■ 持てる者の檻

LastUpdate:2009/11/15 初出:YURI-sis

 幾ら愛し合っているとはいえ、私たちにも簡単に譲れない部分というものはある。魔理沙の方からも、そして霊夢の方からも互いに『好き』という想いを伝え合い、その証として唇を交わし、未来を誓いさえした私たちにそういった部分が残されているのは多少なりに変なことなのだろうかとも思う。本来の恋人同士というものは、もっと明け透けに互いが欲するものを躊躇無く強請るものであるのかもしれず、もしそうであるなら私たちの関係は少しだけ異常な頑なさを伴っているのかもしれなかった。
 だって、互いに恋愛に関する知識や経験が乏しいのだ。魔理沙にとって霊夢は初恋の人で、それは霊夢にとっても同じことだと聞いている。初恋のまま実らせて、今の関係を築いてしまった私たちが恋愛に対して不器用なのは当たり前のことで。だからといって、もちろん他の誰かとそうした経験を積みたいなんて思えないし、例え短時間でも霊夢が他の誰かの隣に居ることを選んだりしたら、それはそれで魔理沙も強い嫉妬を抱かずには居られないだろう。
 唇を強請る程度のことなら、いつだって誰の前でだってできるのだ。躰を求めるようなことも、例えば夜が更けていたり、あるいは魔理沙の家のように訊ねる者が殆どいない状況でならどちらからともなく求めることができる。それほど多くを許し合える私たちが、けれど愛する相手にさえ簡単には譲ることができない領域というもの。それは即ち――通常の範疇を超えて、相手の躰を求めることに他ならなかった。
 愛する、という気持ちは複雑だ。愛していればこそ、その相手のことを何よりも最優先に考えたいという心は当然のように生まれてくるし、なればこそ魔理沙だって当然のように霊夢のことを誰よりも大事に思っている。だというのに、愛しているという想いは本当に複雑で。霊夢のことを特別に思っていればこそ、その誰よりも大事な筈の霊夢を、例えば狂おしいほど苛めてみたいという気持ちもまた、どうしてか生まれてきてしまうのだ……。
 例えば――霊夢の躰を休み無く求め続けて、延々と性の快楽で彼女を苛み続けてみたい。その躰を拘束して、抵抗できない霊夢を激しく責め立てたい。あるいは媚薬のようなものを用いて、普段の理性的な彼女には考えられないほど乱れさせてみたい。
 そうした、良く言えば霊夢を求めたいと思いすぎる気持ち故に引き起こされる衝動の数々を。悪く言えば、愛するが故に力任せに自分のものにしてしまいたいという支配欲や嗜虐欲を。大事に思っている筈の霊夢に対して、魔理沙は心の深い場所でいつも抱えているのだった。
 一度は、こんなに疚しすぎる心を抱えている自分に、霊夢を愛する資格などありはしないのだと。魔理沙は霊夢に総てを告白し、懺悔し、そして関係を私たちの終わらせることを提案してみせたりもした。だけど霊夢は、そんな罪深い魔理沙を笑って許してくれて。――そして霊夢の方からも告白してくれたのだ、『私も同じ気持ちを持っているわ』と。
 魔理沙にとって幸運なことが二つあった。ひとつはこんなにも魔理沙自身にも許せない浅ましい衝動欲求を、自分だけではなく霊夢もまた自分に対して抱いてくれているということ。魔理沙が霊夢のことを苛めたいと想わずにはいられないように霊夢もまた魔理沙のことを苛めたいと想ってくれているだなんて、まるであまりに良くできすぎた嘘みたいだった。けれど霊夢は魔理沙に対して、どんなふうに苛めたいと想っているかを悉に告白してきてくれて。……それは、魔理沙が霊夢に対して想っているようなこととあまりにも酷似しすぎていて。霊夢もまた嘘偽りなく私のことを苛めたいと想ってくれているのだと、魔理沙にも理解できてしまったのだ。
 そしてもうひとつ魔理沙にとって幸運だったのは。いかに愛し合う相手にとはいえ容易には求めることが許されないような言葉さえ、私達は口にする手段を持ち合わせていることだった。同時にそれは、決して愛する相手にとはいえ簡単には許せないようなことを許してしまうための理由を与えてくれる、非常に都合の良いものでさえあった。
 つまりそれは、普段私たちがやっている『弾幕ごっこ』そのもの。元々私たちは、弾りあう際に何かちょっとしたものを賭けることが多かった。例えば魔理沙が勝った時にはよく今日の炊事当番を霊夢に押しつけて、それを理由に霊夢の家で夕飯を頂いて帰ることが多かったし、逆に霊夢が勝った時には境内の掃除を一緒に手伝わされるようなことが多かったりしたものだった。
 互いに相手のことを好きだから、より相手と傍に居るための理由を弾幕ごっこの賭けの材料として求め合っていたのだ。勝っても負けても、どちらにしても魔理沙と霊夢が一緒に居られる時間が増えるのは互いのない事実で、だから魔理沙も負けたくせに嬉々として掃除を手伝ったりしたものだった。賭けに負けた理由と言われれば拒む理由もなく、従順に霊夢の言うとおりに一緒に居られる時間を魔理沙も受け入れることができたから。
 そんな、とても都合の良い『賭け事』という儀式があったから。魔理沙と霊夢、二人が互いに疚しい劣情を抱いていることを知っても、私たちはそれほど困らなかった。賭けに勝った権利としてならどんなに疚しい要求でも霊夢に対して求めることができたし、逆に賭けに負けたことを理由にしてしまえばどれほどの辱めも喜んで受け入れることができたからだ。
 賭けを理由に、私たちはお互いを際限なく許し合い始めた。勝った時には自宅のベッドに縛りつけて霊夢の躰を一晩中求め続けるようなことなんてざらにあったし、逆に負けた時には結界を張って他人からは見えないようにしたとはいえ、人里の群衆の中で裸になることを強要された上に霊夢から何度も何度も激しく責め立てられたようなことさえあった。
 霊夢のことを一方的に苛めたいだけだと想っていた魔理沙の裡にある疚しい心。けれど、それは真実ではなかったのだとこうして遠慮無く求め合うようになって初めて気づかされる。魔理沙自身、霊夢を苛めたいと想うのと同じぐらい……本当は霊夢に苛められたいと想っていたのかもしれなかった。
 いつしか弾幕ごっこに負けて、つまり賭けに負けて霊夢の躰を求めるチャンスを失ってしまっても、それを魔理沙は残念に想えなくなってしまっていたのだ。無論勝った時には霊夢の躰を自由に苛める権利を得られるのだから、それはそれでとても嬉しい気持ちになるのだけれど。でも……負けたら負けたで、存分に霊夢に苛めて貰える義務を与えられることができて。そのことを、いつしかとても幸せに受け入れることができるようになっていたのだ。
 霊夢が課してくる『賭けに負けた代償』は、いつだって苛烈に魔理沙の躰を苛んでくる。泣いてしまうことなんていつもだったし、あまりにも苛烈な責めにおしっこを漏らしてしまうことや気を失ってしまうのさえ珍しいことではなかった。
 性の快楽も、与えられすぎればとても苦しいし辛い。だけど……そうして苛められることが、いつしか魔理沙自身好きになってしまっているらしかった。しかも魔理沙がその事実を意識せずにはいられなくなった頃、今度は霊夢の方から告白してきてくれたことがあった。霊夢もまた、魔理沙に苛められることを好きになり始めているかもしれない、のだと。
 以前の魔理沙にとって霊夢と弾りあう勝率なんて二割もあればいいほうだった。けれど気づけば、最近では弾幕ごっこの勝率が霊夢と殆ど拮抗するようにさえなってしまっていて。魔理沙が急に強くなったからでも、霊夢が手加減してくれているからでも、その理由がどちらのものでもないと判っている。
 単に……お互いに、弾幕ごっこに身が入らなくなっただけなのだ。かつては弾りあうことそのものがメインであった筈なのに、今では完全に『弾幕ごっこ』はお互いが苛烈な責めを求めるための儀式になってしまっていた。
 だからふとした瞬間に魔理沙は打ち落とされてしまうし、霊夢もまた何でもない魔理沙の弾幕に簡単に絡め取られてしまったりする。これが終われば激しい性愛が待っているのかと思うと、それを想像してしまって弾りあうことにも全く集中できない。
 かつては月に一度程度だった弾幕ごっこがやがて週に一度になり、数日に一度にまで増えていく。
 もちろんそれは、数日毎にお互いのどちらかが相手の躰を意の儘に組み敷くということに他ならなかった。

