■ 小夜伽千夜一夜 01夜

LastUpdate:2008/10/01 初出:東方夜伽話

 秋という季節をようやく感じられ始めた頃には、風はもう冬のものになっていて。冷たい空気に耐えかねて着物をひとつ厚くする頃には、たちまち世界は冬一面に変わってしまっていた。秋の中ほどから永くなり始めた夜は冬に傾くほどより深さを増していき、夜の力が増せば増すほど世界が橙に染まり、やがて闇ばかりに閉ざされてしまう頃合も早くなってくる。そうして一度世界が夜の帳に閉ざされてしまえば、見上げてみる夜闇の深さは秋と比べられるものではなかった。
 とはいえ、こうして冬の寒さに凍てつき褪せていくばかりの世界が、阿求は嫌いではなかった。冬の空気は確かに冷たすぎて辛いこともあるけれど――空気が純粋になる分、世界も純粋なもので満たされてくるような気がするから。実際そのおかげなのだろう、冬の空は夏や秋のものよりもより低く手近に、星空はより明瞭な光を放って存在を主張しているように感じられるからだ。
 そんな風に縁側で夜空を見上げていると。――意図せず、ぶるっと阿求の身体が震えを覚えて。このまま身体を冷やしてしまわないよう、阿求は部屋の中に入って障子戸を後ろ手に閉める。
 休憩ついでの換気はもう十分だろう。未だ火のついた小さな火鉢を抱えた部屋は、障子戸を閉めてしまえば緩やかに暖かさを取り戻していく。火箸で炭に被っていた灰を簡単に払ってから、文机の定位置に腰を下ろした。
 満月に近いほどの目映い月が空には浮かんでいたはずだけれど、障子を挟んだ阿求の部屋へは殆ど光が届くことはない。光源として手元でランプが与えてくれる仄温かい灯りだけが唯一のものとして存在を主張しており、こうした書くために不要な彩が総て掻き消された世界のほうが却って心地よく筆が進むことを阿求は経験からよく理解していた。
 それに冬の夜は光だけでなく、音さえも惣暗のまま喪失させてしまう。虫の声も、風や梢の音さえ聞こえない世界は筆を走らせる阿求の心に余計な感情を与えはしない。音を完全に失った世界では、しんと静まり返った静寂の楽曲だけが聴こえてきているようで、それは筆を進める阿求の思考を阻害しないことは勿論、同時に如何な騒々しい音楽よりも余程鮮やかな感動を阿求に与えてくれるかのようでもあった。


 それほど静か過ぎる世界だから。特に耳を欹てるようなことをしなくても、障子の向こう――縁側に続く廊下の向こう側から静かに誰かが歩み寄ってくる足音は、自然と阿求の耳に届いてきた。
(こんな時間に、何だろう)
 おそらくは使用人の誰かなのだろうけれど、阿求はそのことを訝しく思う。
「阿求様」
 部屋の前にまで足音が達すると、案の定聞き慣れた使用人の声が障子の向こう側から直接掛けられてくる。
「はい」
「四季様がお見えですが、お通ししても宜しいでしょうか」
「……映姫が、ですか?」
 問い返す阿求の言葉に、使用人は何も答えない。おそらく肯定の意味なのだろうし、彼女がそう告げる以上は映姫が玄関先まで来ていることは間違いないのだろうけれど。それでも阿求は、その事実に少なからず驚きを抱かずにはいられなかった。
 いかに冬の夜足が速いとはいえ、宵闇の頃からはもう随分と時間が経っているのは間違いのないことで。そんな夜更けに、礼儀や常識をあれほど重んじる映姫が訪ねてくることなんて、そうそう考えられることではないように思えたからだ。
「構いません、こちらに直接お連れ下さい。それと何か温かいものを」
「畏まりました」
 障子の向こうで月に映された使用人の影が一礼してみせてから、足早に去っていく音が聞こえてくる。
 ――映姫が、来ている。何の用向きかは判らないけれど、ともかくこんなに寒い中を映姫がわざわざ訪ねてきてくれたの以上、会わないわけにはいかない。
(それに、私だって……)
 ちょうど映姫に、会いたいと思っていたのだ。
 冬の寒すぎる世界は、光も音も阿求の望むままの心地よい世界を与えてはくれるけれど。肌寒さに混じって少しずつ熱を失い始めていた心にはやっぱり、温かい想いの先にある――最愛の人の姿を、求めて止まない所もあったからだ。


