■ 74.「互譲の精神」

LastUpdate:2009/03/15 初出:YURI-sis

 ベッドに押し倒されるのなんて、当たり前だけれど初めての経験で。いつも夜を過ごしている自分のベッドの筈なのに、いざ押し倒されてしまうとなんだか慣れない感覚に身体が包まれていくみたいだった。押し倒されたアリスの身体の上に、組み伏せるように乗りかかってくる魔理沙の身体。アリスの真上から魔理沙に覗き込まれてしまうと、(抱かれるのだ)という意識が強まってきて、より一層身体が熱くなってくる感覚がある。
 恥ずかしすぎるのに、アリスにできる抵抗といったらせいぜい俯くことぐらいで。アリスの顔も身体も、全部魔理沙の手の内にあるのだから、それ以上には隠しようもない。緩やかにアリスの身体へ魔理沙の体重がのし掛かってくると、いよいよ密着してしまう身体と身体との感覚が否応なしに伝わってきて。私の躰に触れてくる総ての感覚が、魔理沙の身体のものであるのかと思うと――それだけで、今にもどうかなってしまいそうなほど、頭が真っ白になってしまう。

 

「脱がなくて、いいのか? 皺になるぜ」
「いいの。……恥ずかしすぎるんだから、これぐらい許して頂戴」

 

 性愛の知識はそれなりに本から得ているから。愛し合う行為が衣服総てを脱がなくてもできるということぐらいは、アリスにも判る。
 それでも、アリスのその言葉を魔理沙は首を左右に振って拒んでみせる。

 

「私は、アリスの全部が見たい。それじゃ……駄目か?」
「………………駄目、じゃない、けど。でも」
「でも?」
「う、うぅ……。好きに、すればいいじゃないの……」
「わかった、そうする」

 

 初めは魔理沙から好きになってくれて始まった恋。それでも、今はアリスだって狂おしいぐらいに魔理沙のことが好きになってしまっているのだから。魔理沙に強請られてしまえば、アリスには断る術がない。
 魔理沙の腕に引き起こされて、一度ベッドから身を起こす。ドレスのボタンを解いていく魔理沙の指先が、少なからず震えてくれていることがアリスにとって唯一の救いだった。
(魔理沙も緊張してるんだ――)
 まるでアリスひとりだけが、彼女にどきどきさせられっぱなしのような気持ちでいたけれど。魔理沙もまた、私と同じぐらいに緊張しながらこの瞬間を迎えてくれているのだと思えば。それだけで、やっぱり嬉しく思えてしまう心もあるからだ。
 それでもワンピースのドレスを脱がされてしまうと、そうした些かの余裕もすぐに吹き飛ばされてしまう。ドレスひとつを失ってしまえば、そこにあるのは下着だけを身につけた自分の躰しかなくて。下着というものがどれほど頼りないかを、アリスは改めて実感させられてしまう。

 

「シャツも、脱がすぜ……」
「……うん」

 

 ばんざいするような格好をして、魔理沙の手によってシャツまでもが奪われてしまうと。部屋の冷たい空気がアリスの上体全部へと直接触れてくるものだから、気付けばそのあまりの寒さに身震いさえしてしまっていた。シャツの内には何も身に付けていないから、自身の乳房を総て魔理沙の視線の先に晒してしまっているのかと思うと、きゅうっと頭が締め付けられるような感覚と共に、無意識に呼吸までもが乱れてしまっていた。
 緊張が躰中を全部がちがちにしてしまっていて、息もできない。冷たい空気に触れすぎる肌は確実に寒さを覚えている筈なのに、胸を張り詰めさせる頼りたいきれぎれの呼吸が、喉元と肺を不器用に温めていく。

 

「……小さくって、幻滅した?」

 

 緊張しすぎる自分の心を紛らわせる為に、半ば自嘲気味にアリスがそんなことを口にしてみせると。
 けれど魔理沙は真面目な顔をしながら「そんなことない」と、すぐに否定してくれた。