 


     *

 


「最近思うんだけど」
「うん?」
「なんだか魔理沙の部屋って、昔に比べると随分綺麗になったわよね」

 

 少し感心したような口振りでそう指摘してくる霊夢に、魔理沙は小さく笑って答えるしかなかった。実際霊夢の言う通り、とてもじゃないけれど現状から想像できないほどに数ヶ月前の様相は悲惨なものであったのだから。
 片付けられない本で埋め尽くされ、埃に塗れた部屋であっても魔理沙ひとり生きる上ならさして不自由を感じることはなかったのだけれど。こうして霊夢を招き入れる機会が多くなってしまえば許容することもできなくなってしまう。『汚い部屋ねえ』と軽口を叩きながらも霊夢は気にせず許してくれるけれど、煙たい部屋に慣れず埃に咽ぶ霊夢の姿を見ていると、霊夢が許してくれても魔理沙の方が許せなくなってしまうというものだ。

 

「そのほうが、遠慮しないで済むと思ったんだ」
「遠慮? ……わわっ」

 

 霊夢の躰を引き寄せて、自分の躰ごとベッドのほうへ引き倒す。
 木製のベッドがぎしっと鈍い軋みを上げ、ばふっと柔らかな感触が勢いよく倒れ込んだ二人分の躰を優しく包み込んでくれた。お陽様の匂いがする取り込んだばかりのお布団を敷いたベッドは、こうして包まっているだけでとても心地よくて。かつて『眠る』という目的の為にしか活用されていなかった頃のベッドとは何もかもが違っていた。
 独りの暮らしを満喫していたあの頃には面倒にばかり思えて避け続けていた、部屋を片付けたり布団を小まめに天日に干したりといったことも、自分のためではなく霊夢の為だと思えば全くと言っていいほど苦にさえならない。あるいは少しでも霊夢に良く思われたいと願う自分自身の為と考えても構わないし、その為の努力なら買ってでもやりたいぐらいなのだから。

