■ 98.「緋色の心」

LastUpdate:2009/04/08 初出:YURI-sis

「――ああ、そうね」

 

 何かを思い出したかのように。天子の耳元近くで、ふとアリスさんは囁く。
 髪の毛と、耳とに掛かる静かな吐息が温かくて、どきりとした。

 

「もし天子さえ良ければ……例えば、今から少しだけ予行練習をしてみない?」
「よ、予行練習、ですかっ?」

 

 約束を履行して下さる『いつかの日』に。既に想いを馳せ始めていた天子だけれど。アリスさんの提案する『予行練習』の言葉が、夢見ていた未来から現在まで、一瞬のうちに天子を引き戻してしまう。
 予行のものであっても、練習であるとしても。アリスさんのその言葉は、天子が先のこととばかり夢見ていたことを、ぐっと近づけるもので。
(躰が、熱いよぅ……)
 胸がときめく。心臓の鼓動が、一段と深く音を刻みだす。

 

「……ぜ、是非、お願いします」
「ええ。――あなたの期待に応えられるように、頑張るわ」

 

 一度は冷めてしまった心と躰に。冷める前よりも尚深い、熱い火照りがすぐにでも戻ってくる。
 アリスさんの冷たい指先が、微かに天子の肌を撫でる。それだけでも、天子の躰はより熱い感情を触れられた箇所から生み出して止まないのだった。