■ 2.「魔法少女リリカルなのは/リレー小説 - 01」

LastUpdate:2009/05/02 初出:YURI-sis  今回の担当:桂馬

 図書館に着くと、私達はまず借りていた本の返却を済ませてから、一度別れて思い思いにそれぞれが興味を持っている分野の書架を探索していく。はやては童話の本を好んで読むから、主にそちら側の書架に。対するフェイトはどちらかといえば雑食気味で、特定の好みの分野というものを持たず本のタイトルや装丁で選んでしまう。
 二十分ぐらいの時間を掛けながら書架を巡って、やがて気になった幾つかの本を手に抱えながらフェイトは童話の書架の方へと向かう。分類を問わずに本を読むフェイトは、図書館のどこに居るかまるでわからないから。その日に借りる本を決めたあとには、童話の書架付近を重点的に開いていくはやてをフェイトのほうから探すのがいつもの日課になっていた。

 

「はやて、今日の本は決まった?」

 

 厚めの童話の本を開いて読み耽っているはやてに、そっとでフェイトは話しかける。図書館では他人の迷惑になるような声量は厳禁だから、声のトーンを抑えた囁くような小声で。

 

「うん、もう大丈夫や。手続きしに行こっか」
「そうだね、行こう」

 

 カウンターで図書カードを提示して簡単に貸出手続きを済ませてから、借りた本を手提げ鞄の中に収納する。借りた本はフェイトが四冊ではやてが二冊。だけど小さな文庫本だけのフェイトよりも、はやてが借りた二冊はどちらもとても分厚くて。見た目からして重そうだし、それになかなか鞄に入らなくてはやても苦労していたみたいだった。
 閲覧室を出たあと、私達はいつも談話室のほうに寄っていくのが半ば慣わしのようにもなっていた。今日みたいな休日には風芽丘図書館を利用する人も結構多いみたいで、閲覧室のほうではたまに書架の間を通り抜け辛いときがあるぐらいだったのだけれど。図書館の二階の隅にある談話室の方は不思議といつも閑散としていて。実際今日も、フェイトたちが到着した時点では他に誰も利用している人の姿は見て取れなかった。

 

「ホントいつ来ても、ここは空いとるねえ」
「そうだね。……おかげで私達が席に困ることも無いんだけど」
「ふふっ、それもそうやね。私達にとっては嬉しいことなんかなあ」

 

 くすりと、可愛らしく笑むはやてにつられるように、フェイトも小さく微笑む。
 普段はまだそれでも、私達の他に数人程度は利用者が居ることのほうが多いのだけれど。今日みたいに誰も利用者がいなくて、私達で独占できてしまうことも今までに何度かあって。他の人がいるからって何の邪魔になるわけでもないけれど、二人きりになれてしまうことが何となく嬉しく思えてしまったりする。
 誰に席を取られるわけでもないけれど、私達はそれぞれ向かい合った座席に借りた本の入った鞄を先に置いてから。談話室の端に幾つか備え付けられた自動販売機に硬貨を投入して、フェイトは迷わずに微糖の温かい缶コーヒーのボタンを選ぶ。はやては何を買うか少しだけ迷っていたみたいだったけれど、結局は好みのほうじ茶を選んだみたいだった。

 

「そういえば、ちょっとだけ気になったんだけど。はやてが今日借りてた本のシリーズって、前にも借りて学校で読んでなかったっけ?」

 

 はやてが貸出手続きをしているときに、ちらりと見えた本の装丁になんだか見覚えがあるような気がして。
 こっそり本のタイトルを伺い見てみると、案の定以前にはやてが読んでいた本と同じタイトルのように思えたのだ。

 

「……よく覚えてるなあ。うん、前にも借りたけど、また読みたくなってしまったんよ」
「タイトルは『星の童話』だよね。そんなに面白いんだ?」
「うん、私は好きぃ。読んでると、なんや心があったかくなるんよねえ」
「そうなんだ。……私もはやてが読み終わったら、借りてみようかな?」

 

 フェイトがそう漏らしてみると、はやては嬉しそうに目を輝かせてみせる。

 

「童話の本が嫌いでなかったら是非読んでみて欲しいなあ。読んだあと誰かに話したくなるようないいお話ばっかりやから、フェイトちゃんとも本のことについて色々お話できると嬉しいし」
「童話のお話になると、いつもはやてとすずかの独壇場だもんね」
「すずかちゃんは本当に童話の本に詳しいし、そもそも私がこんなに童話を好きになったのも、すずかちゃんが色々と面白い童話の本を紹介してくれたからなんよ。この『星の童話』も、昔すずがちゃんが私に紹介してくれて、私が童話にハマるきっかけになった本なんだ」
「……じゃあ、はやてからその本を紹介されちゃって、私も童話にハマるのかな?」
「それは全然、私には大歓迎かなあ」

 

