■ 53.「緋色の心」

LastUpdate:2009/02/22 初出:YURI-sis

「とりあえず案内しておくのはこれぐらいかしらね。他に見ておきたい所があれば案内するけれど?」
「ええと、他にどのような部屋があるのでしょう?」

 

 森の中に立つこの家は大きく、お屋敷自体の広さを考えれば他にもまだ結構な部屋数がありそうで、天子はそうアリスさんに訊ねる。天子に訊かれて、アリスさんは「ううん」と顎に人差し指をあてながら考える仕草をしてみせた。

 

「そうねえ……キッチンに人形の保管室、それに物置と地下室ぐらいかな」
「……地下室があるのですか?」
「ええ、あるわよ。見たい?」

 

 天子が頷いて答えると、アリスさんは「こっちよ」と言って先導してくれる。歩く背中を追いかけていると、やがてお屋敷の玄関に近いそば、少し古ぼけたドアの前でアリスさんは立ち止まって見せる。
 古ぼけたといっても、そこにあるのは厳めしい鉄の扉。玄関の脇には不似合いな存在感を放つ扉は確かに、地下に繋がっているのだから、とでも考えない限りひどく違和感があるものだった。

 

「ここが地下室の入り口になるわ。中は結構寒いと思うけれど、大丈夫かしら?」
「あ、はい、大丈夫だと思います。地下が外より寒いということはないでしょうし」
「さすがに外よりはマシだと思うけれど。……じゃあ、ちょっとだけ覚悟をしてね」

 

 そう言ってから。アリスさんは静かに何か短い言葉のようなものを唱えてから、その扉を引き開ける。
 鉄の扉に仕掛けられた魔法の力か何かなのだろうか。いかにも重そうなその扉は、アリスさんの細い腕にも易々と引き開けられてしまう。そしてドアに隙間が空くだけでも、その中から冷たい空気が部屋の中に流れ込んでくるのが天子にもはっきりと判った。
 もちろんドアが開け放たれればなお、地下から溢れてくる冷たい空気はより強固に広まって意識される。外の空気ほどでないにしても、確かに気構えをしていなけれ十分に寒い。
 ドアの先を覗き込んでみても、暗くて何があるのか見通すことができない。――そう天子が思っていたのも束の間、アリスさんが何か簡単な言葉を唱えると、暗がりの中にぼうっと幾つもの灯りが生まれて見通すことができるようになる。

 

「足下に気をつけてね」
「は、はい」

 

 そこにあったのは、地下へと繋がるいかにも長そうな階段。僅かに靴を滑らせる狭い石段は、確かに注意を払っていないと危ないかもしれない。慣れた足取りで軽快に降りていくアリスさんとは裏腹に、左右の石壁に両手を当てながら、ぎこちなく天子は一段ずつ降りていく。
 ぎいっと、鈍い鉄の音が背中から聞こえてきて。

 

  ――ゴオオオォン……!

 

 地下全体に響くような、耳を劈く轟音を立てながら鉄の扉は豪快に閉じてしまう。
(まるで……閉じこめられてしまった、みたい)
 重たい扉は、内からでも開けることができるのだろうか。もしかしたら魔法の使えない天子の力では絶対に開けることができないほど、重たい扉なのかもしれない。――そう想像を巡らせるほど、否応なく天子の心は高まっていくみたいで。
(……アリスさんの許しがないと、閉じこめられたまま私は出られないんだ)
 そんな風に思うほど、熱くなっていく心は。
 そして……ひどく熱を溢れさせ始めている天子の躰は、もう押し止めようさえないほどだった。