 

「……あー。気持ちよくってこのまま寝ちゃいそう」
「そ、それは駄目だぜ。せっかく今日は私が勝ったんだからな」

 

 言いながら、魔理沙の方から霊夢の躰を組み敷くような格好にしてしまう。心地よさからか柔らかに細められていた霊夢の瞳が、たちまち愛し合う時のそれに変化していて。霊夢の方からも、少なからずそうされることを待ち侘びていたことが伝わってくるような気がした。

 

「ふふっ、判っているわ。……私だって、あなたに抱いて欲しいと思っている」

 

 二人だけベッドの上で、ごく近い距離で躰を折り重ねてしまえば嘘を吐くことも容易にはできなくなる。今まで幾度となく霊夢に押し倒され、魔理沙もそのことを経験則から学んできただけに、霊夢が小さく零してくれたその言葉が真実のものであると簡単に理解できてしまう。
 こうして馬鹿みたいな頻度で愛する人と躰を求め合うのは、他人から見れば愚かな行いに映るのだろうか。それでも私たちは、互いに心から望みあって機会を得る度ごとに肌を触れ合わせていく。性愛の熱を抱く時間の傍では、果てしなく高い密度で愛する人の存在や総てに感じ入っていられるようで、そこに限りない幸せのようなものさえ感じるのは。――あるいは短命な人間ならではの求め方なのかもしれなかった。

 

「………………ん、ぅ」

 

 霊夢の唇に、魔理沙は自分の唇を重ねる。同時に霊夢の頭や躰を抱きかかえるようにして、霊夢のほうからは離れることを許さない一方的な口吻けを展開する。
 さらには舌の先で唇を押し割って霊夢の舌や口腔を蹂躙していく。……不思議なもので、キスをしている間にはまるで神経の総てが口内に集まっているのではないかというぐらい、与えられる刺激や生み出される感覚の総てを鋭敏に感じることができるようになる。だからなのか、こんな風に弾幕ゲームの勝者が先ずキスで相手のことを意の儘にしてしまえばそれだけで、私たちには簡単にお互いの躰を求めるだけの準備が整うのだった。

 

「ま、りさぁ……」

 

 唇が離れたことを惜しむように囁く、霊夢の甘い声が脳を蕩けさせる。
 彼女が総てを差し出す準備を整えたように、魔理沙もまた霊夢の総てが欲しくて堪らなくなっていた。
 以前に脱がすのにやけに手間取ったりして、くすくすと霊夢に笑われたりしたことも今となっては懐かしい思い出でしかないのかも知れなかった。魔理沙にとっては慣れないものであった筈の霊夢の和装、それを脱がすのに梃子摺るのは当然と言えば当然のことで、まだ霊夢のことをこうしてベッドに押し倒した回数を両手の指で数えていられる頃には随分と苦戦したものだけれど。――思い返すだけでも懐かしく、且つ自分の事ながら可笑しい気持ちが込み上げてくるのを魔理沙は意識せずにはいられなかった。あれほど苦戦したのが嘘みたいに、今はこんなにも容易く霊夢の服を脱がすことができてしまうのだからだ。
 霊夢の身体をベッドに横たえた儘でも、魔理沙は難なく霊夢の躰から衣服を奪い取ってしまう。巫女を象徴する格好を失ってしまえば、ベッドの上には晒し木綿を巻いた小猫のような少女がひとり小さく丸まっているだけだ。今日は魔理沙が勝って霊夢が負けたのだから――その身に降りかかる報いを覚悟もしているのだろう。衣服を失った頼りなさからかいつも以上に稚さこそ窺えるものの、白肌の露出を増した霊夢の躰からは少女独自の色気めいた何かを魔理沙は意識させられてしまう。

 

「抵抗するなら今のうちだぜ?」
「あら、抵抗したら許してくれるのかしら?」
「――無いな。その時は、捩じ伏せて苛めるって楽しみが増えるだけだ」
「そういう乱暴なのも嫌いじゃないけれどね」

 

 くすくすと、小さく微笑み掛けてくれる霊夢の眼差しがあって。何時からか、こんなふうに視線を交錯させる際に彼女の瞳を見る都度に自分に対して抱いてくれている幾許かの想いを感じ取れるようになっていた魔理沙は、どきりと少しだけ脈打つ心を視線のそれに揺るがされてしまう自分を意識する。
 純粋な儘に想ってくれる霊夢の心が、魔理沙にとって馬鹿みたいに途方もない倖せを与えてくれるから。だから魔理沙は、その倖福感に搦め溺れさせられるみたいに、不乱に霊夢を求めたいと想う衝動に抗えなくなるのだ。

 

「抵抗して許す気持ちがあるなら、最初から勝負なんてしてないさ」
「……ええ、そうね。許すことも許されることも、どちらも私にとって本意ではないわ。……魔理沙のことを壊してしまいそうな程に苛めたいと思うし、あなたに壊されそうなぐらいに苛められたいとも思っているから」

