■ 81.「端書20」

LastUpdate:2009/03/22 初出:YURI-sis

 押し倒されて初めて、愛されるのだという実感が伴った。
 どれだけ小町がその愛の真摯さを伝えようとしてきても、映姫にはそれを理解することができなかった。目の前に居る小町はあくまでも自分の部下であって、自然に生まれてくる彼女に対しての相応の親愛さえも、総て上下関係に伴うものなのだろうと……そう信じて疑わなかった。幾度となく小町の口から「愛している」を囁かれたというのに、その言葉に秘められた想いを全く理解することができなかった自分が。今になってようやく、いかに愚かしかったのかが判る気がした。
 ベッドの上に押し倒される体勢のまま、思わず見つめあってしまっていたけれど。不意に小町が映姫から淋しそうに目を逸らしてみせたのは。……たぶん、映姫の表情があまりに驚きすぎていたからなのだろう。こうして押し倒されることを期待も恐れもせず、僅かな想像さえしていなかった故の正直な表情を、きっと小町は簡単に見抜いてしまっただろうから。

 

「……すみません、小町」

 

 それは正直に漏れ出た謝罪の気持ちだったが。
 謝ることが却って小町のプライドを傷つける言葉にしかなりはしないのだと気付いても、もう遅かった。口にしてしまった言葉を取り消すことは、絶対にできないことだから。

 

「いえ……あたいこそ、すみませんでした」

 

 実際、そう答える小町の言葉からは、彼女の傷つきようがありありと判るようで。悲壮な言葉に胸が貫かれるように激しく痛むけれど、小町に囁いてあげられる慰めの言葉を映姫は持たなかった。謝ることも、そこに希望を示すこともできはしない。彼女を傷つけてしまうのも映姫なら、彼女の想いを無下にするのもまた映姫の所為に違いないのだから……。
 小町が躰を起こして、押し倒される格好から解放されて。ふと――映姫の心に、一抹の淋しさが生まれたことに気付いたのは、その瞬間だった。
 確かに小町にこうして押し倒されるまでは、彼女の愛の真摯さを全く理解することができなかった映姫だけれど。こうして実体験を伴ったことで……どうやら愚かな私にも、多少は理解できたらしい。愛されている実感をそこに意識することができさえすれば、同時に小町からより愛されたいと願う心もまた、己の心のうちに存在するのだと判るまでには、さほどの時間も必要ではなかった。

 

「小町」
「はい……っ!?」

 

 上体を起こして小町の襟を掴むと、そのまま自分の方へ映姫は彼女の身体を引き寄せる。
 ベッドに足を掬われて、自然と小町の躰が再度映姫の躰に覆い被さった。一度は小町が離れたことによって感じられた淋しさが、こうして彼女の体温さえも感じられるほど密に迫ると、ただちに失われていくのが判る。
 引き替えに心に溢れてくるのは、ただ途方もないばかりの嬉しさだ。小町は私を愛してくれるという――その気持ちがいかに有難く、そして果報なものであるか。愚かなりに学習できた今だからこそ、それを強く意識することができた。

 

「私も。あなたのことが好きですよ、小町」
「……それは、嘘です」
「嘘かどうかは、まず確かめてみなさい」

 

 確かに、数分前なら確実に嘘になった言葉。けれど、いまは嘘ではない。
 ありったけのその気持ちを籠めて、映姫はそっと小町に口吻けた。

 

(……嗚呼、本当に)

 

 何て私は愚かだったのだろう。
 こうして口吻けをすることで。果たして本当に小町に自分の心を口移すことができるのか、それはわからないけれど。
 けれど、口吻けることで強く心に溢れてくる、小町に対する想いだけは――。