■ 99.「端書27」

LastUpdate:2009/04/09 初出:YURI-sis

 慧音は留守中にも自分の家に鍵を掛けない。
 その理由が、いつ私が訪ねてきても良いように、という配慮からなのだと。
 ――今は、妹紅も知っている。

 

 

「おかえり」

 

 夕方の橙が深くなり、もうじき夜になる頃。寺子屋での授業を終えて帰ってきた慧音に妹紅がそう声を掛けると、慧音はたちまち破顔して、隠しもせずに嬉しさをありありとその表情から零してみせてくれた。
 勝って知ったる慧音の家。勝手に上がっても慧音は文句ひとつ言わないし、寧ろ逆にこうして笑顔で妹紅の存在を許してくれる。妹紅の存在に気付いた瞬間に、慧音が見せてくれるこの笑顔が――妹紅は、堪らなく好きだった。

 

「今日はゆっくりして行けるのか?」
「ああ。慧音さえ良ければ、泊まっていこうと思って」
「も、もちろんだ……! 私は全ッ然、構わないぞ!」

 

 なおも嬉しそうに顔を緩めながら、何度もうんうんと頷いてくれる彼女が嬉しい。
 暇さえあれば妹紅は、こうして慧音の元を訊ねるようにしていた。慧音は私のことを拒まないし、いつでも最大限の笑顔を以て歓迎してくれるから。その気持ちに妹紅も――彼女の恋人として、応えたいと思うからだ。
 いつかの日に告白してきたのは、慧音のほうからだった。
 けれどあの日、慧音が告白してなくても……多分、妹紅のほうから告白していたと思う。それぐらいに私達の関係は、もうその瞬間には成熟していたし。多分お互いがお互いに惹かれ、愛情を抱くまでに至っていることを、正しく理解していたからだ。
 だから告白を経てからも、私達の関係がそれほど極端に変わることはなかった。変わったことと言えば、直接に相手の躰を求める行為を厭わなくなったこと、それひとつぐらいで。あとは……本当に、全部がそれまで通りだった。
(ここは……不思議と、落ち着くんだよな)
 きっと慧音の存在が、妹紅に安らげる場所を与えてくれているのだろう。
 妹紅はいつも暇さえあればここに来る。
 そうして淡々と、恋人同士としての時間を積み重ねていく。
 時には特別な時間を求め合うこともあるけれど、それは妹紅達にとって必須なものではない。私達はただ傍に居て、一緒に静かな時間ばかりを積み重ねていくだけだ。特別な瞬間はあってもいいけれど、なくても障りないもので。一緒にお茶を飲んだり、本を読んだり、あるいは同じお布団で寄り添いあって眠ったり。時間の中で特別を模索しなくても……特別な相手の傍に居られる、それだけで。
 倖せは、ゆっくりと育まれていくから。

 

「慧音」
「うん?」
「……ありがとう、な」

 

 妹紅の言葉に、慧音は不思議そうに首を傾げてみせる。
 他の誰でもなく。彼女の存在が、妹紅には何よりも有難かった。