■ 31.「一夜の虜囚」

LastUpdate:2009/01/31 初出:YURI-sis

 心の裡で燻っていた感情の火種を、もう抑えることはできない。いちど燃焼を始めてしまったが最後、にとりの躰中に拡がっていく火熱は真っ赤になるまで身を焦がしていくかのよう。先日暦の上では春になったばかりの今日この頃はまだまだ寒さばかりを感じて仕方が無いはずなのに、部屋の中とはいえ全裸の格好のにとりはそうした寒さの震えを僅かにさえ感じはしなかった。
 むしろ部屋の空気に触れるほど、その冷たさが肌に心地よいぐらい。どれほど躰が外から冷やされようと、裡から絶え間なく焚かれる熱がある限り、にとりの躰が寒さを覚えることはないように思えた。
 にとりの乳房や腹部、お尻や腿の辺りを幾度も椛の手のひらが撫でていく。たくさんのくすぐったさと、無視できない程度の居心地の悪さ。それと……ほんの少しの気持ちよさとが入り混じって、心は平静を保つことができないでいる。躰の上に覆いかぶさる椛の顔がすぐ近くにあって、にとりの視線は彼女のそれに囚われてそむけることができない。きっと耐え切れない恥ずかしさで見られたくないような顔をしているのに……椛が絶え間なくにとりの顔を見つめてきてくれるから、その瞳から逃れることができないのだ。

 

「……は、ぁ……」

 

 無意識に漏れ出てしまったにとりの息も、静かな部屋の中ではどうしても響いてしまう。きっと椛にも聞かれてしまっただろうな――そう思うと、恥ずかしさは余計に抑えきれなくなって。恥ずかしい気持ちで一杯になって、椛が与えてくれる愛撫の手だけでこんなにも心が埋め尽くされてしまっているのだという自覚が強まってくるにつれて、それを嬉しくばかり思う心がどんどん強いものになっていく。
 ベッドの上が性の雰囲気だけに満たされてしまえば、いつも二人の間に言葉なんて必要ではなくなってしまう。だって、軽口であっても正直な言葉であっても、愛し愛される最中において言葉なんて意味を持てはしないのだ。お互いが伝えたいと思う気持ちは言葉になんてしなくても必ず伝わってしまうし、伝えたくないと思う恥ずかしい気持ちや感情に至るまでどうしても伝わってしまうのだから。

 

「愛してるよ、にとり」
「は、ぁ……! わ、私も、ぉ……」

 

 言葉にする意味があるものといえば、ただ愛の言葉だけ。
 にとりは椛がいかに自分のことを愛してくれているのか正しく理解しているし、にとりが椛のことをどれほど愛して止まないか伝わっていることも理解している。だから本当はこうした愛の言葉も、言葉にする意味なんてないのかもしれないけれど。……それでも、愛の言葉はいつだって特別な言葉になる。椛が自分を愛してくれる想いの程をどれほど深く理解し尽していても、言葉として示される度ににとりの心と体には特別な感情と感覚とが沸き起こるのだ。すなわち言葉ひとつで――きゅうっと胸が詰まって、同時に下腹部の奥のほうも、きゅうっと収斂するような感覚がある。

 

「ふぁああ……! ぁ、ぅ……!」

 

 収斂する膣の入り口のあたりにまで椛の指先が触れると、もうにとりは何も考えることができなくなってしまう。あれほど感じられて仕方が無かったくすぐったさはもうどこかへ消えてしまっていて、膣口を椛の指先が撫で付けるたびに躰が心から震えるほどの快楽が痺れるように貫いてくる。椛の指先の僅かな動きひとつで、こんなにも躰の総てと心の総てを自由に蹂躙されてしまうのだ。
 恋愛は求めないのが崇高である、無償の愛が真理だと言う。けれど――そんなの、絶対に嘘っぱちだとにとりには思えた。愛することも好きだけれど、やっぱり……愛されることはもっと好きだから。自分の躰と心のぜんぶを、こんなにも相手だけのものにしてもらえる感覚があるというのに。この気持ちを求めずにいられる恋愛なんて――それは、ただのお飾り。嘘ばかりの恋愛に間違いないのだ。

 

「ん、ぅ……! ぁ、ぁぅ! ぁあああああ……!!」

 

 絶頂に導かれる躰。気をやらされるたびに、少しずつ椛だけのものになれている感覚。この甘すぎる痺れを求めたくならない恋愛なんて、きっと存在しないのだ。相手を自分のものにしたいとだけ思ううちは、まだ恋愛はきっと未成熟。相手に飼われたいという希う気持ち――この感情がどんなにも満たしてくれる心の震えは、きっと辿りついた人にしか、判らないのだ。