間などとは比較にならない時間を生き、相応の知識も経験も蓄えてきた筈であるのに。ただ霊夢を愛してしまっているというその事実一つだけで、こんなにも簡単に私はあしらわれてしまうのだ。

 

「ごめんなさいね。気が、削がれちゃったかしら?」
「……あ、こっちこそごめん」

 

 霊夢に指摘されて思わず萃香はハッとする。確かに霊夢に言われたとおり、胸元の痣に気を取られてすっかり萃香の煩悩は振り払われてしまっていた。
(――いけないいけない)
 少し痛々しい痣があっても、そこに霊夢の乳房があることは紛れもない事実で。萃香はそっと霊夢の胸元に自分の唇を近づける。萃香よりは余程マシでも、やっぱり然程の膨らみもない霊夢の乳房に何度もキスの雨を降らせていく。唇で突くようなバードキスのあと、痣とはまた違った鮮やかな薄紅に染まる乳首を、静かに唇で挟むように噛んでみせた。

 

「まるで子供みたいね」
「……う」

 

 くすくすと、霊夢に笑われては立つ瀬もない。言い返す言葉も思いつかずに、せめてもの反抗に萃香はより強く吸い付くような唇で霊夢の乳首を求めていく。
 ――子供と言われるのなら、その通りに子供でも構わない。いっそ乳飲み子と割り切れば、霊夢の乳を求める欲望の儘にもっと素直に求められるのかもしれないから。

 

「んっ……」

 

 霊夢から零れ出る小さな喘ぎ。擽ったいのか、それとも少なからず気持ちよさのようなものを感じてくれているのだろうか。後者だったら嬉しいなあと萃香は静かに想う。
 胸元の突起と萃香の唇との間に、幾重もの粘質の銀糸が伝う。求める都度により執拗な唇で、萃香は霊夢の乳房を求めていく。晒し木綿の痕は早くも殆ど見えないぐらいに薄くなり始めているけれど、綺麗になった霊夢の素肌に萃香は強く吸うように乳房を求めて、そこに新たなキスマークの痣を幾つでも刻んでいく。

 

 

 

 ――霊夢は感情を他人に見せることがとても少ない。
 霊夢の傍で生活を共にするようになって、萃香はその確信を改めて深めていた。

 とはいっても、それは喜怒哀楽を他人に比べて表現しないというわけではない。笑顔、あるいはちょっとした怒り顔。博麗神社で他人との何と言うことはない話の中で、あるいは宴席の中で。そういった表情を霊夢も見せることはたくさんあるけれど……萃香には、それらが総て嘘に見える瞬間が少なからずあった。
 最初の頃は、単純に萃香の思い紛いであるのだと思った。けれどやっぱり霊夢が魔理沙に、アリスに、博麗神社を訪ねてくる総ての相手に、嘘の微笑みを浮かべているように萃香には見えて。数を重ね、時間を重ねる内に萃香はそれを事実なのだと認めないわけにはいかなくなったのだ。

 

「どうして霊夢は、そんな嘘みたいな笑い方をするの?」

 

 疑問が膨らみすぎて、とうとういつかの日に萃香がそう聞いてみた時。霊夢はまるで(信じられないものを見た)とでも言わんばかりに、大きく驚いてみせたのを覚えている。

 

「……萃香には、判ってしまうのね」
「そりゃあ、判るさ。あんな、あからさまに嘘みたいな笑顔をしてたらさ」
「そうね、萃香には判るでしょうね。……私は、あなたに嘘が吐けないから」

 

