■ 95.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/05 初出:YURI-sis

 キスの雨が幾重にも天子の躰へと降り積む。唇や頬、あるいは額に。敏感な首筋に、鎖骨の窪みに、乳房にもたくさんキスして頂いて。殆どが優しく触れるだけのキスだけれど、時にアリスさんの口吻けは吸い付くように天子の肌に後を残し、甘い噛み痕さえ残していくこともある。
 ひとつひとつのキスが、それぞれ確実に天子の心を性の雰囲気に陥れていく。口吻けられた箇所はどこも温かな熱を帯びて、じんわりと熱が解けるように拡がっていく程に、天子はより深く意識を高めていく。

 

「……う、そういえば天子にひとつ訊きたいのだけれど」
「ふぇっ? あ、はい、何でしょう」
「えっと……結局こうして寝室まであなたを引っ張ってきてしまったけれど。その……あなたが地下室への階段で歩けなくなって座り込んだ理由を、訊いてもいいものかしら?」

 

 少しだけバツが悪そうにそう訪ねてくるアリスさんの表情が、少しだけ可笑しくって……そしてやっぱり、少しだけ申し訳なかった。あの時、呼吸さえ儘ならずに動けなかった天子の様子は、きっと尋常のものではなかった筈だから。アリスさんを心配させてしまったのだと思うと、心苦しい。

 

「すみません……なんだか色々と慮って頂いたみたいですが。実は、あまり大した理由ではないのです……」
「そうなの? 良ければ理由を教えて貰えないかしら?」
「もちろん、お話しますけれど……笑わないで下さいね?」

 

 はにかみながら天子がそう口にすると、アリスさんも少しだけ表情を緩めてから、静かに頷いて答えて下さった。

 

「えっと……先程もお話しましたが、衣玖の影響で……えっちな小説なんかが、私は大好きなのですが」
「ええ、そう言っていたわね」
「それでですね、衣玖が買ってくるのって殆どが結構、その……内容がハードな本ばかりでして。……こういう本って、アリスさんも読まれたことありますか?」

 

 半分は説明の為の準備として。もう半分は単純に興味から天子がそう訊ねると。
 その質問はあまりに予想外なのか、アリスさんは思いのほか狼狽えてみせた。

 

「――わ、私!? そ、そうね。その……読まない、こともないわ……」
「では判っていただけるかもしれませんが。……ああいう小説って、大体どこかに監禁されちゃうんですよね」
「……まあ、確かに常套手段的な内容ではあるわね。大体地下室とかに閉じこめられたりして」
「はい。地下室なんかに閉じこめられちゃいますよね?」

 

 少しだけ意味あるげな口調で、天子がそう言ってみせると。
 数秒の間があってから。アリスさんは唐突に吹き出すように笑みを零してみせられた。

 

「ま、まさか……あなたそれだけの理由で、興奮してたの?」
「……えへへ。はい、凄く興奮しちゃってました」
「そ、そう。ふ、ふふ……あ、あははははははっ!」

 

 天子が認めるや否や、さらにアリスさんの笑いは大きなものになって。とうとう、お腹を抱えてその場で苦しそうに声を上げて笑い始めてしまう。