■ 40.「端書09」

LastUpdate:2009/02/09 初出:YURI-sis

 静かな夜は好きだけれど。
 静かすぎる夜には、少しだけ心に響いてしまう淋しさがある。

 


 それでも会いたいと阿求のほうから望むのは難しいことだった。それは立場や、恋愛の駆け引きがあって難しいのではなく、純粋に彼女に対してその想いを伝える術を持たないからなのだけれど。
 心が淋しさに苛まれる夜には、編纂の筆はどうしても止まりがちになってしまう。はあっ、と大きな溜息をひとつ吐いてから諦めるように筆を置くと、余計に心の中では淋しさが強まってしまうからどうしようもない。

 

「今日のお仕事は終わりかしら?」
「……見ていらっしゃったのですか」

 

 声に気付かされて阿求が振り向けば。そこには幻想郷の中でも屈指の力を持つ妖怪――八雲紫の姿が、そこにはあった。まるで随分と前からお邪魔していたみたいに、畳の上にちんまりと正座した上にお茶を入れた湯飲みまで持ちながらこちらを見つめている彼女のすました態度に、思わず阿求は吹き出してしまう。
 神出鬼没という言葉がこれ程に似合う妖怪もそうそう居ないような気がする。何しろ阿求が紫にどれほど会いたいと願っても、その想いを居場所も判らない彼女の元へ届けることさえできないというのに。けれど紫の方はといえば、気付けば阿求の傍にいたりするのだから。
(やっぱり、不公平だなあ)
 そんなふうに思う機会が無いといったら嘘になるし、いちど紫にそのことを伝えてやりたいと思う気持ちもあるのだけれど。それでも……阿求はやっぱり心に溢れてくる嬉しい想いを隠すことができなかった。今日みたいに淋しさに心が苛まれる時には必ず、いつともしれずに紫は阿求のそばにいてくれるからだ。
 淋しい人に会いたいと希うのは、やはり最愛の人に他ならない。阿求にとっては紫がまさにそれだから……こうして心が弱っている瞬間に傍に居てくれる彼女の存在が、阿求の心に幸せを与えないはずがなかった。

 

「ごめんなさいね、お邪魔だったかしら」
「いいえ」

 

 紫の言葉に、阿求はすぐにかぶりを振って否定する。

 

「いつでも会いに来て下さい。私が仕事中でも、寝ている時にも、どんな時にでも会いに来て下さい。その結果編纂が遅れても、起こされても、私はきっとそのほうが倖せですから」

 

 会いたいと思った時に、いつもあなたが傍にいてくれる幸せがある。
 いつか阿求に『好き』と打ち明けてくれた彼女に。これほどに与えてくるれ幸せの一部だけでも、返せたならいいと――阿求は心の深い場所から、ただ願った。

 

 

 

  ―― 川上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも