■ 13−遣らずの雨

LastUpdate:2007/08/24 初出:web(mixi)

 薔薇の館に集まった面々。その全員から注目されていては、テーブルの各方向から寄せられてくる視線に目を背ける方向も無くて、志摩子はただじっとそれらを受け止めた。……注目されることにはどうしても慣れていないものだから、視線の全てがごく親しい友人たちからのものだと判ってはいるのだけれど、なんとなく居心地の悪い感じがしてしまう。
「……や、やっぱり、私たちはいないほうがいいんじゃないですか?」
「私も、そう思うんだけれど……」
 そうつぶやくのは、真美さんに蔦子さん。二人とも半月後のクリマスパーティーの打ち合わせに来てくださったところを、志摩子が捕まえてしまったのだ。
「いえ、宜しければ聞いてください。たいしたことでは、ないのですが」
 どうせ話してしまうのなら、一度に大勢に話してしまうぐらいのほうがいい。その誰もが大切な友達であるのなら、なおさらのことだと。そう、思えたから。
「ただ、その……すみませんが、記事には……」
「あ、うん。それは絶対にしないって、約束する」
 真美さんが力強く頷いて下さったので、少しだけ志摩子は安堵の息を吐いた。
「でも、珍しいよね。志摩子さんが、そういう風に先に釘を刺すのって」
「……そうですか?」
「たぶん祐巳さんや由乃さんには、よく『記事にはしないで!』って言われてるんでしょう?」
 真美さんと志摩子の会話に蔦子さんが茶化すように割って入ってくると、抗議の声が上がるかと思ったのに逆に祐巳さんも由乃さんも、あははと小さく笑いながら黙り込んでしまう。……案外、本当に蔦子さんの言うとおりなのかもしれない。
「私一人のことでしたら、別に記事にして頂いて構わないのですが」
「つまり、志摩子さん以外の誰か、が絡む話ということ?」
「そう……ですね」
「おおっ」
 蔦子さんが興味津々と言わんばかりに、テーブルの上に身を乗り出してくる。逆に志摩子はそんな蔦子さんに気圧されるように、少しだけ身を引いた。
「――これは、とうとう白薔薇さまにも異性の影が!?」
 ずずっと、真美さんまでもが身を乗り出してくる。
 右斜め前からと、左斜め前からと。テーブルの両斜向かい側からじっと見つめられて、志摩子は少しだけ(やっぱり何度かに分けて、お話すれば良かったかな)と後悔した。
「ちょっとちょっと! 二人があんまり睨むから、志摩子さんが困ってるじゃないの」
「そうですよ。……お二人の気持ちも判りますけれど、少し落ち着きましょう」
 助け舟のように由乃さんと乃梨子が二人を諌めてくれて。
「……っと、確かにがっつき過ぎてた、ゴメン」
 ようやく二人とも落ち着いて下さったので、志摩子は再度息を吐く。
 それでも、注目されている視線から解放されたわけではないのだから。ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、志摩子は怯まずにみんなの視線を受け止めた。

 

「えっと……」
 何から話したものか、迷う。
「真美さんの推測は、あまり間違いではなくて……」

 

「「――マジで!?」」
「ひっ!?」

 

 ガタッと席を立つ音。それに続いて急に二人ぐらいの叫ぶような問いかけに苛まれて、志摩子は思わず悲鳴を上げて椅子に腰掛けながらも後ずさる。
 よくよく見てみると立ち上がって志摩子を見つめてくるその二人は、さっき真美さんと蔦子さんとを宥めようとして下さっていた由乃さんと乃梨子との二人だったものだから。改めて、志摩子は二度びっくりさせられた。
「……ゴメン」
「……あわわ、私も」
 その事に気づいた二人が慌てて椅子に座りなおす。意外にも蔦子さんと真美さんとは、志摩子のほうへ冷静な視線を向けてきていた。
「それで、相手はどなたなのでしょうか?」
「え、えっと……」
 今度は瞳子ちゃんに訊かれて、志摩子は一瞬答えるのを躊躇う。
 ちらっと、テーブルの端のほうに座っている祐巳さんのほうを見ると、志摩子の視線に気づいた祐巳さんが「うん?」と少しだけ首を傾げながらこちらを見つめてきた。

 

「まさか、相手は祐巳さん!?」
「――私なの!?」
「ち、違いますっ……!」

 

 視線のやりとりに気づいた由乃さんが叫んだそれを、慌てて志摩子は否定する。
「そうじゃなくて……そうじゃなくて、祐麒さんなんです……」
「わわっ、びっくりしたぁ。祐麒かあ……」
 一度ほっと胸を撫で下ろしてから。

 

「――って、祐麒ぃッ!?」
「ふわわっ!?」

 

 不意をつくように驚き訊ねられて、改めて志摩子は悲鳴を上げてしまう。
「し、志摩子さん祐麒に何かされたの!? 祐麒が何したの!?」
「え……えっと、祐巳さん、お、落ち着いて」
「だ、大丈夫、わたし落ち着いてる……」
 どう見ても落ち着いていない祐巳さんに困りながら、助け舟を求めるように志摩子は周りの人へと視線を向ける。
 ――けれど、誰しもが「絶句」という単語を表すかのような表情をしていたものだから。

 

(ああっ、祐麒さん、助けて……!)
 心の中でそう念じながら。
 志摩子は一瞬だけ、花寺の校舎があるその方向を、祈りのままに振り返った。