■ 89.「緋色の心」

LastUpdate:2009/03/30 初出:YURI-sis

「……だから、私の所に来たのね?」
「あ、はい。……それがきっかけだったのは、事実です」

 

 そうした経緯をひとつひとつ天子が伝えると、アリスさんは得心したように頷いて下さった。思えばこうしてアリスさんの家を訪ねたのも本当に唐突なことだったのに、天子は今までその理由さえ伝えることをしていなかったのだな、と今更ながら反省してしまう。
 経緯を今まで伝えることができなかったのは、やっぱりその疚しさのせいなのだろうか。こんなにも身勝手で、そして卑しい理由から求められたのだと知ったら……幾ら優しいアリスさんでも怒って当然のように思えたから。

 

「……大丈夫よ、怒ったりなんてしないわ。例えあなたがどんな理由でここに来てくれたのだとしても……いま私が幸せに思えるのは、あなたが傍にいてくれることなのだから。衣玖さんや、その『えっちな小説』達に感謝したいぐらいね」

 

 そう言って、小さくくすくすと微笑んでくれるアリスさん。その言葉が弁明や強がりではなく、真実のものであることが天子にもなんとなく伝わってくるだけに。その言葉が天子にはありがたく――救われるような思いさえした。
 アリスさんが受け入れて下さるのは、ただ天子の存在を認めて下さるからで。理由や経緯を必要とせず、ただ天子の存在そのものを愛して下さるからなのだと。頂いた優しい言葉と一緒に、そうしたアリスさんの温かな愛情を感じることができるように思えたから。
(この方を、愛して良かった……)
 改めて天子はそう思わずにいられなかった。同時に、気付けばアリスさんに惹かれてしまっていた自分の心が、どれほど正直で当たり前であったのかということも。
 ……どうして幻想郷に住まう誰もが、アリスさんの魅力に気付かないのだろう。そのことだけが、天子には訝しく思えてならなかった。そのおかげでアリスさんを独占できるのだから、嬉しいことではあるのだけれど……これほど眩しすぎるアリスさんの魅力に気付かないなんて、下界の妖怪や人間達は本当に愚かだと思えた。

 

「衣玖さんには申し訳ないけれど。私……あなたが、衣玖さんを選ばないでくれたことに、いまものすごく安堵しているわ……」
「……アリス、さん」
「私はもう、天子のことを誰よりも好きになってしまっているの。――だから天子に、ひとつ訊くけれど」
「は、はい」
「私ね、あなたのことが本当に好きなの。こんな気持ちは今まで感じたことがなかったし、初めての気持ちだけれど……それでも、あなたのことを絶対に失いたくない。あなたに棄てられるなんてことは、想像するだけでも心底恐ろしいことで……。だから私は、あなたが私だけのものになってくれるというのなら、その為の努力は何一つ惜しんだりしない。あなたの心が他の誰にも靡かず、私のほうにだけ向いていてくれるその為なら何だってするわ」

 

 天子の瞳を真っ直ぐ射貫くように見据えながら、アリスさんはそう語って下さって。
 長い台詞のあと、少しだけ呼吸を置いてから「だから、私は」とアリスさんは続ける。

 

「例えば――天子がもし望むのなら、あなたを苛めるような役を引き受けることだってできる」