■ 114.「心懸ける」

LastUpdate:2009/04/24 初出:YURI-sis

 本当は、誘われた映画に対する興味なんて少しも有りはしなかったのだけれど。はやてが誘う相手に私を選んでくれたという事実と、はやてと二時間は一緒に過ごすことができるのだと思えば。もちろんフェイトに誘いを断る理由なんてないのだった。

 

「ごめんなあ、フェイトちゃん興味無いかとは思ったんやけど」
「そ、そんなことないよ。楽しみだったから」

 

 そんな不純な動機で受諾した約束だったから。週末の日曜日、待ち合わせの時間よりも数分早くやってきたはやてから、挨拶に続く二言目にそんな風に言われた時には、一瞬どきりとした。
 少しだけ嘘を吐いてしまったことに、ちくりと胸が痛んだ。……それでも楽しみに思っていたことは自体は本当で、実を言えば昨日の夜もあまりの期待からどきどきしてしまって、上手く眠れなかったぐらいなのだ。
(映画の途中で、寝ちゃわないようにしないと……)
 誰かと映画を見に行くなんて初めての機会だけれど、何かの雑誌で一番やっちゃいけないことが『寝てしまうこと』だっていうのを見た覚えがあった。せっかくはやてが誘ってくれたのだから、その思いを無下にしてしまってはいけない。映画に対して興味を持つことができるのかどうか、それは判らないけれど……ちゃんと見終わった後に感想を言えるぐらいには、集中して見なきゃいけないと心に固く誓う。
 何度も来たことがあるのだろうか。海鳴市に幾つかある映画館が併設されたビルに、迷いのない足つきではやては入っていく。映画館の入り口がフェイトには少し判りにくいようにも思えたのに、はやては上映映画の一覧とホール情報の掲示さえ確かめることなく、手早くフェイトを先導してくれた。
 目当ての映画のホールに到着すると、まだ殆どの座席が空席のままで。だから私達は、ホール中程の良さそうな席を選んで、いまのうちに二人並んで座ってしまう。

 

「ちょっと、早く着きすぎちゃったかもしれんねぇ」
「……凄いね、はやて。私ひとりだったら、絶対に迷ってた」
「そう、かなぁ? ……ふふ、そうかもしれんなぁ」

 

 フェイトの言葉にくすくすと微笑みながら、はやては何か可笑しそうに小さく笑ってみせる。

 

「実を言えば、昨日私も結構迷っちゃったんだよ」
「そ、そうなの? ……って、昨日?」
「うん。ほら、今日ってフェイトちゃんと初めてのデートだから、失敗しちゃいけないと思って。……実を言えば、昨日のうちにここまで下見に来てたんよ」
「そう、なんだ……」

 

 はやてが自分の為にそこまでしてくれたのかと思うと、フェイトはただどんなにも嬉しい気持ちになってしまう。
 はやての頬が、薄らと紅に染まっていて。きっと口にするのは恥ずかしいことの筈なのに、それを自分に打ち明けてくれたということが、またフェイトにはより一層嬉しさを際だたせた。

 

「あのね、はやて。……実は私も、昨日は緊張して眠れなかったりしたんだ」

 

 嬉しかったから。だから、フェイトのほうからも恥ずかしいことを正直に吐露してみる。
 するとフェイトから漏らした言葉に、はやては少しだけ意外そうな顔をしてみせた。

 

「フェイトちゃんでも、緊張するんだ?」
「うん、するよ。……だって、はやてとのデートだもん」
「そっかあ。……嬉しいなあ」

 

 心底嬉しそうに、すぐ隣で微笑んでくれるはやての笑顔が眩しくて。
 視線を重ねていることが急に恥ずかしくなって、フェイトは不意にはやてからスクリーンのほうに目を逸らした。
 すると見えない視界の先、座席の肘掛けに置いていたフェイトの右手に、そっと触れてくる温かな感触があって。驚いてフェイトが見確かめると、はやての左手がフェイトの右手の上に重ねられてきていた。

 

「……こうすると、もっとデートっぽいかなぁ?」
「そ、そうだね」

 

 手と手を通じて伝わってくる体温と緊張に、心がどきどきしてしまう。
 昨日あまり眠ることができなかったから、最初は懸念していたはずの『眠ってしまう』ことなんて。こんなにどきどきしすぎる心の状態では、もう心配する必要なんて全くないみたいだった。