■ 94.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/04 初出:YURI-sis

 ふかふかのベッドが、ぽふっと柔らかく天子の躰を包み込む。眠りの深かった天子が今日は遅くまでベッドを占領していたし、起きた後はずっと天子の近くにアリスさんはいらっしゃったように思うのに、いつの間に新しいものと取り替えたのだろうか。押し倒されたベッドからは、まだ新しい太陽の匂いがしていた。
 アリスさんの顔が近づいてきて、天子は静かに瞼を閉じる。閉ざした視界の中で、ふわりと優しく重ねられてくるアリスさんの唇。甘く蕩けるようなキスは、これから天子のことを倖せにする、と。まるで約束して下さるキスであるかのような……不思議と、そんな気がした。

 

「服、皺になっちゃいますよ……?」

 

 それは暗に、『脱がして下さい』という天子からの意思表示。
 アリスさんは天子の言葉に頷いて下さって、天子の服に指先を触れさせていく。
 ベッドの上に横になっている人から服を脱がせるのは、きっととても難しいことである筈なのに。器用を通り越して、殆ど芸術的なまでのアリスさんの指遣いは、巧みに天子のドレスを脱がしてしまう。てっきりワンピースだと思っていた水色のドレスは、解くことができるらしくて。アリスさんに言われる通りに天子が数回身を捩るうちには、もう下着しか天子の躰には身に付けられていなかった。

 

「……こうして改めて見てみると、本当に凄い濡れようね」
「い、言わないで下さいぃ……」

 

 濡れすぎているショーツの感覚は、もちろん着用している本人にも強い不快感となって感じられていて。自覚できてしまっているだけに、アリスさんから指摘されると情けなさと恥ずかしさは天子の心に抗いきれない程に溢れてきてしまう。
 シャツよりも先にショーツのほうから、ずりずりとアリスさんの両手が天子の躰から脱がしていく。ショーツの生地が下腹部から完全に離れて膝の辺りを通る頃には、濡れすぎた秘所に空気が直接触れてくるあまりにも冷たい感触に、天子は身震いさえしてしまう。

 

「寒い?」
「あ、ち、違います。そういうわけでは……」

 

 そんな理由の躰の震えなものだから、アリスさんに心配頂くことが余計に申し訳なくって。ともすれば声さえ漏らしてしまうそうな、冷たい手で優しく秘部に触れられているかのようなその感覚に、天子は必死に喉を窄めて抗う。
 ショーツが完全に脱がされて、続いてシャツのほうも簡単に脱がされてしまうと。アリスさんのベッドの上で、天子は完全に裸の自分だけを晒してしまう。そこにあるのはアリスさんとは違って私にはそれほどの魅力も無い筈なのに。それでも、アリスさんがただ一言だけ。

 

「今日も……綺麗よ、天子」

 

 そう言って下さるだけで、天子は少しだけ自分自身の躰を好きになれる気がした。
 身長がないこと、胸がないこと。自分の躰に対するコンプレックスのようなものは、本当に挙げればきりがないほど抱いているから。だから天子は、正直……あまり自分の躰のことが好きではない。ましてこうしてアリスさんのような、眩しすぎる程の魅力に包まれた方を目前にしていれば尚更、自分の魅力の無さは強く意識させられてしまうから。
(……でも、アリスさんは綺麗だと言って下さる)
 アリスさんの言葉を、天子は心の中で何度でも反芻する。どれほど自覚できる魅力など無く、誇れるものも無い私の躰だとしても。それでも……アリスさんの瞳に僅かにでも綺麗に映ることができるのなら。それだけで、天子は自分の躰を好きになることができる気がした。
 だって心だけではなく、この躰も、ただアリスさんの為にありたいと思うのだから。他の誰にも魅力的に映らないのだとしても、ただアリスさんの瞳に魅力的に映るのなら――そこには何よりも価値があるのだからだ。