     *


「こんな夜分遅くに、突然申し訳ありません」
 阿求の前に姿を見せるや否や、深々と頭を下げてそう告げる映姫。予想通り誠実すぎる彼女のその様子に、阿求は半ば苦笑混じりに答える。
「構いませんから、頭を上げて下さい。映姫にならどのような深夜に訪ねて頂いても、私は構いませんし」
「ですが……執筆を中断させてしまったのでは、ないのですか?」
 心底申し訳なさそうにそう訊いてくる映姫。
「ちょうど休憩を挟んでいた所ですから、そんなことはありません」
 嘘ではない、と内心で弁明しながら阿求はそう映姫に告げる。彼女が嘘を吐かれることを嫌うことは阿求自身よく知っていることだったから、彼女の為とはいえ嘘を吐くことはしたくなかった。――休憩を終えてちょうど書き始めようとした気勢を削がれたのは間違いのないことだったが、直前まで休憩を挟んでいたのは紛れもない事実だ。
「もしかして仕事が終わったその足で、ここまで来たのですか?」
「それは……」
 阿求が問い返したそれに、映姫は少し気まずそうに視線を逸らして答える。嘘を吐かれることを嫌う映姫自身もまた、他の誰かに嘘を吐くことはできないから。そうした映姫の仕草は、言葉より何よりも雄弁にその事実を語っているかのようだった。
「……これほど無理して会いに来て下さったのに、どうして咎められましょうか」
 阿求は本心から映姫にそう告げる。咎める気持ちなど初めから僅かにさえなく、会いに来てくれたことがただ純粋に嬉しかった。
 けれど、そのことを阿求は素直に喜ぶことができない。そっと映姫の頬に手のひらをあてがえば簡単に痛いほどの彼女の冷たさが伝わってくるようで、酷く痛々しくも感じられるからだ。
 外は凍てつくように寒く身を置くだけでも辛い。まして冬の寒さの中を文字通り『飛んできた』ともなれば、その苦労は幾許ばかりのものだろうか。空を飛ぶことができない阿求には学びようもないことではあるけれど、想像するに難くないことではあった。
「それで、このような無茶をしてまで、どうして逢いに来て下さったのです?」
 頬を撫でた指でそのまま映姫の耳元までを触れながら、そう問いかける。指先の擽ったさにか、それとも問われたことに対しての気まずさからか、僅かに映姫は俯くような素振りをしてから。
「……用向きが無ければ、来てはいけませんでしたか……?」
 彼女とは思えないほどの、か細い声で。そんな風に、漏らしてみせた。
 俯く映姫の顔色を阿求が覗き込むようにすると、それに気付いた映姫はさらに表情を隠すかのように項垂れてみせる。一瞬覗き見た映姫の顔は、寒空の中を飛んできたとは思えないほどの、紅に彩られていて。
 嘘を吐けない彼女の言葉だからもちろん初めから疑うような余地も無いのだけれど。

