■ 91.「端書24」

LastUpdate:2009/04/01 初出:YURI-sis

「こちら、相席してもよろしいですか?」
「へ?」

 

 思わず間抜けな返事をしてしまったことに気付いてから、文は慌てて自分の口元を抑えた。相席といっても、店内には文を除いて他に客らしい客もいないというのに。訝しげに訪ねてくる声の主のほうを振り返って、ようやく文はその言葉の意味に気付いた。

 

「……ああ、早苗さんでしたか」
「はい、早苗です。あ、すみません、私には抹茶ぜんざいを頂けますか」

 

 手近な位置にまで近寄ってきていた甘味処の店員さんに、そう早苗は迷いもなく告げてみせた。壁に掛かったメニューを見もしないところから察するに、このお店の常連ということなのだろうか。
 白蜜のみつまめをほぐしながら、確かに抹茶ぜんざいも美味しかったなあ、と文は数日前の記憶を思い出す。
 妖怪の山に幾つかだけ存在する甘味処とは違って、人里では多少なりにも競争原理があるせいか、それよりも数段と美味しいものを出すお店が多くて。中でもこのお店は文のお気に入りだった。同じ妖怪の山の住人でありながら、けれどわざわざ人里まで来て同じお店を愛好している早苗に対して、少なからず文は嬉しい気持ちを抱く。

 

「今日はどちらの取材に行かれたのですか?」
「いえ、今日は完全にオフですね。……ちょっとカメラをやってしまいまして」

 

 早苗の問いに、少しだけ情けない表情をしながら文は答える。少し前に巫女と弾りあった際に、不覚にも撃ち落とされてしまって。カメラの一部を損傷させてしまったのだ。
 精密機械であるぶん、どんなに護ろうとしても衝撃には弱く、こんな風に壊してしまうことも決して少ないことではなかった。扱う者として最低限の知識はあるし、メンテナンス程度ならできる文だけれど、その域を超える損傷をさせてしまうともうお手上げで。中身の修理には完全ににとりを頼らざるを得ないのが正直なところで、その為に壊してしまう度にこうして強制的なオフが発生してしまう。

 

「残念ですね。『守矢の巫女の休日』と称して、このまま取材でもできれば良かったのに」

 

 カメラを構えるポーズだけしてみせながら、文がそう口にすると。それを見て、早苗はくすくすと小さく笑ってみせた。

 

「いつでも、いいじゃありませんか。文さんに誘っていただけるのでしたら私、いつでもご一緒しますよ?」
「……宜しいの、ですか?」
「はい、大歓迎です。私、文さんのこと好きですから」

 

 早苗に『好き』と言われて、少しだけ不思議な感覚が文の心を包む。
 あくまでもそれは、社交辞令としての意味の『好き』なのだろうけれど。

 

「物好きですねえ。この世界には、私のことを嫌う方のほうが圧倒的に多いのに」
「ふふ、そうですか? 文さんを嫌うだなんて、幻想郷には随分と見る目が無い方が多いのですね」
「……誰だって、取材と称して付きまとわれたら嫌ではありませんか?」

 

 自分を肯定されることに慣れていなくて。文がそんな風に問い掛けると、やっぱり早苗はくすくすと小さく笑いながら「私は、そうは思いません」と答えてみせた。

 

「いつでも付き纏って下さい。文さんとのデートでしたら、大歓迎ですから」
「デート、って。……そんな風に言われたらちょっと勘違いしそうになるじゃないですか」
「あ、大丈夫です。それ、勘違いではないと思いますから」

 

 柔らかな笑顔が、文を見つめてくる。
 その笑顔の魅力に、まるで吸い込まれそうなように文は思う。

 

「先程も申しました通り、私は文さんのことを好きですから」

 

 ついさっき、あたかも社交辞令かのように言われた『好き』とは違って。早苗がいま口にしたのは、確実に特別な意味を孕む『好き』の言葉で。
 その意味の深い部分が知りたくて、文はもう、目を逸らすことができなくなる。
 文の視線に応えるかのように、早苗もまた、文を真っ直ぐに見据えてきていた。