■ 62.「朝雨に淋しさは要らず」

LastUpdate:2009/03/03 初出:YURI-sis

 朝、目覚めた時に雨が降っていると、酷く淋しい心地になるから。今日みたいに目を開けるよりも前から、そぼ降るような静かな雨音の中で目を覚ましてときには、すぐに憂鬱な気持ちにもなるのがいつものことだった。
 けれど今朝に限ってそうした淋しさに心が囚われずにいられたのは、ベッドの中で感じられる穏やかな温かさがアリスの躰を温めてくれていたからだ。まだ半分だけ眠り心地のまま、無意識のうちにアリスは両手でその温もりを手繰り寄せてみる。しっとりとした感触で指先に触れるそれは、酷く温かな――素肌だった。
(温かい筈だわ)
 同時に、淋しさを心が感じないで居られた理由もアリスには判った気がした。目を開けて確かめてみれば、やっぱりそこにはアリスの愛する稚い少女の姿。比那名居天子の姿があったのだから。
 昨日愛したまま眠ってしまったせいで、お互いに何も衣服を身に着けてはいなかったけれど。起こしてしまわない程度の強さで犇と抱きしめてみれば、彼女の温かさが幾重にもアリスの躰を温めてくれる。外では冷たい雨が降っているというのに、ただ彼女の心地よい熱に身を委ねていられさえするなら、アリスはどんなにも倖せでいられた。

 

「……朝から、情熱的なんですね」
「起こしてしまった?」
「はい、倖せすぎて、起きてしまいました」

 

 そう言いながら、はにかんで微笑む天子のことが、どんなにも愛おしい。
 アリスはもう一度、ベッドの中で彼女の躰を抱き竦める。今度は、起こしてしまわないように、なんていう加減もする必要がないから。力任せに、思いきりぎゅっと天子の躰を締め付けてみせた。
 天子のほうからもまた、同じようにアリスの躰を抱きしめてきてくれる。お互いの力でぎゅっと躰と身体を寄せ付けあう分だけ、二人の体温もより密接に行き交いするみたいで。より深い場所で、アリスは彼女の体温の齎す快楽に身を委ねることができた。
 とてもキスをしたい気持ちになったけれど、アリスは慌ててそれを我慢する。もしもキスをしてしまえば……それ以上のことも、きっと天子に求めずにはいられなくなってしまう。優しくしないといけないとは判っているのに、結局……昨日もとても乱暴に彼女のことを愛してしまったから。朝からさらに彼女の躰を負担を掛けたりせずに、優しく労わってあげたかった。

 

「……キス、しないんですか?」
「ええ、やめておくわ。……今はね?」

 

 見透かしたようにアリスに問いかけてくる天子の言葉に、半ば苦笑いを隠せずにアリスはそう答える。……アリスが求めてしまったなら、天子は絶対にそれを拒みはしないのだから。
 けれど、それも今だけ。天子が私のそばに居てくれる限り、私は彼女を愛さずにはいられないのだから。それは気持ちの意味でも、そして躰を交錯させる意味でも違いの無い真実でしかない。

 

「朝ごはんには何が食べたい?」

 

 雨雲で暗いせいで、いまいち時間が判らないけれど、そろそろ起きるにはいい時間だと思って。
 アリスがそう訪ねると、天子は少しだけ迷ってみせてから。

 

「朝ごはん……遅くなってもいいですから、もう少しこうしていませんか?」

 

 そんな風に、天子はアリスに微笑みながら答えてくれたのだった。