 ――映姫が漏らしてくれた言葉が心底本心からのものだと、阿求にも簡単に理解できるから。

 そのことが、より一層阿求を幸せな気持ちへと導かない筈がなかった。
「映姫、そういう時は」
 阿求の指先が耳たぶの後ろを撫でると。はぁっ、と熱い吐息が映姫から漏れ出る。
「逢いたいから来た、と言って下さればいいのですよ」
「……そのような、こと」
 そう口にする映姫の言葉は拙く、否定の語調が含まれてはいない。
「映姫」
 愛しい、彼女の名前を呼ぶ。呼びながらもう一度彼女の頬に手のひらを宛がい、覗き込むようにしながら俯く彼女の瞳に自分の視線を重ねてから。
「私は……ずっと逢いたかったですよ、映姫。……あなたに」
 駆け引きではなく。阿求はただ、本心のみからそう映姫に告げる。
 頬に伝わってくる映姫の体温が仄かに温かいものになったように感じられた気がするのは。きっと映姫も、阿求と同じ気持ちで居てくれるからなのだと……何故だか、不思議なほど阿求には信じられた。
 恥ずかしさから三度俯こうとする映姫を、阿求の手のひらは許さない。頬にあてがう手のひらに少しだけ力を籠めて、映姫の戸惑うような視線をそのまま阿求の瞳は奪い続けながら、距離を僅かずつ縮めていく。
 ――観念したかのように映姫の瞼が閉じるのを確認したから。阿求もまた、愛しい彼女に倣う。
「ん、ぅ……」
 口吻けの最中では世界は音を失う。聞こえてくるものといえば、唇を介して伝わってくる映姫の脈動と、それに傍の火鉢が立てるじりじりと炭が灼けるような音ぐらいのもので。
 僅かに数秒の間だけ触れあい続けた唇は、どちらからともなく簡単に離れ合う。
「ふぁ」
「は、ぁっ……」
 引き合う銀糸はどちらのものだろう。触れあうだけとはいえ、口吻けの後にはいつもお互いに呼吸が乱れさせながら向かい合う。鼻から息をする音を聞かれたくないこともあって、口吻けの中で息をできないから……というのもあるのだろうけれど。それ以上に、ただ唇を触れあわせる、それだけの行為に……自分の持っている総てをぶつけて打ち当たらなければならないような、一種の運動めいた不思議な感覚があるのかもしれなかった。
(性愛に、似ているのかもしれない)
 ふと、阿求はそんなことを想う。キスも性愛も、どちらも躰と心の総てを相手に委ねなければならない、という点では似たようなものかもしれない。
 阿求のそんな考えを裏付けるかのように。
「――熱い」
 つい先程まで寒空を飛んでいた筈の映姫は、そんな言葉を漏らしてみせた。


     *


 阿求と映姫の間には、遙かな昔からずっと守り続けているひとつの約束があった。
 きっとその約束自体は些細な思いつきからのものであったと思うし、私たち自身こんなにも長い間を――即ち、およそ一千年近い、果てしなく永い間――その約束を守り続けられるなんて考えてもいなかっただろう。いかに愛することの側面に、永遠を誓う、ということが在るのだとしても。始めて愛を誓い、躰を重ねた頃の私たちに、果たして一千年後の私たちにも関係が続いているなどと、想像することができただろうか。
 約束とは、私たちの関係のこと。恋愛とは詰まるところ独占欲と被独占欲のぶつけあいでしかないのだから、それに白黒を付けたのが総ての始まりだった。


    ――阿求が人として生を受けている間には、映姫は阿求のものになる。
      阿求が転生を待ち、彼岸に身を置いている間には、阿求は映姫のものになる。

 

