■ 87.「緋色の心」

LastUpdate:2009/03/28 初出:YURI-sis

「アリスさんは、本を沢山お持ちになってますが。その……小説、のようなものはお読みになりますか?」
「小説? 読むわよ。うちにも何冊かあるし、パチュリーから借りて読んだりもするわ」

 

 パチュリー、とアリスさんが呼ばれる方については心当たりがあった。
 あまり見かける頻度は高くはなかったけれど、宴席に顔を出すことがある方だったし。参加される時にはいつも、紅魔館の方々と一緒にいるから目立つのだ。それに……天子にとっては、宴会の最中にもいつも気がかりだったアリスさんが、魔理沙さんや霊夢さんを除いて気軽に話しかけておられる数少ない相手だったのだから。それで記憶に残らない筈がなかった。

 

「それで、小説がどうしたの?」
「……あ」

 

 アリスさんの問い掛ける言葉に、ふと天子は我に返る。
 妬ましいと思う心に、少しだけ絡め取られそうになってしまっていた。

 

「そうでした。ええと、その……私も衣玖から借りて、小説を読んだりするのですが」
「そうなの? ちょっとだけ、意外かも」
「あ、はい。ええと……中身は、結構えっちなやつなんですが」
「………………なるほど」

 

 いわゆる、官能小説。天界から頻繁に姿を消すかと思えば、その度ごとに下界の人里に降りて衣玖はそういった本を買ってきているらしくて。教育係として天子と同じ家の中に部屋を持っていた彼女の私室には、四つの大きめの本棚があって。その本棚のいずれにも、ぎっしりとそういった手合いの本が詰まっていることを天子は知っていた。
 何故なら、衣玖の本棚をたびたび漁っては自分の部屋にまで拝借して、天子もそういった本を食い入るように読み耽っていたからだ。本の内容が内容だけに、衣玖に面と向かって貸してくれるよう頼むことはできなかったけれど……天子が頻繁に部屋に出入りして彼女の本を持ち出していることを、衣玖が知らないとは思えないのに。衣玖は天子を叱ることもせず、むしろいつからか本棚の隅のほうに、天子が判るように新刊だけを纏めてくれるようにさえなっていた。
 そのことに気付いてからというもの、天子は堂々と衣玖の部屋へ入るようになった。今まで衣玖が留守の時を狙って彼女の部屋に出入りしていたというのに、今度は率先して衣玖が在宅中の時に彼女の部屋を訪ねるようになった。借りていた本を棚に戻しながら感想を述べたり、衣玖にどの本が良いかお勧めを訪ねたりさえした。
 なんとなくだけど――もしかしたら衣玖は、こうした本について話せる相手を求めているんじゃないかなって、そう天子は思ったのだ。だから天子が堂々と本を読んでいることを振る舞えば、衣玖は喜んでくれるんじゃないかなって、そう思ったから。
 衣玖はさすがに初めだけは、そんなふうに横着になった天子に少しだけ苦笑いをしてみせたけれど。やがて衣玖のほうからも、進んで小説の話をしてきてくれるようになった。たぶん……衣玖は本当に、話し相手を求めていたのだと思う。えっちな小説についての話なのに、あんなにも真面目な衣玖がどれほど好きかを必死に伝えようとしてきて。この本のここが好きだと、このシーンが興奮すると、力説してくる衣玖の姿がなんだか面白かった。