 

 私達はお互いに、相手に蹂躙される悦びを知ってしまった。
 だから――もう戻れはしないのだ。愛する相手を静かに求めて、婉曲に意志を伝えて、少しでも傍にいようと行動するような。所謂、世間一般に『恋愛』と呼べるもの。相手の躰をこれほどに密に求め、その充足と悦びを知ってしまった私達は、一切の『恋愛』を経験さえすることなく。けれど『恋人同士』なんていう建前が持ちあわせている意味なんかよりもずっと、深い場所で互いのことを繋ぎ止め合っていて。
 傍らでは、まるで鏡合わせのように。繋ぎ止めるのと一緒に、最愛の人の手によって身動き一つさえ取れない程きつく、雁字搦めに拘束されることを希わずにいられなくなる。
 晒し木綿を丁寧に解いて。最後にドロワーズを脱がせると、あとはもう生まれた儘の姿の霊夢だけが魔理沙のベッドの上でちんまりと居心地悪そうにしていた。ひとたび行為が始ってしまえば後は没頭するだけでいいから何を考える必要もなくなってしまう物だけれど、確かに自分ひとりが脱がされて、しかも冷静な思考が残されている行為前の隙間の時間というものは居心地が悪いものだ。魔理沙もまた実体験でそれをよく知っているだけに、霊夢の様子にぷっと軽く吹き出しそうにもなってしまう。
 もう一度押し倒すように霊夢の躰に覆い被さると、嗅ぎ慣れたいつもの心地よい霊夢の匂いが鼻腔をくすぐる。魔理沙はこの匂いが好きで――だから勝負に勝った時には、できるだけ自分の部屋に霊夢を連れ込むようにしていた。激しく何度も愛し合い、霊夢が乱れて汗を噴き出させる度に彼女の匂いは濃厚なものになっていき、およそ数日程度の間、匂いは僅かながら愛し合った証として部屋やベッドにも残る。そうして霊夢の匂いに包まれている間には、いつも霊夢との甘い夢だけを見続けることができるから。
(……なんてことを言ったら、さすがに引くだろうか)
 すぐに「馬鹿ねえ」といつもの溜息顔で返事をされてしまう様子が、想像できてしまうだけにそんな風にも思える。けれど、いつも勝負に勝った魔理沙が自分の家に連れ込むように、霊夢もまた自分が勝った時には自分の家に魔理沙を連れ込むようにしていたから。――もしかしたら同じ事を考えているのかも知れないと、淡い期待を抱くことぐらいは許されるだろうか。
 本当は毎日にでも霊夢と一緒に眠れたらと思う。いつでも霊夢をこの腕に抱いて、あるいは霊夢の腕に抱かれながら眠ることができるなら、初めから匂いなどに執着することもないだろうから。
 でも、それは叶わないことだ。彼女には巫女としての職務があり、魔理沙にも魔法使いとしてしなければならないことがある。もちろん極力は逢うように努力はしているし、実際に二日ないし三日に一度といった高い頻度で霊夢との逢瀬を交わしてはいるのだけれど。……僅かに一日や二日逢えない日を挟むだけでも、耐え難い淋しさに躰や心を苛まれることは少なくない。それほど、魔理沙は霊夢のことを馬鹿みたいに愛して止まなかった。

 

「何か、考え事?」
「あ……。ご、ごめん」
「別に構わないけれど。……裸にするだけで、何もされないというのはさすがにちょっと淋しいわね」

 

 半ば苦笑気味に霊夢はそう言ってみせて。
 事実その通りなので、魔理沙はただ申し訳なさから「済まない」と謝罪の言葉を紡いだ。

 

「考えていたのは、私のことね」
「あ、ああ……。判るのか?」
「ううん、何も判らないけれどそんな気がしただけ。……ね、訊かせて? 魔理沙の悩みは私も知りたいから」

 

 霊夢にそう言われるも、正直に口にすべきか魔理沙は少しの間逡巡する。
 けれど結局は魔理沙自身隠しごとが上手くできるタイプではないし、それに愛しているが故に霊夢の『知りたい』という言葉を無下にすることはできなくて。諦めるように、総ての気持ちを簡単に吐露してしまう。

 

「……一緒に住む、ね。もちろん私も考えたことはあるわ」

 

 正直に打ち明けた魔理沙の言葉に、霊夢はあっさり頷いてみせる。
 魔理沙がこれほど思っているのだから、きっと霊夢も同じことを考えてはくれているだろうと、漠然ながら思ったことはあるけれど。改めて彼女が迷いもせずに肯定してくれることが、魔理沙には随分と嬉しく感じられた。

 

「ま、あくまで理想論だ。現実的じゃないさ」
「あら、どうしてそう思うの?」

 

 けれど続けた魔理沙の言葉に、今度はとても不思議そうな顔をしながら霊夢は訊き返してきた。

 

