■ 102.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/12 初出:YURI-sis

「――初めてあなたを抱いた時のこと、覚えてる?」

 

 アリスさんの口にした問いかけは、少しだけ不思議に思えるものだったけれど。
 それでも、答えを迷うものではないから。天子は力強く頷いて答える。

 

「もちろんです。まだ昨日のことですし……とても、倖せでしたから」
「……だったら覚えているかもしれないけれど。あのとき、私は少しだけあなたを苛めずにはいられなかった」
「ふぇ……?」

 

 そんなこと、あっただろうか。初めて愛して頂いた夜のことは、何一つ忘れることなく天子の心に刻み込まれているのは間違いのないことだったけれど。覚えているのはどれもアリスさんの優しい愛撫ばかりで、そこに苛みに繋がるような何かを思い出すことはできないように思えたのだ。
 けれど――天子はその瞬間のことを思い出して、はっとする。今になって思い返すなら、それも愛される過程での優しい行為のひとつでしかないのだけれど。確かに、アリスさんからそうされてしまった瞬間にだけは……天子もまた、アリスさんに苛められることに驚いたものだった。

 

「……たったいま、思い出しました。その、アリスさんから連続で、愛して頂いたことですね」
「ええ。あなたの躰が細かく震えて、達しているのは判りきっていたことなのに――それでも私は、あなたを苛む指先を止めることができなかった。

 

 一度達した天子の躰に、さらに愛撫の指先が課せられる。達したばかりの躰は敏感になりすぎていて、弛緩を求めているにも関わらず、投与される愛撫の苛みに否応なしに躰を昂ぶらさせていく辛さ。今だから笑いながら思い出すことができるけれど……確かに、アリスさんに連続で苛まれていたあの瞬間には、酷く苦しかったのを覚えている。
 もちろん天子が「やめて」と口にしたなら、優しいアリスさんはすぐにでも、あの時に苛めていた指先を止めて下さったのだろう。それでも……天子は決して「やめて」とは口にしなかった。それは純粋に苛められる行為を好んでいた性分のせいでもあるし、それに……苛めて下さるアリスさんの指先に、天子自身もまた(応えたい)と強く思ったからだ。

 

「……ですが、アリスさんは二度目で止めて下さったじゃないですか?」
「そうね、あの時はね……」

 

 もしも本気で相手のことを苛めたいと思ったのであれば、苛みの指先を何も二度目の絶頂で赦してあげる必要はないわけで。激しい愛撫で生み出される甘い痺れも、絶頂に導かれる快楽の苦しみも、総て責められる側が偏に甘受するものであるのだから。……責める側のアリスさんが、真に天子のことを苛めたいと願われたのであれば。あの瞬間に天子のことを、たった二度の絶頂で赦してあげる必要など、何一つ無い筈だったのだ。
 それに……他ならぬ天子自身さえ、あのとき誓っていたではないか。

 

   『あんなお茶なんか飲ませて……優しくできるなんて思ったら、大間違いよ?』
   『……構いません。乱暴にされるのも、私は大好きですから』

 

 誓っていた以上、どのように乱暴な愛され方をされたのだとしても、天子にはそれを咎める筋などありはしないのだから。アリスさんには天子の躰を、意の儘に苛む権利があったようなものなのに。それでも、その権利を行使しなかったアリスさんが、あの瞬間に苛めることを愉しんでいらっしゃったとは天子には思えなかった。