 それは、書いてしまえば僅か二行にしかならない程度の、簡潔な約束で。
 けれど……だからこそ私たちは馬鹿みたいに、守り続けていられるのかもしれなかった。
 千年という永遠にも似た遙かな時間。だというのに私たちは、およそケンカというものを数えるほどしかしたことがないように思えた。また、阿求は『幻想郷縁起』の編纂に、映姫は閻魔としての職務に、お互いに使命とも呼べるものを抱えているから自由にならない日も少なくはなかったというのに。それでも、私たちは積み上げてきた多くの日々で逢瀬を繰り返してきた。
 私たちがそうすることができた背景には、ただこの約束だけが在った。相手のものになる為には努めて相手の傍にいなければならない。つまり阿求が転生を待って彼岸に居る間には、使命とも言える『幻想郷縁起』の編纂よりも映姫の傍にいることを優先しなければならず、映姫もまた阿求が転生を終えて人里に身を置いている間には、阿求の元へとできるだけ通い詰めなければならない。
 もちろん、それが叶わないこともある。阿求は死してなお編纂に没頭する余り映姫のことを蔑ろにすることがあるし、映姫もまた仕事が多忙を極める時にはなかなか阿求の元を訪ねることができない。
 ……実際、映姫はここ数日阿求の元を訪ねることができなかった。それはもちろん、訪ねるまでもなく仕事のせいで抜けられなかったのだろう、と阿求にも簡単に予測できる。だから、阿求にはそのことを責めたいと思う意志なんて頭からありはしない。
 それでも、阿求はそのことで映姫を責めなければならない。そして、映姫は何日もの間どうしても阿求の元を訪ねることができなかった罪を、償わなければならない。――それが、長年私たちの関係を支え続けてきた、約束だから。

 


