■ 24.「二秒夢」

LastUpdate:2009/01/24 初出:YURI-sis

 図書館の中へ進めるアリスの歩みは、自然と静かなものになる。
 いちど目が慣れてしまうと、この程度の暗闇なら殆ど苦にはならなくて。殆どいつもの調子でアリスは書架の中を徘徊しては、タイトルを眺めていく。
 広い広い図書館の中、書架を辿っているうちにやがて息遣いの音が聞こえてくるのにアリスは気づいた。誰のものなのかなんて、考えるまでもない。アリスの歩みは、自然とそちらのほうへと向かっていく。
 音らしい音が全く存在しない地下の図書館には、柔らかな寝息さえも静かに響く。
 辿っていけば、そこには。
(眠り姫……?)
 そんなことさえ、アリスは一瞬想ってしまう。
 書架の傍にある小さなソファーに身を委ねて、無防備に眠るパチュリー。
 アリスが始めて見る、パチュリーの稚い寝顔だった。
 何か、倖せな夢を見ているのだろうか。普段より幾らも柔らかな表情は、笑顔のようにさえ見える。
「……あ」
 気が付けば、眠るパチュリーの頬に、そっとアリスは手を伸ばしていた。
 さらさらと掌を滑る彼女の頬の感触。
 なんだか、とてもいけないことをしているかのように。背徳な高揚感と、後ろめたさが同時にアリスの心には溢れてくる。
(――こんなに)
 こんなに無防備なパチュリーの姿なんて、初めて見た。
 そしてこんなにも、柔らかな笑顔のパチュリーなんて、初めて見た。
(ああ――)
 この笑顔が自分に対して向けられたものではないと、判っている。けれど判っていても……否応無しに、アリスの心は高まりときめくようだった。
 アリスは――パチュリーのことが好きだった。
 どうして好きになったのかなんて、判らない。ただ気が付けば、自然とパチュリーのことを好きになってしまっていて。あとは彼女を好きになってしまっている自分に、後から気づくだけでしかなかった。
(いけない、のに……)
 これ以上勝手に、パチュリーに触れてはいけないのに。それでもアリスの指先は、ここぞとばかりにパチュリーの頬へと撫でるように触れる。上質の絹のようにさらさらな、心地よい感触を確かめるように。少しつついて、少し滑って、パチュリーの顔をゆっくりと撫でていく。
 指先は頬から、やがて彼女の唇へと触れる。とても柔らかな弾力が、アリスの指先には伝わってくる。
 ――けれど、物足りない。指先で触れるだけでは……。
(こんなこと、してはいけない、のに……)
 もう一度心の中で、そう自分に言い聞かせるようにしながら。