■ 3.「泥み恋情02」

LastUpdate:2009/05/06 初出:YURI-sis

 束縛されることは好きになれない。まして自分の生き方を否定したり、是正したりしてくるような説法なんて苦手もいいところで、そんなことをしてくる相手を嫌いにならない筈がない。
 文自身、そう思っていたのだけれど。……けれどどうしてもあの人だけは、嫌うことができなかった。
 四季映姫・ヤマザナドゥ。この幻想郷の閻魔様である彼女を、文はどうしても嫌いになることができない。説教されることはやっぱり嫌だと思うし、苦手な相手だと判っているのに。それなのに……気づけば、彼女の傍に近寄りたいと思ってしまう不可思議な心があるからだ。
 その理不尽な心の衝動の答えを、今は知っている。
 私は、あの人のことが好きで。だから嫌いになることも、距離を置くこともできないのだ。

 

 

 

「こんにちは」
「え、ええええ、映姫さまっ!? ど、どうしてこんな所に!」
「ここは貴方の家なのですから、文に会いに来たに決まっているではありませんか。……上がらせて頂いても、よろしいですか?」
「は、はあ。……構いませんけれど、狭いし散らかっていますよ」
「押しかけた側なわけですし、その辺は気にしません。――お邪魔します」

 

 突然の来訪に文がまだ混乱しているうちにも、早々に映姫さまは家の中へ上がってきてしまう。
(一体、どんな用件なのだろう……)
 彼女の性格的に、用件も無しに訪ねてくるようなことは到底考えられない。だとするなら、最近出した新聞のうちのどれかに対する、説教か何か……といった所が、容易に推測できる範囲だろうか。
 これから説教されるのかと思うと、自然と文の口元からはため息が零れ出てきてしまう。けれどそうした落胆の心と同時に、相反することではあるけれど。やっぱり、こうして思いもがけず映姫さまと会えたことについては、文の中で静かに滲むように生み出されていく嬉しい心もまたあるのだった。
 ちょうど沸かしていたお湯があったから、それでお茶だけを二人分淹れて居間の方へと持って行くと。既に映姫さまはテーブルの片側に正座をして待っていらして、いまにも説教を切りださんと言わんばかりだ。

 

「……どうぞ」
「ありがとう、文」

 

 優雅な手つきで、差し出した湯飲みを映姫さまは受け取ると、まだかなり熱いはずのそれに、ずずっと一口だけ口を付けてみせて。はあっと熱いため息をひとつだけ吐いてみせてから、小さく「文」と私の名前を呼んでみせた。

 

「は、はい」
「大事なお話があるのです。……そちらに座って聞いて頂けますか」
「……はい」

 

 今更逃げ場も残されてはいないのだから。文は心の中で静かに覚悟を決める。
 説教は嫌だけれど、会えたのは嬉しかったのだし。こうしてわざわざ会いに来てくださったのだから、数時間の説教ぐらいは真面目に受けるぐらい、何でもないことだ……と、自分自身に言い聞かせながら。

 

「私は閻魔ですから、嘘や隠し事が嫌いです。だから、あなたの迷惑も顧みずに言ってしまうのですが」
「は、はあ」
「私は、どうやらあなたのことが好きみたいなのです」
「………………え?」

 

 映姫さまが僅かに頬を赤らめながら吐きだしたその言葉の真意。
 すぐには文に理解することができなくて。

 

「……え、えええええ!?」

 

 後になって理解が追いつくと、文は声を荒げて疑問を露わにせずにいられなかった。
 驚く文の声が静まるのを待ってから。映姫さまは「もうひとつ、あります」と告げると。

 

「こちらも、私には隠しておくことができないので言ってしまいますが。私は……あなたが、私に対して特別な想いを寄せて下さっていることにも、気づいています」
「わ、私の気持ちにも、気づいているのですか……」
「はい、私の自惚れでなければ、ですが。文に対して特別な気持ちを抱くようになって初めて、私にもあなたが寄せてくれる想いを察することができたのです。……それはきっと、私があなたに対して抱く想いと同じものだから」

 

 頬に差す紅をより色濃くさせながら、微笑む映姫さまの顔が綺麗すぎて。
 恥ずかしさのせいか、文にはその顔を直視することができない。

 

「……え、え、ええと。そ、その……私は、どうすればいいのでしょうか」

 

 半ば混乱気味にそう聞き返してしまった言葉。
 吐きだしてから、なんて馬鹿なことを口にしてしまったのだろうと文も気づく。
 けれどその文の言葉に、映姫さまはふふっと小さく微笑みを零してみせて。

 

「ええ、私も今日はそれをあなたに訊ねに来たのです」
「……ど、どういうことですか?」
「私は、文のことが好きです。そしてあなたの反応を見て確信したのですが、私の勘違いでなければ文もまた私のことを好きでいてくれているように思います。すると……両思いの私たちは、これからどうしたらいいのでしょうね?」

 

 なんだか可笑しそうに、映姫さまは浮かべている無邪気な微笑みを深めながら。
 あまりに魅力的な誘い文句の返事を考えるよりも前に、どうしても未だこの現実が信じられなくって。文は自分の頬を強く強く引っ張っては、これが現実であることを何度も再確認せずにいられなかった。