 服を脱がせる為に、阿求は許可を求めたりしない。映姫は私のものなのだから許可を求めるのは必要のないことだし、彼女もまた罰を受ける明確な意志を持って来ているのだから。これから彼女に罰を与えるにあたって阿求は何も宣告しなかったし、映姫もそれを当然のものとして受け入れてくれる。
「ん……」
 映姫の躰を締め付けるような少しきつめのベストは、裁く側としての己を律する為のものだと前に映姫に聞いたことがある。阿求がそれを緩めるだけでも、少し熱ぼったい吐息が映姫の唇の端から漏らされた。
 続いて阿求はベストの内に着込んだ襟付きのシャツに手を掛け、それを脱がせていく。ベストもシャツも触れるだけでまだじんわりと冷たく、外のあまりの寒さが手に取るように伝わってくる。なのにシャツを開けるほど露わになっていく映姫のしっとりした肌は、もう寒さの面影もないほど熱く火照っていて、所々には汗ばみ始めているぐらいだった。
「もう期待しているのです?」
「……」
 少しだけ意地悪な気持ちから阿求がそう問うと、映姫はそれに沈黙で答えてみせる。それは嘘が吐けない彼女にしてみれば、肯定以外の何者でもなかった。
 性愛の不思議なところは、何度それを重ねても飽きることがなく、常に新たな発見が潜んでいることなのかもしれない。愛する度毎に乱れる映姫は新しい一面を見せてくれるし、愛した回数だけ深い感動を阿求に与えてくれる。映姫に意地悪な質問をぶつける傍らでは、もちろん阿求だって期待する気持ちを抱かずにはいられないのだ。
「寒くない、ですか?」
 さらに映姫が内に着込んでいた薄い肌着までも脱がしてしまってから、阿求はそう問いかける。腰から上の総ての肌を晒し、胸元の僅かな膨らみまでもを完全に晒している映姫の姿格好は見るからに寒そうだったけれど、端的に「大丈夫です」とだけ答える映姫の言葉に嘘はないのだろう、心配になって軽く抱きしめるように映姫の躰を抱いてみても、そこに震えの影を見つけることはできなかった。
 映姫の躰を抱くその格好のまま、阿求は映姫の両手を彼女の背中に回して組ませる。背中で両腕を組ませて、左右の肘を逆の腕の手のひらで抑えさせるようにしてから。
「離さないで下さいね」
 阿求がそうとだけ告げると、何もかもを理解したかのように映姫は頷いて応えてくれた。
 離すことを阿求が許さない限り映姫は絶対に背中の腕を解いたりはしない。それはそのまま、彼女の腕を後手に縛るのと同じ意味を持っていた。阿求がどんなことをしようとしても、映姫にはもはや腕を伴う抵抗の術はない。
 同様に、阿求は映姫の両方の視界を、そっと手のひらで遮る。その意味を理解した映姫が、阿求の手のひらの内側でそっと瞼を閉じる。特に注文を口に出しはしなかったけれど、やっぱりこれも同様に映姫から視界を奪う――目隠しをすることと、同じ意味を持っていた。
 視界を奪い、自由を奪う。私たちが愛し合う時間を求める際にそうしたことを行うのは決して珍しいことでなく、阿求もまた数え切れないほどの機会で映姫に同じ事を求められてきた。それは阿求や映姫が相手を拘束した上で一方的に愛したいというわけではなく……つまるところ私たちは、二人して縛られたり、目隠しをされることが好きだった。
 目隠しをされれば視覚を失い相手が与えてくれる指先の感触をより緻密に感じることができる。それに両腕を縛られることはそのまま相手のもになれた自分を意識させてくれるようで、心の中で(そうありたい)と望む意識をより深めてくれるから。阿求にしても映姫にしても、お互いが愛して貰える機会には――特に『罰』を理由に相手から一方的に愛して貰える機会なら尚更――縛られることを望まずにはいられなかったし、逆に自分が責める側である際にも相手がそれを望んでいることを理解しているから、相手の意志を確かめるまでもなくお互いに率先して相手を縛ることにしていた。
 昔は黒い布で目元を、柔らかめの布で両手を本当に縛ったりしたものだけれど。……小道具なんて、すぐに必要なくなってしまった。阿求は映姫に何かを望まれたならその意志に抗うことができないし、映姫もまた阿求の要求を拒むことができないのだから。お互いに相手に言葉で戒められてしまえば、それは何よりも強固な拘束となって簡単に相手を縛り上げてしまう。
「はっ……ぁ、ぁ……」