 その霊夢の言葉の意味が、萃香にはすぐには判らなかったけれど。
 やがて――萃香はその意味を正しく理解することになる。霊夢が他人に見せる表情と萃香に見せてくれる表情との間には、明確な違いがあったからだ。
 原則として、霊夢は誰にでも嘘を吐いている。魔理沙や紫のような比較的親しい者に対しても、天人や吸血鬼のような偶にしか会わない者に対しても、それこそ人里から神社を参拝しに来るような一会限りの者に対しても。なのに……萃香に対しては違っていた。萃香に対してだけ霊夢が見せてくれる表情には、どこにも嘘を見つけることができないのだ。
 それに気づいた時、萃香は霊夢の言葉の意味を理解したのだ。私が霊夢の嘘に気づくことができたのは、確かに当然のことなのだ、と。霊夢が萃香だけを特別扱いしているのか、それとも萃香以外を特別扱いしているのか、それは判らないけれど。どうしてか、霊夢は萃香にだけは素の儘の表情を見せてくれているのだ。
 きっと誰も気づいては居ない筈の霊夢の嘘。それを霊夢の真実の表情を知っている萃香だけが、他の嘘に気づくことができるのは当然のこと以外の何物でも無かった。

 

 

 

(今にして思えば、あの時から私は霊夢の特別だったんだ)

 霊夢の肌は仄かな湿り気を帯びていて、同時に酷く温かい。こうして霊夢の温かな肌に触れることを許され、そこに生まれる深い歓喜の感情の理由を正しく理解している今の萃香だからこそ、過去もまた正しく振り返ることができるのだと。改めてそう思うと、とても感慨深いものさえ萃香は感じずにはいられなかった。
(随分、遠回りをしてしまったのかもしれないなあ)
 半ば自嘲気味に、そんなことさえ萃香は想う。あの頃から、私は霊夢にとっての特別だった。そして萃香にとっても霊夢は誰よりも特別な人だった。互いが互いを誰よりも特別だと認識していた私たちが、こうして求め合うようになるのはあまりにも自然なことなのだから。
 こんなにも遅くなってしまった原因。悪かったのは、ただ私の方だと萃香には思えた。霊夢は初めから、好意を萃香に提示し続けてくれていたのだ。私がその好意と正面から向き合って、素直に意識することができていれば、どちらにとっても望まざる『同居する他人』としての時間で埋める必要など無かったのだから。

 

「……ごめん、ね。こんなに遅くなっちゃって」

 

 萃香の言葉に、一瞬霊夢は首を傾げるような仕草をしてみせて。
 けれど少し経ってから「ああ」と得心したように頷いてみせた。

 

「いいのよ。私が勝手に、あなたのことを好きだっただけなのだから。それに」
「それに?」
「片思いの時間も、きっと恋愛の醍醐味だわ。……少し怖くなったり、不安になったりすることが無かったと言えば嘘になってしまうけれど。あなたがこうして私を選んでくれたのだから、今はただいい思い出だわ」

 

 そう言って霊夢は、ありったけの笑顔で萃香に応えてくれて。
 他の誰にもきっと見せない、萃香にだけの素直な笑顔。真実嬉しそうにはにかんでくれる霊夢の表情に、萃香のほうこそが何度でも魅せられる気がしてならなかった。
〈やっぱり、好きだなあ〉
 何度でも魅せられるし、何度でも恋をする。
 恋愛は好きになった方が負けだって言うけれど、それは間違いじゃないにしても真実ではない。きっと恋愛なんて、両思いになった時点でお互いがお互いに対して負けっぱなしでしかないのだから。
 意識するほど純粋になる、純粋な儘に心と向き合うほど霊夢に触れたい思いは強固になる。それでも自分の中の感情が、まるで百八十度向きを変えてしまったみたいだと。萃香はそんな風にさえ思えてならなかった。
 霊夢の乳房に幾重にも残るキスの痕跡。それは霊夢の躰に自分が愛した証を残したいという欲求の具現そのものだし、誰かを愛する想いからすればとても正直な行動なのかもしれないけれど。……でも今の萃香は、それと同じ気持ちをもう二度と抱けないような気がした。こんな痣を残してまで、霊夢を自分のものにしたいだなんて想わない。霊夢が向けてくれている想いはもう十分すぎるぐらいに萃香の心に伝わっているのだから……純粋すぎる恋情は霊夢を自分のものにしたいというより、あたかも萃香のほうこそが霊夢だけのものになりたいという切実な想いに変化してしまったみたいだった。
 想いの儘に強く吸い過ぎてしまったキスの痣は痛くないだろうか。僅かに紅く滲む痕痣の上を、慰撫するかのように丁寧な舌遣いを萃香は這わせていく。傷痕を優しく慰めるような舌先で、丁寧に何度も何度も舐め擦る調子で求めていく。少し荒くなる吐息と、小さな喘ぎ。それと何度か擽ったさに身を捩らせてみせる霊夢の仕草が、今まで以上に愛おしくてならない。

