■ 1.「頬熱」

LastUpdate:2009/05/01 初出:YURI-sis

 いつからか、頬を撫でられるのが好きだった。


 今日もアリスの優しい手のひらが、まるで壊れ物を扱うかのような繊細さでパチュリーの頬に触れてくる。頬に手を添えられることの意味を、いままで幾度も経験してきてパチュリーもよく知っているから。せっかくとても近い距離でアリスの顔を見つめることができていたから、少しだけ惜しい気もしながら……ゆっくりとパチュリーは瞼を閉じていく。
 少しだけの間があってから、そっとアリスのほうから唇が重ねられてきた。
 静かに触れあい続けるだけの、長いキス。唇を重ねていられる間には息をすることもできなくて、呼吸音さえ途絶えた世界の中で自分自身の鼓動と、柔らかな唇と手のひらとを介してひっそりと相手の鼓動だけが伝わってくる。
 心が、静かに温められていく感覚がある。長いキスの時間を掛けて少しずつ温められていった心は、やがてどちらからともなく唇が離れる頃には、かぁーっと熱くなる程度にまで過熱しすぎてしまっていて。
 唇を重ね合わせる。ただそれだけで、心は簡単に儘ならなくなる。熱くさせられた心でアリスを見つめると、ぎゅうっと心が締め付けられるような思いさえする。キスをする直前までは、どうしてこんなに綺麗な人を平然と見つめていられたのかが不思議になるぐらいで。まるで心に火が着けられたみたいに、パチュリーは平静を保つことができなくなる。

 

「……パチュリー、いい?」

 

 アリスの問い掛けに、パチュリーは静かに頷いて答える。
 心がこうした状態になってしまうと、アリスから求められる総てを拒むことができなくなる。拒むことができない、というよりも……パチュリーが心に、拒むという意思を抱けなくなってしまうのだ。アリスが自分を求めること総てを、ただ嬉しいことのようにしか感じられなくなってしまって。アリスが求めてくれるのなら、私はそれに全力で答えたいとしか想えなくなってしまう。
 普段はアリスが手を握ってきたり、首に腕を絡ませてきたりしても。たちまち速められてしまう心の動機とは裏腹に、素っ気ない言動でしか応えることができないパチュリーだけれど。……まるでキスの魔法ひとつで、心が剥き出しにされてしまったみたいだ。今はもう、パチュリーは素直な本心そのままにしか応えることができない。

 

「アリス、好きぃ……」

 

 素直な心の儘に、言葉を口にできるのもきっと今だけだから。
 こうして『好き』の言葉を思いの儘に口に出来る幸せを、せめて愛して貰える行為の傍でだけは、何度でも口にしたかった。