■ 39.「微熱」

LastUpdate:2009/02/08 初出:YURI-sis

 こんな風に魔理沙がかいがいしく世話を焼いてくれるのには理由があった。
 忘れもしない。ちょうど三月と十日前のこと、霊夢は……魔理沙から、その想いの総てを告白されたのだ。

 

  『好き……なんだ、霊夢のことが』

 

 それはまだ季節が秋だった頃、ちょうど綺麗な朱の夕日が差している時間だった。斜陽に照らされる以上の深い朱に頬を染めながら、魔理沙はそう霊夢に訴えてきてくれた。
 どうして、と問い返してしまった霊夢の対応は、今にして思い返すと……あまりにも無粋なものだった。それでも魔理沙はめげずに、そうした想いに行き着くまでの道筋を霊夢に語ってくれた。はっきりとした意識で想いが深くなった瞬間、あるいは逆に無意識の内に深まっていった想い。こんな風に心の裡を吐露することには慣れていないのだろう、不器用で舌足らずな言葉ながらも、必死に魔理沙はそうした想いを伝えてきてくれたのを覚えている。
 もちろん、嬉しかった。――嬉しくないはずがなかった。魔理沙のことは霊夢もとても好きだったし、好きな相手からこれほど真摯に想いを伝えられて嬉しくないはずがない。
 けれど……霊夢は魔理沙の想いに、その時にはまだ何一つ応えることができなかった。
 魔理沙が霊夢に『好き』といってきてくれる想いは、あまりにも特別なもので。霊夢が魔理沙に抱いている想いが、果たしてそれど同一なだけの特別性を孕むものであるかどうか、当の霊夢にさえ判らなかったからだ。
 断じて他に好きな人は居ない。大好きな魔理沙以上に、霊夢の心を揺らす人も居はしないのだけれど。魔理沙が伝えてきてくれる想いが、本当に……本当にどんなにも真摯なものだったから、こんな曖昧な気持ちの儘で魔理沙の言葉に安易に応えてしまうことは、霊夢にもできなかったのだ。

(私、は……)
 けれど、初めて魔理沙を恋愛の対象として意識したあの瞬間から、今はもう随分と時間が経っているのだ。あのとき『保留』にしてしまった魔理沙への返答を、いつまでも後延ばしにしてしまっていい筈がなかった。
 魔理沙のことを恋愛の対象として意識してきた三ヶ月。実際そうした日々は、今まで以上に特別なものに満ちていた。魔理沙は霊夢の元へ今まで以上に頻繁に訪ねてきてくれるし、そんな風に魔理沙が足繁く通ってきてくれるのは自分に対する特別な想いからだと判るだけに、嬉しさも一層強いものになる。
 魔理沙と一緒にご飯を食べたり、お出かけしたり。あるいは神社に泊まらせる度に、霊夢の心は特別を意識しないではいられない。魔理沙をどんなにも特別だと意識することを繰り返し続けた三ヶ月。――少なからず霊夢も、気付いているのだ。深い場所でじんわりと熱を持つ、ようやくそれに応えられるだけ育まれた自身の心に。

 

「他に何か、してほしいことはあるか?」
「……え、ええ。そうねえ」

 

 布団の傍に新鮮な水に入れ替えた煎茶碗を置きながら、そう訪ねてくる魔理沙。不意に過去への回想から現実へ引き戻されて、一瞬戸惑ってしまう。
(……本当に、綺麗な人だと思う)
 西洋人形のようでいて、けれど決して冷たくない魅力に満ちあふれた魔理沙の表情や姿。いくつもの場面で彼女がみせてくれる貌や、あるいは身体そのものに対して、どきりとする程の心の震えを感じるようになったのも、魔理沙から告白されてから初めて意識されるようになったものだ。

 

「魔理沙、お願いがあるの」
「なんだ?」
「……ええと、その。……おトイレに行きたいのだけれど……」
「あ、ああ。もちろん肩ぐらい貸すぜ?」

 

 布団を捲って、霊夢の上体を起こしてくれる魔理沙。
 はあ、と霊夢は重い溜息を吐く。何も判っていないのも彼女らしいけれど。

 

「あのね、判ってないようだから言っておくけれど。私はいまこんな風に布団から起き上がることもできない状態だし、そもそも自力では立っていることもできないのよ?」
「……そのぐらい、判ってるぜ?」
「はあっ、もう……判ってないわよ。だから、その。うちのトイレは和式なんだから……中でも魔理沙に補助をしてもらわないといけないのよ?」

 

 霊夢がそう説明して、たっぷり十秒ぐらいの隙間があって。
 直後。火を噴くかと思うほど、魔理沙の顔は真っ赤になったのだった。