 

「どうしたの、急にそんな小動物みたいに」

 

 くすりと、可愛らしく微笑みながら霊夢が訊ねてきて。
 その〈小動物〉という単語に、なるほど萃香も納得してしまう。

 

「それも悪くない、かな。ペットになれば、ここで霊夢に飼って貰えるかもしれないし」
「あら、随分と計画的なペットだこと」
「ふふっ、そうかもね。……末永く飼って貰えるように、ペットだって頑張るんだ」

 

 愛玩動物でも何でも構わない。霊夢の傍に居られる理由は多い方が良いし、傍に居ることで担うことができる役割があるのならそれがどんなものでも欲しいと萃香は切に思うからだ。
 ちろちろと、より細やかな舌遣いで萃香は霊夢の乳房を求めていく。未発達な乳房の輪郭をそっとなぞってみたり、時にはその先端を口先に含んでみたりする。さらには乳房より下の方へ少しずつ舌先を這わせていく。
 痩せたお腹の辺りにまで萃香の舌が到達すると、さすがに擽ったさが相当なものであるのだろうか、霊夢は今まで以上に大きく何度も身を捩らせて何かに耐えようとしてみせた。霊夢の反応に構うことなく萃香の舌がさらに肌をなぞっていくと、今度はやがて霊夢に残された最後の布地にまで達してしまう。

 


-

 


 とうとう残されたドロワーズに萃香の指先が触れてきたことは、薄い布地を介してすぐに霊夢自身にも伝わってくる。脱がせる時に遠慮をする必要はないと予め宣言しておいたのは霊夢の方だし、それに霊夢はもう萃香を既に裸にしてしまっているのだから、脱がされること自体はもちろん構わないのだけれど。
(儘ならないものね……)
 あまりに激しく騒ぐ胸元に手のひらを宛がいながら、霊夢は静かにそんなことを痛感する。脱がされるのは当然のことだし、脱がすのは萃香の当然の権利だと判っている。これから愛し合う為に裸になることが必要だとも判っている。……それでも霊夢は緊張せずにはいられないし、同時に少しだけ〈怖い〉とも思わずにいられない。
 だって、当たり前だけれどこれまで誰かに裸を見せたことなんてありはしないのだ。ましてこれから裸になるのは、萃香に触れられ愛されるために脱ぐということなのだから。もちろん愛されることを思えば嬉しいと思う気持ちも、期待して止まない心だって沢山あるのだけれど。未知の何かに踏み出そうとすることには、どうしても緊張や恐怖だって付き纏うものなのだ。

 

「嬉しいね。緊張、してくれるんだ」
「……するわよ。しないわけないでしょう」
「ありがと」

 

 にかっと、嬉しそうに笑う萃香。その笑顔が愛しすぎて、この人の為なら頑張れるという気持ちにもなってしまう。愛されるのは怖いことかもしれないけれど……愛されることで得られるものや実感できることは、その畏怖と引き替えにするだけの価値があるに違いないのだから。

 

「……あ、あ、あ」

 