 つうっと、映姫のお腹へゆっくりと指先を這わせていく。腹部から僅かな乳房の膨らみへ連なる稜線を撫でていくと、堪えきれないといった様子で映姫から熱い官能の声が漏れ出されてくる。千年愛し合った相手だからそうした映姫の声ひとつでも、もう彼女が擽るような愛撫ではない、誠実な指先を求めていることが阿求にはすぐに理解できた。
 惜しげに映姫の胸元を這う指先を離してから、阿求は彼女のスカートの指先を掛ける。もちろん脱がしていいかなんて、野暮なことを聞いたりはしない。――映姫は、私のものなのだから。
 慣れた手つきで彼女のスカートを解く。仕事柄なのか似たような服装ばかりを嗜む彼女だから、今更苦労をすることもない。スカートを簡単に取り去ってしまうと、映姫に残されるものはソックスと純白のショーツのみになってしまう。
「随分お待たせしてしまったみたいですね?」
「…………うぅ……」
 意地悪そうに阿求がそう訊くと、気まずさからか恥ずかしさからか、映姫は俯くようにしながらぼそっと唸ってみせた。ショーツの上から指先で確かめてみるだけでも、映姫のそこが随分と前から期待に満ちていた事実は隠しようもなくありありと伝わってくる。
「……映姫は、えっちですね……」
「ふぁ、ぁぅ……!」
 濡れそぼつショーツの上から、こちょこちょと指先で弄る。すぐに弄る阿求の指先にショーツの布地から沁み出した愛液が纏わりついてくるけれど、気にせずに阿求は布越しにも夥しいほどの熱を感じさせる映姫のそこをぐにっと押しつぶすように何度も愛撫していく。
「は、ぁ……ぁ、ん、っ……」
 冬の空気に閉ざされた密室の中に、映姫が喘ぐ声ばかりが満ちていく。初めは静かに、やがて扇情的に。映姫の漏らす官能の声は、阿求の這わすまだ優しげのある愛撫にさえ、いとも容易く追い詰められていく。
 阿求が指先をショーツの中にまで差し入れて、直接映姫の中から絶えず蜜を漏出し続けるそこへと触れさせると、映姫の上げる嬌声はより艶めかさと官能とを増していく。
「ふぁ、ぁあんっ……! ぁ、ぁぅ、は、っ……!」
「こんなに足を開いて……本当に映姫はえっちですね……」
 罵るような言葉に、一瞬映姫の躰が強く身じろぎする。
「……あ、阿求にだから、えっちになるんですよ……」
 けれど映姫には阿求の言葉を否定することもなく、映姫はそんな風に言ってくれるのだった。
 指先で今もなお責め立てられていて言葉を発するのも辛いだろうに、映姫はこんなにも阿求を簡単に幸せな心地へと導いてくれる。言葉ひとつの歓喜を噛み締めながら、ただその倖せを返したい気持ちで、擦りつけるように映姫の秘所を責め立てていく。
「や、ぁ……! ぁ、ぁぁああ、っ、ふぁ、っ、あああっ……!」
「……好きですよ、映姫。この世界で、誰よりもあなたが」
「わ……! 私だって、阿求が、っ――んぅっ! ひゃ、ぁああ……!!」
 幾千と交わり合ってきた経験から、断続的な嬌声には映姫が追い詰められていく先に幾許もの猶予がないのを示していることを、阿求は正しく理解していた。阿求が言葉で求めるまでもなく、映姫は大きく開いた脚を閉じることもせず、ただその瞬間を待ち侘びている。脱がしそびれたショーツが唯一邪魔だったけれど、それさえ映姫を苛む阿求の右手を、彼女の秘部から離れさせずにいてくれる存在として今は有難く感じられた。
「イク時の映姫の表情を、私に見せて下さいね?」
「――!!」
 映姫がどんなに恥ずかしいことを嫌がるか知っていながら、阿求は残酷にもそう彼女に求める。右手で未だに映姫の蜜壺を責め立てながら、左手で彼女の目隠しをさっと取り払ってしまう。
 急に開けた視界。急に隠せなくなった素顔。――恥ずかしさから映姫の顔が一瞬でさらなる朱に染まる。それでも映姫は言葉での拘束を解かれていない以上は晒された素顔を両手で隠すこともできないし、それに……今となっては俯くことさえできない。阿求が言葉にして求めたなら映姫は――絶対にそれを拒むことができないのだ。阿求が表情を見たいと求めた以上、今の映姫には表情を俯き隠すことも、そもそも阿求と一度重なってしまった視線を逸らすことさえできはしない。
「ゃ、ぁっ……!! い、いやぁっ……!!」
 映姫の抗議の意志は言葉だけに宿る。
「見せて下さい……映姫の一番可愛い表情を」
「――っぁああああ!! ゃ、ぁあああああ!!」
 快楽に歪み屈する映姫の表情を、阿求は焼付けるようにまじまじと見つめる。
 自分の為にこんなにも心を歪ませ、狂わせてくれる映姫のことを。ただ、どんなにも有難い気持ちばかりから、阿求は愛おしく想うのだった。