「だって、そうじゃないか? 私が霊夢の所に住むのは難しいし、霊夢が私の所に来るのだって現実的じゃない」
「……確かに私は『神社の巫女』だから、魔理沙の所に住むことはできないわ」
「だろうな」
「でも、あなたが博麗神社に住むのを難しいとは思わない。今だって居住スペースは十分に空きがあるし、必要なら萃香にでも頼んで建て増すことだってできるわ。あなたの家の荷物をそっくり持ち込むぐらいはできるのではないかしら?」

 

 霊夢の言葉に、魔理沙は真剣に考え込む。そうかも知れない、とも思うからだ。
 確かに萃香を初めとした幻想郷の然るべき筋に頼れば、魔理沙の荷物を博麗神社に持ち込むぐらいは容易なことだろう。時間は掛かるけれど、別に魔法の力を用いて魔理沙が少しずつ持ち込んだって構わないのだ。確かに……霊夢の言う通り、魔理沙がこっちに引っ越してくる分にはそう難しいことでは無いのかもしれなかった。
 けれど引っ越しが現実的になる代わりに、あることがどうしても魔理沙の心には引っかかった。
 博麗神社に引っ越して来て、霊夢と一緒に生活して。実験をする為の設備も資料も、全部持ち込んで。だけど――それで果たして、本当に今まで通りに魔法使いの本分を果たせるのだろうか。

 

「ええ、私も同じことを思うわ。だから私も『難しい』と思う」
「霊夢……」
「魔理沙が隣に居てくれると、きっと私は魔理沙に溺れずには居られなくなる。魔理沙と一緒に生活なんてしてしまったら最後、私は巫女の本分も何もかもをかなぐり捨てて、ずっと魔理沙のの傍にいることを選んでしまうわ。……だから、あなたと一緒に住むことは、できないの」

 

 霊夢と一緒に住む。現実的で、理想的な生活。
 ――けれど、それは夢物語のようなものだ。
 魔理沙もまた、一緒に住めば霊夢に溺れずには居られなくなるだろう。一緒に住むことで霊夢と逢う機会が多くなればそれだけ、膨張していく求めたい意志を押さえつけていることはできなくなる。同じ屋根の下に逢いたいと想う相手が居て、いつでも会えて、しかも求めればきっと拒まれない。それだけ条件が揃っていて……魔法の研究などに身が入る筈もない。
 きっと、駄目になってしまう――。

 

「……案外、今ぐらいの関係の方がいいんだろうか」

 

 疑問混じりに魔理沙が漏らした声。その声に、霊夢は少しだけ驚いてみせると。
 けれど一瞬後には最上級の微笑みを浮かべながら、頷いてみせてくれた。

 

「もし私達の関係が今より深くなったら。多分、何かしらが駄目になってしまうと思うの」
「そう、だろうな……やっぱり」
「ええ。だけど私達には、今よりも関係を減らすことなんて、できないから」

 

 さも当たり前のように霊夢はそれを『できない』と口にする。実際魔理沙にとっても、それは想像するだけで無理だと判ることでもあるだけに、必然であるかのように霊夢がそう口にしてくれることが嬉しかった。
 結局のところこれ以上関係を深めることも、離れることもできやしないのだ。今ぐらいが丁度好いというよりも……現在の私達が交わしている関係から少しでもどちらかに傾いてしまえば、必ず何かが悪くなってしまうであろう危うい均衡のようなものがあって。現状維持以外の選択肢自体を、最早選ぶことが出来ない程に追い詰められてしまっているのかもしれなかった。

 

「……魔理沙は、今の私達の関係に不満がある?」
「在る訳ない、ぜ」

 

 仮初めの主従を決めながら求め合う今の関係。だけど少しだけ風変わりなその関係が、魔理沙が霊夢に求めているものの総てを満たしてくれている。相手を自分のものにしたいという欲求、自分を相手のものにして欲しいという切望。奇妙でこそあるのかもしれないけれど、それでも今の私達の関係は互いが求めている欲求を充足させる為に、最善の方法を与えてくれているとしか思えない。

 

「だったら、今のままでいいんじゃない? ……私も、魔理沙とこういう関係を続けていきたいし」

 

 少しだけ頬を赤らめながら霊夢がそう言ってくれさえするなら。魔理沙にだって、不満なんてある筈もなかった。

 

「――そうだな。とりあえず今は、勝者の特権で少しでも霊夢を可愛がることにするぜ」
「ええ。……私をいっぱい愛して、いっぱい虐めて、ね?」
「応っ、任せてくれ。それだけなら、この世界で誰より得意な自信があるぜ」

 

