■ 42.「端書01」

LastUpdate:2009/01/22 初出:YURI-sis

 強い雨が降り始めたのは、今日の夕方頃のこと。
 強まるばかりで衰えることを知らない雨は、きっと今日のうちに降り止むことはないように思えた。

 

 

 

 力では圧倒的に勝っているはずなのに、実際に覆い被さってくる霊夢の身体に組み敷かれてしまうと、萃香は抗うことができなくなってしまう。それはもちろん、抵抗する萃香を押し止めるだけの力を霊夢が持っているわけではなくて、こうして霊夢の身体で身動きを封じるようにされてしまうと……萃香の方が、抵抗の意志を抱くことができなくなってしまうのだ。
 霊夢が萃香のことをこんな風に押し倒すのは、雨や雪といった、決まって天候が荒れる日に限られた。博麗神社への来客……というよりも、普段から霊夢へ会いに来る人は分け隔て無く多く、特に白黒の魔法使いやどこぞの吸血鬼といった輩は、いつ訪ねてくるか判ったものではない。それでも、霊夢は誰が訪ねてきたとしてもそれを無下に拒むようなことはしないから。こんな風に天候が荒れた日――誰も来客が見込めないような日にばかり秘め事を求めるのは、自然なことであるのかもしれなかった。

 

「だ、だめだよ、霊夢、こんな」
「……待っていた、のではないの?」

 

 とりあえずといった調子の萃香の抵抗は、けれど霊夢の言葉それだけで簡単に押し止められてしまう。
 鬼は嘘を吐くことができない。かぶりを振って否定することも、拒むこともできないという萃香の姿勢はそのまま、霊夢の言葉が真実でしかないことを如実に示していた。
 慣れた手つきで萃香の服を脱がしていく霊夢。その手つきにさえ、萃香はもう抗うことが出来なかった。

 

 萃香が博麗神社に住み着き始めた頃、ここを訪れる誰もが萃香のことを訝しげな顔で見つめてきた。鬼としての紛う事なき強さを持ち、真っ当にぶつかれば博麗の巫女にさえ勝ちうるだけの力を有しているというのに、どうして巫女の庇護になど――萃香を見つめてくる誰しもの瞳の裡には、必ずと言っていい程そうした疑問の意志を見ることができたのを覚えている。
 そうした誰かの心を見透かす度に、内心で萃香は苦笑することを抑えきれなかった。庇護だなんて、見当違いも甚だしいものだ。だって、萃香は霊夢に護られる為にここにいるわけではない。むしろ逆に――霊夢によって一方的に蹂躙される為に、ここにいるのかもしれないのだから。

 

 押し倒されて、裸にされてしまう。それだけで、かぁーっと萃香の心が熱くなった。これから愛されること、これから責められること、そうしたことへ僅かに想いを馳せるだけでも、期待で心が熱くなってしまうのを抑えきれない。
 霊夢の顔が近づいてきて、萃香もゆっくりと瞼を閉じる。霊夢の柔らかな唇が自分のそれに重ねられると、いよいよ愛して貰えるのだ、といった想いがますます自分の中で強まったものになった。

 

「ねえ、萃香。――あなたは、誰のもの?」

 

 愛する直前に、いつも霊夢は萃香にそう訊ねることを忘れない。
 萃香もまた、いつも覚悟の心をもってその霊夢の問いに答えることにしていた。

 

「私は、霊夢のものだよ――」

 

 鬼は嘘を吐くことができない。
 その言葉は、そのまま萃香の本心だった。