 何度も心の中で意志を固めて、覚悟を決めたはずなのに。それでもいざ自分の下半身からずりずりとドロワーズが下ろされていく感覚には、何とも言えない複雑な気持ちが心には溢れた。恥ずかしさが限界を超えすぎて、頭の中はもう何が何だかよくわからないことになってしまっている。
 きっと、私の身体の中で一番恥ずかしい部分を萃香に見られてしまっている。ドロワーズが膝の辺りまでずり下げられたからには、もう全部が萃香の視線の前に晒されてしまっているのは疑いようのないことで。それを思うと、今すぐ逃げ出したい気持ちにもなってしまう。
 脈打つ躰、内側から溢れる熱。自分自身の躰の総てが徹底したリアルをそこに描いている。もちろん霊夢をまさに愛そうとしてくれている萃香の表情や吐息といったものも怖いぐらいにリアルで、これが夢や幻でなどある筈が無いと判っている。
 けれど、それなのに――不思議なぐらい、霊夢には現実感が沸かなかった。萃香が与えてくれる愛撫の感触、それに時折掛けてくれる「好きだよ」という愛の囁きは、嘘偽りないものであると判るからこそこんなにも躰の深い場所や心に届くものであるはずなのに。こんなにも真摯に、そして激しく愛されているにも関わらず、霊夢はどこか……例えるなら〈夢心地〉のようなものから、抜け出せないで居た。
 鼻腔を擽るのは自分自身の卑猥な匂い、それと二人分の汗の匂いだけ。躰は滾るような深い熱を抱えていて、それなのに怖いぐらいに気怠く、蜂蜜のように甘いものに心ごと犯されてしまったかのように不確かだ。――いっそ鮮烈な痛みでも加われば、これが確かな現実であると認識することも叶うのだろうか。きっと萃香は私を優しく求めることに徹底して傷つけてはくれないのだろうけれど……もしも乱暴に愛して貰えたなら、きっとそれはそれで幸せなことなのに、と。惚けた思考の中で、霊夢はそんなことさえ思ってしまったりする。

 

「大丈夫?」
「……ええ。大丈夫だから、気にしないで」
「ん、わかった。……じゃあ続けちゃうけれど、無理はしないでね?」

 

 続けてもいいか、問わないでくれる優しさが嬉しい。性愛を続けることを前提に、けれど無理はしないように諭してくれる萃香の優しさが有難い。優しすぎる萃香のことが、やっぱり私は好きで好きで仕方がない。
 霊夢の股間を萃香の指先が探るような手つきで求めてくる。時折萃香の指先が霊夢の内股にも触れると、そこには尋常でないぐらいに濡れた感触が感じられてしまって。自分がどれぐらい濡れてしまっているのかは、想像するに難くないことでもあった。

 

「……ぁ、ぅ……、ぅ……」

 

 指先が掛けてくる僅かな圧力、あるいは擦過。
 そうした刺激に、霊夢の躰は敏感に何かを膨らませていく。

 

「こうやって霊夢とえっちなことをして、判ったことがあるんだ」
「うん、何かしら?」
「私、さっき霊夢にして貰ってるときってさ。実は自分ばっかり幸せで、ちょっと申し訳ないなあって思ってたりしたんだ」

 

 そんな風に考えていただなんて霊夢には思いも寄らないことで。萃香の言葉に、霊夢は少なからず驚かされもする。霊夢は無意識のうちに何かを言い返そうとしていたけれど、その言葉は「だけど、違うんだね」と続けた萃香の言葉によって遮られてしまった。

 

「えっちなことって……されるほうだけじゃなくて、するほうも幸せなんだね」
「……ええ。そう、その通りだわ」

 

 掻き消されてしまった無意識の言葉は、霊夢自身にも何を言おうとしていたのか思い出すことができなかったけれど。萃香の言葉に霊夢は内心で力強く頷いてしまっていて。だからきっと、霊夢が言いたかった言葉はそのまま萃香が今告げてくれたのだと思うことができた。

 

「相手だけ幸せで満足だなんて、そんな奉仕精神は私は持ち合わせていないわよ」
「ふふっ……そんな風に言っちゃって、そんなの判りやすい嘘なのに。霊夢が本当は誰より優しいんだって、私はちゃんと知ってるんだから」

 

 不器用なりに萃香の感想を肯定してみせた霊夢の言葉。
 けれど萃香にそんな風に続けられてしまうと、もう霊夢は何も言えなくなってしまう。
(……確かに、嘘ね)
 内心で霊夢は苦笑せずにいられない。もしかしたら萃香は私以上に、私自身のことをよく知ってくれているのかもしれなかった。
 萃香の為なら実際私は何だってできてしまうだろうし、どんな努力や代償を払うことにも躊躇したりはしないのだろうから。まして私自身の幸せとだなんて、もはや比較するまでもないことだ。

 

「萃香」

 

 愛しい人の名前を呼ぶ。
 そんな些細なことでも、胸の裡にはまたひとつ熱が生まれる。

 