     *


「幻想郷縁起が、もう世に求められていないことは、判っているのですが」
「――だからって、書くのを辞めるだなんて言わないで下さいよ?」
「言いません。映姫のことが好きですから」
 眠っているだろうかとも想ったのだけれど。行為の後、隣で布団の中にうずくまる映姫に阿求がそんなことを呟いてみると、すぐに彼女からそんな反応があった。
「もし私が書かなくなったら、映姫は私を裁いて下さいますか?」
 書くのを辞めるということは、即ち転生を辞めるということでもある。
 阿求が純粋な疑問からそう問いかけると、映姫はまるで苦虫を噛み潰したかのような表情をしてみせて。
「考えるのも怖いので、できれば冗談でもそのようなことは言わないで下さい」
「……すみません」
 隣に横たわる映姫の頬に、そっと手のひらを宛がいながら阿求は謝意を告げる。火鉢の炭には灰を被せて随分経つから部屋はもうかなり寒くなり始めていたのだけれど、映姫の躰はまだ火照るような熱を頬にまで抱いていた。
「……そうですね。あくまで『もしも』の話をするのでしたら」
「はい」
「転生をしてまで成し遂げたいとした何かを捨てて死を選ぶのだとしたら、その罪科を問わないわけにはいかないのですが。たぶん私は……その時、初めて自分の心で思った判決に偽りを吐いて、ただ愛する人の為だけに有利な判決を下すのでしょうね」
 映姫の言葉には、実際何度もそのことを彼女が想像してきたであろう含蓄が含まれているようで。
「……そうですか」
「ええ、だから死なないで下さいね」
「死にません。……映姫のことが、好きですから」
 ただ映姫の言葉への嬉しさから。一度目のそれよりも強めに、阿求はそう答え返す。
 阿求の強い語調に、映姫もどうにか頬を緩めて笑顔で応え返してくれた。
「あなたが幻想郷縁起のことを『求められていない』と、そう思う理由は判りますよ」
「……判ってしまいますか」
「ええ、何しろ現代の人は妖怪を恐れていない。妖怪を友に持つ人間もいますし、妖怪を恋人に持つ人だって存在するでしょう」
「閻魔を恋人に持つ人間も居るぐらいですし?」
「ふふ、そうですね」
 くすりと映姫が可笑しそうに微笑んでくれて。阿求もまた微笑み返す。
 そう――映姫の口にする通り、現代の人は妖怪のことを恐れてはいない。一部の人を喰う妖怪だけは例外だけれど、そうでない妖怪達は人間達にとってひどく無害である場合が殆どだ。何故なら人間達は決して妖怪が護ろうとするものを侵しはしないのだから。
「映姫、私ね。……最近では、天狗の新聞を羨ましく思うことがあるんです」
「……天狗の、ですか」
 そう口にする映姫の表情には、少し複雑そうな色味が混じっているように見えて。
 無理もない、と阿求は心の中で苦笑する。天狗の新聞は荒唐無稽な出鱈目ばかりだけれど、時には真実の報道が紛れていることもあるからだ。例えば――いつかの時に、阿求と映姫の関係が報道された時のように。
 人は妖怪を特別視さえしていない。里に買い物に来た妖怪を人は笑顔で迎えるし、声を掛ければ友にも簡単になることができるだろう。そうした現代の人間が求めているものは、幻想郷縁起のような対策本ではなく、天狗が与えてくれるゴシップのようなもののほうなのだろう。
「いっそ、幻想郷縁起もゴシップ誌にしてみましょうか」
 阿求が半ば冗談交じりにそう口にすると、映姫は真面目そうな顔で「ふむ」と頷いて見せた後。
「宜しいのではないですか。千年経てば人の需要も変わるでしょうから……幻想郷縁起はあなたの好きな形、人の求める形に変えていくのも、それはそれで宜しいかと思いますが」
「なるほど……」
「もしそうするのでしたら、是非私たちの関係も書いて下さいね? ……そのほうが私も、あなたにライバルができることに怯えないで済みますから」
 そう言ってくれる映姫に、阿求はそっと口吻ける。

 


 ――今更、他の誰を愛せるというのだろう。
 千年という時間は果てしなく、人を自称するには阿求は永い時を生きすぎた。
 なのに……千年間を経てみても映姫を好きでいる気持ちに果てはなく、今でも未だ、こうして映姫のことだけを想い詰めるというのに。

 

 

 

 

 

 

 


「試しに幻想郷縁起の映姫の項目に『縛られて苛められるのが好き』と書き加えてみましょうか」
「……や、やめて下さいね?」

 もし書いたなら、天狗はどんな顔をしてそれを読むのだろうか。
 少しだけ興味が湧きもするのだけれど、映姫に嫌われては意味が無いので。そっと、阿求は思いつきの悪戯心を胸の奥へ仕舞い込むことにした。