■ 83.「端書22」
「今日の夜、十二時ちょうどに私の部屋に来て下さいね」
リトルからそんな風に言われたのは、今日の夕方ごろ。咲夜がちょうどキッチンで、まだ夢見ているお嬢様の朝食を準備している頃のことだった。
もちろん、咲夜は快諾した。特に拒む理由も無かったし、それに……咲夜はリトルの『お願い』をいつだって拒むことができない。私達の関係は、そういう風にできているのだから。
「咲夜。今日は二時までは、ずっと私の傍から離れることは許さないわ」
やがて夜も更けて、お嬢様は目を覚まされると。
まるで総てを知っていらっしゃるかのように、突然理由も伝えずにお嬢様はそう命じられたのだった。
如何に時間を止めることができる咲夜であっても、全く同時に時間軸に二人以上存在するのは不可能なことで。きっかり二時にお嬢様のお傍から開放されて、時間を止めて一瞬のうちにリトルの私室に辿りつきはしても、それはあくまでも二時間の遅刻にしかならない。
結局、お嬢様は咲夜を傍に置いておくだけで、何一つ咲夜に何かを望んだり、行使させるようなことはされなかった。ただ傍に留め置かれて、咲夜が嬢様の傍で時間を費やすことだけを望まれたみたいだけれど。
そうしたお嬢様の不可解な行動とリトルが指定してきた時間との関連として、咲夜が余計な憶測を抱いたり、実際に訊ねることは許されていない。咲夜にとって認めなければならない事実は、『リトルと予め約束していたにも関わらず、その約束を反故にした』ということ。あまつさえ『二時間もの大遅刻をした』という、不甲斐ない事実だけなのだ。
リトルの部屋の前まできて、咲夜ははあっと大きな溜息をひとつ吐く。
そうして意を決してから。コンコン、と二回だけドアをノックしてみせた。
「咲夜さんですか?」
「……はい。申し訳ありません、その」
「言い訳は中で聴きますから、どうぞ中へ。ああ――もちろん、服はそこに置いてきてくださいね」
リトルの部屋に入る時にはいつも、咲夜は何一つ服を身につけることは許されなかった。
それだけではない。躰を隠すことも、抵抗することも。質問に答えないことや命令に従わないことさえ、決して許されなくなるのが常だった。
故に、この部屋に入る瞬間から、咲夜はあらゆる自由を失う。躰の自由、言葉の自由。そしてやがては、残された心の自由さえも奪われてしまうのはいつものことだった。
メイド服をその場に綺麗に畳み、下着もその上に脱ぎ落としてしまう。
紅魔館の廊下で、何一つ身に付けない裸を晒している。そのことが否応なしに、咲夜にこれから『お仕置きされるのだ』という意識を高めさせていく。
今日みたいにリトルに誘われて部屋を訊ねる時にはいつも、咲夜はその時間を守ることができなかった。時にはパチュリーさまに仕事を命令されて、時には今日のようにお嬢様に離れることを許されなくて、時には妹様から遊び相手を命じられて。リトルから望まれる時にはいつも、どうしてか咲夜はその約束を守ることができなくなる。
けれど――それは、あくまでも咲夜自身のせいなのだ。咲夜が不甲斐ないばかりに約束を守れず、それ故にこうして『お仕置き』という形でリトルの手を煩わせてしまう。
「……失礼、致します」
「どうぞ」
部屋の中へ入りドアを閉めたあとには、両手は後ろ手に組む。咲夜は、何一つリトルの前で自分の躰を隠すことはしない。それが約束を守っていることの証でもあるし、同時にこの躰総てが、少なくともいまこの時間だけでもリトルだけのものであるという意思表示でもあるから。
「お約束も守れない……至らない咲夜に、どうぞ厳罰をお与え下さい」
「はい、もちろん私もそのつもりですから」
二人の夜は、永い。