■ 96.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/06 初出:YURI-sis

 実際、笑われても仕方がないような理由なだけに、天子もまたアリスさんにつられるように苦笑するしかなかった。
 今だから天子自身も笑って思い返すことができるけれど。さっき地下室への階段を下りる時には、本当に興奮のあまりに躰の自由さえ儘ならなかったのだ。

 

「だ、だって、私アリスさんのことが本当に好きなんですよ? 最愛の人に連れられて、地下室に降りていく最中に――このまま監禁されて苛められたらって、想像しない筈がないじゃないですかっ」
「あははははは! そ、そんなの想像するの、あなただけよっ……!」

 

 ついにアリスさんは、ひーっひーっと息苦しそうにさえなりながら、天子の横で笑い転げられてしまう。
 もちろん……興奮の余りに身動きできなくなるだなんて体験は、今まで初めてのことで。……愛する人、そして地下室。二つの事象が重なって少しだけ真実味を帯びた想像、それだけで……あんなにも心を乱されてしまうだなんて、想わなかったのだ。

 

「ふふっ、あはっ! ……ふっ、あははははっ!」
「わ、笑いすぎですよっ」

 

 ……正直、ちょっとだけ天子の心は複雑だ。あまりにもアリスさんは可笑しそうに笑ってみせるけれど、裸にまで剥かれ、いますぐにでも抱いて頂ける準備が整わせ、期待に満ちあふれていた天子の躰に対して、その仕打ちは……あまりにも気持ちの行き場がない。
 少しだけ天子は唇の先を尖らせてみせるけれど、それでもアリスさんが笑うのも無理がないことだから。反論の余地もない天子には、ただアリスさんが落ち着かれるのを待つことしかできない。

 

「はーっ、はーっ。……ごめんなさい、ちょっと笑いすぎてしまったわね」
「……ホントですよぅ。なんだかひとりだけ裸の私が、馬鹿みたいじゃないですか……」
「本当にごめんなさいね。ええ――ちゃんと、お詫びはするわ。約束する」
「約束、ですか? 何をでしょう?」
「もちろん、あなたが望むことよ。そう遠くない未来に――あの地下室で、あなたのことを苛めてあげるわ」

 

 アリスさんのその言葉が。貫くように、天子の心の深い場所に衝撃を与えて、響かせる。階段に蹲って、動けなくなっていた最中には……殆ど夢見るようにさえ想った、その願いを。叶えて下さると――そう言って下さった言葉は、どこか嘘みたいな程、信じられない言葉だった。

 

「よ、よろしいのですかっ? ……期待しちゃいますよ?」
「……ほどほどにね。あなたが苛められるのが好きなのはよく判ったから、私もあなたを苛めることが好きになれるように努力するわ。だけど、初めから上手くできるかは判らないから……あんまり期待はしないでね?」
「あ、あ……ふ、ふぁいっ!」

 

 嬉しすぎる気持ちが喉までもを震わせてしまって、返事の言葉は上手く口にすることもできなかったけれど。
 気持ちだけは沢山詰まった不器用な天子の返事にも、心底嬉しそうにアリスさんが微笑みながら頷いて下さったから。それだけで、天子の方も倖せすぎる気持ちで胸が一杯になってしまうのだった。