「……キスして」
「ん」

 

 短い了承の言葉と共に萃香は頷いてくれて、そのまま萃香は霊夢の唇をついばんでくれる。唇をなぞるような口吻けに、ざわっとときめき立つ衝動と共に瞼を閉じた中で愛しい萃香が像を結ぶ。
 こんな風に裸の萃香に四つん這いに押し倒されて、唇を奪われるような格好はひどく扇情的で。萃香の意志で押し倒してくれているのだ――そんな気持ちになれて、霊夢は嬉しくなってしまう。萃香は優しいから、もしも霊夢が僅かにでも悲鳴を上げたり、恐怖や拒絶の言葉を口にしたならすぐに愛する行為を止めてしまうのだろうけれど。
(暴力は嫌いな筈なのにね……)
 不思議と少しぐらいは、野蛮に押し倒されてみたいという願望も霊夢の心には生まれてしまっていたりする。人の力では決して抗いようの無い鬼の力で、萃香の意志の儘に押し倒されるだなんてことは――呆れるぐらい有り得ないことで、けれど途方もなく魅力的なことのようにも思えてしまう。

 

「ちょっとぐらい痛くしてもいいんだからね」
「……できないよ、そんなこと」
「そうよね。……それが、あなたよね」

 

 優しいと知っている。萃香のそんな優しい所も好きな私だから。
 結局は乱暴に愛されたいと思うのも、あくまでちょっとした好奇心でしかないのだろう。霊夢が本心から愛されたいと願うのは、あくまでも優しい萃香ただ一人に違いないのだから。純情で、不器用で、強気に見えて弱気で。鬼であるにも関わらず、人である霊夢より時に弱い表情さえ見せてくれる。
 そんな萃香が、私は好きで好きでならない。

 


-

 


『ちょっとぐらい痛くしてもいいんだからね』

 

 気づけば慌てて否定の言葉を吐き出していたけれど。霊夢のその言葉は、まるで萃香の心を見透かしたかのようなもので、思わずどきりとしてしまう。
 霊夢に愛される最中には多少乱暴にされるぐらいは、望むべくことでさえあった気がしていた。それはきっと、霊夢に乱暴にされることで萃香自身が霊夢のものであれる自分の姿を意識できるからであったのだろうけれど。……いまは逆に、霊夢に少しぐらい乱暴なことをしてしまいたいという気持ちがある。半ば無意識的な感情の理由は、萃香自身にも正確に窺い知ることは難しいけれど。霊夢のものになりたいと思った一時の感情と同一の物であるとするなら、もしかしたら――私が、霊夢の自分のものにしたいという独占欲が感情の正体だということなのだろうか。
 だとするなら、それは萃香自身にさえ驚くべき感情だ。何かを自分のものにしたいという欲望は人間や妖怪にとってとても身近なものであるらしいのに、そうした感情を萃香は今までどこか理解することができないぐらいだったのだから。
 美味しいお酒、美味しい料理、快適な生活。生きる上であれば嬉しいと思う程度のものはもちろんたくさんあるけれど、それを〈自分の物にしたい〉だなんて直球の感情を抱いたことなんて無かった。美味しいお酒があればみんなに振る舞って幸せを感じ合う方が余程有意義だし、独占したいだなんて思うはずもないことなのだけれど。
 ……だけど、霊夢だけは特別だ。
 もし萃香以外の誰かが霊夢の魅力に気づいて、彼女を求めようとしてきたなら。自分がどんな行動に出るかまでは予測できないながらも、自分が決してそれを看過できないであろうことだけは萃香自身にもしみじみと理解できてしまう。
 霊夢が誰にとっても魅力的な人なのは間違いようのないことだけれど、他の人に譲ることなんて考えられることではない。私は……霊夢のことが好きで好きで堪らないのだ。自分が霊夢だけのものでありたいと思うし、それに霊夢を……私はやっぱり、自分だけのものにしたいとも思っているのかもしれなかった。
(……温かい、な)
 改めて感じる、霊夢の素肌の体温。それはとても温かくて、触れるだけで慰撫される何かが伝わってくるような気がした。萃香の目の前に、惜しげもなくその裸体を晒してくれている霊夢の躰。そのどこに触れても伝わってくるのは惜しみない温かさばかりで、伝搬する熱が萃香の躰と心を心地よいもので満たしていくみたいだ。
 特に、霊夢がきっと萃香以外の誰にも触れることを許しはしない場所。両脚の付け根にある潤いに満ちた場所は、どこよりも深い熱を触れる萃香の手のひらに訴えかけてくるようにも感じられる。酷く熱い粘質の何かが触れる萃香の指先に纏わりついてくる。淫らな感触と芳香を湛えたその液体を指先で掬って自身の口腔で舐ってみる。するとたちまち恐ろしいぐらいに濃縮された霊夢の味が脳症を痺れさせるような感覚があって、あまりに甘いその味わいにくらっとするような目眩さえもあった。

