■ 33.「緋色の心」

LastUpdate:2009/02/02 初出:YURI-sis

「おはよう、天子。よく眠れた?」
「はい。……ちょっと眠りすぎてしまったぐらいです」

 

 時間を窺おうと窓の外を見やってみても、そこに映るのは鬱蒼とした森ばかりで。だから目覚めた今の時刻はちょっと判らないけれど、気怠い思考と躰の感覚で寝過ぎてしまったということだけは何となく理解できてしまう。
 少しだけ心は申し訳ない気持ちにもなったけれど、それも「いいのよ」と優しい笑顔で告げてくれるアリスさんの言葉が穏やかに温めてくれて、一瞬だけ冷たくなった気持ちも緩やかにほどけていく。
 アリスさんの匂いに包まれながら目を覚まして、こうして起きてすぐにアリスさんの笑顔を見ることができる。それは――なんて贅沢なことなんだろう。倖せだと思える気持ちも限度を超えると、なんだかちょっぴり落ち着かなくなるから不思議だった。

 

「昨日は眠ったのが遅かったし、あなたの躰にもたくさん負担を掛けてしまったのだから、それも無理ないことだわ。ところで――今日のところは朝ご飯にパン食しか用意できないのだけれどいいかしら? 卵はまだ新鮮なのを確保してあるから、パンに添え付ける料理はご希望があれば合わせられるわ」
「ふぇ? あ……わ、私も、手伝います」
「そんなのいいから、ね? あなたに昨晩無理をさせたのは私の方なのだから、今朝ぐらいは世話を焼かせて」

 

 元々アリスさんの家に住まわせて頂くのを願い出るにあたって、料理や洗濯といった日々の雑事ぐらいはさせて頂くつもりだったのに。いきなり逆にお世話になってしまうことが、少しだけ心苦しくも感じられてしまう。それでもアリスさんからそんな風に言われてしまうと天子には拒むこともできなくて、ただ頷いて答えるしかなかった。

 

「ええと……あ、アリスさんと、同じ料理がいいです」
「ん、わかったわ。着替えはそこに準備してあるから、よかったら使ってね。服は少し背が低かった頃の私のお下がりで申し訳ないのだけれど、下着はちゃんと未使用のものを選んで置いてあるから」
「……すみません、何から何まで」
「だから、気にしないでってば。私も――朝から色々話せる相手ができて、嬉しいから、ね?」