■ 116.「手枷の証」

LastUpdate:2009/04/26 初出:YURI-sis

「……何もこんな時にまで、縛る必要は無いといつも思うのですが」

 

 不承不承といった様子で。けれど透華はボクの背中で、両手の手枷と鎖から繋がれたロープを束ねてくれる。とはいえ自分の意志で裸になった今のはじめの背中にそのロープを束ねる部分なんてもちろん無いから、その長さを単純に結んで短く束ねただけの戒め。それでもいつも以上に短く束ねられたロープに戒められて、ボクは自由に身動きを取ることができなくなる。
 透華の柔らかなベッドの感触が、はじめの臀部を優しく包み込む。いまみたいに透華に抱いて貰えるときには、ボクの方から麻雀をするときと同じように手枷を望むのが、いつしか決まりごとのようになっていた。

 

「何ですの、縛られるのが単純に好きなんですか?」
「……それも、あるかもしれないけれど」

 

 透華に言われて、はじめは苦笑するしかない。実際、こうやって透華に愛してもらえるとき。透華が優しく愛してくれる手のひらや指先に、何一つ抗うことができない自分というのを感じることができるのは、嫌いではない感覚――というより、寧ろ好きな感覚でさえあるのだから。

 

「だって、これがあったほうが、透華のものになれたって気がするんだ」
「なっ……!? な、なななっ、何を言うんですのっ!」
「ホントだよ? だから透華に愛して貰えるとき、これがあるとボクはもっと倖せになれるんだ」

 

 透華の優しい愛撫、口吻け。総てがボクの躰を自由に求めていく。
 ボクはそれに、抵抗を許されない。もちろん抵抗する気なんて全くないのだけれど、この手枷の存在が否応なしにはじめにその感覚を沸き起こさせてくれるのだ。透華のものなのだから、何一つ透華に抵抗できないのは当たり前のことであって。彼女の自由な意思ひとつに愛して貰えることが、不思議なほど嬉しく感じられてならないのだ。

 

「そんなものがなくても、あなたは私のものですわよ……」
「うん、知ってる。……ありがと、透華」
「べ、べべべっ、別に礼を言われるようなことじゃありませんわ!」

 

 顔を真っ赤にして、透華は否定してみせるけれど。
 それでも、ボクにはわかる。透華のメイドとして、いつも傍にいることを許されているボクにはわかるんだ。自分の気持ちを上手く吐露することが苦手で、ましてそれが恥ずかしい気持ちであれば尚更口にしたがらない透華が、精一杯の勇気を振り絞って『私のもの』だって、いまボクに言ってくれたことが。
 だから、その特別な言葉がボクの心に響かないわけがない。透華のものだって、言葉にして言って貰えるだけで、怖いぐらいにどきどき高鳴っていく心がある。こんなに嬉しすぎる気持ちにさせて貰えたんだから、お礼の言葉だって自然に零れ出てしまうのだ。

 

「ふぁ、ぁ……!」

 

 はじめの乳房に、優しい透華の口吻けが降り積む。
 こうした性愛の行為には未だに慣れることができないけれど、好きになるまでにさして時間は掛からなかった。透華がボクのことを少なからず愛してくれているということ、それを自惚れでなく意識できる貴重な時間だから。

 

「……透華、ぁ」

 

 愛しい人の名前を紡ぐと、より深い口吻けとなってはじめの乳房にその証が刻まれていく。
 どういう経緯で透華がボクのことを拾ってくれたのか、それは未だに詳しいところを聞かせて貰えてはいないのだけれど。それが、どんな経緯であったとしても……ボクは透華のことを、愛して止まない。
 透華がボクのことを拾ってくれたことを、本心から感謝している。ボクは透華のものであれる自分を、心底から幸福だと思うことができるのだ。まして透華の寵愛を受けることさえ許される自分のことを思うと……こんなに倖せすぎて良いのかなあと。ボクは、いつも怖いぐらい思わずにいられないのだ。