■ 73.「互譲の精神」
「……いい、のか?」
そう問い掛ける魔理沙の言葉は、アリスの言葉と同様に少しだけ震えているようにも聞こえる。アリスはただ、魔理沙の背中で体温を感じながら。小さく「うん」と彼女の耳元に囁いて答えるだけでよかった。
恥ずかしさで顔が熱くなっていて、きっと真っ赤になってしまっている。魔理沙の身体に回した腕が、彼女の体温も私と同じぐらいに熱くなってきていることを感じ取ってくれて。実際、背中から見ることができる魔理沙は耳元まで赤くなっていて、そのことがアリスには堪らなく嬉しかった。
それと同様に、とくんとくん、と早鐘を打つかのように加速していく心臓の音。それはアリス自身の鼓動なのか、それとも背中越しに伝わる魔理沙の鼓動なのか。あるいは、きっと……その両方が入り交じっているのだろう。耳を澄ませば、二人分の心臓の音が解け合うように入り交じっていた。
「きっと私、我慢できない、ぜ……?」
「うん」
以前ならきっと、臆病に震えてしまった言葉。
その言葉にも、確たる決意を持った今だから。アリスはすぐに答えることができた。
「抱いて……欲しいよ、魔理沙に」
甘えるような、強請るような言葉。
きっとこんな弱い自分、他の誰にも見せることなんてできない。それでも、魔理沙にだけは。……魔理沙にだから、こんなにも弱い自分を見せることができるし、これ以上は彼女の前で意地を張りたくなんてなかった。
愛する気持ちを素直な儘に吐き出してしまえば、それだけで身も心も軽くなれた気がした。同時に、ただこの一言さえ伝えることができずにいた、もどかしかった日々は何だったのだろうと……今更ながら、半ば悔いるように思う。
「あ、アリスっ」
「……う、うん。なに、魔理沙」
急に振り返られて、真っ直ぐな瞳で見つめられて、どきりとする。
まるで射竦められるみたいに、息もできなくなってしまうみたいだった。
「す、好きだっ。アリスのこと……誰よりも、好きだから」
「……うん、知ってる。ありがとう、魔理沙」
「だ、だから、その。……アリスの気持ちも、聞かせて欲しいんだが……」
言葉にしなきゃ、伝わらない思いがある。だから魔理沙は何度でも言葉にして、アリスに大事な想いを伝えてきてくれる。
その想いに私も応えたい。伝えたい、この想いを。
「私もね……魔理沙のことが、好き。この世界で、きっと誰よりも」
「……本当に、か?」
「うん、本当に。魔理沙になら抱かれたいって思うし、魔理沙以外は絶対に嫌よ……」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、ぎゅっと魔理沙から強く抱き締められる。
あまりに力強い不器用な抱擁は少しだけ痛くて、そのことを「痛いよ」と魔理沙に伝えようかとも思ったけれど……ぎゅっと強く拉がれる抱擁も、これはこれでとても心地良い気持ちになれるものだから。アリスは何も言わずに、魔理沙の腕の中で痛みと安心感の入り交じった感覚に身を委ねてしまう。
(私、こんなにも魔理沙のことが好きなんだ……)
抱き締められるだけで、ざわめく歓喜の想いが心の中にたくさん溢れてくる。愛している人に愛されるという嬉しさは途方もなくて、改めてアリスはいつしか魔理沙を好きすぎるようになっていた自分自身の心を、思い知らされる気がした。