■ 50.「端書11」

LastUpdate:2009/02/19 初出:YURI-sis

 映姫の躰に触れてくる指先はひんやりと冷たい。
 冷たくて、擽ったい。二つの感覚にに萎縮するかのように耐え切れず身悶えすると、やっと乳房全体を包むかのように、ふんわりと優しく触れてきてくれた。
 指先は冷たくても、胸元の形を確かめるかのように包み込む手のひらは、どんなにも温かい。きっとそれと同じことなのだと映姫には思えた。初め少し触れただけでは冷たい部分しか見えないけれど、深く触れあえば彼女がどんなにも温かさに満ちた人だということが判るのだ。
 温かな手のひらが優しく映姫の乳房を揉みしだく。冷たさのない手のひらは、不要な緊張を躰や心に与えることがないから、映姫はただ愛する心の望むままに心地良さに身を委ねることができた。

 

 映姫は、今でも後悔していた。
 愛しい彼女。――咲夜に、一度でも『冷たい』と言ってしまったことを。

 

 

 

 二人が付き合い始めたのはもう半年以上も前のことだけれど、彼女と逢瀬を重ねた回数はそれほど多くない。そもそも二人が会える機会自体がはひどく限られるものだから、会いたいとは思うし会って深く交わり合いたいという欲望も確かに映姫の中にあるのに、なかなか儘ならないことなのだ。
 逢瀬を求めることができるのは、博麗神社などで行われる宴会などで顔を合わせる機会が殆どだった。顔を合わせればどちらからでも好きという想いを伝えられるし、そのまま咲夜にお持ち帰りされてしまうこともできる。若しくは、映姫が会えない淋しさに堪えかねて咲夜の許を唐突に訪ねてしまうこともあった。
 咲夜は紅魔館に置いて一目置かれる存在とはいえ、あくまで主を持つ従者である。故に彼女の立場を思えば、突然彼女の職場を訪ねることなど許されるはずもなかった。けれど映姫がそうした彼女の立場を無視した行動に出てしまっても、咲夜は決して映姫を咎めず、温かく迎え入れてくれる。
 ……今夜もそうだった。会えない日が続けば淋しさは募り、躰の疼きも抑えがたいものになる。彼女を愛したことで映姫は自身の疼きを慰めることを覚えたけれど、そうした刹那的な快楽で寂寥を紛らわすことにはすぐに限界が来てしまう。
 これほど、自分が欲深い人間だとは知らなかった。性愛を覚え、その快楽に虜にされてしまった今の自分を思うたびに……そこにはまるで、私ではない誰かの姿を見ているような気にさえなった。

 

 

 

「映姫、どうしたの?」
「……すみません、ちょっと考え事を」
「考え事、ねえ。……ベッドでぐらい、私のことだけに没頭して欲しいものだけれど」

 

 咎めるような口調ではなく、なんだか少し可笑しそうに咲夜はそう言ってみせる。

 

「もちろん、あなたのことを考えていましたよ」
「そう、だったらいいわ」

 

 不意に、口吻けられてしまう。
 唇同士が触れるだけなのに、何て熱いのだろう。

 

「あなたは、嘘が吐けないものね」

 

 そう。咲夜の言う通り、私は嘘を吐くことができない。

 もちろん――それは、自分の正直な心にも。
 仮初めの冷たさに隠された、あなたの熱を求めて止まない欲情にも。