 今まで幾度となく愛しすぎた霊夢の躰。私はその総てを、誰よりも良く知っているから。
 ベッドに蹲る霊夢の躰の上に覆い被さるように魔理沙は自身の躰を委ねる。体重を掛けてしまうのには今も少しだけ抵抗があるけれど、以前に霊夢が『そのほうが安心できるから』と言ってくれてからは、腕で自分の躰を支えたりするようなこともせずに素直に体重ごと押し倒される霊夢に自分の躰を預けるようにしていた。
 実際そうするだけで、私達の躰はより密接に繋がりあって、鼓動や体温といった伝わり合ってくるものもある。今だってこうして躰を触れ合わせていれば、熱すぎるぐらいの霊夢の体温が伝わってくるようで……長話のせいで随分と霊夢をえっちな気分のまま待たせてしまったのだな、と少しだけ魔理沙は自省もしてしまう。
 けれど話している時間が長かった分だけ霊夢の胸元に付いていた晒し木綿の痣も消えていて、手のひらを滑らせる霊夢の乳房からは滑らかな感触だけが返されてくるのは素直に嬉しいことだった。霊夢は『気が引き締まるから』と言って愛用しているけれど、どうしてもあの晒し木綿が胸元に残す痛々しい巻き痕だけは今も慣れることができないから。
 痣一つない綺麗な素肌。乳房のごく薄い膨らみに混じるのは、少しだけ汗ばんだしっとりとした感触。心臓にも近い胸元に手のひらを宛がえば、早鐘を撞くように高鳴っている霊夢の鼓動が伝わってくる。霊夢の期待がそのまま動悸と共に伝わってくるようにも思えて、魔理沙はより一層霊夢を愛したいという想いに駆られていく。

 

「はぁ、ぁ……」

 

 熱い溜息が漏れ出る霊夢の顔は、すっかり愛される為の表情になってしまっている。自分では確かめようもないけれど、きっと魔理沙の顔もまた愛する表情のそれになっている筈で。いちど愛し合う行為を本格的に始めてさえしまえばそれだけで、二人が性愛の衝動に心を堕とすまでには然程の時間さえ必要ではないみたいだった。
 急にキスしたい気持ちに駆られて、魔理沙は静かな喘ぎごと霊夢の唇を奪う。奪ってからそのまま額のほうにも、続いて頬にもキスの雨を降らせていき、霊夢の喉から首筋に掛けてまでも愛おしさの儘に口吻けていくと。移りゆく次第に従ってより甘く熱ぼったい霊夢の吐息がちょうど耳元に当たるように届いてきて、擽るように魔理沙は胸の裡で官能心が煽られていくのを意識する。

 

「ま、魔理沙、息、荒いよ……?」
「お前、だって……っ」

 

 思考は少しずつ儘ならなくなって、代わりに横行する無意識が魔理沙を動かし求めさせていく。
 さらに鎖骨を舐めとるように滑った魔理沙の唇や舌先が霊夢の乳房やその先端にまで及ぶようになると、より艶っぽい溜息とも喘ぎとも取れる声が霊夢の喉からは吐き出された。

 

「……魔理沙、お願い」

 

 何を、と霊夢は言わなかったけれど、その言葉が促すものの意味ぐらいは魔理沙にだって判る。
 片方の乳房を左手で静かに揉みしだき、もう片方には口吻けたりそのまま吸い付いたりする今の焦らすような愛撫では、霊夢も満足できないのだろう。別に催促の言葉を言わせたいと思ってした行為ではなかったのだけれど。霊夢が積極的にそう望んでくれるのなら、もちろん魔理沙に拒む意志など有りはしなかった。

 

「あ、あ、あ……」

 

 肯定の言葉を伝える代わりに、魔理沙は両手の指先をつつっと霊夢の躰を滑り下ろさせていくことで承諾の意思を伝える。お腹を伝っていった指先がやがて霊夢の大事な場所の近くにまで及ぶと、そこには既に幾重もの雫が溢れ滴った形跡があって。少し焦らしすぎたかな、と魔理沙はまたも内心でちょっとだけ反省した。

 

「なんだか最近、凄くえっちだよな、霊夢って」
「だ、誰がそんな風にしたのよ!」
「……やっぱり、私なんだろうなあ」

 

 くつくつと抑えきれない声で笑ってしまうと、唇を尖らせながら恨めしそうな目つきをしてみせる霊夢の表情があって。
 そんな露骨な霊夢の反応にさえ、どうしようもない嬉しさばかりを感じてしまう私は。やっぱり馬鹿みたいに霊夢のことを愛してしまっていて、心ごと彼女に捕らわれてしまっているのだろう。

 

「責任は取るぜ」
「当たり前よ、そんなの……」

 

 努めてぶっきらぼうに言ってみせながらも、霊夢の言葉に嬉しさの色が混じっていることは、付き合いが長い魔理沙には手に取るように判って。喜んでくれる霊夢の気持ちに、心底応えたいと想う正直な気持ちが、積極的な形で魔理沙に求める指先を紡がせていく。
 特別な人の躰は幾度愛しても飽きることはなく、こうして指先で激しく求める都度に霊夢は新鮮な反応を返してきてくれるし、魔理沙自身にとっても毎回新しい感動を覚えさせてくれるから不思議だった。誠実な愛撫に返される甘い嬌声、乱暴な愛撫に返される小さな悲鳴混じりの声、執拗な愛撫に返される涙混じりの声。いずれもが、立ち所に心を掴んで話さなくなって――魔理沙は性愛の齎す酩酊の淵から逃げられなくなる。
 心酔の儘に霊夢のことばかりしか考えられなくなって、その思考の儘に延々と霊夢の躰を求めて止まなくなる。幾重にも変化する七色の嬌声が全部心の深い部分にまで届いてきて、霊夢の声が思考をより不確かなものに蕩けさせてしまえば尚更、魔理沙は馬鹿みたいに霊夢の躰を求めるようになる。――これも一種の悪循環なのかもしれない。

 

「あ、ああっ……! はっ、ぁ、ひぃあああっ……!」

 

 知り尽くした霊夢の躰を追い詰めるのに時間は必要ではなく、魔理沙の指先は容易く霊夢を追い詰める。乱れ飛ぶ嬌声には快楽が色濃く混じっていて、同時に霊夢が感じてくれている気持ちよさは少なからず魔理沙にも返ってくる。何しろ自分の躰のすぐ下で、愛する人が感じてくれているのだから。
 霊夢のことをもっと激しく乱れさせたいと思う。自分のことだけを感じて、自分の指先意外に意識を向けられないようにしてしまいたいという奇妙な欲求。酷く何かを間違っているようにも思えて、けれどとても純粋であるかのようにも思えてしまう征服欲求にも似たそれは、ある意味で恋愛の本質に近いものであるのかもしれなかった。

 

「魔理沙、魔理沙ぁ……」

 

 名前を呼ばれる度に、熱い感情が心に込み上げてくる。嬉しさと幸福感、それと何か沢山の快楽で構成されたそれは、途方もない幸福感を魔理沙の心に与え、満たしてくれる。

 

「――可愛いぜ、霊夢」
「まり、さぁ……」

 

 少しだけ気障かな、とも思いながら。右手で霊夢の秘所を苛む一方、左手でくいっと彼女の顎を持ち上げると。きっと霊夢も同じことを望んでいてくれたのだろう。喘ぎが止まらないせいか唇を閉じるのはとても苦しそうに見えるのに、それでも頑張って唇と瞳を閉じながら魔理沙の唇を受け入れてくれた。
 実際、可愛すぎてならなかった。愛しすぎてならなかった。
 普段から霊夢のことを可愛いと思わないわけがないし、それどころかいつだって意識さえしているのだけれど。愛している行為の最中ほど、相手が可愛く思える瞬間というのも無いような気がするのはどうしてだろう。
 愛することと、愛されること。どちらがより深く相手に溺れることができるのかといえば、それは勿論愛される側のほうなのだけれど。それでも魔理沙は、霊夢に愛して貰うことと同じぐらい、こうして霊夢のことを愛することが好きでならなかった。小さな躰で快楽に乱れる霊夢は行為を何度経てきても褪せることのない可愛さがあったし、そうした可愛い霊夢をごく近い距離で見ていると、どんなにも霊夢のことを好きな自分の心を何度でも再確認することができるからだ。

 

「ぁ、あっ! ん、っく、ぁ……ふぁ、あ、あぁっ……!」

 

 容易く霊夢を追い詰めていく指先。
 霊夢が魔理沙のこと以外を考えられなくなるのと同じ勢いで、魔理沙もまた可愛くて愛しい霊夢のこと以外が考えられなくなっていって。

 

「はあああぅ、ん! は、ああああっ……!」

 

 やがて絶頂を迎えた霊夢と同時に魔理沙の中でも何かが爆ぜる感覚があった。
 ぴんと弓なりに反った小さな背中、きゅっと瞑った瞳。魔理沙の指によって、気をやってくれた霊夢の表情や仕草ひとつに至るまで、どうしようもなく可愛くて。
 だから――少しだけ残酷なことと知りながらも。魔理沙は、もっと霊夢を求めたいと思う気持ちを、もっともっと可愛い霊夢を見たいという気持ちを我慢できなくなる。

 

「ぁぅ……! ん、ぅ……!」

 

 静かな、けれど辛そうな喘ぎが霊夢の喉から漏れる。
 達したばかりの敏感になり過ぎている躰では、それも無理ないことで。辛いことだと知りながら、けれど魔理沙は執拗に霊夢の性器を責め立てて止まない。
 もしも私達が普通の恋人なら、きっと性愛の余韻に浸りながら愛の言葉でも囁き合うのだろうか。――だけど私達の関係は恋人ではなく、より乱暴で、より身勝手な願望の結晶でできているから。
 ――相手を自分のものにしたい。或いは、自分が相手のものになりたい。
 そんな我儘過ぎる願いを満たす為には、普通の性愛なんかでは全然物足りないのだ。

 

「……ま、まりさぁっ」
「ああ」

 

 再度紡がれる拙くて稚い声。名前を呼ぶその声に、いつしか魔理沙も甘えている。
 細やかに震えている指先、僅かに涙が滲む目元。辛い仕打ちの中で、愛されることの倖せを噛みしめてくれている健気な霊夢の表情に、心を奪われない筈がない。

 

「好きだからな。……ちゃんと霊夢のことだけが、好きだから」
「私も……魔理沙のことだけが好きだよ」
「ああ、知ってる。霊夢の気持ちも知ってるさ、ちゃんと」
「……えへへ。そう言ってくれると、やっぱり嬉しいね」

 

 にへっと、緩みきった顔で微笑む霊夢の表情。
 きっと世界で私だけに見せてくれる、心を許しきった笑顔が泣きそうなぐらいに嬉しくて。

 

