■ 105.「喧騒の静寂」

LastUpdate:2009/04/15 初出:YURI-sis

 騒がしいのは本当はあまり好きじゃないのだけれど。祭りの喧騒というのはどこか特別で、その中に身を置いていても不思議と不快感を感じることはない。溢れかえる程に沢山の人がひしめいている筈なのに、手を繋いでいる相手以外の存在は殆ど気にならないこともまた、同じぐらいに不思議で。まるで大好きな人と二人きりになれたみたいにさえ感じられる感覚が、嬉しさからそこに心地良さばかりを見出すのかもしれなかった。
 繋いだ手のひらから伝わってくる、なのはの熱が心地良い。普段はなかなか恥ずかしくて『手を繋ごう』だなんて言えないけれど、こんな状況だから今日だけはフェイトのほうから提案することができた。だから普段は嫌いでしかない混雑にも――今日だけは、感謝したいぐらいなのだ。

 

「手を繋ぐって、なんだかいいよね」

 

 ちょうど、そんなことを思っている最中だったものだから。囁き零れるように聞こえてきたなのはの言葉に、思わずフェイトはどきりとする。

 

「……うん、私もそう思ってた」
「にゃはは……両想い、だね」

 

 繋いだ手のひらに、少しだけ力が籠められてきて。
 その想いに負けてしまわないように。フェイトもまた、なのはの手のひらを少しだけぎゅっと力を籠めて握り返す。夏が深まってきた最近は夜でも暑いぐらいで、まして人混みの熱気の中に身を置いているせいか、繋がれている二人の両手も少なからず汗ばんでいたけれど。じめっと湿ったそんな感覚さえ、どこか奇妙に心地良かった。
(――本当に、二人きりになれたみたいだ)
 こんなに沢山人がいるのに、誰も私達のことを気には留めない。同じように私達も、これだけたくさんの人がいるにも関わらず、誰ひとりにさえ気を止めたりしない。心を占める存在は、ただ繋いだ手を通してその存在を深く意識してしまう、大好きな――なのはのことだけ。

 

「ね、フェイトちゃん」
「……うん?」
「もしもいま、誰か知り合いに見られたら。私達って……どう見えるかな?」

 

 なのはの言葉に。フェイトは実際にアリサやすずかのことを考えながら、いまの光景を見られた瞬間を想像してみるけれど。行き交う人の波は深くて、はぐれてしまう恐れも十分にあるのだから、小学生の私達が手を繋いでいることは何もおかしいことじゃないし。それに……私達の仲が良いことはアリサもすずかもよく知っているから、多分それほど驚かれもしないだろう。
 そのことが、フェイトには……少しだけ残念に思えたりもしてまう。
(恋人同士に見えたりしたら、いいのにな)
 叶わない願いだと知りながらも、そう思う。そう希うのに相応しいだけの、特別な想いをなのはに対して抱いているだけに、その意識はなおさら深い。きっと誰が見ても、ごく親しい友達同士にしか見えないことが……少しだけ悲しくて、淋しい。

 

「友達同士にしか、見えないと思うよ」
「とても親しい友達同士?」
「……うん」

 

 それでも、なのはの口から私達のことを『とても親しい』と言って貰えることが。なんだか複雑ながらも少しだけ嬉しかった。

 

「――じゃあ、これならどうかな?」
「え? なのは……!?」

 

 すぐ傍で、ちょっとだけなのはが背伸びをしてみせて。
 熱気と共に、フェイトの頬に深い熱が灯る。

 

「わ、わわ……」

 

 頬にキスされたのだと、すぐには理解できなかった。
 理解できてしまったらしまったで、心にどっと恐慌のようなものが押し寄せてきて、思わずフェイトは混乱させられてしまう。

 

「……恋人同士に、見えたりしないかなあ?」

 

 頬に淡い紅を差しながら。少しだけ恥ずかしそうにはにかみながら、そう言ってくれるなのはが嬉しくて。
 言葉の代わりに。フェイトからも同じように、そっと唇を紅色に宛がって応えてみせた。