 

「汚いから……」
「汚くなんて無いよ。……直接舐めてもいい?」

 

 萃香がそう問い返すと、霊夢は盛大に嫌そうな顔を浮かべてみせた。
 霊夢の躰から生まれた愛液を、汚いだなんて萃香は微塵も思わない。それでも……きっと霊夢に同じコトをされたら、萃香も同じような反応をしてしまうだろうから。有りの儘に表情として顕れる霊夢の嫌悪は、判らないでもない。

 

「やめなさい」
「どうしても舐めたいんだ。駄目かな?」
「………………ううっ。す、好きにすれば」

 

 萃香が強く望めば霊夢にはそれを拒むことができない。卑怯な望み方だとは判っているけれど、それでも霊夢から了承の言葉を引き出せるなら狡いことだってできてしまう。

 

「……口を濯がずにキスしようとしたら、ぶん殴ってやるから」
「う、それは考えてなかったなあ」

 

 霊夢にキスできなくなるのかと思うと、少しだけ躊躇を覚えないではないけれど。
 それでも淫らな香気に導かれる儘に、霊夢の秘所へ萃香は顔を近づけていく。
 むせ返るような熱気と、それに霊夢の匂い。舌を伸ばせば触れられるほど愛液の源泉に顔を近づけていけば尚更、そのどちらもが顕著に萃香には感じられてくる。甘く蕩けるようなものが萃香の頭を満たしていって、感覚や思考が少しずつ朧に霞んでいくかのうような感覚さえあった。
 おずおずと舌先を差し出して、霊夢の秘所に触れる。ぴちゃりと静かな水音を湛えながら、萃香は舌先で鋭敏に霊夢の味わいを確かめていく。それは何より無機質な味でいて、けれどどんなにも霊夢らしい味のように感じられて。何度も舌先で掬い取って口腔に含んでいくと、味わうほどに痺れるような特別な何かが萃香の総てを満たしていく。
 渇きに飢える猫がミルクを求めるかのような舌遣いで、何度も何度も霊夢の秘所に舌先を伸ばす。時には滴る愛液の総てを吸い尽くすかのような気持ちで、唇を貼り付けてずずっと啜ってみたりもする。吸気に紛れて激しく立てられた水音に、霊夢が恥ずかしそうに身を捩らせてきて。けれどそれでも、萃香は霊夢の秘所に唇を寄せたまま決して離れようとはしない。

 

「も、もう許してぇ……」

 

 半分泣きそうな声で霊夢がそう訴えてくる。
 霊夢が萃香の『お願い』を拒むことができないように、萃香もまた霊夢の『お願い』を拒むことができない。――その筈なのに、けれど不思議と萃香は霊夢の言葉の通りにしようという気持ちさえ、心に抱くことはできなかった。

 

「あ、ぁあ……! ふぁ、ぁあ……!」

 

