■ 119.「端書34」

LastUpdate:2009/04/29 初出:YURI-sis

 会えない時間が長く続けば続くほど、彼女に口にしたい言葉は増えていくのに。
 いざ実際に会うことができてしまうと。降り積むように貯まった筈の言葉達は、不思議と何一つ口にできなくなってしまう。

 

 

 

「……随分、遅くなってしまってすみません」

 

 純粋に申し訳ない気持ちから、映姫がそう吐き出すように告げると。
 阿求は淋しそうに、けれど映姫の心情を慮ってか精一杯の笑顔を作りながら「気にしないで下さい」と小さな声で答えてみせた。

 

「ちゃんと判っています、から。……映姫が私に会うことを、疎かにしたわけでないぐらいは」
「阿求に会いたいと、いつも思っています。本当は何もかも投げ出して、すぐにでも会いに行きたかったのですが」
「はい、そちらも判っております。映姫は仕事を投げ出すことができない、大変に生真面目な性格ですし。……そういうあなただって知りながら私だって好きになったのですから。だから、初めから映姫を咎める気なんて私にはないのです」

 

 覆い隠した笑顔が徐々に収まっていくと、やはりその後の表情には淋しさばかりが残る。会えない時間が続きすぎて、随分と辛い想いをさせたのだな、ということが嫌でも伝わってきてしまうから。阿求が何一つ映姫のことを咎めないのだとしても、申し訳なく思う気持ちは映姫の心で確実に膨らんでいく。

 

「私からあなたのほうへ会いに行きたいと思ってしまうことが、偶に無いと言ったら嘘になります……」
「……それは、自殺です。転生を望むあなたであっても、自殺という大罪を犯せば私はあなたを裁くことになる」
「ええ。もしそうしたなら、私は確実に地獄に堕ちるのでしょうね」

 

 阿求を裁くことなんて、想像するだけでもぞっとする話だ。
 もしも彼女を目の前にしたなら。まして彼女が、先ず地獄に堕とされるであろう大罪を犯していたなら。
 私は……自身の能力が判断する通りに、彼女を冷徹に裁くことが果たしてできるであろうか。

 

「大丈夫です。映姫にそんな顔をさせたくないので、しません」

 

 阿求からそう言われて、映姫はハッとする。

 

「……私はいま、どんな顔をしていましたか?」
「私を裁くところを想像したのでしょう? 随分と、苦渋の詰まった顔をしていましたよ」
「そ、そう、ですか……」

 

 夜を駆けてきたばかりの、冷たい映姫の頬に阿求の温かな手のひらが触れる。

 

「映姫、私にとっては……会いたい時にあなたに会えることを引き替えになら、この身が地獄に堕ちることなんてなんでもないのです」
「……阿求、そのようなことを」
「大丈夫です、しませんから。幾度と地獄に堕ちる機会を逸してきたこの身、今更地獄に堕ちるのが嫌だとも怖いとも思いはしないのですが。……私を裁くことであなたを苦しめて、地獄に別れて本当にあなたに会えなくなるのは怖いことですから。だから、そのような愚行を犯したり何てしません」

 

 だから、と阿求は続ける。

 

「映姫は……もっと私に、積極的に会いに来て下さらないとダメですよ?」

 

 阿求の言葉は、映姫の胸の深い部分に届く。
 それは世間に溢れるような冷たい咎める言葉でなく、阿求が真実自分の心から求めてくれた言葉だからなのだろう。