「愛してるぜ、霊夢――」

 

 気づけば殆どお決まりの常套句を、漏らしてしまってもいた。
 霊夢とこうして求め合うことを覚えるまでは、相手を愛する感情の延長線上、想いの行き着く到達点に性愛はあるのだと思っていた。恋情を深め合い、互いを慕い合い、感情を育みきった者同士が最後に求めるものが、互いの躰そのものなのだと思っていた。
 ――だけど、違う。こうして愛し合う行為を何度も交わして、そのたび毎に霊夢への想いは強くなる。何度も、何十度も愛し合ったというのに霊夢への想いは未だ至ることがなく、今でもまだ魔理沙は、そして……おそらくは霊夢もまた、互いへの愛を育みあっている過程に過ぎない。

 

「ふぁああああっ……!! 好きぃぃっ、まりさ……ぁ!」

 

 もっと相手のことを知りたいと、もっと相手のことを愛したいと希う感情こそが。こうして躰を介して何度も何度も愛し愛されたいという直接的な願望を産むのだろうか。
 ――なんて。腕の中で何度も霊夢の躰を責め立てて、愛しさばかりをどうしようもなく募らせながら。そんな難しいことを考えてしまう私は、やっぱりちょっとだけ不誠実なのかもしれなかった。

 

「私も好きだぜ……!」
「んぅううっ! 好きぃっ……! 好き、ぃ……!」

 

 結局は考えても何一つ判らない。漠然と判るのは、私達は二人とも馬鹿みたいに求め合うこうした行為が好きで、愛し合うたびにどんどん相手のこと以外を考えられなくなるという事実だけで。
 つまるところ私達には、相手に溺れる以外の選択肢は残されていないのだ。

 


     *

 


 肌という肌が汗にまみれていた。途中で霊夢にせがまれて魔理沙のほうも服を脱いでいたにも関わらず、二人とも呆れるほど全身に汗をかいていて。夢中になりすぎていたからもう何時間愛し合っていたのかも判らないけれど、二人の発汗状態と、そして疲れに屈してとうとうぐったりとベッドの上に突っ伏している霊夢の様子が総てを物語っているような気がした。
 気を失ってしまったり眠ってしまったりしているというわけではないらしく、髪の毛を手でそっと梳ると霊夢は「んぅ」と媚を孕んだ甘い声を漏らして応えてくれて。責められた霊夢程ではないにしても、没頭のあまりに十分疲れている魔理沙もまた、その隣に突っ伏して添い寝するように転がってみる。

 

「可愛かった、ぜ?」
「……あんたにそう言われるの、恥ずかしくて仕方ないんだけど」

 

 躰が弛緩し、思考にも冷静さが戻ってきたせいか、頬を赤らめながらそんな風に言ってみせる霊夢。
 つい先程までは魔理沙の指先に激しく愛されながら何度も何度も『好き』と『愛してる』を叫び続けていただけに、急に頭が冷めた今は恥ずかしさで心が一杯なのだろう。……同じ体験を魔理沙もまた全く逆の立場で幾度となく繰り返してきたことがあるだけに、その気持ちは痛い程に判った。

 

「私は嬉しかったぜ。霊夢がそう言ってくれる度に、感動があったからな」
「……あんたは今までに言われた『愛してる』の数を覚えてるのかしら?」
「数は把握できないが人数は判るぜ? 言ったのも言われたのも、霊夢だけだからな」

 

 魔理沙の回答に、呆れるような表情を見せる霊夢。
 けれどその表情も一瞬後にはたちまち破顔して、目一杯の笑顔に変わる。

 

「今度は私が、魔理沙を可愛がってあげるわよ」
「お、お手柔らかに頼むぜ……?」
「嫌よ。魔理沙のことを一晩中可愛がって、あなたが何回『愛してる』って言ってくれるか数えてみせるんだから」

 

 くすくすと可笑しそうに言ってみせる霊夢が、可愛くて仕方ないけれど。
 魔理沙だって負けるつもりなんてないのだ。愛される倖せも捨てがたいけれど……やっぱり可愛い霊夢を愛することの倖せだって、負けないぐらいに大きいから。そう簡単には譲ってあげられない。

 

「……別に『愛してる』の回数が重要なんじゃない。そうだろ?」
「ええ、その通りね。相手の人数の方が重要だわ」

 

 頷きながら嬉しそうに微笑んで見せた後、霊夢はぴっと魔理沙のほうに向き直って。
 真っ直ぐな瞳を向けながら、一途な想いを伝えてきてくれた。

 

「私も――『愛してる』って言う相手も言われる相手も、魔理沙だけよ」

 

 ちょっとでも心を緩めれば今すぐ泣いてしまいそうぐらい。
 それ程に、魔理沙は嬉しさばかりで胸が詰まる想いがした。
 感極まった心をぐっと我慢しながら。魔理沙もまた、精一杯の笑顔で霊夢に応えてみせる。

 

「知ってるぜ」

 

 魔理沙自身の心のことも、霊夢の心のことも。
 どちらも疑いようのない程に真っ直ぐに向き合っているのだから。
 私達は互いに、誰よりも正しく理解りあっている。