 恥ずかしさが極まっているかのような、追い詰められた霊夢の声。萃香はより強く秘所に唇を立てて、霊夢のか弱い声をさらに追い詰めていく。
 甘露が頭を満たして、総ての思考を許してはくれない。霊夢が望んでいるのだから止めるべきなのだろう――少なくとも、そうした理解は心の中に認めることができるのだけれど。その認識は何故かどんなにも遠く、自制の気持ちは決して萃香の心に届かない。ブレーキを知らない過剰な心は、ただ馬鹿みたいに霊夢の秘所を求め続けていく。
 およそ味らしいものがあるわけではない。――なのに、酷く甘い。
 あるとすれば無機物のような妙な味と、それにごく僅かな酸味ぐらいのもの。けれどそれなのに、萃香は殆ど夢中になって霊夢の躰から分泌される蜜を求める。お酒ではないのに、お酒よりもなお深い酩酊感。そして啜るだけで簡単に得られてしまう、怖いぐらいの多幸感。目眩にも似た幻覚作用さえあるそれは、甘露と言うよりもはや麻薬に近いものでさえあるのかもしれなかった。

 

「ふ、ぁぅっ……! ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……!」

 

 どこか遠くに聞こえる静かな喘ぎも耳に心地よく、霊夢が上げる喘ぎひとつひとつとぴったり重なって伝わってくる律動もまた、萃香にはどこか心地よい。
(好きな人が感じてくれるって、こんなに嬉しいことなんだ)
 そう思う。好きな人が、自分のことを何よりも深く感じてくれている。少なくともいまこの瞬間だけは、自分のことだけを精一杯に感じてくれている。それを実感できること、それが愛することの最大の喜びなのかもしれない。

 

「……ふぁあんっ!」

 

 舌だけの愛撫には限界があるから。萃香が指先を直接霊夢の秘部に宛がうと、その刺激に霊夢の躰は一際強く震えて応えてくる。指先で撫でるように優しく、時には爪弾くように少しだけ激しく。幾度も霊夢の秘所を弄ぶと、その総ての刺激に霊夢は翻弄され、淫らな喘ぎを上げてくれる。
 指先に感じる夥しい量の粘液は、本来の蜜液と萃香の唾液が入り交じりすぎてどちらなのかわからない。実際、おそらくはその両方が入り交じっているのだろう。霊夢の一番大事な場所で、霊夢と萃香の互いの分泌物が攪拌されて入り交じっている。――そんなことにさえ少なからず嬉しさを感じてしまうのは、もう末期的な考え方なのかもしれないけれど。

 

「あ、ああああっ! ……だ、だめ、ぇっ!」

 

 舌先での愛撫によってもう十分に高められていた霊夢の躰は、急に強まった指先による直接的な刺激で簡単に追い詰められていく。どんどん激しくなる愛撫、絶え間なく分泌される蜜の存在を感じる指先。まだ口の中にはさっき覚えた霊夢の味が残っているようで、少しだけ惜しい気持ちになりながら萃香はそれを思い出す。こんなに激しく乱れている霊夢の蜜を味わうことができないのは少しだけ淋しいことでもあるけれど。代わりにこうして萃香に躰の全部を委ねてくれて、こんなにも全身で萃香のことだけを感じてくれている霊夢の姿や表情を余すところ無く見つめることができるのは、それに代わるだけの深い喜びを萃香に感じさせてくれていた。

 

「――んあぁああああっ!!」

 

 激しく揺れる躰、張り詰める声。
 瞳の端に涙さえ浮かべて、霊夢はこんなにも萃香に総てを許してくれて。
 理性の箍を振り切って、気をやってくれた霊夢のことが。萃香にはどんなにも、本当に……どんなにもただ愛しすぎてならなかった。

 


-

 


 ぴりぴりするような甘い痺れがまだ躰の中に沢山残っている。暖かな毛布に包まれ、隣で一緒に横になっている萃香の体温にも包まれながら、愛された余韻に心を委ねて感じ入るのは、途方もなく幸せなことだった。
 愛し合う行為を終えてから、こうしてぐったりと躰を休めることができて疲労感はある程度拭えたように思えるのに、霊夢の躰にはまだ萃香が触れてきた瞬間そのままのリアルが残されている。和らぐ呼吸の中、けれどじんと実感できる幸福感はただひたすらに心地良い。

 

「私達、しちゃった――のよね」

 