 ふたりで、くすくすと笑いあう。
 談話室はお話をする為の場所だから、図書館の中であるのにこんな風に声を出して笑いあっても誰も咎める人なんていない。まして、いまは私達ふたりだけで独占してしまっている場所だから、はやての小さな笑い声も余すところ無くフェイトのみみに届いてくる。
 どこか清楚な、はやての笑い方がフェイトは大好きだった。無骨な私がいつしか忘れてしまった上品な女らしさを、はやてはその身に沢山宿していて。だから――すごく憧れてしまうし、同時に惹かれてもしまう。もちろん、これほどはやてに心惹かれてしまうのは、それだけが理由じゃないけれど――。

 

「そういえば、アリサがたまにはやてに妬いてるのを見るよ?」
「……アリサちゃんが、私に?」
「うん。よくアリサについていけない童話の本の世界で、はやてとすずかがとても仲良くしているから。……やっぱり、すずかの恋人としては妬かずにいられないんだろうね」
「そ、そうなんだ。うう、今後はちょっと気をつけんと駄目やねえ……」

 

 少しの間、はやては反省するような素振りをしてみせてから。はぁーっと大きな溜息を吐いて、行儀悪そうにぐだっと談話室のテーブルの上に突っ伏してみせる。
 何となくはやてがそうしたくなる気持ちは、フェイトにも察することができてしまったけれど。「どうしたの?」と一応フェイトが訊ねると、少し淋しそうな表情ではやては顔を上げてみせた。

 

「なんや、私達えらく淋しい気がして……。すずかちゃんとアリサちゃんは凄くらぶらぶーやし」
「……なのはには、ヴィータがいるしね」
「うんー。私達は五人で仲良しの筈なのに、気付けば私達だけ取り残されてる気がしてなあ……」

 

 確かに、以前は私達は五人とも仲良しで、週末にはよく五人揃って遊びに出かけたりしていたものだった。けれど……いまはフェイトとはやての二人だけで、こうして図書館を中心に出かけることが多くなってしまっている。
 もちろん私達の『仲良し』は今も健在だし、仲が悪くなったわけでも連絡を取れなくなったわけでもない。フェイトかはやてが望めばきっと、また来週末にでも五人で会うことは難しくないことなのだろうけれど。
 それでも、私達がそれをアリサやすずか、なのはに求めることは少し躊躇われてしまうのだ。アリサとすずか、なのはとヴィータ。恋人同士が二人きりの時間を持ちたがるのはとても自然なことで、私達はそれを邪魔するようなことはしたくないし。それにフェイトもはやても、みんなの関係を心から祝福しているから。五人で会える機会が減ってしまったのは少しだけ淋しいけれど、やっぱり応援してあげたいと思うのだ。

 

「ええなあ。うちも、らぶらぶーしたいわぁ……」
「ふふっ。じゃあはやて、私と『らぶらぶー』してみる?」
「おぉ? ――フェイトちゃんがそういうこと言い出すの、ちょっと意外やわ」
「……私じゃ、不足かな?」
「ふふ、そんなことあらへんよ。……ええねえ、フェイトちゃんが相手やったら私も倖せやわあ」

 

 はやてが告げたその言葉の真意はもちろん、社交辞令的なものでしかないのだろう。
 それでも、はやてが一瞬でも私との恋人関係を想像してくれて。その結果として、想いを馳せた私との関係を不快に思わなかったのであれば。私は……それだけで、次の言葉を告げる勇気を持つことができる。
 もしもはやてが、不快に思ったり想像さえできないようであるなら。フェイトはいつからか心の裡に抱いてきたその想いを、決して口にしないつもりだった。この先ずっとはやてに告げることなく、はやてのほうがフェイトから離れていくその瞬間まで、ずっと傍にいることを選び続けていようと。そんな悲壮とも思えるような決意まで、していたぐらいなのだ。
 だけど……はやては私との未来を僅かにでも想像してくれて。本意かはわからないけれど、その未来を『倖せ』だと口にしてくれたから。その言葉だけを寄る辺に、フェイトは続きに望む言葉を口にすることができる。

 

「あのね、はやて。……少しだけ、真面目な話をしてもいいかな?」
「……うん? もちろん、大丈夫やよ?」

 

 語調からもフェイトの真摯な意思を汲み取ったのか。軽い落ち込みのまま机にだれていたはずのはやては、さっと姿勢を正してフェイトのほうに向き直る。
 フェイトが『真面目な話』と前置きしただけで。ちゃんと私の話を聞く為に、気持ちを切り替えてくれる……そんなはやての誠実さに触れて、改めてフェイトは心がじんと温かくなるような、はやてに対する特別な感情を再確認させられる。
 だから、フェイトはその正直な想いを。
 ただ、そのままの形で言葉に変えて、はやてに伝えるだけでよかった。

 

「あのね、はやて。私ね――はやてのことが、好きなんだ」

 

 二人きりの、静かすぎる談話室の中に。
 意を決したフェイトの告白だけが。静かに、けれどはっきりと響いていた。