■ 68.「端書18」
躰の最も敏感な部位にそっと息を吹きかけられてしまうと。熱い潤いに満ちたそこが一瞬だけ冷たくなってしまって、びくっと萃香は躰を小刻みに震わせた。
「これは、随分と期待していらっしゃったみたいですね?」
「そ、そんなこと……」
「そんなこと、なんでしょう? 違うのなら、そう言ってみて頂けませんか?」
半ば挑発的な口調で萃香にそう言ってみせる文。けれど萃香は、続ける言葉をどうしても吐き出すことができない。
なぜなら、文が告げた言葉はそのまま真実の言葉でしかないからだ。勝負の初めに文が提案した、負けた方が勝った方の好きにされてしまうという条件。その提案ひとつだけで……萃香はもう、勝負を始める前から躰が酷く熱くなってしまっていたのだから。
過去にもう幾度となく、文に同じ提案をされ、そして抱かれてきた自分が居る。文にその提案をされてしまうとそれだけで、萃香は普段持ち合わせている力の半分も……あるいは十分の一さえ発揮することができないかもしれないのだ。負けることでしか無上の悦びを得ることができないと判っている闘いに、どうして本気で望むことができるろいうのだろう。
「ふぁ、ぁ……!」
実際に敏感な部位に文の冷たい指先が触れてくる。萃香の躰は無意識のうちにそれを恐れ拒み、片手はごく軽い力で文の腕を払いのけようともしてしまうのだけれど。
そうした些細な抵抗は、瞬く間に文のもう片方の腕によって押さえつけられてしまう。本来なら天狗など足下にさえ及ばない程の鬼の力が、彼女に押さえつけられることなどあることではないのに。今の萃香の力では、彼女にさえ組み伏せられてしまう程度の脆弱さしか持ち合わせてはいないのだ。
もちろん本気で抵抗しようと思えば、きっと容易く彼女の戒めを振り解くことが出来る。けれど、そんなつまらないことなんて、絶対にしない。ささやかな抵抗をして、それを力ずく彼女に組み伏せられる。そうした行為に萃香は酷く興奮を覚えずにいられないのだから。
「優しく愛されるだなんて、幻想は棄ててしまってくださいね?」
「あ、あやぁっ……! あや、ぁ……!」
文が私の躰以外に興味を持ってくれていないことは知っているけれど。それでも幾度となく彼女に求められ、その言葉とは裏腹に酷く優しい苛みに愛され続けてしまえば。――鬼だって、天狗に惚れてしまうことだってあるのだ。
萃香のこの気持ちに文は気付いていないのだろう。もしも萃香がこの気持ちを、素直な儘に彼女に吐露したなら、文がどんな顔をするか。――それを幻想することが、いま萃香にとって一番楽しみなことだった。