■ 36.「端書07」

LastUpdate:2009/02/05 初出:YURI-sis

 恋するということは、誰かの総てを求めたいと思うこと。
 だから愛し合うということは、即ちお互いの持ちうる総てを交換するということ。
 自分の全部と相手の全部、総てを貪欲に求める傍で総てを差し出して。
 きっとそれが、恋愛の総てだと思うから。

 

 

 

 目が覚めてすぐ、身動きが取れない自身の格好に気づいても映姫はそれほど心を乱さなかった。こんなことを映姫にしたがる候補なんてひとりしかいないし、そもそも予め映姫のほうから許可さえ与えてあるのだから。起きた傍から身体が不自由、というのは少し居心地が悪かったけれど、それでも彼女がそれを望むのであれば映姫に拒む意思などありはしないのだから。

 

「……すみません、四季さま」
「いいのですよ、小町。あなたが求めてくれるのなら、私もそれに応えたいのですから」

 

 申し訳無さそうな小町の表情のほうが、却って映姫には辛かった。
 小町が時折そうした衝動に触れることは、始めから映姫にはよく理解していたことだ。普段は不必要なほどに暢気な割りに、その心の奥底には深い渇きのようなものを秘めていること。それがどうした類の欲望かは、いざ恋人同士の関係を小町と始める瞬間までは知らなかったことだけれど、それでも対象としてちゃんと映姫の躰を求めてくれているのだから。そんな表情をされるようなことではいし、寧ろ映姫にとっても嬉しいことでしかないのに。

 

  ――もしも小町が私のことを好きにしたいと思うのなら、いつでもそのようにしてくれて構わないのです。

 

 映姫が小町に予めそう告げておいたのは、元々そんな顔を小町にして欲しくないからだった。小町の性的衝動の強さを知っていながら、それでも映姫のほうからはなかなか躰を許してあげることはできないから。今みたいに無理に拘束してくれるほうが、よほど素直に愛されることを映姫のほうからも望むことができるぐらいで、こんなことに遠慮なんてして欲しくないのに。
 僅かに小町の瞳に光る雫を、拭ってあげたいと思う。そのまま小町の頬に、優しく手のひらを宛がうことができたなら、きっと申し訳無さそうに歪む小町の表情を少しでも慰めてあげることができるのに。
 けれど映姫の両手は後ろ手に縛られてしまっていて、それは叶わない。せめて彼女の唇にでも頬にでも、キスをすることでもできるならいいのに、小町に押し倒されるような格好ではそれも叶わなかった。

 

「小町」
「……はい」
「そんな顔をしないで下さい。あなたが悲しそうな顔をしていると……私も悲しい」

 

 映姫に言われて、小町は慌てて両目から頬へ伝い始めていた涙を袖で拭う。
 少し赤く腫れぼったい瞳は、きっと私の罪だと思えた。
 もしこれほど思いつめるよりも早く、映姫が小町の心を判ってあげられていたなら。きっとこんな小町の苦しみなんて、始めから無かったことにできるのに。

 

「……ありがとう、小町。ちゃんと相手に、私を求めてくれて」
「そ、そんなの、当たり前じゃないですか……」
「ええ、だから嬉しいのです。あなたが当たり前のように、私を求めてくれて」

 

 指先も唇も届かない。小町に届くのは、ただ言葉だけだから。
 こうして拘束されてしまえば、小町に愛されたいと願う自身の心にも映姫はようやく素直な気持ちから向き合うことができる。だから今だけは、ありのままの心を言葉にして伝えることができる。
 きっと予め小町に躰を許していたのは、何も小町の為じゃない。映姫自身が、ただ小町が求めてくれる儘に自分の総てを譲り渡したいと、心の底から願って止まなかったからに違いないのだ。