■ 37.「端書08」

LastUpdate:2009/02/06 初出:YURI-sis

 飄々としたあなたが好きだけれど。
 それを妬ましく思うことが無いと言ったら、きっと嘘になってしまう。

 

 


(もうすぐ、会って一年にもなるのね)
 しみじみと、パルスィはそんなことを思う。正確な暦は覚えていないけれど、初めて勇儀と会ったのは確か冬の初めの頃のことだから。秋風を寒く感じ始めるこの頃にもなれば、きっとその日も遠くないはずだった。
 出会ってから二人が恋仲に落ちるまでには、然程の時間も掛からなかった。勇儀が自分のどこに魅力を感じてくれたのか、それは今でもパルスィには判らないけれど。気さくで飾らない、いつも自然に心を穏やかにさせてくれる場所を作ってくれる勇儀にパルスィが心のまま惹かれてしまうのは、本当に簡単なことだった。
 自分からは何を望むこともできないパルスィだけれど、積極的な勇儀の前では、ただ彼女が自分に対して望んでくれることを受け入れるだけでよくて。それが、とてもパルスィには楽だったのを覚えている。パルスィに対して告白をしてきてくれたのも勇儀のほうからだったし、キスをしたいと強請ってきたのも、押し倒すのもいつも勇儀のほうからだった。
(それが、いけなかったのだろうか)
 今にして思えば、そうした後悔も少なからずパルスィの心には降り積む。積極的な勇儀に総てを任せて、私が自分から、自分の意志で勇儀に何かを求めることを放棄してしまったから。そのせいで、勇儀の私に対する関心が薄まってしまったのかもしれない――思い返す程、少なからずパルスィの心は小さな痛みの疼きを感じずにはいられなかった。
 勇儀が自分に対して抱いてくれている心が、変わったわけではないように思う。時折パルスィの許を訪ねてきてくれる勇儀は、いつも満面の笑みを浮かべていてくれるからだ。――鬼は、嘘を吐くことができないという。それが真実のものであるのかどうかパルスィは知らないけれど、少なくとも性格的に勇儀が嘘を吐けないのは簡単に察せることだからだ。
 パルスィの許を訪ねてきてくれた時には、必ず私を抱いて帰ってくれる。逢瀬の夜の激しさも、かつて付き合い始めた頃に較べて見劣りするわけではないのだけれど……。それでもパルスィが不安に思わずにいられないのは、勇儀が私の許へ訪ねてきてくれている頻度が減っていることなのだ。
 勇儀は嘘を吐けないから、私に興味を失ったのでも、他に恋人ができたわけでもないは信じられた。もしそうなら、直ちにパルスィにはそれを看破できることだろうからだ。けれど勇儀が心の中で、無意識的にパルスィに対する興味を僅かずつ失わせてはいないだろうか。――そう思うと、怖い。
(次に会った時には、ちゃんと私の方から彼女を求めよう)
 心の中で、静かにパルスィはそう決意する。

 


 さあっ、と。不意に簾が揺れる静かな音がした。
 瞬間、勇儀が訪ねてきてくれたのでは、と心が期待に揺れる。けれど簾を揺り動かした正体はただ秋風のいたずらでしかなく、行き場を亡くした期待は心の中で淋しさに変わってしまう。
(早く来てくれないだろうか――)

 殆ど願望にも似た強い想いで、パルスィはそう希う。今まで二人が睦まじくなれる為の努力を、全部勇儀が一手に引き受けてきてくれたのだから。彼女に劣らないだけの恋情をきちんと抱いているパルスィもまた、同じだけの想いをきちんと形にして勇儀に伝えたいと。少しでも早く伝えたいと――そう、思うから。

 

 

 

  ―― 君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く