■ 103.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/13 初出:YURI-sis

「あなたの言いたいことは判るわ、天子。もしも……私の心に『あなたを苛めたい』という願望があるというのなら、私は初めから乱暴にあなたのことを愛することを選べたのだから」
「……はい。ですが、アリスさんは」
「ええ。私はあなたを、あくまでも優しく愛するに留めた。……そう、努力したから」

 

 連続で快楽を投与され続ける苦しみは相当なものだったけれど、二回程度までであればそれはまだ真摯な性愛の範疇でしかないのだろう。もしも乱暴に相手の躰を蹂躙することを望むのであれば、二回程度を連続で責め立てたところで、そんなの苛みのうちになんて入らないのだから。

 

「努めて誠実にあなたを愛そうとする傍で――本当は私の心の深い場所には、疚しい感情があったの。あなたのことが愛しくて、大事に大事にあなたを愛さなければならないという想いはあったけれど。本当は激しく求め愛して、私のものよ――って、あなたの躰に刻みつけたいとも、思っていたわ」
「……私は、そうして下さっても構わなかったのですが」

 

 嘘でも虚飾でもなく、ただ真実の想いから口にした言葉だった。
 もしもアリスさんの存在が、私の躰に深く刻み込まれるのだとしたら。どれほど激しい愛され方を求めるものだとしても、天子には嬉しいことのようにしか思えないから。

 

「せめて最初の機会ぐらいは、誠実にあなたを愛したかったのよ。だから、あなたのことを気遣ってというよりも、どちらかといえば私の我儘みたいなものね」

 

 アリスさんはそう言ってみせるけれど。あんなふうに真摯に愛して頂けたことを、天子はとても倖せに思い返すことができる。苛められることが好きとはいっても、私だって女の子なのだから……あんな風にアリスさんから誠実に愛して頂くことを幸せに感じないはずがないのだし。そもそも決して苛み手として意識したわけでなく、単純に恋愛の対象としてアリスさんを最初から好きになったのだから。恋愛本来が求めうる最良の愛され方をして頂いたことに、不満なんてあろうはずもない。
 恋愛の対象として、ひとりの女性として。アリスさんからそう扱って頂けることはとても嬉しいことだ。意志を尊重され、誠実に愛されることは倖せなことで。この先ずっと対等な相手として愛し愛され、手を引いて未来を一緒に育むのはとても夢幻的なこと。
 けれど……天子にとって大切なのは、アリスさんに愛されることであって。決してアリスさんと対等な関係で居たいと願っているわけじゃないから。もしもアリスさんの所有物になれるのなら、私は率先してそうなることを選びたいとさえ思う。常にアリスさんのことを最優先に考えて、アリスさんの為に尽くして生きることができるなら――それもまた、決して見劣りしない程に倖せな未来ではないだろうか。

 

「――アリスさん」
「うん?」
「私の初めての夜に、誠実な逢瀬を与えて下さったことは……本当に嬉しく思います。昨夜あれほど真摯に愛して頂けた幸せは決して忘れませんし、これから先もずっと、何度でもこの思い出を再生して倖せに浸ることができると思います」

 

 ですが、と天子は続ける。

 

「私は……アリスさんのものになりたいです。もしもアリスさんが私の総てを所有することを望んで下さるのなら、私は喜んでこの身も心も総て捧げたい。どうか私の躰に――アリスさんに所有して頂けることの証を、刻みつけては頂けませんか」
「……天子」
「どうか私を――アリスさんだけのものに、して下さい」

 

 訴える言葉は、不思議な程に自然に零れ出てきて。
 もしかしたら本心から吐き出される言葉っていうのは、こういうものなのかもしれなかった。