 萃香を愛したことも、萃香に愛されたことも。どちらも疑いようのない程の現実であるにも関わらず、けれど霊夢は漠然とした気持ちそう口にしてしまっていた。ひとりごちた霊夢の言葉に、萃香はくつくつと声を押し殺しながらも可笑しそうに笑ってみせて。『そうだよ』という言葉の代わりに、ぎゅっと毛布の中で霊夢の左手を握りしめてきてくれた。
 萃香に対する自分の気持ちが整理できていなかった頃のことが、殆ど嘘のようにしか思い出すことができなかった。今だから判るけれど――私は、本当に馬鹿みたいに萃香のことを愛していて。こんなにも大きすぎる感情に気づけないでいたなんて、どうかしていたのだとしか思えなかった。
 性愛の最中には酷く長すぎるように感じられていた時間も、終わってしまえばあっという間のことのようにさえ感じられて、正直な気持ちを言えば少なからず終わってしまったことが惜しいぐらい。とはいえ呼吸を落ち着けた今では少し忘れていられるとは言え、躰に積載した疲労は相当なものであるのは間違いない筈で。もう一度愛し合う行為を霊夢が求めたなら、萃香はきっと応じてくれるだろうけれど……その場合、躰が持たないのは霊夢のほうなのだろう。

 

「……あなたは、どこにもいかないのよね」
「行かないよ。霊夢の傍に居る」

 

 まるで当然のことのように、そう言ってくれる萃香の心が嬉しい。
 萃香の優しさのおかげで、逸る心を霊夢は鎮めることができる。萃香は傍に居てくれるから――だから、性急にいま萃香を求められるだけ求める必要なんてないのだ。霊夢が求めればいつでも萃香は応じてくれる。萃香が求めたいと思ってくれればいつだって、霊夢のほうも応えることができるのだから。

 

「キスしてもいい?」

 

 訊ねる言葉というより、それは宣言するだけの言葉。返事を待つことなく霊夢は萃香の唇にゆっくりと自分の唇を宛がっていき、萃香もまた静かに目を閉じるという行為で霊夢の言葉に応えてくれる。
 躰を重ねて愛し合うことの意味を知らなかった頃の自分が、なんだか今思うと随分と可笑しいように思えてならない。熱く滾る躰を重ねて、あんなにも動物的に激しく求め合って。そうした行為で得られるもの――それはきっと相手に対する『信頼』と、自分自身の中での疑いのない『信じる心』なのだろう。
 性愛は極限にまで恥ずかしく、自分の秘めるあらゆるものを相手に赦さなければできない行為。自分の持っている総ての権利を差し出して、代わりに相手の持っている総ての権利を赦される。言うなれば譲り合いの極致のようなもので、それを経た今だからこそ霊夢も萃香も、互いが互いのことを無条件に信頼することができていた。キスを求めても拒まれないと霊夢は知っているし、知っているから心に正直な儘に自分を求めてくれるのだと萃香も理解している。――性愛で得られる物の総てを、たったひとつのキスが簡単に証してくれているのだ。

 

「ずっと、そばにいてね」

 

 さっき萃香に訊ねた言葉を、今度はもう一度、そのまま望む言葉として霊夢は口にする。
 相手が拒めないと知っていながら、望む言葉を掛けるのは狡い行為なのかもしれない。けれど狡いと判っていて霊夢は言っているし、それを承知の上で霊夢が口にしているのだと萃香も正しく理解しているから。厚い信頼を感じることができる今の二人にとって、その言葉は『狡い』以上の特別な意味を孕む。

 

「ふふっ。……仕方ないなあ、霊夢のお願いだもんね」

 

 そんな風に言って、にかっと笑ってくれる萃香の応えが嬉しい。
 私は狡いと判っていながら萃香を縛る。萃香もまた、狡いと判っていながら霊夢に縛られてくれる。ずっと一緒に居たいという想いは、本当は求めることも叶えることも難しい希いである筈なのに。最大の信頼と、そして相手を無条件に信じられる心を手に入れた今だからこそ、それは簡単に望むべく言葉として告げることができる。
 恋愛なんてきっと狡いぐらいの方がいいのだと、そう霊夢には思えた。
 だって私も、少しぐらい狡いやり方で。萃香に求め続けられたいと思うからだ。