■ 82.「端書21」
断ったほうが、きっとお燐の為だとは判っていたのだけれど。
それでも――さとりには拒めなかった。小さな肩を震わせて、さとりが次に吐き出すであろう言葉をぎゅっと目を瞑って待ち構えている。精一杯の勇気を抱えて想いを伝えようとしてくれていることは心を読むまでもなく明白なことで、そうしたお燐の気持ちを想えば拒むことなんてできなかったのだ。
「……きっと、後悔するわよ」
警告を孕んだ了承の言葉が、さとりに口にできる最大限の言葉だった。
他人の心を読み知ることができるさとりには、他人の心を自分の言葉なんかで傷つけてしまうことは、あたかも自分の心が傷つけられてしまうかのように辛く苦しいことだった。ましてそれが親しいお燐であればなおさらで。この恋が上手くいかないと判ってはいても……さとりには、いまお燐を目の前で傷つけてしまう言葉を選ぶことができなかったのだ。
さとりは心を読む。己の意思や行為に関係なく、殆ど無意識のうちに。知るべきではない意思も、読んではいけない心の秘め事さえ、容易くさとりは読み取ってしまうのだ。
――そんな私と、誰かの恋が上手く行くはずがなかった。
きっと私はこの先、何度もお燐の心を彼女が望まない形で意図せずに知ってしまうのだろう。お燐は私の能力を知っているから、さとりが無意識にそうしてしまったことで私を責めたりはしないだろうけれど。
それでも……きっと、その度ごとに確実に燐は傷つく。お燐は私に対して何一つ秘密を抱えることができず、さとりもまたお燐の秘密を知ってしまった自分を上手く偽ることができないだろうから。心を暴くたびに僅かずつお燐の心を傷つけては、いずれ積み重なっていく瑕疵のせいで立ち行かなくなるのだろう。
いつか彼女を傷つける。それも今よりも、もっとずっと残酷な形で――。
やがて来る未来を思うなら……私は、彼女を拒むべきなのに。
「……ぇ?」
不意に、唇に温かな感触があって。
気づけば、キスされていた。
「ど、どうして……?」
キスをする意思をお燐が抱きさえしたなら、さとりには予め知ることができた筈なのに。
お燐から流れてくる思考や感情の中に、さとりはその予備意識を見出すことができなかった。
「……嬉しくって、気づいたらキスしちゃってました」
「そ、そうなの」
心が、ひどく高鳴っている。
彼女なら、あるいは私に予測できない恋を与えてくれるのかもしれなかった――。